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「オフィスに来ないと仕事できない」を生む5つの要因 – テレワークに欠かせない”モビリティ”を阻む制約とは

[April 14, 2020] BY Shinji Ineda

急なテレワーク導入を迫られ、戸惑う担当者

以前から一部の企業では導入されつつも、日本社会に浸透しているとまでは言い切れなかったテレワークの普及がいま急速に進んでいる。言わずとも知れた新型コロナウィルスの影響だ。従来よりテレワークに取り組んでいた企業がBCP(事業継続計画)に則りスムーズに移行を進める一方で、図らずも訪れた事態に頭を悩ませる企業も少なくない。

取り組みの格差が生まれる背景は、国土交通省が公表した「平成29年度テレワーク人口実態調査」から、業種による違いとして見て取れる。テレワーカーの割合は雇用型(※1)テレワーカー・自営型(※2)テレワーカー共に「情報通信業」で最も高く30%を超えているものの、次点の「学術研究、専門・技術サービス業」を除いたその他の業種の多くでは、10〜20%程度にとどまる。いわゆるIT系と呼ばれる企業が含まれる「情報通信業」と比較して、その他の業種がテレワークの普及に遅れを取っている状況だ。

※1:雇用型
民間会社、官公庁、その他の法人・団体の正社員・職員、及び派遣社員・職員、契約社員・職員、嘱託、パート、アルバイトを本業としていると回答した人
※2:自営型
自営業・自由業、及び家庭での内職を本業としていると回答した人

また総務省がテレワーク実施希望者を対象に行った調査(複数回答可)の結果をまとめた「ICTによるインクルージョンの実現に関する調査研究」(2018)によると、テレワークを実施する上での課題として、「会社のルールが整備されていない」(49.6%)、「テレワークの環境が社会的に整備されていない」(46.1%)が挙げられ、その他の「他の従業員から孤立している感じがする」「セキュリティ上の問題がある」なども含めて、短期間では解決することのできない社内外の環境整備に課題が集中していることがわかる。

テレワークの普及が遅れている「情報通信業」以外の業界を中心に、多くの企業がテレワーク環境の基盤づくりに対し複雑多岐な課題を抱えていること、また現在のようにテレワーク実施が待てない状況では特にその課題克服に苦戦を強いられることが窺える。

テレワーク実施に向けてすべての問題や対策を洗い出した時、歩む道のりの長さと険しさについため息をついてしまう担当者もいるだろう。セキュリティポリシーやガイドラインの見直し、コミュニケーションツールの整備、外部で利用できるサテライトオフィスの用意など、やるべきことは各企業で変わりつつも多くのアクションが必要だ。しかし、複雑に交差するいくつもの障壁は「モビリティ」という観点を軸に体系立てると整理しやすい。

そもそもテレワークにおける「モビリティ」とは?

モビリティとは可動性・移動性・流動性など動きやすさのことを指す。ノートPC・持ち帰りPCの支給や、社内システムのクラウド化、テレワークガイドライン策定などの取り組みは、すべて社員をオフィスにある1デスクに縛りつけることから開放するため「モビリティを高める施策」として捉えることができる。テレワークの文脈において、モビリティが高いほどオフィスから離れた場所での作業や在宅勤務が可能になることから「働く場所の選択可能性は広がる」と言える。

昨今の働き方において、活動にあわせて場所の選択肢を提供する「ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)」や、バケーションを兼ねてリモートワークを行う労働形態の「ワーケーション」などが話題となっているが、いずれもモビリティの向上なくして実現はほど遠い。ABWの創設者であるVeldhoen + Company(ヴェルデホーエン)社はABWを実現に大切な要素の1つとして「時間と場所に縛られず、いつでも、どこでも仕事をする」ことを挙げている。

参考記事:もっとよく知りたいABW、創設者Veldhoen + Company社の歴史と背景を探る

モビリティを高めるには、「モビリティを阻む制約」を把握することが重要だ。その制約は次の5つにまとめることができる。

モビリティを阻害する5つの制約

Place 場所の制約

特定の場所で行う仕事や、指定された場所に向かう仕事においては、場所の選択肢が著しく限定される。外部や指定されたパソコンからでないとシステムにアクセスできないといったケースや、業種ごとの専門的な機材の取り扱い、社内システムのメンテナンス、郵便物の受け取りなどが当てはまる。

先に紹介した「平成29年度テレワーク人口実態調査」でも、運輸業、娯楽業、医療・福祉、宿泊業・飲食業のテレワーク普及度が軒並み10%未満となっていことが「場所の制約」を証明している。これらの業種を引き合いに出すのはオフィスワーカーからすると極端な例であるが、運輸業における無人配達や、介護現場でのセンサー活用などの事例は、テクノロジーの進歩が今後あらゆる業種で場所の制約を解消し、働く場所の選択肢を広げる可能性を示している。

Paper 紙の制約

「ペーパーレス化」が働き方改革のテーマの1つであるように、資料や名刺など情報管理を紙に依存する企業はまだまだ多い。そのような職場で働くワーカーほど、様々な紙媒体へのアクセスや、出力や廃棄のための複合機やシュレッダーの取り扱い、また書類への押印が必要な点から、その保管場所であるオフィスから離れて業務を行うことが難しい。業務上取り扱う紙が多いほどモビリティは低下してしまうのだ。

アドビシステムズが今年3月に発表した調査でも、テレワークを実際に実施して感じた業務上の課題として「会社にある紙の書類を確認できない」(39.6%)、「プリンターやスキャナーがない」(36.2%)が挙げられている。

紙の制約が未だに解消されにくい理由は、ペーパーレス化の影響が社外環境にまで及ぶことにある。スマートフォンやタブレット・ノートPCの普及が進んでいるとはいえ、仕事環境デジタル化の進み具合は社内外問わず組織によって異なる。やりとりを行う相手に配慮して紙をベースとするケースもまだまだ多い。さらに業種業態ごとの法令で定められた保管文書や資料もあるなど、すべての紙を電子化することは簡単ではない。そのように考えるとオフィスワーカーとして一番歯がゆいのはこの紙の制約かもしれない。

Communication コミュニケーションの制約

社員間のコミュニケーション活性化のためにオフィスをつくり変える企業が増えている。大事な取り組みではあるが、一方ですべてのコミュニケーションをオフィスに依存してしまうと、モビリティ低下を招いてしまう。

近年WEB会議やチャットなど数多くのコミュニケーションツールが普及したことで、対面でのコミュニケーションの価値を見直す企業や経営者が増えている。VOYAGE GROUP代表の宇佐美さんが「物理的な距離が気持ちの距離」と話したり、マネーフォワードのオフィス移転を担当してきたデザイナーの金井さんが、人員増加で拠点が2つに分かれたことで生まれたコミュニケーションコストを解決するために移転のタイミングで拠点を集約したと語ったりするのは、対面コミュニケーションが企業の文化醸成へ大きな役割を担っているためだ。

対面コミュニケーションが重宝される理由は、言葉以外の「非言語情報」も伝達しやすく、他人との意思疎通が行いやすいためだ。今年の働き方トレンドを占った筆者の記事で取り上げた「メラビアンの法則」や、東海大学の田中彰吾博士へのインタビューでも非言語情報の重要性について言及している。

しかし、すべてのコミュニケーションにおいて対面がベストというわけではない。一方的な情報共有か、インタラクティブなやりとりが必要か、また非言語情報も必要か、コミュニケーションの目的と効率性に合わせて最適な手段は変わるのである。「目的に適したコミュニケーション手段を執る」ことで、モビリティは向上する。

Collaboration コラボレーションの制約

コミュニケーション活性化の延長には、「コラボレーション」や「イノベーション」といった組織活動の成果目標が存在する。その上でオフィスは重要な場だが、これもオフィスに依存し過ぎてしまうと社員のモビリティは低下する。

多くの企業でコラボレーションを狙ったオフィスづくりの試みが見られるが、なかには社内の立派なコラボレーションスペースにすべての意識が向いてしまい、オフィス外でのコラボレーションを視野に入れていないケースがある。もちろん情報セキュリティなどの観点から活動場所を限定することはあるが、オフィスだからこそ行えるコラボレーションを模索することと、コラボレーションをオフィス内のみに留めることは異なるのだ。

以前取り上げたNEW STANDARDのようにオフィスをコラボレーションの場と割り切る代わりに、フレックス制やリモートワーク可能日の設定を通じて包括的にモビリティの制約を解くことは1つの手段だろう。業務内容や活動ごとに様々なコラボレーションツールが開発されている現代において、適切なデジタルツールを導入し、同じ場所にいなくても共同作業が可能な環境整備をすることは、コラボレーションの制約による不自由を解消する。モビリティを高めることで、チームや組織をまたいだ新たなコラボレーションを実現することもできる。

Culture 文化の制約

最も難しいうえに、なかなか顕在化されないものとして文化の制約がある。冒頭で紹介した総務省の「ICTによるインクルージョンの実現に関する調査研究」(2018)でも、「上司が理解しない」「同僚が理解しない」など、長年培われた企業文化を理由に社内理解が得られないことに嘆く声が上がっている。

しかも最も厄介なのは、多くの企業ではこのように企業文化に対する社員の本音を聞き出すことが非常に困難であるという点だ。明確な意見を社員個人が胸の内に持っていても「集団組織の規律を乱したくない」または「乱す人間と思われたくない」、「周りに迷惑をかけたくない」という思いから、声をあげられないことは多い。良い意味では組織や会社への配慮とも取れるが、実際のところ企業内でアンタッチャブルな領域になっているというのがほとんどだ。

またそれらを隠れ蓑にして「出社することで自身の役割を果たせている」「テレワークになることで別の社員の評価指標を設定しなければならないのは困る」と、仕事をすることに対する本質を見失っているケースも見受けられる。

顕在化されにくい制約だからこそ、オフィスに来ることは事業活動の目的ではなく手段であること、オフィスに出社しただけでは成果は上がらない、評価されない(しない)ということをテレワーク導入時にあわせて明確に打ち出し、組織の上層部から一般社員に至るまで1人1人の意識を育てていくことが肝要だ。

最優先して解消されるべき制約とは

以上、モビリティを阻害する5つの制約について取り上げた。「場所」「紙」「コミュニケーション」「コラボレーション」の制約は、比較的テクノロジーやサービスを活用して解消を目指せるものの、最後に挙げた「文化の制約」についてはそれらと一線を画す。ツールやサービスをどのように活用するか、どこまで活用しきれるかも企業の文化や個人の意識によるものが多い。

そう考えるとモビリティの向上に向けて解消が最も優先されるべき制約は明確で、企業文化への介入、1人1人の意識改革なくして働き方は変わらないと言えよう。本記事では制約の解説までにとどめたが、それらを解消する具体的なアクション・施策や事例などについても今後継続的に取り上げていきたいと思う。

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この記事を書いた人

Shinji Ineda フロンティアコンサルティングにて設計デザイン部門の執行役員を務める。一方、アメリカ支社より西海岸を中心としたオフィス環境やワークスタイルなどの情報を、地域に合わせてローカライズ・ポピュラーライズして発信していく。



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