イノベーションの後押しに。「企業間レンタル移籍」のメリットと可能性
記事作成日:[December 13, 2022]
BY Yuichi Ota
新たな価値を創造する、企業間のレンタル移籍
企業の規模が大きくなるほど、イノベーションは起こりにくくなるとも言われている。そうしたなか、組織や個人の可能性を広げるべく、大企業の従業員が一定期間ベンチャー企業で働く「レンタル移籍」サービスを提供しているのが株式会社ローンディールだ。
同社のレンタル移籍は、子会社やグループ会社に異動する従来の「出向」とは異なり、従業員を送り出す大企業と特に関連のないベンチャー企業が受け入れを行うという。では、この制度の導入によって、具体的にどのようなメリットが期待されるのだろうか。ローンディールの代表を務める原田未来氏にお話をうかがった。
株式会社ローンディール代表取締役社長 原田未来氏
企業間レンタル移籍に期待されるメリット
ローンディールのレンタル移籍を通じて、大企業の人材は半年から1年ほど移籍先のベンチャー企業で働き、事業開発などのプロジェクトに取り組む。移籍と言っても籍は置いたままで給与は所属企業から支払われるため、研修や人材育成の一環とも捉えられる。「ヒントとなったのは、サッカーなどのプロスポーツ界で行われているレンタル移籍です」と、原田氏は語る。同社が担うのは、そのマッチングとサポートだ。
このサービスを利用することで、レンタル移籍する本人はもちろん、送り出す大企業と受け入れるベンチャー企業の双方にメリットが期待できるという。まず、大企業は自社では経験できないベンチャー企業ならではの実践経験を通じて、イノベーションの創出に関わる人材を育成できる。一方のベンチャー企業も、大企業ならではのスキルを持つワーカーを受け入れることで、既存事業の強化や新規プロジェクトの開発に新たな知見を活用できるのだ。
(画像は株式会社ローンディールのWebサイトより)
それを裏付ける2つの事例を以下に紹介したい。
<ケース1>「トヨタ車体株式会社」から「トラベルドクター株式会社」へ
30年以上、トヨタ車体でデザイナーとして車両開発に携わってきた北垣達哉氏。レンタル移籍を決意したのは、ユーザーと直接繋がりを持ち、ユーザーの生の声をデザインに反映するためだという。移籍先のトラベルドクターは、病気を理由に旅行を断念する人に医師同行の旅を提供しており、北垣氏はその事業の要となる介護車両を作るためのプロジェクト推進を担当した。
トヨタ車体では指示に沿った車両のデザインを主な職務としていたが、トラベルドクターでは、より広くサービスを提供するための介護車両を制作する資金集めから担うことになった。そこで初めてクラウドファンディングを立ち上げ、共感者や協賛者を集めるために尽力したという。大企業のデザイナー職では携わることのない貴重な経験を得られた好例だ。
<ケース2>「東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)」から「Kotozna株式会社」へ
JR東日本の国際事業本部に在籍し、海外での鉄道事業に携わってきた白土英明氏。自身のスキルが他社で通じるのか試したいと、レンタル移籍に立候補した。移籍先のKotoznaは、同時翻訳アプリの開発を手掛けるベンチャー企業だ。白土氏は同社で、宿泊施設向けの多言語コミュニケーションツールのオンボーディングを担当した。
業務中、宿泊施設にツールを提供した旅行会社から不具合の連絡を受けることもあった。長い乗務員経験から、「可能な限りミスやリスクは取り除くべき。100%の完成度でサービスを提供しなくては」と考えていたため、当初は市場に早くアイデアを出したい、クリティカルな不具合がなければ70%の完成度でリリースしたいとするエンジニアの言い分を理解できなかった。しかし、議論を重ねるうちに、スタートアップ企業には「前例がないことこそチャンス」なのだと納得。どちらの意見も理解できるからこそ、Kotoznaと旅行会社をうまく繋げられることに気付くと同時に、慎重になりすぎずスピード感をもって仕事を進められるように。加えて、大企業で培った調整スキルが活かせたことで自信がつき、今後のキャリアの方向性も定まったという。
2022年11月現在、ローンディールには移籍先候補として約550社の企業が登録している。移籍先選びについて、「急成長しているスタートアップだけでなく、2代目・3代目社長が経営する中小企業や地方創生を手掛ける団体など、“挑戦している会社”を対象にしている」と語る原田氏。新規事業に注力して自社の柱を作ろうとする組織を、同社では期待を込めて“ベンチャー企業”と呼んでいる。
レンタル移籍者は入社10年目前後の従業員が多く、職種は営業、研究開発系、コーポレート系、人事系など様々だ。新規事業を扱う部署からの移籍者は3分の1程度にとどまる。この背景について、「大企業側にはイノベーションを起こせる人材を育てたいという思いはあるが、新規事業=イノベーションの時代ではなくなったからでは」と、原田氏は推測する。
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レンタル移籍の成功に必要なのは、自発的な意思と細やかなサポート
ローンディールのレンタル移籍は、まず企業内で送り出す人材を決定するところから始まる。決め方は選抜や公募、指名など様々だが、自らレンタル移籍を希望して上司を説得するケースもあるという。
そして、移籍先を選ぶのは企業ではなくレンタル移籍する本人だ。「本人が会社のビジョンや事業に共感することが重要。この経営者と仕事をしてみたいなど、自発的な意思があるからこそ、移籍先で辛いことがあっても耐えられるし、頑張って吸収できる」と、原田氏は説明する。
移籍先選びのポイントとなるのが、開始2カ月前から終了3カ月後にわたって移籍希望者をサポートする「メンター」の存在と、「WILL発掘ワークショップ」と呼ばれるキャリアの棚卸だ。移籍希望者はビジネスに精通したメンターを壁打ち相手に、「今後どのようなキャリアを歩みたいか」「その実現には何が欠けているのか」など、まずは自分の内面と向き合う。そこからどんな企業に行けば不足を補えるのかを考え、自らの意思で移籍先を選ぶのだ。これにより、移籍先のベンチャー企業でどのようなことを実現したいのかが明確化されるという。
その後、同社に登録している移籍先企業から数社を選んで面接に進み、合格すれば移籍先が決定する。
「移籍後もメンターと対話しながら、この経験をどのように組織に還元していくかを徹底的に考えてもらいます」と、原田氏。同社のレンタル移籍では、送り出す大企業と受け入れるベンチャー企業の双方が仲介料を支払う。受け入れ企業も真剣に人材を選ぶため、お客様扱いで終わることはない。自社とつながりのない企業への移籍に、不安を抱える人は少なくない。そうした不安をフォローし、得た経験を組織にどう還元するかまで支援する手厚いサポートも、レンタル移籍の成功を大きく左右すると言えるだろう。
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ベンチャー企業への移籍経験が広げる可能性
レンタル移籍を経験した従業員のほとんどが、最初の数カ月は苦戦するという。大企業では、何をするにもブランド力や会社の看板という後ろ盾があるが、ベンチャー企業ではそうはいかない。大企業内でトップセールスを記録していた人でも、ベンチャー企業では月額4000円のサブスクサービスの売り上げが全く立たない、そんなケースも往々にしてあるという。
「社名やブランドではなく、個人で勝負しなければいけない環境に身を置くことが、その人の成長にとって非常に重要になります。そうした経験を持つ人材が、ゆくゆくはイノベーションの起爆剤となるキープレイヤーとして活躍するのでは」と、原田氏。
近年、企業間レンタル移籍のニーズが高まっている理由については、「大企業では、自分以外に意思決定者がおらず、すべて自分で決めるような経験はなかなかできません。一方、ベンチャー企業では日常茶飯事なので、そこに可能性を見出している企業が多いのかもしれないですね」と推測する。
ローンディールでは現在、フルタイムで半年以上のレンタル移籍を手掛けているが、今後は期間を短くする、パートタイムでの受け入れを行うなど、越境を体験しやすい仕組みづくりも考えているという。実現すれば、自社で働きながら週の半分はベンチャー企業で働くという、パラレルワークのような働き方も可能になるだろう。
「現在行っている企業間レンタル移籍は、サポート体制の充実などから最上位モデルと位置付けています。さらに、期間や時間などを縮小して提供すれば、サービスレベルは落とさずにユーザー企業側ももっと気軽に利用できるものになるのでは」と、原田氏は今後の展望を語る。
また、企業間だけに限らず越境範囲を広げることも視野に入れている。同社ではすでに各省庁と企業とのマッチングを行っており、今後は企業間だけでなく、越境体験全体をデザインできるようなビジネススタイルを目指すという。
新しい働き方を各企業が模索するなか、会社の事業成長、従業員のキャリア育成の観点からも、企業間レンタル移籍は有効な選択肢の一つになり得る可能性を持つ。レンタル人材が自社に戻ったあと、どのようなイノベーションを起こしていくのか。今後も動向が注目される。
この記事の執筆者
Yuichi Ota 住宅関係などの業界紙記者を経て、フリーライターとして独立。現在は、さまざまな媒体で取材・執筆活動を行っている。注力している分野は、モビリティ、環境問題、スタートアップなど。現在は、ポストコロナの新しい働き方にも着目。