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海外で進むオフィスのコロナ対策 専門家が実践する5つのリデザイン

記事作成日:[July 29, 2020]
BY Kazumasa Ikoma

現在多くの企業がウィズコロナ、アフターコロナ時代のオフィスのあり方を模索しているが、国内でその取り組み事例を目にする機会は限られている。一方、海外では状況が深刻なことからオフィス対策も急ピッチで進められており、その事例が徐々に集まっている。今、世界ではどのような対策に企業が動いているのか。その事例の一部を5つのポイントに分けて紹介する。

①オフィスカルチャーの共有

現在多くの企業が在宅勤務体制を強化し、それに合わせて従業員も日常業務の中でオンラインで同僚と仕事を行う生活に慣れ始めている。しかし、対面コミュニケーションが減ることで社内のコラボレーション能力の低下に懸念を示す企業も徐々に増えているようだ。対面での交流を大切にするオフィスカルチャーを今日の状況でも維持するための取り組みが1つ目の注目ポイントだ。

IA Interior Architectsでデザイン・ディレクターを務めるジュリア・リーヒ (Julia Leahy) 氏は、在宅勤務が続く今の生活で従業員同士が顔を合わせる機会が減ってしまいコラボレーションが徐々に弱まりつつあること、そしてイノベーションにつながる企業活動を進めたくても難しいという”スランプ”に多くの企業が陥ることを危惧している。リーヒ氏と同じく同社のデザイン・ディレクターを務めるサラ・ブロフィ (Sarah Brophy) 氏も、同社が顧客に取ったサーベイ結果で、テレワークは若手人材を中心に親しまれているものの、在宅勤務はやはりネガティブに捉えられているという。

これはアメリカ特有の事情も含まれるが、若手の社員は1つのアパートメントに4、5人のルームメートと一緒に暮らすため、狭いダイニングルームに自身の仕事用モニターを朝設置し、夜には片付けるといった生活を送っている。また彼らが持つ人とのつながりは仕事上のものが多いため、そのつながりが薄れる現状では精神的に落ち込んだり鬱のようになったりするようだ。

このような状況から、2人は今後の予測として、企業がテレワークとオフィスワークの2つを使いこなす「ハイブリッドワーク」を受け入れていくと見ている。例えば、週のうち最低2日間は集中作業を行うためにテレワーク制度を維持しつつ、残りの日数でオフィス出社を推奨して、ソーシャルとクリエイティブの側面を補うというものだ。

"the Host Bar"の考え方

従業員がオフィスに戻って同僚と交流を図れるようにするには、まず一番に従業員の安全を考慮しなければならない。この”社交性”と”安全性”のバランスをどのように取るのかは今後オフィスを構築する上で重要な課題の1つになるが、この問題に対し、Perkins and Willのロサンゼルススタジオでインテリアデザインディレクターを務めるミーナ・クシュネク (Meena Krenek) 氏は、"the Host Bar"というソーシャルエリアの形を提唱している。

交流イベント用に作られたこの空間では、ソーシャルディスタンスが十分に取れるように考慮された大きな空間に長いカウンターテーブルを構え、手洗い用に用意された2つのシンクも離して設置。さらにイベントには欠かせない食べ物・飲み物の取り方にも運用面で注意を払い、非接触の自動販売機やコーヒーマシーンの設置や、個別包装されたスナックや食べ物の提供で衛生基準を維持するという考えだ。

クシュネク氏が提唱するthe Host Bar(画像はdezeenより)

従来のイベントスペースとの違いは、接触回数を極力減らした点にある。クシュネク氏曰く、これまでは従業員がフルーツやスナックをシェアしたり、カウンターに置いてあるものに何気なく触れたりと、とにかく多くのものに触れ合う機会が多かった。他の人との交流を促す空間があることを示しつつ、ソーシャルディスタンスを取れるように広く設計し、そして運用面でも極力複数人がものに触れ合う機会を少なくすることで、「社交性と安全性のバランス」を取っているのだ。

オフィス外で交流イベントを開催

ニューヨークでデザイナーを務めるラケル・サクサー (Raquel Sachser) 氏によると、彼女が務めるワークプレイスデザイン専門事務所のM Moser Associatesでは、自社内でも企業カルチャーを維持するために定期的に公園でのミートアップイベントを開催し、チームが顔を合わせる機会を継続して持つようにしているという。従業員はマスクをつけて小グループで集まり、一定の距離を保ちながら、日々の業務におけるストレスや不安を話し合って交流を図る。家に長期的にいることで精神的に落ち込むことも懸念されるため、従業員を外に出すことも考慮しながら、精神的なポジティブさと健全な企業カルチャーの維持を行っているようだ。参加するサクサー氏自身も健康的な働き方を保つ上で重要なイベントだとこの会社の取り組みを前向きに捉えている。

②衛生対策を行ったオフィスデザイン

先述のように、従業員がオフィスに戻るためには、まずオフィスが衛生的に受け入れ環境を整えている必要がある。サクサー氏が務めるM Moser Associatesでは厳しい衛生基準を設けているという。オフィス入り口には、社内にウイルスを持ち込まないための「クリーンステーション」が存在する。これはソーシャルディスタンスの規則から一時的に使用中止にしたパントリーエリアを、手洗いやスマホの消毒を行うスペースに替えたもの。さらにある研究でウイルスの感染粒子が人が履く靴のソール部分にも付着する可能性が示唆されたことを受け、同社では外出用の履き物をオフィス内で履くことを禁じ、室内用の履き物を提供したという。従業員はこの社内用靴への履き替えもこのクリーンステーションで行っている。

M Moser Associatesのロンドンオフィスでは執務スペースに入る前に書類などが並ぶパントリーエリアがある。(画像は同社ウェブサイトより)

この空間を”クリーンステーション”として活用し、従業員は執務スペースに入る前に手洗いやスマホの除菌、靴の履き替えを行う。(画像は同社ウェブサイトより)

また従業員の全員出社がまだ厳しく、従来のように施設をフル稼働させることが難しい状況で、同社はラウンジの家具配置を整理し直している。個人が使用するオフィス面積を増やすことで、従業員はソーシャルディスタンスを取りつつ、また自宅で働いているかのような快適さを提供することが狙いだ。この模様替えは従業員たちから好評で、もとあったデスクは戻さないよう望む社員もいるようだ。

M Moser AssociatesのNYオフィスでは1つの空間で複数の打ち合わせやレクチャーができるようにフレキシブルなデザインを施していたため、コロナ禍での対応力も高かった。(画像は同社ウェブサイトより)

③カフェテリア空間の見直し

近年のオフィスでは従業員の交流やコラボレーションが話題にあった背景から、社内カフェテリアを作るブームが訪れていた。しかし、人同士の物理的な距離を取ることが必要とされる今、カフェテリアの使い方もまた工夫が必要なポイントの1つである。

先述のリーヒ氏やブロフィ氏と同じくIA Interior Architectsでデザインディレクターを務めるメリッサ・パナラ (Melissa Panara) 氏は約93,000㎡に及ぶ巨大な金融系企業のキャンパスオフィスのプロジェクトを担当、そこで働く社員のためのカフェテリアも手掛けた。施設には社員が1日を通して食事を摂る以外に同僚と交流したりや集中作業も行ったりできるように約400席が様々な形で用意されたが、現在は112席まで座席数を減らしている。

パナラ氏曰く、コロナ禍でカフェテリアのあり方もこれまでと異なる見方が求められるという。従来は「何人が入れるか?」という密集度がすべてだったが、この考え方は今の状況下で受け入れられない。

食事をテイクアウト用に変更

この問題に対処するために、パナラ氏は運用面を中心にいくつかの変更を加えた。そのうちの1つが、カフェテリアでの食事提供だった寿司コーナーを持ち帰り用の"TO GOバー"にした点。カウンターチェアを取り払って事前予約を受け付け、持ち帰れるように寿司をパッケージするようにしたという。

またこの運用をスムーズに行うためにデジタルツールを導入した。食事を受け取りに行く際にも従業員が混雑する時間に移動しては意味がない。そこで密を避けられるようにIA Interior Architectsが開発したデジタル空間プランニングツール”Quanta”を利用。このツールはもともとコロナ対策に伴うレイアウト変更を行う際に、3Dに起こした図面をもとにリアルタイムでソーシャルディスタンスの取れる執務空間を確認することができるように開発されたが、フットトラフィック(人の移動量)や密度の度合いも計測する。従業員はこのデジタルツールを活用しながら、食べ物を注文する際もモバイルアプリを使用することで、人混みを避けながら食べ物が準備できた時だけカフェテリアに移動するという仕組みを取っている。

IA Interior Architectsが開発したデジタル空間プランニングツール”Quanta”(画像は同社ウェブサイトより)

④洗面所・トイレのリデザイン

一度に複数の人が利用することが多いトイレや洗面所はワークプレイスの中でも密の回避や衛生対策の面で特に注意が必要な空間だ。ニューヨークにあるアート分野の専門大学・プラットインスティテュートで建築学部長を務めるハリエット・ハリス (Harriet Harriss) 氏によると、オフィスのトイレは収容人数や清掃業務、また場合によってはジェンダーによる区別も随時全従業員が平等に使えるようにするために見直す必要があると語る。

さらに感染を予防するには非接触テクノロジーが鍵になるという。トイレを流すときや洗面所で水や手洗いソープを出すとき、また手を拭く際のペーパータオルを取るときにセンサーに手をかざすタイプのものが便利になる。また自動洗浄を行うトイレ自体も利用者や清掃員の感染防止に役立つ。IA Interior Architectsのブロフィ氏もこの意見に同意し、テクノロジーの導入で私たちが「ものに触れない」という習慣を身に付けることができ、オフィス内のウイルス拡散防止に重要な役割を果たすと期待を膨らましている。

非接触センサーが活躍するトイレ環境

さらに、リーヒ氏は個室トイレを増やすことにも言及する。これは単にプライバシーの問題だけでなく、ウイルスの感染拡大防止という面でも衛生基準を満たすからである。それに加え、近年では自身を男性・女性のいずれにも分類しないノンバイナリージェンダーの人への配慮も重要であるため、今の時代背景的に個室トイレを増やすことのメリットは非常に大きい。その際にはビルオーナーや管理会社の積極的な協力が求められる。

⑤空気(湿度)の管理

100年以上の歴史を持つ老舗の建築事務所Leo A Dalyは、建物内の湿度レベルがウイルスの感染拡大に大きな影響を及ぼすと見ている。研究によると、乾燥した空気がある場所は新型コロナウイルスのような疫病が蔓延しやすい環境とされている。特に空気の相対湿度が40%以下のとき、 ウイルスに飛沫粒子が長く遠くへ浮遊し、感染力が増す。同社のバイスプレジデントで技術部門のディレクターを務めるティム・ダフィー (Tim Duffy) 氏は、湿度を40〜60%に保つことが感染予防に最適な”スイートスポット”であるとしている。

しかし、ビル全体への作用を考慮せず単純に室内に加湿器を設置するだけでは建物の壁、床、天井部分の劣化につながり、建物自体の寿命を減らしかねない。また、カビが繁殖することで、人間の健康に有害となる別の原因と作ってしまう可能性もあるとダフィー氏は注意を加える。そのため壁に断熱材のレイヤーを追加したり、壁際の空気を温め直す装置を導入すると行った対策が対応を取る必要があるという。

また湿度だけでなく、室内空気の質も感染予防に重要な要素であることから、企業は換気システムを見直し適宜対応する必要がある。シラキュース大学で機械・航空宇宙工学の教授を務めるJianshun Zhang教授は他の専門家との共同研究を経て、良質な空気環境を保つために役立つ3つの戦略を提唱している。

  1. 源流管理:全員がマスクを着用し、オフィスではパーティションを設置する
  2. 換気:新鮮で綺麗な空気を建物内に入れ、空気中のウイルスや汚染物質を薄める
  3. 空気の洗浄:微細な粒子の捕集率が高いエアフィルターを導入する

「源流管理」は最も分かりやすい対策だが、「換気」と「空気の洗浄」は特に下記を意識すると良い。

換気の詳細

Zhang教授曰く、将来的にオフィスには”個人の換気”が必要になるという。つまり、各従業員が口と鼻を覆って使用する個人用の呼吸器を装着し、コロナウイルスを含んでいるかもしれない周辺の空気を排除する、ということだ。

しかし、より現実的な目線ではコスト的な観点が重視されるため、実践しやすい取り組みとして、室内空気を外の空気と循環させ換気することで、ウイルスが周辺空気に含まれる可能性を下げ感染拡大リスクを減らす方法をZhang教授は推奨する。ここで気をつけたいのが、現状のオフィスビルでは、ほとんどのシステムが空気の20%を外から取り込みつつも、残りの80%は室内で循環させているという点。パンデミックが危惧される今の状況では、すべての空気が外から取り込まれるむようにしなければならないとZhang教授は話す。換気システムと合わせて、パーティションも空気循環に流れに応じて設置し、従業員の相互感染を防ぐ取り組みが必要だ。

空気洗浄の詳細

また空気洗浄の観点において、Zhang教授は空気感染予防の対策としてHEPAフィルターを使った換気システムを導入し、特に多くの空気が再循環する場所に設置することを企業に勧めている。HEPAフィルターは、粒径が0.3μmの微細な粒子を99.97%以上フィルタリングすることができ、ウイルス対策に必要なものであるという。

室内の空気が綺麗であるかどうかもこれからのオフィスが従業員に安全性を提供する要因の1つとして、多くの人に認識されそうだ。

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この記事の執筆者

Kazumasa Ikoma オフィス業界における最新情報をリサーチ。アメリカ・サンフランシスコでオフィスマネージャーを務めた経験をもとに、西海岸のオフィスデザインや企業文化、働き方について調査を行い、人が中心となるオフィスのあり方を発信していく。

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