現代の高野山が「集中」の先に見出す可能性 ~JINS「Think Lab」プロジェクト~
記事作成日:[October 11, 2017]
/
記事更新日:[October 30, 2019]
BY Shinji Ineda
近年多くの企業が社内でのコミュニケーション活性化に向けたワークスペースの実現を望み、様々なコワーキングスペースが共創にむけた空間やコミュニティを提供している。そのようななか、株式会社ジンズは先日9月13日に集中にフォーカスしたこれまでにないワークスペースをつくるため、新プロジェクトThink Labを発表した(飯田橋グラン・ブルーム29階 12月1日オープン予定)。Think Labではパートナー企業と協力し、集中に適した環境整備とサービスを提供していく。
JINSは日々パートナー企業、大学、専門家と連携してメガネの先にある可能性を追求してきているが、その象徴的なプロダクトとして2015年に発表されたのがJINS MEMEである。JINS MEMEはメガネとテクノロジーを融合させることでまばたき、視線移動、カラダの動きを解析でき、働き方から趣味・スポーツ・フィットネスに至るまで幅広い分野で活用が進んでいる。
テクノロジーによって明らかになった「オフィスで集中できていない事実」
JINS MEMEグループのマネージャーである井上一鷹氏はあるときに、JINS MEMEを利用した調査結果にショックを受けたという。JINS MEMEを利用している数千人のデータを分析したところ、実はオフィスでは集中できていないという事実が確認できたというのだ。イノベーティブに働くには、コミュニケーションと集中を高めることが重要といわれているが、コミュニケーション主体のオフィス空間が一方で集中を妨げていることを知り、そこで集中のためにはコミュニケーションを遮断するぐらいの場が必要なのではと考えたという。
人は集中作業時に話しかけられると同じ集中状態に戻るまでに23分かかるが、オフィスでは11分に1回、集中を阻害する事態が発生していると言われている。【関連記事:あなたを雑音から救う!! 集中を生み出すオフィスファニチャー】
空間デザインを担当したのは建築家の藤本壮介氏。上は鳥居をイメージしたThink Labの入口。
参道にあたる通路で、集中を高めていく石畳のアプローチとなっている。
参道を抜けると開放的な「庭」と呼ばれる空間へ。上写真は庭から見下ろせる景観。
JINSが定義する集中している状態とは
ここでまずはJINSが考える集中について先にお伝えしよう。以前、井上氏はこのような興味深い話をされていた。「人間が集中できるのは1日4時間といわれていて、それを業務の優先順位に合わせてどうのように分配していくかが大事です。」また一日のなかで集中できる最適な時間帯は遺伝子レベルで人によって異なるという。「面白いのは、ほぼ同じワークスタイルの4人を対象にして調査をすると、Aさんは15時くらいに集中が切れるのに対し、Bさんは12時ぐらいにならないと上がってこないのです。」いかに集中についての科学的分析がJINS MEMEを利用して行われているか、これらの話から理解できるだろう。
JINSは下記の3つの状態をもって集中が高まっていると定義している
①1つのことに集中(没頭)している。 ②リラックスし、心が安定している。 ➂姿勢が安定している。
JINS MEMEのアプリ画面で、上記の3つの要素を測定している。JINS MEME WEBサイトより引用。
大脳で処理が必要とされる複雑な課題は、2つ同時に処理ができないと近年の研究で証明されたという。つまりは2つのことは同時に考えられず、いかの1つのことに没頭するかが生産性を高める鍵とのことだ。そしてJINSではJINS MEMEを用いて瞬きや姿勢を測ることで、上で挙げた3点をもとに集中の状態を可視化している。通常人間の瞬きは1分間に20回程度だが、1つの事に集中し没頭していくと3~4回になり、またリラックスし心が安定している人ほど瞬きの強さも安定するという。
つまりは、「集中(没頭)・リラックス(心の安定)・姿勢の安定」これらを実現するための空間がこの度発表されたThink Labと考えてよいだろう。
現代の高野山を東京に
Think Labのコンセプトの根源は神社仏閣にあるとのことだ。イノベーションのためには「知の探索」と「知の深化」のバランスが重要であると、本プロジェクトのコンセプト統括監修を行った予防医学研究者の石川善樹氏はいう。「知の探索」とは様々な人と出会ってコミュニケーションを深めていくこと。「知の深化」とは探索によって得られた情報を個人の中で内省化していくことで、あらたな知見を生み出していくことを指している。知の深化に特化した空間に至るきっかけのひとつは、まず空海にあったとのことだ。
「今から千数百年前に空海は中国に渡り知の探索を行いました。その結果情報過多になった空海は、あえて都から離れた高野山に場所を移し知の深化を行いました。」そこで現代の高野山を東京につくれば、情報過多の現代社会に求められるのではないかと考えたという。また環境を実現するために構造を深く考えていくと、神社仏閣のつくりが極めて日本人に適した、超集中状態へ導く理にかなった造りになっていることが見えてきたという。そして鳥居から本殿に至るまでの流れが集中へのウォームアップにつながっていると考え、その構造に着想を得たとのことだ。
このような神社仏閣のつくりが、集中に導くための構造であると考えたという。
またJINSではJINS MEMEを利用したプロジェクトのひとつとして、JINS MEME ZEN MINDFULLNESS PROGRAMというプログラムを行っている。そこで講師を務めている京都の妙心寺春光院副住職である川上全龍氏と、石川氏は次のような話をしたことがあるという。「一見クリエイティブで素晴らしいオフィス環境をもっているはずのシリコンバレーの方々が、集中し自分の情報を整理するために、わざわざ1人で日本の神社仏閣に来ているのは何故だろうか」そこで世界中を見渡しても神社仏閣にしかない特徴が知の深化のためにあるのではと考えたのが、もうひとつのきっかけだという。
この話を聞いているなかで、私は「集中」以上の可能性がこの現代の高野山にはあるかもしれないと考えた。
西海岸の企業で取り組まれるマインドフルネス
日本の禅はスティーブ・ジョブスを魅了し、強い影響を与えたのは周知の事実であり、現在はマインドフルネスとして多くの企業に広まっている。マインドフルネスを一言で説明するのはとても難しいが、スタンフォード大学のスティーブン・マーフィ重松教授は自身の著書『スタンフォード大学 マインドフルネス教室』のなかで、“マインドフルネスとは自分が何者であるかを探り、自分の世界観と自分のいる場所を問いながら、意識を目覚めさせて自己や世界と調和して暮らすことなのである。”※1と述べている。
もう少し詳しく解説するとしたら、禅とマインドフルネスの違いを述べるとわかりやすいかもしれない。
①宗教性の有無:禅は仏教の一派である禅宗の考え方や思想のことだが、マインドフルネスには宗教性はなく、それゆえに様々な人種や分野の人が取り組みやすくなっている。
②目的や効果の明確さ:宗派による違いもあるかもしれないが、禅宗で行われる坐禅はただ座ることとされており、目的や明確な効果のために行うものではないとされている。
臨済宗妙心寺・退蔵院の副住職である松山大耕氏は自身の著書『ビジネスZEN入門』にて “何を信じているかというと、お釈迦様が”悟った”ということを信じているのです。お釈迦さんと同じことをすれば何か悟れるかもしれない。わからないけれども、とりあえずそれを信じて自分もやってみよう。そこに仏教的な信仰があるわけです。”※2と述べている。そのために同じ行為として行う一つが坐禅ということだ。一方マインドフルネスで行われる瞑想は、ストレス低減や集中力向上など、はっきりした目的や実際の効果を求めて行われる。また体の健康のために行う行為を運動とした場合、心の健康のために行う行為を瞑想として考えると、より理解しやすいと言えるだろう。マインドフルネスに興味がある方には、文末の参考書籍をおすすめする。
瞑想とThink Labがもたらす共通点
FacebookやIntel、Nikeなどの企業でも導入に至っている、マインドフルネスをベースとした能力開発プログラムSIY(Search inside yourself)を、Googleで創り上げたチャディー・メン・タン氏は著書『サーチ・インサイド・ユアセルフ――仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法』にて次のように述べている。 “マインドフルネスはふたつの重要な能力を鍛える。注意とメタ注意だ。(中略)メタ注意というのは、自分の注意がそれたことを知る能力ということになる。(中略)注意とメタ注意の両方が強くなると、おもしろいことが起こる。心がしだいに集中し、安定するけれど、リラックスした形でそうなるのだ。”※3
一方で前述したJINSの定義する集中の状態を思い出してほしい。そしてそれを実現するためにThink Labは計画されている。ともなると「Think Labという場の利用」と「瞑想」がそれぞれ導くのは、非常に近い精神状態であるとは考えられないだろうか?
もちろん、そもそも「Think Labの利用」と「瞑想」の目的はことなるし、求める結果への意識や質にも差があると思う。しかし、それでも導こうとしている精神状態に共通点があるという点には非常に興味を魅かれる。あくまでプロジェクトとしては「集中」を促す場として構築されるが、その先には「集中」以上の効果を生み出すポテンシャルを秘めていると考えてもおかしくはないだろう。
Think Labが西海岸に与えるインパクト
JINSは2015年4月にサンフランシスコへフラッグストアをオープンして以来、現在4店舗を西海岸に展開している。これまでメガネをつくるには、それなりの費用と期間がかかった米国にて、JINSは新しい価値を提供している。
サンフランシスコ、ユニオンスクエアの近くあるJINSの店舗。右写真はレンズ自動加工システムの「KANNA」
JINSの知名度の広がりとあわせて、マインドフルネスに取り組む西海岸の企業がそのオフィス構造に興味を抱く可能性は大いにある。東の小さな島国のオフィスが世界から注目される日は遠くないかもしれない。
引用文について
※1 スティーヴン・マーフィ重松 (著), 坂井純子 (翻訳) 『スタンフォード大学 マインドフルネス教室』Kindle版、講談社、2016年、http://a.co/iaYTazC
※2 松山大耕 (著)『ビジネスZEN入門 (講談社+α新書)』Kindle版、講談社、2016年、http://a.co/3KSg1aY
※3 チャディー・メン・タン (著), 一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート (著), 柴田裕之 (翻訳)『サーチ・インサイド・ユアセルフ ― 仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法』Kindle版、英治出版、2016年、http://a.co/33eCEVG
この記事の執筆者
Shinji Ineda フロンティアコンサルティングにて設計デザイン部門の執行役員を務める。一方、アメリカ支社より西海岸を中心としたオフィス環境やワークスタイルなどの情報を、地域に合わせてローカライズ・ポピュラーライズして発信していく。