経営者がこだわるオフィス ー 小売系IT企業FABRIC TOKYOが「オープンなカルチャー作り」を徹底した東京・代々木本社
記事作成日:[January 30, 2020]
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記事更新日:[February 09, 2020]
BY Kazumasa Ikoma
近年、会社経営におけるオフィスの重要度は高まり、経営者が自らオフィス構築の中核を担うことが増えている。そこで今回は「経営者がこだわるオフィス」に注目し、経営者としての思いや考えをどのようにオフィスで体現したかについて、3社のオフィスをシリーズ化してお伝えする。
今回訪問したのは、ビジネスウェアのカスタムオーダーサービスを提供するFABRIC TOKYO。2014年にサービスをリリースした同社は、リアル店舗で採寸したデータをクラウド上に登録し、その後顧客がネットやスマホで購入したオーダーメイドのスーツやシャツを直接顧客のもとに届けるというD2C (Direct to Consumer) ビジネスを展開している。一見アパレル企業と思われがちだが、エンジニアの積極的採用やデータドリブンでリアル店舗やデジタルマーケティングなどの最適化を行いビジネスを展開していることから、むしろテクノロジー企業としての側面が強い。
1つのスタートアップ内で製造から小売、ITまでカバーするという複雑な組織づくりが求められるD2Cビジネスにおいて、すべての機能を自社で揃える「自前主義」の形を取るFABRIC TOKYOでは他部署間の連携が必須となる。そのため、2019年6月から入居を開始した新オフィスで重視しているのは、個よりもチームとしての力が発揮できる「オープンなカルチャー」の醸成だと同社代表を務める森雄一郎さんは語る。
2016年には組織崩壊を1度経験し、離職率が高い時期もあったというFABRIC TOKYO。しかし、その後の2017年から売上は2期連続で昨年対比200%超、体型サイズや趣味趣向などのパーソナルデータ保有数は10万件以上、そのデータを活用した顧客満足度の向上で年間リピート率は44.5%/年を超えて業界水準の1.5倍を記録するなど、驚くべき急成長を遂げている。その背景で経営を支えるオフィスはどのようなつくりになっているのか?
「オープンで協働できる空間」に対するこだわり
FABRIC TOKYOは、他部署間の連携・協働をオフィスで促していく上で「オープン」というキーワードに強いこだわりを持つ。その理由は先述した「複雑な組織づくり」を含め、次の2つだ。
1. D2Cモデルを手がける企業として
まず1つ目は、先述した通り大きく異なる部署が協働するというD2Cビジネスの特徴をFABRIC TOKYOが持つ背景にある。数多くの機能をすべて自前でカバーする同社では、バリューチェーンが長い分、機能・部署の連携度合いが競争優位性に大きな影響を及ぼす。特に店舗の運営やITサービスの構築、サプライチェーンの管理など、普段は一緒に働くことの少ない人たちの集合体が、最良な顧客体験を作るという1つの目標の下にまとまることは同社の鍵となる部分だ。
それをもとに、同社は会社の文化として「創造性と革新性」「オープンコミニュケーション」「IQよりEQ」の3つを掲げ、社員の集団力を重視している。森さんがオフィスで体現したいと切望していた「オープンさ」は、まさに企業経営やカルチャーとの一貫性を出す上で、必要不可欠な要素だったのである。
2. 先進的IT企業として
またオープンさへのこだわりは、森さんの経営者としての生い立ちも影響している。森さんはもともとスタートアップの聖地であるシリコンバレーに夢を抱いて会社を自ら立ち上げた起業家の1人であり、現地の起業家がカルチャーづくりを重要視する姿勢を自社の経営にも反映している。実際にサンフランシスコ・ベイエリアのビジネスカンファレンスでは、世界的なIT企業のCEOや投資家らが社内のオープンさやカルチャーの重要性について語る場面が多く、その光景はファイナンスや戦略などの具体的な経営論が多い日本のものと大きく異なる。
このカルチャー・ドリブンな組織づくりを重視する考え方は、経営者として自ら会社を成長させていく上でさらに強まったと森さんは語る。FABRIC TOKYOは森さんにとって初めての企業経営の機会。「創業当初は明日食べていけることが大事で、売上などファイナンスが常に頭の中を占めており、組織やカルチャーの重要性はあまり認識していませんでした。」と当時を振り返る。しかしそれから近年の成長ぶりを見返すと、事業が成長した時はいつも「良い社員がいて、チームがうまく機能した時」であり、それから組織とカルチャーの優先度は圧倒的に高くなったと話す。
チームがうまく機能するときは、自主的に行動する社員が多いという。その自主性を刺激するために、FABRIC TOKYOでは積極的に事業計画などの経営情報や課題を公開し、社員が自ら動いて部署をまたいで取り組む機会を設けているようだ。「良い会社をつくり上げる」という当事者意識を代表である森さん以外の社員にも持ってもらうように促すことで、良い組織づくりを行うというビジョンだ。一般的に小売業界は部署ごとのサイロ化が起きやすく、閉鎖的な組織も多いとされる中で、新しい企業のあり方を打ち出そうとする森さんの力強い姿勢が窺える。
このような背景で誕生したFABRIC TOKYOの代々木本社オフィスには、新たなスペースや施策が多く導入された。
フロアが分かれても「人の交流」が起き続ける
JR代々木駅から徒歩2分、南新宿星野ビルの2フロアを貸し切ったオフィスの中身は、5階が執務フロア、6階が会議室など共用スペースの広がるフロアとなっている。オフィスの端から端まで見渡せる壁などの仕切りが一切ない空間はどちらのフロアでも共通して実践されている。
広々とした1フロアに全従業員の作業空間を用意する近年のオフィストレンドとは対照的に2フロアに分けた構図であるが、その課題感をまったく感じさせないほど社員が5階と6階両方を積極的に使用する光景が目に入る。
5階の執務スペースと奥にある社長室
社長室に書かれたMARUEIとその下にあるレンガは、代々木オフィス移転前に入居していた渋谷・丸栄ビルの象徴的な赤い外壁から取っている。企業の歴史を感じるポイントの1つ。
6階のオープンスペース
森さんによると、オフィス構築の過程で森さん含めた経営陣の参加は「オープンさ」「コミュニケーションの促進」など方向性の策定程度で、実際にプロジェクトを進めたのは有志のメンバーだという。卓球テーブルやスタジアムシーティングなどいくつものエンタメ要素を加え、なおかつ電源やホワイトボードを数多く配置して、移動する楽しさと作業しやすさを両立させたことで、「利用率の高いオープンスペース」を実現している。その工夫は、オープンな社風を実現しようと当事者意識を持つ社員の自主性が感じられるポイントだ。
全社集会などで使われるスタジアムシーティングのスペースとその裏にあるリラックススペース
それではさらにオープンさと社員の移動を実現するいくつもの細かいポイントを大きく2つに分けて見ていこう。
人を動かす仕掛け①:本社内の社員を5階⇄6階で移動促す
5階の執務スペースは比較的集中作業を行う空間として機能している。しかし、社員間の距離はほどよく近く、多少のコミュニケーションは取りやすい。そして会話量の多い打ち合わせを行う際にすぐ6階の会議室も利用できるようになっている。コミュニケーションの量でフロアを分けることによって、打ち合わせ重視の空間と集中空間が設計側だけでなく社員の視点でもわかりやすく分類されており、結果的に社員が働き方のスタイルに合わせて空間を「選ぶ」という姿勢を自然に取れるつくりになっている。
6階の会議室はどれもガラス壁になっていて見通しがよく、企業のオープンさを表現している。どの会議室も利用率は高いが、森さん曰く最も使われる会議室の1つは「Build」という名の会議室。この部屋は他の会議室と違い、壁がなく、ちょっとした打ち合わせが必要な時にすぐ集まれるスタンディングテーブルが導入されている。実はこの空間も当初他の会議室と同様にガラス壁で覆われる予定だったが、建物の排煙設計の関係上、部屋として独立させることが難しく、オープン空間からすぐ打ち合わせに飛び込める部屋に変更した結果だったという。
さらにMDルームと呼ばれる部屋は、企画開発をしやすいデモスペースや2人や3人でのグループワークがしやすいデスクが用意されている。このようにいくつもの打ち合わせ・会議スタイルに合わせて適応させた数種類の会議室をミックスさせることで、本社で働く他部署の協働を妨げず、支援する空間を構築している。問題を見事に強みに変えたBuildの部屋を含め、6階空間の使いやすさと社員に移動を促す設計から学ぶべきポイントが多い。
MDルーム(左)と会議室Build(右)
また6階に設置されているオフィスおかんも「社員の交流を図るため」と森さんがはっきりその導入目的を話す通り、社員を5階から呼び込む施策の1つだ。ランチやお菓子、コーヒーマシーンなど「飲食」を使って社員をオフィス内の各ポイントに動かす仕組みはシリコンバレーのスタートアップオフィスでよく見られる手法だが、まさにそれを実践している。FABRIC TOKYOのオフィスにはランチ専用のカフェスペースなどはないが、ちょっとした仕掛けでランチ時間もオープンな空間が機能するように工夫を凝らしている。
6階に設置されているオフィスおかん
人を動かす仕掛け②:店舗と本社をつなぐ
6階のオープンスペースは本社で勤務する従業員だけではなく、他の拠点や店舗で勤務する社員も利用できることを目的の1つとして作られている。特に小売企業は店舗と本社で分かれることが多いが、D2C企業にとって2つの連携が取れるよう区別することはなるべく避け、オーバーラップのある空間を作る必要がある。しかし、以前のオフィスでは執務スペースと会議室しかなく、店舗スタッフや拠点メンバーの居場所をしっかりと確保できていなかった課題があり、その解決策が新オフィスで求められた。
バースペースなどを含んだオープンエリア
本社で勤務するメンバー以外の社員もいつでもウェルカムで、彼らに居心地良く過ごしてもらえるように広くスペースを取ったオープンエリアでは、どの空間も彼らの居場所になる。
例えばバースペースは、店舗スタッフがお店を閉めた後に簡単に飲みに来れたり、本社にいる社員と打ち合わせや交流も行ったりしやすい空間として機能する。壁にある『DOT 5(ドット ファイブ)』は渋谷に実在するカフェ&バーで、渋谷オフィス時代に社員たちがよく通っていた場所からいただいたもの。会社の歴史や風土を感じ取れる仕掛けとしてさりげなく存在感を示している。
また長机のあるスペースでは、店舗での作業後本社にいる社員と軽く打ち合わせすることができる。仕事のみならずリラックス目的含め、様々な利用用途を想定して空間が設計されている。
バーエリア
次ページ:ビジネス戦略に合わせたオフィスの使い方で機能性を高める
家賃補助・交通費支給制度
このオープンエリアはいくつかの制度と合わせることでさらに機能性を高めることができる。
例えばFABRIC TOKYOでは、本社オフィスから自宅までの距離がグーグルマップ上で30分以内の社員に対し、3万円を支給する家賃補助制度が存在する。対象は本社で働く社員だけでなく、店舗で働くメンバーにも適用される。これも本社以外の社員も含め、オフィスに訪れる機会を増やす施策の1つだ。
特にこれからリアル店舗を全国で増やしていくFABRIC TOKYOでは、人員拡大が進むほど新旧のメンバー間交流が重要になる。これから同社に入社するメンバーが少しでも今までのメンバーと触れ合い、社の歴史や考え方に触れる機会を促すことで、部署間のみならず社員間の連携も促していこうという考えだ。
また同社ではさらに本社での移動費として、関西・名古屋などの拠点メンバーを中心に毎月3万円を上限に移動費を支払う制度も設けている。これは四半期に1度ある全社総会の移動とは別に支給され、これも本社以外のメンバーを本社の誘致する施策として機能する。全社総会とは別に週1回のペースで行われる全社集会にはZoomでの参加がもちろん可能だが、この移動費を活用し、定期的に本社で直接集会に参加する社員もいるようだ。
研修スペースとなる「デモショップ」を本社内に設置
『研修スペース』も以前のオフィスにはなかった空間だ。この研修スペースは実際のリアル店舗を模したつくりで、同社に入社した社員は配属先にかかわらず、全員がこの空間で1ヶ月の研修を受けることになる。これには「全社員が顧客の包括的なブランド体験づくりを行う上で、店舗での提供体験も考えられるようになるべき」という森さんの考えがベースにある。
D2Cビジネスにおける店舗の機能は、一般的な小売企業の店舗と異なる。業界内ではOMO (Online Merges with Offline) とも呼ばれるが、オンラインでものを買うことが主流になる時代に、それまで「ものを買う場所」として機能していた店舗は今その機能が見直されている。つまりFABRIC TOKYOにとってリアル店舗は「ものを買う場所」ではなく、採寸を行う場所、そして商品の価値そのものやブランドの世界観を顧客に伝える場所として機能するわけだ。森さんが昨年9月の事業戦略発表会で、小売はインターネットのある時代に物売りに留まることなく、継続的に顧客に最適な体験を提供するサービスを展開すると語った「小売のサービス化=RaaS (Retail as a Service)」論は、このようにして同社の店舗に落とし込まれている。
FABRIC TOKYOにとって顧客との接点は、採寸を行ったあと基本的にオンラインがベースとなる。リアル店舗は顧客と直接的な接点を持つ貴重な機会になるからこそ、D2Cならではの店舗体験を従業員全員が考える癖を身に着ける必要があるのである。研修スペースは、その意味でD2Cブランドとして全社員の足並みを揃えるために不可欠な空間なのだ。
デモショップ。スーツやシャツの布地を展示するファブリック・ウォールも店舗と同じもの。
中では研修が活発に行われている。
FABRIC TOKYOがこのフェーズで研修スペースを導入したのは、同社のD2Cビジネスにおいてリアル店舗の存在価値が大きく変わったことに起因する。今でこそリアル店舗は、同社にとってビジネスウェアの採寸とブランド発信を行うという重要な役割を担っているが、オンラインからスタートした起業当初はまだ店舗を構えていなかった。創業1年目は顧客に自ら測ったサイズをサイトで入力してもらう方法だったが、「採寸してほしい」という声が徐々に増加。のちに、予約制でオフィスでの採寸を始めたところ、サイトへのアクセス数や商品購入が増えたという。ポップアップストアの導入も経てリアル店舗を構えるようになり、現在18となった店舗数を今年中に30まで増やすという事業戦略が新たに立てられている。
結果的に1ヶ月本社での研修を体験した社員は本社オフィスへの親しみや使い方も学ぶ。社員を招く空間だけでなく、社員を送り出すための空間も用意することで、本社と店舗間、そして拠点間の移動を促している。
その他社員の交流を促す施策
これらのオープンな交流が図れる工夫を凝らしたオフィスの機能性は、人事的な施策も合わせることでさらに高められている。
FABRIC TOKYOには1年間勤続するとどの部署にも転職できる「社内転職チャレンジ」制度がある。サプライチェーンやブランドづくり、店舗、エンジニア、CS、新規事業など、すべて自社で構える同社では、自社の特徴を武器にスキルアップや成長の機会をいつでも提供できる環境を用意している。実際に社内の10%弱の社員がすでに「転チャレ」を経験済みだという。他の部署で働く社員の姿が見えるオフィスだからこそ、社内転職希望者を増やし、複数部署で経験を得た社員が結果的に包括的な顧客のブランド体験構築に貢献するというポジティブサイクルを生み出すことができる。
またそのほかに部署を横断して社員が協働する機会の1つとして、緊急ではないものの重要な課題を一緒に解決する「トライ・プロジェクト」という制度も存在する。期間は3ヶ月から6ヶ月程度で、例えば新卒採用プロジェクトなどは他の部署にいても採用に携わることができ、社員に新たな体験を提供する機会として機能している。ちなみに今回のオフィス構築プロジェクトもこのトライ・プロジェクトの1つだという。自己の成長や新しいことへの挑戦ができるチャンスを常に提供し、社員が選べるようにして「主体的に動く」「自己実現を行う」姿勢を促す森さんの考えはこの制度にも反映されている。
オープンで社員間交流を深めるオフィスは単に日常業務だけでなく、社員の成長や発見も促している。特に今回オフィス構築プロジェクトが社員に働きやすい空間を自ら考えさせる機会を与えたことは、上層部や総務から一方的に与えられた空間をただ使うという概念を取り払い、本当に活用されるオフィスを構築するきっかけを生み出した。「自主性のあるオープンオフィス」は大きな影響を企業、そして社員に与えるのである。
最後に
カルチャー醸成を目的としたオープンなオフィスを構築したFABRIC TOKYOの背景には、同社の様々な経営判断が存在していた。「ベンチャー企業にとって節約は大事。その上で簡易的なオフィスをつくる会社もあるが、うちでは適した投資をしたい」と森さんは語る。様々な仕掛けが施されたオフィスが同社のさらなる成長を今後どのように支えるのか注目し続けたい。
今回取材したFABRIC TOKYOの森雄一郎さんは、2020年2月17日〜20日まで福岡で開催されるICCサミット FUKUOKA 2020のセッション「成長企業のオフィス戦略〜そこに込めた思い、狙いとは?」にご登壇予定です。
ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。毎回200名以上が登壇し、総勢800名以上が参加。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に議論し、学び合うエクストリーム・カンファレンスです。詳細は公式ページをご覧ください。
この記事の執筆者
Kazumasa Ikoma オフィス業界における最新情報をリサーチ。アメリカ・サンフランシスコでオフィスマネージャーを務めた経験をもとに、西海岸のオフィスデザインや企業文化、働き方について調査を行い、人が中心となるオフィスのあり方を発信していく。