完全フリーアドレス化は危険?導入前に知っておきたい4つの事例
[January 08, 2020] BY Kazumasa Ikoma
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③エイベックス本社の事例:「生産性向上+働き方の見直し」の2軸で適切な導入を果たす
コミュニケーション促進の目的を明確にし、なおかつ自社の働き方に合わせてフリーアドレスを導入した事例として、以前記事に取り上げたエイベックス本社を再度紹介する。
同社の新社屋は2017年12月、港区青山にオープン。全17階のうち6階から15階にある執務フロアには新たにフリーアドレスが導入された。
それまでのオフィスは部門ごとに分かれた島型の固定席で、マネージャーの島、グッズ担当者の島、といった具合にそれぞれが別れて作業をすることが多かった。しかし実際のところ、1人のアーティストに対し各部署の担当スタッフが協業する機会の方が多く、それに合ったオフィス空間を必要としていた。例えば浜崎あゆみさんの場合、彼女のマネージャー、音楽制作担当、ファンクラブ担当、グッズ担当、販促担当、宣伝担当等のスタッフがいるが、以前のオフィスは部門ごとの島型デスクだったために彼らの間に物理的な距離ができてしまい、直接的なコミュニケーションが取りづらいという問題があった。同じアーティストを担当しているにもかかわらず、担当者全員が集まるのは週に1回、隔週に1回の定例会だけになってしまう状況もあったという。
それまでの問題を把握し「多部署間の交流を促し生産性を上げる」という明確な目的のもとでフリーアドレスを導入した結果、社員同士の自由なコラボレーションが見えるようになった。アーティストの新アルバムのリリースに合わせ、プロジェクトメンバーが一定期間重点的に集まって近い距離で仕事する姿が見られるようになったという。実際にコンテンツを作るスタッフやそれをプロデュースする社員からは「チーム内のコミュニケーションが取りやすくなった」というポジティブな声が挙がった。
新社屋プロジェクトを率いた同社のグループ執行役員・グループ戦略室長を務める加藤信介さんも「このようにプロジェクトメンバーで集まり効率よく作業を進めることは、ヒットを作り出す上で大事なこと」「従来のように1つの組織で固まることは意外と効率の悪いことだった」と、フリーアドレスの導入効果を実感していた。
ちなみに、フリーアドレス導入で生じるデメリットはテクノロジーでカバーしている。「誰がどこにいるか把握しづらい」という問題には「Phone Appli」を導入。社内のWi-fiに繋がっていれば、アプリ内で検索するだけで同僚や部下が何階のどの辺にいるかわかるようにした。また「メールを送っても返信がすぐに返ってこない」という問題にも対処するため、よりコミュニケーションを取りやすいツールとしてSlack等を活用し、必要な際にすぐに連絡が取れる仕組みを整えた。従来部門ごとに取れていたコミュニケーションも低下しないよう、テクノロジーでできる限りのカバーを行うことで、総合的な生産性向上を果たしたのである。
自分専用のデスクが欲しい社員、日本で重要視されない従業員満足度
デスクを選べる自由があることは今日の働き方改革との相性も良く、社員にも評判になるはず。しかし、自分専用のデスクを失うとなると話は変わってくる。人材獲得のために従業員満足度を非常に気にするアメリカ西海岸の企業の間では、固定デスク制を維持するところも多い。
④Airbnbの事例:従業員満足度を優先してフリーアドレス導入を断念
実際にサンフランシスコでキャンパス化を進めるAirbnb本社では、3000人分の個人デスクが用意された上で、それとは別にフリーアドレス制の共有スペースも存在する。同社の不動産チームを牽引するティム・クラーク (Tim Clark) 氏によると、毎週水曜日に在宅勤務制度のある同社オフィスは人が少なく、その状態を目にした代表の1人が高騰し続けるオフィス賃料を考慮してフリーアドレス化を検討したが、「外で作業することがあっても、オフィスに来た時は自分専用に確保されたデスクが欲しい」と語る従業員の猛反発を受け、断念したという。
この場合フリーアドレスが持つ「スペース効率の向上」効果はそれほど期待できないが、Airbnbでは個人デスクを縮小化し、その分共有デスクに当てることで適切な社内コミュニケーションと従業員満足度を維持している。先述の森ビルでは共用スペースが縮小されていたが、このように自社オフィスで定期的にデータ収集やヒアリングを行う企業では各企業の働き方に合わせてフリーアドレスの調整が可能になる。
フリーアドレスは日本人ワーカーの満足度を上げることができるのか?
これまで自席か会議室かの2択しかなかった日本人ワーカーにとって、席を自由に選べることは慣れているものではなく、むしろストレスと感じることが欧米企業よりも強い傾向として表れる。多少会話の聞こえる空間でも集中作業ができるように”訓練”された日本人ワーカーにはフリーアドレスのメリットを感じる瞬間が少ないのだ。
エイベックスのように業務における明確な必要性があれば、フリーアドレス導入後の仕事のしやすさは実感しやすい。しかし、そうでない場合は自由を与えられても上手に使いこなせないで終わってしまう。働き方改革には「気持ちよく働ける」ことが重要ポイントとして掲げられるが、少なくともその要素はフリーアドレスには見出せないだろうというのが筆者の個人的な見解だ。特に従業員満足度をオフィスの指標として見る企業が少ない日本では、フリーアドレスに期待できることも限られる。
まとめ:フリーアドレス導入前にできること
これらの話から、フリーアドレス導入を検討する企業が導入前に考慮するとよいポイントは次の4つだ。
1. 目的を明確に
先ほども触れたが、フリーアドレス導入は明確に定義された目標を達成するための手段でなければならない。スペースの有効活用か、それとも生産性・創造性向上を目的としたコミュニケーションを行いたいのか、それによってフリーアドレス導入パターンが変わってくる。
2. 現状把握:センサー技術の活用もしくはヒアリングの実施
センサーを活用し、データをもとに現状のコミュニケーションの課題などを把握できるとよいが、それを実行できる企業はまだほんの一握り。その手前の手段として社員にヒアリングを行い、彼らが社内コミュニケーションにおいて問題を抱えているか、もし抱えている場合はどういった種類か、を把握できるようにするとよいだろう。
実際に現状把握をすることでフリーアドレス化を踏みとどまるケースはいくつも存在する。ウェイバー氏が記事内で取り上げたあるソフトウェア企業では、社内調査を行ったところ対面での会話の90%が固定席で行われており、たった3%のみが共有エリア、残りが会議室で行われていることが発覚。生産性向上を目的に部署間の交流を活発にするためフリーアドレス化の計画を進めていたが、逆にこれまで維持されてきたコラボレーションの妨げになると考え、計画を中止したという。
3. A/Bテストを行う
森ビルが行ったように、A/Bテストを行うと社員のリアルな反応を見ることができる。オフィス移転や改装の際にはパイロットオフィスを作り、フリーアドレス導入の決断やノウハウ収集に活かせると効果的だ。
4. 全社ベースの完全フリーアドレスではなく、部分的な導入を検討する
全社ベースでフリーアドレスを導入して成功するケースはそれほど多くない。また、実際に日本で導入実績のある企業の中には部分的な導入で様子を見る企業も増えている。
5. 固定席+フリーアドレス共有スペースで対応する
日本のスタートアップ企業やベンチャー企業のオフィスは世界に肩を並べる革新的なデザインが印象的だが、執務スペースは固定席のままで残すケースが多い。日本で自由な働き方を求めて入社する多くの社員がこのような企業に集まるが、彼らが固定席+共有スペースでオフィス環境を整備している実態は参考になるはずだ。
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この記事を書いた人
Kazumasa Ikoma オフィス業界における最新情報をリサーチ。アメリカ・サンフランシスコでオフィスマネージャーを務めた経験をもとに、西海岸のオフィスデザインや企業文化、働き方について調査を行い、人が中心となるオフィスのあり方を発信していく。
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