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完全フリーアドレス化は危険?導入前に知っておきたい4つの事例

記事作成日:[January 08, 2020]
/ 記事更新日:[May 27, 2020]
BY Kazumasa Ikoma

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「完全フリーアドレスにしたけど失敗した」「期待した効果は得られず、むしろ社員のストレスを増やしてしまった」公にはならないものの、このような失敗事例の話を周りで耳にすることが最近多い。今回はフリーアドレスを検討している企業にこそ知ってもらいたい4つの事例に触れながら、完全フリーアドレス化の現実を見ていく。

巷にあるフリーアドレス導入メリットは鵜呑みにして良いのか?

フリーアドレス導入のメリットには、デスクのシェアリングによるスペース効率の向上、社員間コミュニケーションの促進、ペーパーレス化によるセキュリティの向上などが挙げられる。これらのメリットはすべてフリーアドレス導入後すぐに得られると期待して良いものだろうか?答えは「ノー」である。

例えばスペース効率の向上はフリーアドレス化がオフィスに与える最も直接的で明快なメリットだ。固定席を無くしデスクをシェアリングすることで執務スペースの総デスク数を減らすことができ、浮いた分をカフェスペースなどの共用空間に転換することができる。コスト削減という会社側のメリットのみならず、異なるデスクオプションをワーカーに提示するという現代の働き方改革との相性の良さもあるため、社員からの理解も得やすい。

一方気をつけなければいけないのが「コミュニケーションの促進」を目的としたフリーアドレス化だ。単に「コミュニケーション」といっても社内外には数多くの種類のコミュニケーションが存在するが、どれを促進の対象としているのか明確に定義されることはほとんどない。それに加え、コミュニケーション促進の必要性そのものが社員に理解されにくい点もある。フリーアドレス導入が逆にコミュニケーションの悪化につながるケースもあることを知っておかなくてはならない。

改善されるコミュニケーション、悪化するコミュニケーション

フリーアドレス導入は部署"間"のコミュニケーションや交流を活性化させるが、一方で部署"内"のコミュニケーションを減らすリスクを伴うことが近年発見されている。つまり、フリーアドレスは必ずしも生産性や創造性の向上につながるわけではないのだ。

センサー技術によって少しずつ露わになったフリーアドレスのコミュニケーションのおける効果を紹介する。

①森ビルの実験:「部署間コミュニケーションの向上」と「部署内コミュニケーションの低下」

2016年、森ビルは六本木ヒルズ森タワーにある本社で、社員が対面で行った交流の度合いをセンサー技術で計測。その結果、社内コミュニケーションの大半は部署・チームの中で行われていることがわかった。多くの社員が部署ごとに割り当てられた固定デスクに1日を通して在席し、オフィスの約20%のスペースを取っていたオープンエリアが利用されることがほとんどなく、部署間や全社レベルでのコミュニケーションに改善の余地があった。

森ビルの調査に用いられたセンサーの1つ、Humanyzeは過去の記事でも紹介したもの。「Sociometric Badge」と呼ばれる製品を首からぶら下げて通常通り作業をするだけで、声のトーンや大きさ、スピード、発言回数などのデータ収集のみならず、社員の居場所や誰と話しているかも把握するため、交流度合いや人間関係の構図を見える化する。

そこで森ビルは空間デザインが社員間のコミュニケーションに影響を与えるかを知るため実験を行った。同社は本社オフィスを構築する複数フロアのうち1つを選択。そこは部署ごとにデスクが島ごとにまとまって配置されているつくりだったが、フロアの一部デスクをそのまま固定席として残し、残りをフリーアドレスに変更して、対面コミュニケーションの変化を見た。その結果、部署"間"の交流は増加した一方、部署"内"の交流は著しく減少し、社員が個人作業を行う時間は以前に比べ1.26倍に増えたという。

部署間の交流増加は一見良い結果に思えた。上司を都度介すことなく他部署の必要な人物とコミュニケーションを取ることができるため、問題解決のスピードを早めることができる。また、社員が日常の業務内で必要な時にいつでも他の社員とコミュニケーションが取れるため、結果的に30分を超える会議の数が減り、個人作業をする時間も増えた。しかし、その裏側で起きていた部署内交流の低下によるいくつもの問題もフリーアドレス導入後6ヶ月で浮き彫りとなった。

まず1つ目は顧客からのクレームの増加。上司を飛び越えた会話が行われることで彼らの目が行き届かない部分が増え、適切な処理が行われていない件数が増えた。また2つ目に生産性の低下も見られた。会議の時間短縮は良い点かと思われたが、詳しく問題を紐解いてみると時間短縮で生産性を上げる社員と著しく下げる社員の2つに分かれた。

生産性を上げた社員は、それまで会議があくまで手引きを得る程度の目的だったために、その時間を個人作業に回すことができた。一方、生産性を下げた社員は会議を問題整理の立場として開催・参加していたために、それがなくなったことで同僚や部下から日常的にひっきりなしに声をかけられることで集中力維持が難しく、また疲労の蓄積にもつながった、という結論に森ビルは至った。

これらの結果を受けて、森ビルは部署ごとの固定席に戻し、オープンスペースの面積を小さくしたのである。もともと生産性の高いコラボレーションを生み出すオフィスづくりを目的としていた森ビルにとって、この決断には素早く動けたようである。

このようにフリーアドレスを導入する際は、単純に「コミュニケーションの促進」だけでなく、その先にある目的が「生産性の向上」なのか、それとも「創造性の向上」なのか、明確に定義する必要がある。目的が明確になれば、それに合わせたフリーアドレス化を実行しやすく、またこの事例のように効果測定も行いやすい。計画的なフリーアドレスは生産性と創造性を相互に向上させるが、目的を見失った完全フリーアドレスは生産性を低下させる危険な行為になりかねない。

②あるコールセンターの事例:コミュニケーションの促進は社員の動きが多い企業や部署で見られる

森ビルの実験で発見された部署間交流と部署内交流の変化は、海外の専門家からも指摘されている。彼らによると、その効果はフリーアドレス導入先企業の業界やその働き方、また社内の各部署によっても異なるようだ。

先述のHumanyzeサービスを展開するベン・ウェイバー (Ben Waver) 氏に加え、同じくセンサー技術を用いてワークスペースの分析を行うジェニファー・マグノルフィ (Jennifer Magnolfi) 氏とグレッグ・リンゼー (Greg Lindsay) 氏の専門家たち3人がHarvard Budiness Reviewにて共同で執筆した”Workspaces That Move People”では、彼らがこれまでセンサーを用いてオフィス改装前後で調査した社員交流の変化について知見が語られている。

それによると、あるコールセンターでは生産性向上を目的とした上で、「より少ない面積で数少ないデスクを配置した方が社員同士の距離を近づける」と仮定し、フリーアドレスを実験的に実施。その結果、他部署の社員との交流は17%向上した一方で、社員が他の社員と1日に会う回数は平均で14%減少した。在席率が高く社内での動きが少ないコールセンターへのフリーアドレス導入は彼らが利用するデスクを日々入れ替える程度で、社員同士が1日の中で偶然出会う機会を増やすことまではできなかったのである。

例えばマーケティング部署の人材はオフィス内での動きが多いため、フリーアドレス制のもとでは他の社員との出会いも自然と多くなる。しかし、コールセンターで働く社員のように一度オフィスに到着すると1つのデスクから離れない人にとっては、導入効果はほとんど見られない。実際にこのコールセンターでもチーム内コミュニケーションは結果的に45%も低下したという。「フリーアドレス化によりコスト削減には成功したが、収益と生産性低下を招いた事例だ」とウェイバー氏は語る。フリーアドレス化は、導入先の企業や各部署に合わせて調整されなければその十分な効果を期待することができない。

フリーアドレス導入に適さない部署

完全フリーアドレスが企業の生産性を下げる要因になるのは、適切でない部署にフリーアドレスが導入されたときである。一般的に在席率が比較的低く社内外とのやりとりが多い営業、マーケティング、PR、広報部門などはフリーアドレスの恩恵を受けやすい。一方、適さない部門も一部の管理部門を中心にいくつか存在する。

- 会計・経理部署
この部署は在籍率が高く、先ほど挙げたコールセンターのように動きの少ない部署であるため、固定席の方が良いとされるケースが多い。またお金を扱う集中作業が多いことから、フリーアドレス化で会話量が増える環境にふさわしくないと考える見方がある。

- 機密情報を取り扱う部署
企業によっては、顧客情報などを取り扱う部署はセキュリティ維持のために他部署と隔離された状態でワークスペースが用意されるケースもある。このような部署でのフリーアドレスは同じ部署内が限界で、完全フリーアドレスはふさわしくないとされる。

- ITヘルプ・サポートデスク
外資系企業によく見られるITヘルプ・サポートデスク。パソコンの修理やその他機材トラブルを請け負う部署は企業の生産性とも大きく関わる部署のため他の社員に居場所を特定の位置にしておく必要がある。

- エンジニア
これは企業や各エンジニアによって分かれるが、エンジニアも在籍率が高く、加えて自らのワークスペースにこだわりを持つワーカーが多いことから、彼らのために固定席を用意する企業が比較的多い。エンジニアが多いテック企業では、彼らの固定席にプラスしてフリーアドレスで働ける空間・デスクを同時に用意することが多々ある。

フリーアドレスを導入する部署と導入されない部署が生まれるのは公平性に欠けると思われるかもしれない。しかし、働き方が異なる以上、それぞれに適した空間を用意することが必要だ。そのため、フリーアドレス化は1つの企業内でも導入する部署と導入しない部署を慎重に考慮して進める必要がある。

次ページ:エイベックスの成功事例、フリーアドレスの全社導入を断念したAirbnb

③エイベックス本社の事例:「生産性向上+働き方の見直し」の2軸で適切な導入を果たす

コミュニケーション促進の目的を明確にし、なおかつ自社の働き方に合わせてフリーアドレスを導入した事例として、以前記事に取り上げたエイベックス本社を再度紹介する。

同社の新社屋は2017年12月、港区青山にオープン。全17階のうち6階から15階にある執務フロアには新たにフリーアドレスが導入された。

それまでのオフィスは部門ごとに分かれた島型の固定席で、マネージャーの島、グッズ担当者の島、といった具合にそれぞれが別れて作業をすることが多かった。しかし実際のところ、1人のアーティストに対し各部署の担当スタッフが協業する機会の方が多く、それに合ったオフィス空間を必要としていた。例えば浜崎あゆみさんの場合、彼女のマネージャー、音楽制作担当、ファンクラブ担当、グッズ担当、販促担当、宣伝担当等のスタッフがいるが、以前のオフィスは部門ごとの島型デスクだったために彼らの間に物理的な距離ができてしまい、直接的なコミュニケーションが取りづらいという問題があった。同じアーティストを担当しているにもかかわらず、担当者全員が集まるのは週に1回、隔週に1回の定例会だけになってしまう状況もあったという。

それまでの問題を把握し「多部署間の交流を促し生産性を上げる」という明確な目的のもとでフリーアドレスを導入した結果、社員同士の自由なコラボレーションが見えるようになった。アーティストの新アルバムのリリースに合わせ、プロジェクトメンバーが一定期間重点的に集まって近い距離で仕事する姿が見られるようになったという。実際にコンテンツを作るスタッフやそれをプロデュースする社員からは「チーム内のコミュニケーションが取りやすくなった」というポジティブな声が挙がった。

新社屋プロジェクトを率いた同社のグループ執行役員・グループ戦略室長を務める加藤信介さんも「このようにプロジェクトメンバーで集まり効率よく作業を進めることは、ヒットを作り出す上で大事なこと」「従来のように1つの組織で固まることは意外と効率の悪いことだった」と、フリーアドレスの導入効果を実感していた。

ちなみに、フリーアドレス導入で生じるデメリットはテクノロジーでカバーしている。「誰がどこにいるか把握しづらい」という問題には「Phone Appli」を導入。社内のWi-fiに繋がっていれば、アプリ内で検索するだけで同僚や部下が何階のどの辺にいるかわかるようにした。また「メールを送っても返信がすぐに返ってこない」という問題にも対処するため、よりコミュニケーションを取りやすいツールとしてSlack等を活用し、必要な際にすぐに連絡が取れる仕組みを整えた。従来部門ごとに取れていたコミュニケーションも低下しないよう、テクノロジーでできる限りのカバーを行うことで、総合的な生産性向上を果たしたのである。

自分専用のデスクが欲しい社員、日本で重要視されない従業員満足度

デスクを選べる自由があることは今日の働き方改革との相性も良く、社員にも評判になるはず。しかし、自分専用のデスクを失うとなると話は変わってくる。人材獲得のために従業員満足度を非常に気にするアメリカ西海岸の企業の間では、固定デスク制を維持するところも多い。

④Airbnbの事例:従業員満足度を優先してフリーアドレス導入を断念

実際にサンフランシスコでキャンパス化を進めるAirbnb本社では、3000人分の個人デスクが用意された上で、それとは別にフリーアドレス制の共有スペースも存在する。同社の不動産チームを牽引するティム・クラーク (Tim Clark) 氏によると、毎週水曜日に在宅勤務制度のある同社オフィスは人が少なく、その状態を目にした代表の1人が高騰し続けるオフィス賃料を考慮してフリーアドレス化を検討したが、「外で作業することがあっても、オフィスに来た時は自分専用に確保されたデスクが欲しい」と語る従業員の猛反発を受け、断念したという。

この場合フリーアドレスが持つ「スペース効率の向上」効果はそれほど期待できないが、Airbnbでは個人デスクを縮小化し、その分共有デスクに当てることで適切な社内コミュニケーションと従業員満足度を維持している。先述の森ビルでは共用スペースが縮小されていたが、このように自社オフィスで定期的にデータ収集やヒアリングを行う企業では各企業の働き方に合わせてフリーアドレスの調整が可能になる。

フリーアドレスは日本人ワーカーの満足度を上げることができるのか?

これまで自席か会議室かの2択しかなかった日本人ワーカーにとって、席を自由に選べることは慣れているものではなく、むしろストレスと感じることが欧米企業よりも強い傾向として表れる。多少会話の聞こえる空間でも集中作業ができるように”訓練”された日本人ワーカーにはフリーアドレスのメリットを感じる瞬間が少ないのだ。

エイベックスのように業務における明確な必要性があれば、フリーアドレス導入後の仕事のしやすさは実感しやすい。しかし、そうでない場合は自由を与えられても上手に使いこなせないで終わってしまう。働き方改革には「気持ちよく働ける」ことが重要ポイントとして掲げられるが、少なくともその要素はフリーアドレスには見出せないだろうというのが筆者の個人的な見解だ。特に従業員満足度をオフィスの指標として見る企業が少ない日本では、フリーアドレスに期待できることも限られる。

まとめ:フリーアドレス導入前にできること

これらの話から、フリーアドレス導入を検討する企業が導入前に考慮するとよいポイントは次の4つだ。

1. 目的を明確に
先ほども触れたが、フリーアドレス導入は明確に定義された目標を達成するための手段でなければならない。スペースの有効活用か、それとも生産性・創造性向上を目的としたコミュニケーションを行いたいのか、それによってフリーアドレス導入パターンが変わってくる。

2. 現状把握:センサー技術の活用もしくはヒアリングの実施
センサーを活用し、データをもとに現状のコミュニケーションの課題などを把握できるとよいが、それを実行できる企業はまだほんの一握り。その手前の手段として社員にヒアリングを行い、彼らが社内コミュニケーションにおいて問題を抱えているか、もし抱えている場合はどういった種類か、を把握できるようにするとよいだろう。

実際に現状把握をすることでフリーアドレス化を踏みとどまるケースはいくつも存在する。ウェイバー氏が記事内で取り上げたあるソフトウェア企業では、社内調査を行ったところ対面での会話の90%が固定席で行われており、たった3%のみが共有エリア、残りが会議室で行われていることが発覚。生産性向上を目的に部署間の交流を活発にするためフリーアドレス化の計画を進めていたが、逆にこれまで維持されてきたコラボレーションの妨げになると考え、計画を中止したという。

3. A/Bテストを行う
森ビルが行ったように、A/Bテストを行うと社員のリアルな反応を見ることができる。オフィス移転や改装の際にはパイロットオフィスを作り、フリーアドレス導入の決断やノウハウ収集に活かせると効果的だ。

4. 全社ベースの完全フリーアドレスではなく、部分的な導入を検討する
全社ベースでフリーアドレスを導入して成功するケースはそれほど多くない。また、実際に日本で導入実績のある企業の中には部分的な導入で様子を見る企業も増えている。

5. 固定席+フリーアドレス共有スペースで対応する
日本のスタートアップ企業やベンチャー企業のオフィスは世界に肩を並べる革新的なデザインが印象的だが、執務スペースは固定席のままで残すケースが多い。日本で自由な働き方を求めて入社する多くの社員がこのような企業に集まるが、彼らが固定席+共有スペースでオフィス環境を整備している実態は参考になるはずだ。

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この記事の執筆者

Kazumasa Ikoma オフィス業界における最新情報をリサーチ。アメリカ・サンフランシスコでオフィスマネージャーを務めた経験をもとに、西海岸のオフィスデザインや企業文化、働き方について調査を行い、人が中心となるオフィスのあり方を発信していく。

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