ディープコアが運営するAI特化型インキュベーション施設 KERNEL HONGOから見る、コミュニティ形成における場の重要性とは
[February 05, 2019] BY Shinji Ineda
各企業が社内外の連携を目的にイノベーション施設を整備し、スタートアップの成長を支援するインキュベーション施設が各国、各地域で開設されるなか、その活動を支える場について大きく報じられることはあまりない。 むしろ、どこでも仕事のできる環境の整備が進み、SNSを中心としたネット上でのコミュニケーションが違和感なく行われるようになりつつある中で、場の重要性は以前より低くなったと感じる人が増えているのも正直なところだ。
しかし、10年以上オフィスと向き合ってきた筆者としては、簡単なコミュニケーションがスマートフォンやPCで行われるようになったからこそ、リアルな場はより高度な役割を果たす必要があると考えている。行為とそこで生み出される成果の濃薄は、場がいかに企業が抱える「課題」に向き合っているか、経営や活動の「戦略」に忠実かによって大きく異なるという意見からだ。
今回は昨年オープンしたKERNEL HONGOに注目し、インキュベーション施設としての活動戦略と、それを忠実に実行していく場としての役割について探る。「リアルな場」を高度に活かすインキュベーション施設の事例を紹介したいと思う。
KERNEL HONGOとは
KERNEL HONGOは、ソフトバンクグループが100%出資する株式会社ディープコア(DEEPCORE)が昨年2018年の8月にオープンした、AI技術者や研究者たちの拠点となるAI特化型インキュベーション施設だ。
日本のAI研究における第一人者である東京大学大学院の松尾豊特任准教授の東京大学松尾研究室や、政府が世界最高レベルの研究機関を目指し沖縄県恩納村に開設した沖縄科学技術大学院大学(OIST)をはじめ、さまざまな研究機関や企業との連携が行われている。またニューヨーク発のコワーキングスペースであるWeWorkがデザイン監修などに全面的な協力を行なった最先端のコミュニティスペースとしても、Forbes Japanで取り上げられるなど、大きな話題になった。
AIの中でもディープラーニングに特化しているというKERNEL HONGO。今後、ありとあらゆる産業のビジネスモデルを根本的に変えていくというのがディープランニングの存在であり、その技術者と産業界を結びつけ、社会実装を加速していくというところが自分たちの役割であると、ディープコアの担当者は述べる。
そしてディープコアでは次の3つのことに注力し役割を担いたいという。
1つ目はまずAI技術者およびAIの適用領域の専門家同士が切磋琢磨しあい、起業意識を醸成するコミュニティをつくること。
2つ目が、AIを活用したい企業と、自身の技術を使って社会の課題を解決したいメンバーを結びつけて、実証実験を行うこと。
そして3つ目が、有望なスタートアップにファンドから投資を行い、資金面のバックアップを行いながら起業ノウハウを含めた支援を行うことだ。
KERNEL HONGOはこの中で1つ目の、コミュニティ形成にとって欠かせない「リアルなコミュニケーションを提供する場」として構築された。
なぜ本郷なのか?
リアルなコミュニケーションを促す場としては、一般的により多くの人材交流を促すために公共交通の利便性が重要なポイントとして上げられることが多い。しかしKERNEL HONGOはその名の通り文京区本郷(最寄駅は東京メトロ 本郷三丁目駅)に位置している。決して新宿や東京のように多くの電車やバスが乗り入れする主要なターミナル駅が存在しているわけではないが、そのような本郷に施設を構えようとした理由には「AI技術者のためのコミュニティをつくる」という考えがしっかり反映されている。
上記画像はAINOWより転載
実はいま本郷では、AIスタートアップや起業支援のコミュニティが続々と増えている。前述した松尾研究室の存在も大きく、理系学生が起業したスタートアップや、学生が自由に使えるコミュニティスペース・コワーキングスペースもある。実際のところ現在150名程まで増えたKERNEL HONGOのメンバーも、半数以上は20代〜30代の学部生と院生が多くを占めており、東大以外の学生もいるとのことだ。
かつて1990年代末から2000年初頭にかけて渋谷がビットバレーと呼ばれていたように、本郷は今まさにAIの街へ変わりつつある。このようにAI技術者が集まる土地だからこそ、KERNELはその役割を充分に発揮できる本郷に開設されることとなった。
ディープラーニングや経営に関わる専門書や雑誌が多く並んでおり、情報収集や知識習得に役立てることができる。
AIに関心をもつ学生や社会人が集まる施設
では次に、KERNELに集まった人たちでどのような交流が行われているかを観てみよう。
前述した通りKERNELには学生メンバーが半数以上を占めているが、加えて社会人のメンバーも多い。メンバーは施設などを無料で利用できるが、メンバーになるにあたっては、選考が行われる仕組みとなっている。AIやディープラーニングに関するバックグラウンドがあったり、その社会実装に興味を持つ社会人や学生が対象ということだ。また、例えば、医療や農業などAIの適用領域の知識やノウハウに詳しいメンバーも参加している。
既に企業とKERNELメンバーが参加する共同実証実験は複数案件進められている。また「医療×AI」の事業化を支援するプログラムとして、実際に医師とKERNELメンバーのマッチングイベントが開催されるなど、外部との連携にも積極的に力を入れている。イベントによってはビジターが参加可能なものもあるそうだ。
イベントや勉強会以外の人が集まる仕掛けとは
KERNELの特徴として、技術者支援という立ち位置から、半導体メーカーNVIDIAのサポートにより、ディープラーニングの演算処理に適しているGPUコンピューティングリソースをメンバーは利用できるようになっている。処理するデータが増えれば増えるほど演算処理能力は求められるため、一技術者が自前の環境で対応し続けるのが難しいところを、しっかり補える体制だ。
また施設はメンバーであれば24時間の利用が可能となっており、技術者には、このような利用時間の制限がない施設は、とても使い勝手が良いと言える。
施設内にはパントリーもあり、軽食が食べられるほか、日によってはデリバリー等食事の提供もある。食事をしながら他のメンバーと交流する機会も生まれるようだ。食事提供をきっかけとした交流が、具体的にどのような雰囲気の元で行われているか、とても気になるところだ。また施設の学生利用者が多いという点に着目すると、日常的な食事費用を節約したい学生は多く、大きな魅力であることに違いないだろう。社会にはばたいていく若者をサポートしたい、というディープコアの思いやりが感じられる取り組みだ。
コミュニケーションポイントとして重要な役割を果たしているパントリー
関連記事:コミュニティーづくりにおける課題と、エデュケーションという切り口
コミュニケーションを促す空間設計はKERNEL HONGOでも人気
これらリアルなコミュニケーションを促す場としては、運用だけでなく空間自体の計画にも工夫が凝らされている。施設はビルの3Fと4Fの2フロアにまたがっているが、3Fはイベントにも活用できるラウンジや作業に集中しやすいデスクが中心になっている。4Fはラウンジのほか、ミーティングルームと、ファンドから投資を受けているスタートアップが利用可能なスペースがある。
各スペースを仕切る間仕切り壁は、デザイン監修を行なったWeWork同様に向こう側を見渡せるガラスとなっており、利用者間の交流を生み出している。また3Fだけではなく、4Fについても各ミーティングスペースはオープンスペースに面するように計画されており、利用者の出会いを誘発させたい意図が感じられる。
4Fのオープンスペースとそこに面した会議室
共有部分に設置されているカメラの側にはこんなメッセージも。
利用者の心を和ますアイデアだ。
空間は利用方法を一方的に発信するだけではない。メンバーの能動的な利用も促進している。訪問した際、個別のミーティングを行う以外の利用者は、ほぼオープンスペースで作業を行っていた。なぜ筆者がそのようなところに注目するのか。実は施設には両階ともにオープンスペースとは別に仕切られた集中作業を行えるスペースも用意されているにもかかわらず、利用者の人気がオープンスペースに集中していたからだ。すぐ側でイベントが開催されているスペースを選び作業をしている様子は、あえてここでしか得られない情報や人脈のために、利用者が自ら目的にあった場所を選択しているように感じた。
3Fで作業するメンバー
最後に:コミュニティ形成における場の重要性
テクノロジーの発達が著しい現代であるが、各企業がオープンイノベーションのために試みるコミュニティ形成では、やはり人と人をFace to Faceで直接つなげるためのリアルな場づくりと、そこに来たいと思わせる手触り感のある仕掛けが重要であるといえる。
DEEPCOREの松井孝之さんはKERNEL HONGOにおける今後の活動について、「AIの社会実装の少なさに課題意識を持っていたので、その輪を広げていけるよう地道に活動していきたい。」と述べる。
地道な活動と控えめな表現であるが、そこには人と人のつながりを大切にしたいという気持ちと、KERNELの輪を着実に広げていく強い意志が感じられた。第二・第三のKERNELが開設されるのも決して遠い日ではないだろう。
この記事を書いた人
Shinji Ineda フロンティアコンサルティングにて設計デザイン部門の執行役員を務める。一方、アメリカ支社より西海岸を中心としたオフィス環境やワークスタイルなどの情報を、地域に合わせてローカライズ・ポピュラーライズして発信していく。
Recommended
- 楽しい!だけじゃない社内コミュニケーションを活発にさせるプログラム
- [FACILITY]楽しい!だけじゃない社内コミュニケーションを活発にさせるプログラム
- ダイバーシティを実現!「インクルーシブデザイン」の最新オフィス家具
- [DESIGN]ダイバーシティを実現!「インクルーシブデザイン」の最新オフィス家具
- 【WELL認証を取るには?】ゴールド認定を受けたオフィス3事例
- [FACILITY]【WELL認証を取るには?】ゴールド認定を受けたオフィス3事例
- シェアオフィス、コワーキングスペース…4つの違い分かりますか?働き方改革に有効なオフィス比較!
- [FACILITY]シェアオフィス、コワーキングスペース…4つの違い分かりますか?働き方改革に有効なオフィス比較!