中小オフィスビルは存続できるか?米国のビルサービスやキャンパスが導く、新たなオフィス環境のかたち
記事作成日:[January 16, 2018]
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記事更新日:[March 12, 2020]
BY Shinji Ineda
増える大型ビルと、中小規模ビルオーナーの憂鬱
今年2018年から再来年2020年にかけては、都内で多くの大型ビルが竣工を迎えることになる。
株式会社ザイマックス不動産総合研究所が昨年12月に公開した調査結果によると、東京23区における延床面積3,000坪以上の新築オフィスビルの賃貸面積を集計したオフィス新規供給量(以下、供給量)は、2018年から2020年にかけて各年で20万坪(約66万平米)前後が予定されており、2008年から2017年の年平均16.4万坪(約54.1万平米)を上回る見込みだ。ちなみに昨年2017年の供給量は11.7万坪(約38.6万平米)で、いかにここ3年で街の様子が大きく変貌していくかが分かるだろう。もちろん老朽化や再開発により取り壊されるビルもあるが、新宿区・渋谷区・港区・中央区・千代田区といった東京都心主要5区の賃貸面積は年々増加を続けている。
2018年秋に開業予定の渋谷ストリーム。Googleの日本オフィスは2019年に渋谷ストリームへ移転を予定している。
そして大型ビルや賃貸面積の増加による市場への影響を懸念しているのが、既存ビルのオーナーである。テナント企業にとってビルグレードは重要なオフィス環境の一部であり、リクルーティングやブランディングに大きな影響を与える。そのため大型でハイグレードのビルが供給されると、各企業は潜在的に抱えていた需要が喚起され、新築ビルへの移転が多く発生する。現在東京23区に存在する中小規模のビルのうち、約80%は築20年を経過していると言われており、今後人口減による影響からも、供給が続く大型新築ビルとのテナント争奪戦は一層激しくなるはずだ。そこで今回の記事では、今後の中小規模ビルの生き残りについて考えを巡らせてみたいと思う。
事業所減少と従業者数の都心集中による、大型ビルへの需要
日本内閣府の平成29年度版高齢社会白書によると、日本の総人口は長期の人口減少過程に入っており、2016年に1億2,693万人であった人口は、2030年には1億2,000万人を下回り、その後も減少を続け2055年には1億人を割って9,744万人、2065年には8,808万人になると推計されている。そのような中で、現経営者の引退による廃業リスクも懸念されている。日本政策金融公庫の調査によると2015年末から2020年までに廃業のリスクに直面する企業は推計で103万4052社である。一方で、東京都総務部統計部の東京都統計年鑑によると、東京23区の事業所数と従業者数は2009年でそれぞれ557,107所、7,213,675人となっており、2015年にはそれぞれ526,748所、8,066,791人と推移している。これらの事から、日本全体でみると人口と事業所数は減少傾向であるものの、都内では事業所の減少に対し従業者数は増加しており、一企業当たりの従業者数の増加によって、より大きな面積を確保できるオフィスビルを求める傾向が強くなっていると考えられる。
中小規模のビルオーナーが探るビル存続の手段
そのような状況であおりを受ける中小のビルオーナーは、生き残りに向けて様々な工夫を行なっている。そのひとつがオフィスビルから他用途へのコンバージョンだ。
中央区日本橋横山町に位置するロンドビルは、2017年2月にコンパクトラグジュアリーホテルであるファーストキャビン日本橋よこやま町へと生まれ変わった。2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、訪日観光客は年々右肩上がりで、宿泊施設の需要は大きい。なおかつ訪日観光客に対して日本橋という好立地でのホテル運営は新たな顧客ターゲットを上手く捉えている。
ファーストキャビン日本橋よこやま町の外観
最寄りはJR総武本線の馬喰町駅か、都営地下鉄の馬喰横山駅になる。周辺は問屋街だ。
このようにオフィスビルからホテル、トランクルーム、保育園など別の用途へコンバージョンを検討する中小ビルオーナーは決して少なくない。
ビル経営のヒントになるか?ビルオーナーからテナントへ提供されるサービスZo
以前、当ブログの中で簡単に御紹介した、Zoについては皆さん覚えているだろうか?
関連記事:アメリカの企業がオフィス移転先を選ぶときの3つのポイント
テナントのために仕事とプレイベートの時間の充実をサポートするサービスとして取り上げたが、日本の中小ビルにとっても今後のビル経営のヒントとなりそうだ。
Zoウェブサイトのスクリーンショット
Zoはニューヨークに本部を構える不動産会社Tishman Speyerが、入居テナントに向けて提供する包括的なアメニティサービスで、様々なサービスプロバイダーとの提携により、ヘアメイクやネイルなどの美容サービスや、マッサージ・フィットネス、フードデリバリーを提供している。Zoとは「ギリシャ語のΖωή(Life)」と「ゾーンの中(in the zone)」から名付けられている。ビルオーナーとして、これまで大企業で働かないと受けることができなかったサービスを、入居するどのような規模のテナントや従業員にも提供することを目的に設けられた。
確かに大企業であれば、GoogleやFacebookなどのように様々なサービスや施設を取り込んだキャンパスを作ったり、社内に立派なカフェテリアや託児所を設けたオフィス環境を従業員に提供したりすることが可能だろう。それは日本でも同様で、大型ビルに入居する大企業のオフィスには様々なサービスが充実している。(下の写真はシアトルにあるAmazonのキャンパス。ガラス状のドームの中には世界中の300種を超える植物が植えられている。このようなオフィス環境を全ての企業が手にすることは難しいだろう。写真はAmazon press roomより)
しかし逆に中小企業については、このようなサービスを含めてオフィスを構築しているケースは非常に少ない。もしこのような企業に対し、中小規模ビルが入居テナントに気軽に利用できる適切なサービスを提供することができたとしたら、大型ビルが立ち並ぶここ数年の市場の変化においても、中小規模のビル特性を活かしたテナント誘致が可能なのではないだろうか。
意外と従業員から望まれている、オフィス環境における周辺サービスの充実
株式会社フロンティアコンサルティングで2015年に実施した「就活生400人に聞いた求めるオフィス環境」、また2016年に実施した「働く女性、400人に聞いた求めるオフィス環境」でのアンケート調査においても、入居ビルの身近に郵便局やフィットネスジム、コンビニ、医療機関などの存在を望む声が多くあった。お昼休みの時間を趣味やフォットネスに費やす昼活に取り組む女性もおり、企業は周辺施設も含めた適切なオフィス環境を選択することで、社員の生活をサポートすることができると言えるだろう。
中小規模ビルのチャレンジを阻むものは?
オフィスビルの改修や用途の変更を行うには、建築当時の資料が揃っていることや、新しい用途に対応するための工事を施すなど、クリアしなければならない課題が多い。実際これまでにも計画検討はするものの、断念したビルオーナーを多く見てきた。もちろん建物として適切な設備や構造を計画し人命を守ることは第一であるが、関連法規の中には現代の状況や利用方法にそぐわないものもあると感じている。昨年2016年の10月6日に開かれた社会資本整備新議会の建築分科会では住宅(空き家)の話が中心なものの、建築基準法の改正を念頭においた既存ビルの活用を円滑化していくための議論が実施された。オフィスビルについても今後、改修や用途変更が促進されるような流れになることをぜひとも願いたいところだ。
ビルディングキャンパスやシティキャンパスといったオフィス環境のかたち
日本国内ではテレワークやコワーキングスペースの利用など、各企業が働き方改革の一貫として様々な取り組みを見せているが、世界を見ればもともとフレックス制度や在宅勤務を許可していた会社が制度を廃止した例も多くある。事業や一人一人の業務内容のみならず、自社の企業文化もあわせて検討したうえで、適切なオフィス環境の選択と構築を目指して欲しい。
中小規模のビル経営の厳しさは決して東京都心部の話だけではなく、同じように大型ビルが存在する都市や、五大都市への流入により人口が減少している地方都市のも同じことが言える。中小ビルオーナーには是非とも、入居テナントの立場に立って、これまでにない取り組みやサービスを検討していって欲しい。そうすれば大型ビルや西海岸のキャンパスにも負けない魅力的なサービスをテナントへ提供でき、複数テナントに向けたビルディングキャンパスやシティキャンパスといった新しいオフィス環境のあり方を、提案していくことができるだろう。
(参考文献)
・ザイマックス総合不動産研究所の調査結果(https://soken.xymax.co.jp/2017/12/07/1712-office_new_supply_stock_pyramid_tokyo_2018/)
・平成29年版高齢社会白書(http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/gaiyou/pdf/1s1s.pdf)
・社会資本整備新議会の建築分科会(http://www.mlit.go.jp/common/001207623.pdf)
・Tishman speyer.com(http://www.tishmanspeyer.com/news/announcements/tishman-speyer-introduces-zo-%E2%80%93-comprehensive-suite-wellness-lifestyle-and)
この記事の執筆者
Shinji Ineda フロンティアコンサルティングにて設計デザイン部門の執行役員を務める。一方、アメリカ支社より西海岸を中心としたオフィス環境やワークスタイルなどの情報を、地域に合わせてローカライズ・ポピュラーライズして発信していく。