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嗅覚が働くシーンの切り替えスイッチに – AROMASTIC (TM)開発者・藤田修二さんインタビュー

[February 26, 2019] BY Kazumasa Ikoma

読者のみなさんは働くシーンを切り替えるとき何を行っているだろうか?例えば1人で集中作業を始めるとき、音楽を聞いたり目を休ませたり、と聴覚や視覚を通じて自分の気持ちを切り替えることがあるだろう。しかし、「香りや嗅覚を活用する」という発想に至る人はまだ少ないはず。実際に香りやアロマ自体は人間の感情や記憶に直接働きかけるものとしてすでに開拓された分野ではあったが、好きな香りやそれを香りたいと思うタイミングに大きな個人差があるために、多くの人が集まるオフィスという環境においてはまだ未開拓領域となっていた。

その課題解決のために誕生したのが、スタートアップの創出と事業運営を支援する、ソニー株式会社の「Sony Startup Acceleration Program(SSAP)」から生まれたパーソナルアロマディフューザー「AROMASTIC」だ。同製品は、個人が周囲を気にせずいつでもどこでも香りを感じることができる手のひらサイズの製品として2016年から販売されている。開発当初から30~40代のオフィスワーカーをターゲットにし、ビジネスの場面に適したアロマカートリッジ「For Business」などの専用カートリッジも同時に展開。香りを通じたオフィスの働き方変革を当初から意識していた表れだ。

藤田さんが開発したAROMASTIC

あらかじめおすすめの香りが5種類ずつセットされた専用カートリッジは、全6種類。カートリッジ式で5つの香りが混ざることなく楽しめる。自分のお気に入りの香りを入れられるカスタムカートリッジもある。

香りを通じた気持ちの切り替えは、私たちの働き方をどのように変えてくれるのか?AROMASTIC製品開発の背景を、AROMASTICプロジェクトリーダーでソニーStartup Acceleration部OE Project プロダクトマネジャーの藤田修二さんに伺った。

オフィスでの利用に目をつけた理由は?

藤田さんは以前から香りに関する研究やそのエンターテインメント的活用方法を研究していた。そのため、嗅覚・香りを活用するアロマセラピーの案は当初から浮かんでいたという。しかし、藤田さんがこのビジネスを考えるためにこもっていた図書館みたいな公共空間では、既存のアロマディフューザーを使用すると香りが周囲に広がってしまうため、いつでもどこでも使えるものではなかった。それを解決するために開発したのがAROMASTICだ。

「図書館とオフィスは同じ。」そこにいる人たちはそれぞれ自分が集中したいことに集中するために来ているが、集中したい時や休憩を取るタイミングは人によって異なる。香りによる集中力のコントロールは音楽と似ており、ロックを聴きたい人がいれば、バラードを聴きたい人もまたいる。しかし気分に合わない音楽を聞かされたら気の散る大きな要因となる。それと同様に、自分に合った時に自分好みの香りを感じられる、を実現したかったと藤田さんは語る。

AROMASTICには、カートリッジにドライエアーを吹き込むことでユーザーの顔周辺の空気だけに香り付けを行う「気体拡散方式」を採用。カートリッジに入っている5つの香りが混ざることなく、ダイヤルを回して切り替えるだけで、それぞれの香りを高純度で瞬間的に楽しめるのだ。この「瞬間性」は大事で、香りの効果を得るには最初のインパクトが重要な部分になるのだと藤田さんは語る。例えば、友人の家に足を踏み入れた瞬間に独特のにおいを感じるが、すぐに慣れてしまうのと同じ。従来のアロマディフューザーのように熱や水を使って香りを部屋全体に充満させなくても、人ひとりが香りの効果を得るにはこれで十分なのだ。

気体拡散方式のイメージ。実際の仕様では空気に色はつかない。

香りが人間に与える効果

香りによる集中力向上等の効果は、実験でもすでに検証されている。

AROMASTICの開発チームは、2017年12月に株式会社やる気スイッチグループホールディングスの社内シンクタンク「自分力開発研究所(現:やる気の科学研究所)」と共同で、学習塾の生徒を対象に香りによる学習効果の変化を見る実験を実施。その結果、AROMASTICを通じて特定の香りを嗅いだ生徒の計算回答数の向上が見られた。「継続的な学習を行うにあたり、香りが集中力の維持・向上をサポートすると言える結果」と同研究はまとめている。また、個人が好きなタイミングで香りを感じられるように香りの拡散が局所的(自分の周りのみ)かつ瞬間的(ボタンを押している時のみ)であれば、学習塾のみならずオフィスといった公共性の高い場所でも作業環境の改善が可能であることが示唆された。

これとは別に、藤田さん曰く、ソニー以外の研究でも香りを勉強中に嗅ぐことで計算回答数が上がったという実験結果が報告されているという。脳の構造的に香りを感じる部分と記憶を司る部分は隣接しているため、勉強をしている記憶と香りが結びつき、結果的にその香りが計算をする際の集中力のスイッチとなるようだ。スポーツ選手が試合前のルーティーンを行って自らの士気を高めるのと同じように、香りにも同様の効果が期待できる。

また嗅覚は視覚・聴覚と違い睡眠中でも活発に働いているため、嗅覚を使った睡眠学習も可能だという。イスラエル・ワイツマン科学研究所の実験結果によると、日常的にタバコを吸う被験者に睡眠中タバコの香りと不快なにおいを同時に嗅がせたところ、その後彼らが1週間で吸うタバコの本数は減ったという。これを活用すれば、禁煙に励む人たちにとって嗅覚は新たなアプローチとなるだろう。近年禁煙化を進めるオフィスビルも増えていることから、これから喫煙量を減らしたい愛煙家のワーカーたちにとっては知っていて損のない話だ。

香りはワーク・ライフの切り替えスイッチとなる

今回取材中に香りの効果を藤田さんと議論していく中で、オフィスでの活用方法としてテーマの1つに挙がったのが「頭のリセットボタン、または切り替えボタン」としての香りである。現在の働き方改革ではテレワークやリモートワークが推奨され、ワーク・ライフの境界線は曖昧になりつつある。そこで香りを通じて頭のリセットや切り替えを行いやすくすることで、ワーク・ライフ両方をより上手に充実させていこう、というものだ。

香りは、脳の構造上「ただ感じるだけでいいもの」だと藤田さんは語る。嗅覚は視覚や聴覚と違い、得られた情報を考えて理解するというプロセスを通さずに、感情や本能を司る大脳辺縁系に直接信号を送る。つまり、仕事で集中しなければいけないとき、また疲れて家に帰って休みたいときにわざわざ何かを見たり聞いたりするのではなく、ただ香りを感じるだけで集中やリラックスの効果が得られるというのだ。労力を伴わず受動的に気持ちの切り替えを行えることこそ、嗅覚が持つ最大の利点の1つなのだ。

例えば自宅で仕事をしているときでも、子供は関係なく話しかけてくる。その仕事が特に思考を深く張り巡らすものであれば、その状態のスイッチを落とすことはかなり難しい。そういうときこそ香りを数秒嗅ぐだけで、意識の集中先を変えることができる。

「切り替えを行いやすい」という香りのメリットは、藤田さん自身の研究職生活でも非常に役立つことだという。決められた作業というものがない分、自分自身で次の研究内容やそのプロセス、それを行うときの仕事のメリハリに至るまでコントロールしなければならないのが研究者の働き方。この働き方は皆が得意という訳でもなく、人によっては決められたタスクを着々とこなす方が得意という人もいるだろう。今後自由な働き方が進むと、働く場所や時間を含めある程度自分で仕事を組み立てていかなければいけないシーンが増えてくる。それに不安を感じる人に「意識のリセットボタン」として香りを使ってもらえれば、と藤田さんは語る。

これまでの利用事例

実際にAROMASTICは、働く人の意識や気持ちを切り替えたり変化させたりする効果をすでに多くの場所で発揮している。

例えば営業職のあるユーザーは車で顧客先を回る際に車酔いをよくしてしまうのだが、それが男性として恥ずかしいと感じていたという。現在はAROMASTICを通じて香りで気分転換を行い、今も毎月特定のカートリッジを購入しているようだ。

愛煙家のあるユーザーはタバコを吸えない状況で落ち着けないときに気分を鎮める方法としてAROMASTICを利用している。先ほども述べたが、喫煙ルームの削減やビル敷地内での禁煙が推し進められる中で、同じ状況に苦しむ愛煙家は今後も増えてくるだろう。

また他のユーザーは飛行機で他の乗客の食事のにおいが気になる際に利用している。機内では食事が提供されるタイミングがずれることもあり、自分の食事が終わってリフレッシュしたいときでも、密閉空間の中で他の乗客の食べ物のにおいが残ることがある。読者の中でも出張の多い方ほど一度は経験したことがあるのではないだろうか。

最近ではソニーグループでの導入事例もあると藤田さんはいう。AROMASTICを試したところ従業員の気分の切り替えに役立つと好評を得られ、結果的に導入に至ったという。これらの事例のように、香りはそれぞれの個人が必要としている場面で着々とした成果を残している。

今後は香りのパーソナライズ化が鍵

このように働く場における香りの効果をより広めていくために、藤田さんは今後の展開として「香りのパーソナライズ化」を進めていきたいと強く語る。

ロックフェラー大学の研究員アンドレアス・ケレー氏の論文によると、人間は約1兆種類の香りを嗅ぎ分けられるという。そして香りというのは、人によって好き嫌いが激しいもの。今後香りが活用されていくためには、万人ウケするものではなく香りを個人レベルに落としていくことが鍵となる。これは藤田さんにとって大きなチャレンジともなる部分だ。

関連記事:ワークプレイスと働き方の変化を司る 2019年5つのトレンド

AROMASTIC専用カートリッジの一つ「For Business」の香りには、英国のオーガニックコスメブランド「NEAL’S YARD REMEDIES (ニールズヤード レメディーズ)」の精油を使用している。「For Business」カートリッジに使用する5種類の精油を選定する際、藤田さんは同社と協議して働く人の1日の場面を想定し、それに合わせて香りを検討したという。自社で行った香りと単純反応時間の関係性における実験結果では、採用されているレモングラスは集中しやすい時に最適で、逆にリラックスしたいときは、同じく「for Business」に採用されているラベンダーが最適であることが示唆された。このような、あらかじめセットされた香りカートリッジに加えて、自分の好きな香りのカートリッジを自作できる、「AROMASTIC Custom Cartridge(アロマスティック カスタムカートリッジ)」を昨年11月に発売し、好評を得ている。

「for Business」のカートリッジに含まれる5つの香り

2種類の嗅覚:本能領域と学習領域

においのパーソナライズ化を進める藤田さんだが、研究領域としては未知な部分が多く残る分野だという。これまでの研究では、においの好き嫌いの識別には本能領域と学習領域の2種類があることがわかっているようだ。

本能領域は、DNAレベルで識別するもの、種として「日本人であればこういうにおいが好き」といったもので、特定のにおいに対し脳が特定の反応を示すようなもの。一方学習領域は個人の記憶とにおいが結びついた時に起こるものだという。そのため個人によって特定のにおいの対する反応やフラッシュバックする記憶が異なる。

この本能領域と学習領域の境界線はときに曖昧で、例えば日本人の畳のにおいに対する反応において、これが特定に人種の嗅覚に本能的にすり込まれているものなのか、それとも文化的に学習してきたものなのか、どちらであるかは不明だ。これに加え個人的な好き嫌いの違いもある中で、今後においの好き嫌いの区分けがより細かくできるようになれれば、と藤田さんは語った。将来的には、特定の業種にはこのにおいが良いのでは、といったパーソナライズ化も進むと面白いだろう。

最後に:今後の海外進出に向けて

筆者個人的な意見ではあるが、従来の働く場における「におい・香り」というと、他社員の食事のにおいや香水のにおいといったネガティブなものが多く、そのような要素を排除することがワークプレイスにおける快適性かと思っていた。しかし今ではこうして自分をポジティブな気分にしてくれる香りを持ち運び使用できるようになった。これはワークプレイスにおけるにおい・香りの概念を変えるものではないだろうか。

すでに日本のワーカーの働き方を変えようとしている藤田さんだが、今後このAROMASTICを海外にも展開していきたいと語る。将来的に香りで実現したいことは、香りの三原色的なプロセスを構築することだという。

例えば音楽・映像というのは、まずレコーディングを行い、次にプロセスし、最後にはスピーカーやディスプレイ等で再生することができる。しかし、香りやにおいでそれを行うことはまだ不可能。この3つのプロセスを嗅覚でも実現し、場所や地域に関係なくどこでも香りを再生できるようにしたいというのが藤田さんの夢だ。

これからも藤田さんは香りを通じて私たちの働き方を変えていくだろう。「どこで働いていても気分を持ち運べる」そんな世界が見られるよう、藤田さんの今後の活動を応援したい。

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この記事を書いた人

Kazumasa Ikomaフロンティアコンサルティングにてリサーチャーを務める。アメリカ・サンフランシスコでオフィスマネージャーを務めた経験をもとに、西海岸のオフィスデザインや企業文化、働き方について調査を行い、人が中心となるオフィスのあり方を発信していく。

    

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