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メンタルヘルス格差の是正でウェルビーイングな社会を実現 ―学生経営者、株式会社イヴケア 代表取締役社長CEO 五十棲計氏インタビュー

[September 19, 2019] BY Yuichi ITO

ストレスチェック―。従業員50人以上の事業所を対象に産業医の選任が義務付けられ、2015年12月には社員の心の健康状態を定期点検する「ストレスチェック制度」が始まった。今春施行された働き方改革関連法には産業保健の強化が盛り込まれ、政府は働く人々のメンタルヘルス不調の早期発見、対処といった健康リテラシー向上に努めている。それに伴い、社員向けストレス評価サービスの導入やサービス自体への参入など企業のストレスに対する関心も右肩上がりだが、その評価手法のラインアップは調査問診票に回答する主観的なアンケート形式が中心だ。自らが気付いている不調の主因としてのストレスを把握できる一方、潜在するストレスの認識には疑問が残るといえるだろう。

毛髪を用いたストレス評価を手掛ける株式会社イヴケアは、自己の認識外に潜在するストレスの可視化を図り、臨床心理学的知見に基づいたストレスの理解と対処を提案することで、予期せぬメンタルヘルス不調を未然に防ぎ、ウェルビーイング社会の実践を目指す。「滋賀大学発ベンチャー認定制度」認定第1号となる同社の代表を務める、滋賀大学大学院教育学研究科修士課程2年生の五十棲計氏に話しを聞いた。

目の当たりにした「いじめ」が教育領域への関心の萌芽

五十棲氏がバスケットボール部の部長を務めていた中学生時分、それまで仲の良かった部員同士だったが、ある日を境に〈ひとり対複数〉のいじめの構図が生まれた。「いじめ」に遭遇した初めての経験であり、事態に手をこまぬくだけで悶々とした日々を送ったという。「いじめ」を解決する制度や学校の仕組みとして「いじめ」が起こりづらい、例えば人の心理状態を客観的に把握できるものがあればと強く感じた。「教育現場において道徳的な取り組みはもちろんだが、〈個人対集団〉が生まれにくい共同体の構築など集団マネジメントの必要性を感じたこの経験が教育学部へ進むひとつの要因になったのでは」と振り返る。

教育学部時代は「いじめ」研究に注力した同氏。研究に伴い多くの文献を紐解く中、「いじめ」は心に余裕のない状態に起因すると着想を得た。小学校高学年から中学校2年生までが最も「いじめ」が起こる年代で、中学校3年生頃になると収束する傾向があるという。その理由はまだ明確にはなっていないが、高校受験が大きく関係していると仮説。進路を意識することで、自分の所属する狭いコミュニティといった内側にだけ向いていた視点が、将来や夢といった外側に方向転換するきっかけとなる。自分の描く未来像を実現するために何をすべきかと真摯に向き合うことで、将来に対する〈希望〉や実現した際の〈ワクワク感〉が芽生え、各人が自らのやりがい実現に意識が向くためと考える。これに端を発して、教育だけでなく就労現場でも〈余裕〉のない状態が、人の心を貧しくしているのではないかという思いにいたった。

自ら志願して学生経営者の道へ

「滋賀大学発ベンチャー認定制度」認定第1号。所属研究室の大平雅子准教授(滋賀大学・応用健康科学)が毛髪からストレスを測定する技術を開発、起業を勧める声があったが、教職と経営者の両立は難しいと逡巡する中、毛髪による中長期的なストレス評価技術の社会実装の旗振り役として、五十棲氏が勢い志願したという。「社会貢献に繋がるインパクトの大きい仕事を志望していたこともあり、タイミングが良かった」と語る同氏。もちろん、教職(保健体育)や研究者の道を進むことも一考したが、自らが代表となって万人がウェルビーイングを享受できる未来、つまり教育現場や就労環境の向上に繋げたい想いだ。

ただ、参画当初は「いじめ」経験と「毛髪によるストレス評価」が直結したわけではなく、経営TOPとしてインパクトの大きいことができる点に惹きつけられたという。もちろん、その分「なぜ自分が社長なのか」「技術開発者の大平先生が社長であるべきではないのか」などと問われる場面もあったし、自分の中でも当該技術に深い理解が及んでおらず、言葉に窮すこともあったそう。「次第にその乖離が狭まり、〈良い〉〈悪い〉ストレスマーカーの確立可能性を感じてから全て繋がった」と同氏は語る。ストレスという目に見えないものを可視化する技術と五十棲氏の〈社会を作りたい〉想いが結びついたわけだ。

「人の心に余裕があればウェルビーイングな社会を近づく。不安や悩みで余白がなくなった心をストレス評価で把握、少しでも改善することで、〈ワクワク感〉といった前向きな気持ちが芽生え、ウェルビーイング実現の導線になる」と同氏は信じる。

ストレスは悪いものではない!?

「〈ストレスフリー〉が叫ばれて久しいが、悪い一面だけはない。世界的にもストレスの研究は盛んだが、一般的には〈ストレス=悪い〉の認識が大半だろう。同社のストレス評価によりストレスの〈良い〉側面に目が向くきっかけとなれば」と五十棲氏は語る。ストレスの〈良い〉〈悪い〉の両面を可視化することで、よりウェルビーイング社会の実現に寄与できるだろう。例えば、ストレスの〈良い〉側面とは、大舞台に臨むスポーツ選手やアーティストなどが感じる過度の緊張がその後のパフォーマンスに好影響を及ぼす場合などを指す。最終的に同社は、ストレスの〈良い〉〈悪い〉両面それぞれを活かした評価/支援の確立を目指すという。

人はストレスを感じると体内にコルチゾールなどストレス関連性ホルモンが分泌されるそう。基本的に血中や唾液、尿などに含まれているが、毛髪が伸長する際にもその一部を含む特性がある。唾液などは朝/晩の日内変動が大きく測定時点のコンディションに左右されるが、毛髪であれば中長期的に安定した分析が可能だ。人の毛髪は1ヶ月1cm髪の毛が伸びると言われ、その長さの分、過去まで振り返って時系列で分析できるし、侵襲性も低く手軽な点を同社は利点に挙げる。

ひとつの検体の分析対象期間は半年程度とのこと。半年を超えると毛髪自体の劣化が生じストレスを測定するホルモンも外に排出されるため信頼性に欠く場合が想定されるそう。裏を返せば、半年以内を区切りに定期的に検査を実施すれば、正確な内容を経年で追っていける。なお、検査費用は3,000円~5,000円程度で収まることを目標としているそうだ。

日常生活の中で蓄積されるストレスを中長期的かつ客観的に分析できる点は、類似サービスと一線を画すと同社の自信がのぞく。アンケートなど主観的なストレス評価の場合、各人の主観の外側にあるものは認識できない。元来突発的に生じるものではない「うつ病」だが、突然発症したと感じる人の場合、主観ではストレスを感じていないものの、自らが認識できない外側でストレスを蓄積したために起こったと五十棲氏は想像する。簡便に客観的なストレス分析を手に入れられれば、自分の行動を変え、「うつ病」の発症を未然に防ぐことができるが、ストレスは主観と客観の両視点から捉えることが肝要になるため、主観的アンケート形式と客観的評価の併用が望ましい形だそうだ。

ストレス評価だけでは終わらない「イヴケアサイクル」

滋賀大学のベンチャー認定制度では、学内施設の使用期間は基本3年、延長しても5年までだ。毛髪によるストレス評価は研究室ベースでは着実に前に進んでいるそうで、3年程度で事業化を見据えるそう。その際、最も気を付けているのは評価だけで終わらせない、「イヴケアサイクル」を作ることだという。

「社名にCare(支援)を入れているように、Evaluation(評価)したものに対して、何らかのソリューションの提供は不可欠だ」と五十棲氏は意気込む。同氏は評価した結果に対して支援施策を行い、その結果に対して評価・支援施策を繰り返すサイクルを提供することで〈心の最適化〉を図り、ウェルビーイングな社会の実現に貢献できると考える。

その点、「毛髪ストレスチェック」開発者である大平氏同じく取締役に名を連ねる、芦谷道子教授(滋賀大学・臨床心理学)が支援の部分で大きく寄与する。大平氏が〈評価〉部分を支える一方で、臨床心理学が専門の芦谷氏はその知見を活かしメンタルヘルスケアプログラムといった〈支援〉ソリューション開発で同社を支える。五十棲氏を中心に大平・芦谷両氏が相互補完的に同社の事業基礎を支えるトライアングルが形作られている。

毛髪によるストレスの評価から病気を未然に防ぐことは大命題としてあるが、同社は先の未来として被験者の状況とストレス評価を照らし合わせて、〈いきがい〉〈やりがい〉を見出すきっかけのひとつとしての活用を考える。例えば、時系列に沿い業務内容と照らし合わせたストレスを評価することで、ストレス負荷の大きい業務の選別ができれば、ストレス評価は前向きな行動へと直接変容を促せるだろう。最適な働き方に個人が気づく支援ができれば、単純な〈リトマス試験紙〉的評価に収まらない。心身の健康に貢献する、〈働きがい〉を持てる環境作りの一端を担う技術としての価値をまとうことができそうだ。

ストレスへの備えと健康格差改善の一手

五十棲氏は、教育現場におけるストレスの認知や対処法といったトレーニングを積み重ねることの重要性を説く。ストレスに突然さらされるとなかなか上手く対処できず、更にストレスが蓄積される。ある程度若い時からストレスに対する正しい認知理解を促しトレーニングすることで、ストレスを感じる事象に遭遇した際に適正な行動を取り、前向きに生活するマインドに気が付くきっかけを作ることで、活力を持って社会に出ることができるというのだ。

また、現在は20~40代の被験者で実証中だが、就学前の子ども、つまり言語化ができない月齢の乳幼児や言語障害を持つ人の心の顕在化に毛髪によるストレス評価は代弁者となりうると期待する。現状、ストレスの有無の判断にはなるが、今後、ストレスの種類・性/年齢差に起因する特徴など細かくセグメント分けした定量情報の収集も視野に入れるという。

「現在は健康意識の感度が高い人が率先して情報を手に入れ、更に健康になるのが実情だが、健康に関して感度の低い、もしくは気にかけていない人に対して、意識づけるアプローチができれば」と五十棲氏の想いは止まらない。自分でストレスを認識していない人には気づくきっかけを、既にストレスに気づき改善行動をとっている人には更に心理的健康に繋がるツールとして貢献したいという。「安定した精神状態を保ち、〈やりがい〉などの自己実現を達成することで、更に生活の質の好循環を生み出す〈心の筋トレ〉を通して、ウェルビーイングな社会の実現へ貢献したい」と相好を崩す。

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この記事を書いた人

Yuichi ITO食品メーカーからPR会社を経て、フロンティアコンサルティングの広報へ。社会人スタート以来、マーケティングや広報といったコミュニケーション活動に一貫して従事。ライフワークにワークプレイスや働き方に関する情報発信が加わり、広く興味津々。

    

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