ウェアラブル技術やスマートフォンを活用したITヘルスケアサービス ― WINフロンティア株式会社 取締役、芝浦工業大学 客員准教授 博士(工学) 駒澤真人氏インタビュー
記事作成日:[December 03, 2019]
BY Yuichi ITO
2015年にはじまった「ストレスチェック制度」をきっかけに、メンタルヘルスへの注目度は右肩がり。アンケート形式で測定する主観的なものから、脈拍・血圧といった生体反応や毛髪・唾液といったホルモン物質から測定する客観的なものまでラインアップは多様だが、概ねネガティブなストレスの早期発見に注力されているイメージだろう。その中、WINフロンティア株式会社が手掛ける自律神経によるヘルスケアサービスは、ストレス、リラックス度や集中度合を分析。前向きかつ、今後の就労環境構築や働き方に大きく寄与すると感じる。オフィスワーカーや働き方に興味のある人々にとって、ポジティブ/ネガティブ両面からメンタルを意識する〈きかっけ〉の仕組みとは?
地球も人間も万物は情報を発信している
同社は、2000年に東京大学教授・板生清氏(現東京大学名誉教授)が創設した、東京大学発のNPO法人ウェアラブル環境情報ネット推進機構(通称NPO法人WIN)を母体に、NPO、学会(人間情報学会)、株式会社が密接に連携したユニークな活動をしている。NPO法人WINでは、「ネイチャーインターフェイスの実践」を提唱。
「ネイチャーインターフェイス」は〈自然・人間・人工物のインターフェイスをシームレスにして、新たな調和と共生の世界を作っていく〉概念で、三者の境界をなくすことでそれぞれの本質を理解し、持続可能な環境調和型社会の実現を目指すものという。それを実現するために、NPO法人WINでは地球や人間などの万物が発信する情報のキャッチに不可欠なセンサネットワーク技術の研鑽を積み上げてきたそう。あたかも近年のウェアラブルデバイスの急速拡大を見据えていたかのようだ。駒澤氏はもともと地球が発信する地震波の研究をしていた過去があり、その知見を活かして現在は人間が発信する心拍変動の研究に携わっている。まさに、〈万物は情報を発信している〉という考えに基づいた活動だ。
センシングデバイスの形態は、体を中心に円状に拡がる。例えば、インプラントなどは埋め込み型で最も体に近い。主流は腕時計やリストバンドなどの密着型、そこから離れていくとスマホといった携帯型、テレビなどの据え置き型、最終的には形のないものとなっていくだろう。同社では、NPO法人WINで開発された人間情報センシングに関する技術をベースに、板生研一代表取締役社長兼CEO(博士(医学))と技術面を支える駒澤氏を中心に、センシングデバイスのハード面とソフト面を融合させたヘルスケアサービス事業が進みだしたという。
自律神経は手軽にメンタル情報を教えてくれるインフォメーションセンター
自律神経とは、われわれの意識とは無関係に働く神経回路であり、日中の活動時に活発化する交感神経と、リラックス時に優位になる副交感神経を指す。同社が自律神経活動からメンタルヘルスの分析を手掛ける理由は、技術進歩により心拍変動を測定できるセンサデバイスが飛躍的に進化したことを前提に、社会実装まで念頭に置いた際に、非侵襲かつ、脳波などに比べて安定して簡便にセンシングができる点が挙げられるという。加えて、「ストレスチェック制度」といった世の中のストレスへの関心の高さが相乗効果になっていることは言うまでもない。
心拍変動をセンシングすることで、交感神経と副交感神経のスイッチングやバランス、言い換えるとリラックス/ストレスや疲労具合情報の取得、解析が可能となる。同社は心拍変動解析によるセンシングが主ではあるが、解析するだけでなく、ストレスが高い状態にある場合は、対処アドバイス(アクション)も提供している。対処アドバイスといったソリューション部分は、同社の自律神経のビックデータ、癒しや快適性を提供する製品、サービスの効果測定で蓄積した知見に加え、専門家との連携により〈センシング→可視化→アクション〉のフィードバックループを目指しているそう。
ウェアラブル心拍センサ
交感神経と副交感神経の均衡が肝!
交感神経=緊張、副交感神経=弛緩―これまで1000人近くの被験者を分析してきた同社によると、現代人の多くは常に交感神経優位な人が多く、体の不調の原因の1つと考えられている。例えば、就寝前に交感神経が高ぶっていると、緊張により寝つきが悪くなる傾向にあるという。同社による研究データによると、30代~50代かけて交感神経機能が上昇する傾向がみられている。20代までの若年層よりも、30代から50代は結婚や出産、仕事などで社会的な責任が増し、ストレスがかかる時期である。このような環境的な影響が自律神経活動に影響を与えている可能性も考えられる。
通常、日中に交感神経が高いのは当然だし、逆に交感神経を高めないと仕事にならないだろう。つまり、ON/OFFが大切であり、スマホ依存により寝る直前まで交感神経が高いことの方が問題なのは容易に想像がつく。交感神経が高まり、寝つきが悪くなった結果不調を引き起こす悪循環を生み出すだけだ。同社の研究データによると、加齢が進むほど、その切り替えが上手く機能しなくなることが分かっているそうだ。自律神経は、こちらの意図とは別に〈自立〉して機能する神経のため、意識してそのスイッチをコントロールすることは難しいが、唯一の手立てとして呼吸を整えることは有効だそう。息を深く吐くことで落ち着きを後押しすることができる。
同社の150万ダウンロードを突破している、スマホカメラに指を当てて皮ふの色から自律神経を解析するアプリ「COCOLOLO」でも動画を見ながら呼吸を整えるコンテンツをラインアップしている。リラックスする場面を個人で認識して、呼吸を整えて実際にリラックスすることがメンタルヘルスに繋がるということだろう。
現在、「COCOLOLO」アプリで測定された自律神経データは3000万件以上のビックデータとなっている。ビックデータより、土曜日がその他の曜日より交感神経が抑制されリラックスしている傾向がみられたり、気圧が高い日ほど交感神経が上昇したりするなどの傾向が明らかになっている。このような自律神経のビックデータに基づく、日常時の自律神経活動の評価に関する研究も精力的に進めている。
ウェルビーイング社会の実現に向けたヘルスリテラシーの啓蒙
「日本は健康保険制度を国が整備していることもあり、健康時にヘルスケアにコストをかけ取り組む人が少ないのが実情だろう。生命保険会社が先んじて同社のストレスチェック技術の導入に舵を切り出してはいるが、先々個人のストレスによって保険料を変える施策のひとつでありビジネスの側面が大きい。予兆を感じる時はもちろん、自らの不調を不安因子として捉え、積極的に事前に取り除こうと意識する欧米とは大きな差を感じられる」と駒澤氏は語る。
ヘルスリテラシーが高い方が実際にストレス状態に陥った際の認知・対処が適切に行えるのは自明の理だが、リテラシーを持ち合わせない人にその必要性をいくら説いたところで響かない。リテラシーの高い人は意識が高い故に益々健康に、リテラシーの低い人はそもそも興味すらないため益々健康から遠ざかる、〈健康格差〉が生まれるのは必然だ。同社は、社会的に健康に対するリテラシーの啓蒙・啓発の重要性を訴える。ヘルスリテラシーの浸透が進むと、内発的動機からヘルスチェックを継続する人は一定数保たれるだろう。その点、スマートフォンのアプリによる手軽な「COCOLOLO」は万人のメンタルヘルスを支援するツールになり得ると自負を隠さない。
「Lifescore」(ウェアラブル心拍センサ)、「Lifescore Quick」(指尖脈波センサ)、「COCOLOLO」(スマホアプリ/カメラ)のいずれも心拍変動解析で同じ原理だが、それぞれデータを取得する方法が異なるという。入口が異なるだけで心拍変動で自律神経を測定・解析するものだ。各センシングで大きく異なる点は、計測が常時か定時の違いとのこと。
「Lifescore」は常時計測しているため〈面〉のデータとなり、定時計測の「Lifescore Quick」「COCOLOLO」は〈点〉のデータとなると言えば分かりやすいだろう。個人が手軽に始められる「COCOLOLO」を試した人がより詳細な情報を求め、「Lifescore」を求める傾向も見られる。スタンダード版からアドバンス版へ移行するイメージが近いだろう。その点、アドバンス版、スタンダード版の導入の場面はそれぞれだが、触れ始めたのがどちらからにせよ、アドバンス版からなら日常的な手軽さを求め、スタンダード版からならより深い情報を求め、どちらも手に取ってもらえる好循環は生まれているようだ。
Lifescore / Lifescore Quick / COCOLOLO
人間情報の解明はいと難し
同社では自律神経の交感神経が高い状態を「ストレス」「集中」の2分別で評価し、「集中」している状態から生産性を可視化できるような研究も進めている。例えば、スポーツの場面で人前に立ち交感神経が高まった状態で〈負荷〉を感じるネガティブなストレスか、〈集中〉するポジティブなストレスかを判定できるようなことだ。同社は潜在的課題を掘り起こすセンサによる客観分析と、顕在的課題を認知するアンケートによる主観分析の掛け合わせによる類似や差分を捉えることで、人間情報の解明を進めていきたいと考えている。
現在のスマホアプリ「COCOLOLO」では不調になる前の潜在的なユーザーの利用を促せると、〈未病=ウェルビーイング〉社会の実現に一歩近づくと考えるし、今後の課題として捉えているとのこと。〈気付いていない人に気付いてもらう〉、その手段としてゲーミフィケーションの実装がひとつの解になると同社は期待する。個人向けにはバイタルを絡めたインタラクティブ型育成ゲームもリリースしている。「ゲームをクリアしたいが故に健康になるなら我が意を得たり。入口はゲームであってもその裏で健康状況のセンシングを行い、メンタルヘルスの健全化へと導くようなサービスを作りたい」と意欲を見せる。
また、企業向けにはメンタルヘルス研修ツールの準備を進めているという。すごろく形式で問いに答えることでリテラシーを高めるとともに、設問を読む間に「COCOLOLO」同様にスマホのカメラに指を当てセンシングを行うものだ。学びながらリテラシーを高め、社員同士で習熟度を競い合ったりもできるため、社員のヘルスリテラシー教育に有効と言えそうだ。
投資としてのメンタルヘルスチェック
ストレスチェックはマイナスを0に戻すようなイメージだが、同社の心拍変動解析による自律神経の分析サービスは、0からプラスに働く生産性向上を付加できる点で一線を画す。行政主導の「ストレスチェック制度」に対する経費というよりも、人材育成の投資と捉えやすく企業の浸透が期待できるそうだ。その点、オフィスも投資であり、事務処理をするだけの場所から作業に沿った環境を整え各々の生産性の向上を目指す意味で相通じる。メンタルヘルスもオフィスも経営戦略として取り組むことでより力を発揮するだろう。
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この記事の執筆者
Yuichi ITO 食品メーカーからPR会社を経て、オフィスコンサルティングファームの広報へ。社会人スタート以来、マーケティングや広報といったコミュニケーション活動に一貫して従事。ライフワークにワークプレイスや働き方に関する情報発信が加わり、広く興味津々。