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未来の働き方をデザインする力——武蔵野美術大学・丸山幸伸教授と語る「働く場」と「デザイン」(後編)

伊豆大島の多働海域コミュニティ施設「WELAGO」を運営するフロンティアコンサルティングと、武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科は、「生物多様性の保全・回復における持続的な関係づくりのための対話デザイン」をテーマに共同研究を実施。2025年2月末、その成果として研究レポートを発表しました。

後編では、同プロジェクトに参画いただいた武蔵野美術大学の丸山幸伸教授に、未来の働き方をいかにデザインするか、お話を伺いました。

  • 丸山 幸伸/ まるやま ゆきのぶ

    丸山 幸伸/ まるやま ゆきのぶ

    武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科教授。1990年に日立製作所に入社後、プロダクトデザインに従事。2003年には、ヒューマンインタフェースのコンセプト発信を目的とした社内横断組織「日立ヒューマンインタラクションラボ」を設立。2006年からは、サービスイノベーション創生とデザイン方法論の開発に取り組む。2010年には、未来の価値観変化を見据えた社会インフラ構想を形成するビジョンデザイン方法論の開発に着手し、国内外のスマートシティプロジェクトを主導した。2014年に渡英し、日立ヨーロッパ社のエクスペリエンスデザインラボ長として、鉄道やエネルギー分野などで、地域社会と連携したデザインチームを率いる。帰国後は、日立グローバルライフソリューションズ (株)にてビジョン駆動型ソリューション開発を推進。2020年より日立製作所研究開発グループ主管デザイン長、ならびに2023年より武蔵野美術大学で教鞭を執る。

  • 稲田 晋司/いねだ しんじ

    稲田 晋司/いねだ しんじ

    株式会社フロンティアコンサルティング執行役員・デザイン部長。一級建築士。株式会社フロンティアコンサルティングには設立時より参画し、デザイン部門の責任者を務める。 2020年に同社でリサーチチームを立ち上げ、企業のオフィス構築に関するリサーチ業務に携わる傍ら、WEBメディア「Worker’s Resort」と「HOWHERE」の運営を行う。2023年5月より地元・伊豆大島に開設したコワーキングスペースを拠点に、行政や地域事業者と連携し「都市と地方の共存社会を、多様な働き方から描く」ことをパーパスとした「多働海域コミュニティ WELAGO」の運営をスタート。
    多働海域コミュニティ WELAGO:https://tokyo-welago.com/

前編はこちら

イノベーション実現のため、ワークプレイスの拡張が必要だった

稲田 丸山先生にお聞きしたかったのは、「働く場所をどのように位置づけるか」。デザイン経営的な観点で、その企業ならではの位置づけがあるはずです。また、ワークプレイスが社会と接続することで、社会貢献的な価値も生み出していくと思っています。企業のワークプレイスは、社会に対してどう貢献できるでしょうか。

丸山 私は企業と大学で兼業していますが、この働き方自体がワークプレイスと密接に関係しているんです。これまで時代のニーズに合わせて、プロダクトからインタラクションデザイン、さらに、サービスやビジョンデザインまで、「デザイン」の領域を拡張してきました。アウトプットも、プロダクトからスマートシティにまで及んでいます。

その中で、企業の主導でやることの限界点が見えてきました。その枠の外側にいて企業の力を地域に繋げていく方が、目指す方向に進むということに気づいたんです。それなら企業と大学両方の名刺を持つ方がいいと考えました。でも、それぞれでの取り組みは完全に一直線上にあります。

稲田 ご自身の仕事の機会がある領域や地域を、広い意味で「ワークプレイス(ワークドメイン)」として捉えて、それを拡張したということですね。具体的にどんな限界点が見えてきましたか?

丸山 企業では、スマートエネルギーや新しいワークスタイルのために、さまざまなITシステムの導入に携わってきました。それらを社会に実装して、影響を与えた姿がイノベーションと呼ばれるわけです。となるとモノやサービスの先の社会を見て、関わり続けなければなりません。でも企業の予算や制約の中で動いていると、プロジェクトの研究開発目標に対する結果が出たある時点で止めざるを得なくなる。

たとえば海外案件が1つ終わると、現地の人に、実装したシステムや込めた想いと継続する力などを引き継いでいかなければならない。だけど、現地にはやはり、それまで実行に至らなかった理由があるんです。運用するナレッジや人材の問題などですね。その状態で私たちが外れてしまうと、前よりも社会が悪くなることさえあるんです。そんな事例を見てきて、もっと企業が、大学のような研究機関とシームレスにつながる必要があると感じました。そこで、じゃあ自分が両方やればいい、と。兼業については、当時は特例的なことでしたので上司に相談したのですが、「大変だよ。でもやると決めてるんでしょ、 頑張ってね」と言われたくらいでした(笑)。企業としても、社会実装の部分が重要だと気がついていたからでしょう。

イノベーションは、オフィスの中だけでは完結できない。それが、ワークプレイスが拡張された理由です。モノやサービスを提供したあと、現地への接続が必要となる。そのために、大学という場所が最適でした。学生の力を借りて地域の人と長くつながることができるとともに、企業ともつながれるからです。

オフィスがコミュニティとなるには、“祈りもの”と物語が必要

――企業がワークプレイスを構築する上で、最近はどのような課題が多いのでしょうか?

稲田 テレワークも含めて働き方の選択肢が増える中、従業員のコミュニケーションや帰属意識を醸成する機会をどのように提供すればいいか、お悩みの企業が多いですね。オフィスに来る理由を具体的に意味づけしたいという企業も多いです。でもオフィスという「箱」を作っただけで、運用が伴わないのが現状ですね。

オフィスは、「場所」と「機会」の2つの意味で捉えられます。まずは箱を作った後、どうするか。テレワーク普及後は、箱を縮小するなどコスト削減の流れもありました。逆に今は、オフィスに投資することでイノベーションの効果を上げていく、「機会」として捉えることが重視されていると感じます。

丸山 ワークプレイスという言葉にも「仕事の機会」という広い意味と、「箱としてのオフィス」の意味合いがありますよね。さらに後者も、多重な意味に再定義されている気がします。日立製作所でワークスタイル改革ソリューション関連の事業に携わっていたので肌感覚でわかるのですが、コロナ禍以降、ずいぶん変わってきましたよね。

事業自体が今、20世紀のもうかってきた時代とは変わり、大きな変革を求められています。私たちの会社は世の中にどんな価値を提供できるのか?といったパーパスを問い直すと、オフィスはパーパスに応えるための集落やコミュニティであるべきでしょうね。そして、働く人たちをエンゲージするためには、ある種の“祈りもの”となるアイコンが必要です。言葉だけのステートメントではなく、みんなが「こういうことだよね」と思える対象物があって、それにまつわる物語があることが重要だと思うんです。

たとえば、創業時に作られた製品や社屋の一部、創業者が大切にしていた本。そんなものでもいい。アイコンがあり、その意味を解釈するような議論の場があると、“祈りもの”となる。そのアイコンをいかに見つけるかが、ポイントではないでしょうか。

稲田 弊社が本社オフィスを移転リニューアルするときに掲げたコンセプトが、まさに「Purpose Driven Workplace」(パーパスがはたらくワークプレイス)なんです。お客様が来るたびにそれを説明するので、刷り込みとしても機能していて(笑)。そんなかたちで刷り込まれているのが、もしかしたら“祈りもの”になっているのかもしれません。企業の経営活動の最上位にある概念は、やはり「Purpose(目的)」だと思います。社会に対して存在意義のあることを実現していくためにも、ワークプレイスの機能を考えることが重要ですよね。

人が集まるオフィスづくりには、本質的なインセンティブを

――テレワークが定着した近年、オフィス回帰を目指す策として、朝食やおやつを出す企業もあると聞きます。働く人が集まりたくなるオフィスとはどんなものだと考えますか?

丸山 アメを与える作戦は、習慣を変えるきっかけにはなるかもしれませんね。でも、一時的な弥縫策(びほうさく)で、根本的な行動変容につながりません。やりたいことややるべきことにインセンティブが重なっていないと行動に意味が見出せないなと。

だからこそ、オフィスに来るたびにスキルや気持ちが高まる機能が必要です。これからはジョブ型雇用*¹が主流になり、自分のスキルをパスポートのように使って、ジョブホッピング*²していく人が増えていくはずです。企業側はそれに抗うのではなく、むしろ応援する姿勢の方がいい。備えてきた知識を積極的に提供していくことが、これからの時代に求められるのかなと。会社に来ることで、仕事で消費するだけでなく、有益な知識やチャンスを得られる。そういう機能がオフィスに備わっていれば、自然と人は会社に足を運ぶようになるのではないでしょうか。

*¹ 欧米で一般的な雇用システムで、特定の職務内容(ジョブ)に対して人を採用する仕組み。個々のスキルや経験が重視される。まず人を採用し、その後に配属や異動を行うメンバーシップ型雇用とは異なる。
*² より良い条件や自身のキャリア目標の達成を目指して、比較的短い期間で転職を繰り返すキャリア形成の手法。

稲田 それは決してお菓子や朝食ではないと(笑)。

丸山 そうは言っても、私も実は、学生にはお菓子をよく配るんですよ(笑)。同じものを食べて共感し合うことって、実はプリミティブなところで人に効いてきますから。

稲田 僕も同意見で、最初はアメを求めてやって来た人たちが、オフィスに来れば何かいいことがあると感じられることが重要だと思うんです。私はオフィスが提供する機会を7階層で考えていて、最下層にあるのは、「基礎環境」と「安心・安全」。これは作業や仕事をする上で、オフィスに絶対に必要な要素ですよね。テレワークが普及する以前は、ここに比重が置かれていました。

テレワークが普及した今はもっと階層が上がり、企業に自分が所属していることを実感する「所属とつながり」や、「尊重の獲得」「自己肯定感」が重要です。最初にアメがあったとしても、その先でつながりや尊重、自己肯定感を感じられれば、働く人もオフィスに足が向くのではないでしょうか。

丸山 マズローの「欲求5段階説」みたいですね。

稲田 それも参考にしました。自社の調査によると、「貢献実感」を持っている人ほど、学習意欲・ストレス耐性・自社のオフィスへの評価が高いそうです。これが生産性につながりますよね。だから生産性を高めるためには、働きがいを高めていくことが重要です。

「危機感」が変化を生む原動力に

――未来の働き方を具体的にイメージし、オフィスを形作るのはなかなか難しいという声もあります。未来を見通す力はどのようにして養えるのでしょうか?

丸山 企業の力を上手に使えば案外、好きにチャレンジしても失敗はそうそうしません。そこに気づいてほしいですね。アビー・グリフィンらの著書『シリアル・イノベーター 「非シリコンバレー型」イノベーションの流儀』にも書かれているように、大企業の場合、シリコンバレーのイノベーターにも負けないようなシリアルイノベーター*³がいる。その資源を使えるのは大きいですよね。

*3 連続的(シリアル)に、画期的な製品やサービス(イノベーション)を生み出す人のこと。

社内のさまざまな組織を渡り歩き、隣の部署が何をしているのかを知ることで、意外と本質的なアイデアが浮かぶものです。思いつきで終わらせず、たとえばものづくりであれば、特許を取ったりプロジェクトを企画したりするなど、形にする方法はいくらでもある。社内の資源をパッチワークのようにつなぎ合わせることができれば、世の中にも自分にも意味のあることが実現できます。そうした視点を持つことが大切ではないでしょうか。稲田さんの会社もそんな感覚の人が多いですよね?

稲田 確かにそうですね。一方で、目先の事業に集中してしまい、社会と接続する視点を持つのが難しい場面もあります。ワーカーが未来に目を向けて社会と接続するために、会社としてどういう機会の提供があるとよいでしょうか?

丸山 「機会提供」って、親心ですよね。でも私の場合、日立製作所での仕事を通して、社会の変化に対応せざるを得ない状況だったんです。外から見ると、事業は順調に進んでいるように見えたかもしれません。でも実際はいつも、自分たちの背中にワニが迫っているような感覚でした(笑)。それくらい危機感があって、「変わらないと先がない」と思ったからこそ、変わることができたのだと思います。

稲田 危機感を持って必死だったんですね。何かの機会を提供されたのではなかったと。

丸山 会社からの親心や機会提供といえば、リスクたっぷりのチャンスをくれたことくらいでしょうか(笑)。あとは、やっていることを見逃してくれたこと。「とにかくやってみたら? お前の人件費くらいは持ってやるから」という感じで、ある種、放任に近い形でやらせてもらっていました。

今はAIの登場が、あらゆる職業にとって脅威になっています。士業にしても、まわりの崖がどんどん崩れていて、専門の「シマ」が狭くなっているのが現実。真剣に考えると、多くの職業がいずれ不要になるかもしれない。だからこそ、前に進まざるを得ないんです。危機感を持ちながらも、前向きに進めばいい。誰かに背中を押されると怖いけど、自分の意思で前に出れば怖くないですから。

稲田 会社側も、そうした危機的な状況やその兆しをなるべく早く伝えるべきですね。親心として情報を提供しつつ、切羽詰まる前に「将来、こんな変化が起きるかもしれない」と知らせておく。その上で、自発的に動いてくれる人を、丸山先生のように裁量を与えてなるべく自由にしてあげるのがいいのかもしれません。

丸山 昔の会社では、取締役が情報と権限を集中して持って、部下に共有しないケースも多かった。しかし今は、幹部がSNSで情報発信するのが当たり前の時代です。情報をいかに早く、適切に共有するかが重要で、従来のやり方は通用しない。事業環境の危機も共有して、「今攻めるべき! やばいと思ったら助けるぞ!」というふうに手綱を持って、胆力で耐えることが大事なのかもしれませんね。

稲田 これまでは上司の采配が大きかったかもしれませんが、今後は、オフィスやコミュニティのデザイン役を担うオフィスマネージャーも手綱を握る存在の1つとして重要になるかもしれませんね。

「儀式性のあるオフィス」が人の行動を変える

稲田 働き方の選択肢が増え、オフィスの意味があらためて問われているように感じます。これからの時代、物理的なオフィスにはどんな役割が求められると思いますか?

丸山 私は、オフィスには人の行動を変える力があると思っています。たとえば、以前、自社部門のオフィスを移転した際、レイアウトに「行動変容」に自然な行動変容を組み込みました。この設計の根底には、ワークプレイスを「仕事をよりクリエイティブにする道具」と捉える考え方があります。

その一環として、小さなプロジェクトでも、「リサーチ→アイデア出し→プロトタイピング→プレゼンテーション」という4つのプロセスを必ず踏むように設計しました。各プロセスの象徴となる部屋を用意してみたのです。たとえば、ブレスト用の部屋は予約不要で、ふらっと立ち寄ることができる。いつでも自由にアイデアを出せる環境が肝心だからです。

稲田 それはわかりやすいですね。

丸山 わかりやすく「この部屋にいたらこれをやる」という意識が刷り込まれるようになっていました。ケースはさまざまですが、ワークビジョンや“祈りもの”のように、鼻先の方向や流儀が刷り込まれるような「儀式性のあるオフィス」が大事だと思うんです。

――最後に、自社のオフィスデザインにお悩みの経営者やオフィスマネージャーにアドバイスをお願いします。

丸山 今は正念場だと思います。あまりにも複雑な連立方程式を解かなくてはいけない時代です。だけど、答えは急がない方がいいでしょう。どうしても経営の観点からするとスピードが求められ、経済合理性で判断することになります。しかしそれだと、新しい方向性や未来の芽が摘まれる。こんな時代だからこそ、新しいことを見つけることがまずは必要だと思います。

極端な話、経済合理性からするとオフィスって無いほうがいいんですよ。だけどそれでは成果が出ないからオフィスがある。なぜオフィスが必要なのか、答えが出るまで我慢強く耐えるしかありません。経営幹部や総務だけでその判断をしてしまったら、企業の未来はなくなると思うんです。

稲田 100%出社が基本だった日本社会ですが、コロナ禍でテレワークを体験してオフィス不要論が唱えられながらも、「やっぱりオフィスは必要だよね」と振り子が大きく揺らいでいるのが今だと思います。企業にとってどの位置がいいか、振り子のバランスのいい位置がわかるまで耐えようということですね。そして目の前の一般的なKPIで決めるのではなく、自社ならではの働く環境の位置付けを考え続けることの重要性がよくわかりました。これからのオフィスマネージャーはクリエイティブな考えが必要ですね。

Text: Mami Shoji
Photo: Satoshi Nagare