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プリツカー賞を受賞した日本人建築家に学ぶ、オフィスビルのエントランスデザイン

エントランスは企業の第一印象を決める重要な場所である。本記事ではエントランスデザインの参考として、建築界で最高の栄誉とされるプリツカー賞を受賞した建築家が出がけたビルのエントランスを紹介する。

エントランスデザインの重要性

企業のエントランスは、その会社のアイデンティティを表現する重要な役割を果たす。来訪者にとってオフィスビルのエントランスは、その企業の第一印象を決定する場所と言っても過言ではない。

エントランスのデザインが魅力的であれば、潜在顧客や未来の従業員に好印象を与えることができる。また、そこで働く従業員も、毎朝エントランスを通るたびに誇りを感じ、仕事へのモチベーションが高まるだろう。今回は、そんなオフィスのエントランスデザインについて、建築界で最高の栄誉とされるプリツカー賞を受賞した建築家が手がけた作品を取り上げて紹介したい。

プリツカー賞を受賞した日本人建築家によるエントランスデザイン

プリツカー賞とは1979年に、アメリカの実業家であるジェイ・プリツカーと妻のシンディによって設立された賞である。プリツカー一族が運営するハイアット財団から、毎年一人、「建築を通じて人類や環境に一貫した意義深い貢献をしてきた」存命の建築家に対して授与される。世界中から年に一人しか選ばれないという受賞の難しさから、「建築界のノーベル賞」とも呼ばれる栄誉ある賞である。

日本からはこれまでに8名の受賞者を輩出しており、2023年現在では、アメリカ国籍者に並ぶ最多受賞となっている。そんな日本人受賞者がデザインした代表的なオフィスビルのエントランスを以下に見ていこう。

1. 丹下健三氏「ワンラッフルズプレイスタワー1」

まず最初に紹介するのは、「世界のタンゲ」こと丹下健三氏。世界で活躍する日本人建築家の先駆けで、プリツカー賞の受賞も日本人としては最も早く、1987年に受賞している。そんな丹下氏が設計したオフィスエントランスとして紹介するのは、シンガポールにある超高層ビル「ワンラッフルズプレイスタワー1(旧OUBセンター)」のものだ。このビルは1986年に完成し、当時のアジアでは最も高いビル(60階建て)として、街のランドマーク的な建物になった。

風水で富の象徴とされる「水」をふんだんに用いたエントランス(画像は株式会社丹下都市建築設計のWebサイトより)

吹き抜けのエントランスホールには、風水で富や繁栄の象徴である水を用いた滝が設けられている。風水は、約4000年前に中国で発祥した「気」の力を利用した環境哲学であり、中華系の国民が大多数を占めるシンガポールでは、オフィスビルにもその概念が取り入れられているのだ。このビルを訪れる人々は、富のシンボルとしての滝を眺め、満たされた気持ちになるに違いない。

ちなみに、丹下氏本人の逝去後に株式会社丹下都市建築設計が手がけた、「ワンラッフルズプレイスタワー2」のエントランスには、滝をモチーフとした作品群で知られる日本画家の千住博氏による巨大な「ウォーターフォール」が設置されている。姉妹ビルのエントランスを滝で連動させる心憎い演出である。

千住博氏による「ウォーターフォール」が印象的なエントランス(画像は株式会社丹下都市建築設計のWebサイトより)

2. 槇文彦氏「4ワールドトレードセンター」

プリツカー賞を1993年に受賞した槇文彦氏の作品からは、2013年に完成した「4ワールドトレードセンター(4WTC)」を取り上げたい。名前からもわかる通り、これは2001年9月11日に崩壊したニューヨークのワールドトレードセンター跡地に建設された、5棟の高層ビルの中のひとつだ。

5棟の高層ビルの中で最初に完成した

世界的ビルのオフィス・エントランスロビー(画像はすべて株式会社槇総合計画事務所のWebサイトより)

4WTCは9.11メモリアルパークに面しており、オフィス・エントランスロビーからガラス越しに望むことができる。エントランスロビーは、このメモリアルパークにふさわしい静謐なインテリアがめざされた。
品格あるシックな空間に彩を添えているのが、彫刻家・西野康造氏のアート作品「Sky Memory」だ。虹色の弧を描く直径30mの大作であり、その優美なフォルムは命や宇宙を連想させる。建物の意義をデザインで表現したエントランスといえるだろう。

3. 安藤忠雄氏「おかやま信用金庫 内山下支店」

安藤忠雄氏も1995年にプリツカー賞を受賞している。多作な安藤氏の作品からは、おかやま信用金庫の内山下支店を紹介したい。2013年におかやま信用金庫創立100周年を記念して発祥の地に建てられたもので、セミナールームなどを備え、「内山下スクエア」とも呼ばれている。

安藤忠雄氏らしさのある打ち放しコンクリートと緑が美しい

明かりは自然光とスリットからの照明のみ(画像はすべて内山下スクエアのWebサイトより)

内山下スクエアのエレベーターホールは、3階まで吹き抜けの楕円形の空間で、まるで塔の中にいるような雰囲気だ。3階のセミナールームでは、資産運用はもとより、美容や健康などさまざまなジャンルのセミナーを開催しており、地元住民に安藤氏の建築美と触れる機会を提供している。

4. 妹島和世氏「SHIBAURA HOUSE」

2010年には建築ユニットSANAAの妹島和世氏と西沢立衛氏がプリツカー賞を受賞した。妹島氏は、歴代のプリツカー賞受賞者のなかで二人目の女性建築家になる(一人目は2004年のザハ・ハディド氏)。SANAAは美術館や教育関連施設などのデザインに定評があるが、ここでは、妹島和世建築設計事務所が手がけたオフィスを紹介したい。

オフィスビルでありながら地域の人々と企業をつなぐ役割を果たしている(画像はSHIBAURA HOUSEのWebサイトより)

この全面ガラス張りの建物は、東京都港区芝浦にあるSHIBAURA HOUSEだ。一見するとファッションビルのようだが、株式会社SHIBAURA HOUSE(旧名:株式会社広告製版社)の5階建て社屋である。ただし企業のオフィスとして使用しているのは4階のみで、他のフロアはコワーキングスペースや会議スペース、レンタルスペースとして貸し出されている。
なかでも1階は、誰でも無料で出入りができる、公園のような場として開放。人々の交流の場にしたいという同社の願い通り、国内外のゲストを招いたレクチャーからオーガニック野菜を販売するマルシェ、子ども食堂まで多彩なイベントが開催されている。

1階はコミュニティスペースとして地域に開かれている(画像はSHIBAURA HOUSEのWebサイトより)

そんなSHIBAURA HOUSEのエントランスにあたる1階玄関入ってすぐのスペースは、企業の自社ビルでありながらオープンで居心地の良い空間となっている。もともと妹島氏の建築は、海外で「建築の内と外を分けて考えず、周りの環境をうまく取り込んでいく」という評判があった。そんな設計スタイルが、地域に対してオープンでいたいという企業の希望と上手くマッチした事例だ。

5. 坂茂氏「Tamedia新本社」

坂茂氏は2014年にプリツカー賞を受賞した。坂氏の建築は環境負荷の少ない建材を用いた持続可能性を重視したデザインが特徴的だが、2013年に竣工した、スイスのメディアグループTamedia(タメディア)の新本社ビルは、その頂点ともいえるだろう。当時、世界初といわれた木造7階建てビルであり、木造でありながらガラスが多用され、そのコントラストが美しい。

スイス・チューリッヒに建つ木造7階建てのTamedia新本社

エントランスロビーは一般公開されており、坂茂氏の木の表現に触れることができる

各階に外部と内部の中間的エリアが設けられている(画像はすべて株式会社坂茂建築設計のWebサイトより)

木材がふんだんに使用されたリラックスした雰囲気が、エントランスから始まっており、特にロビーの端には、このビルで働くジャーナリストたちが外を眺めながらほっと一息つけるような空間も用意されている。建物自体の持続可能性と、そこで働く人々のウェルビーイングとの両立がエントランスからもうかがえる、「ここで働いてみたい」と思わせるエントランスだ。

6. 磯崎新氏「アリアンツタワー」

2023年時点では、日本人のプリツカー賞受賞は2019年の磯崎新氏の受賞が最新だ。磯崎氏は実はプリツカー賞の設立に携わったメンバーの一人でもあり、40年後の受賞は「遅すぎる」と言われたほどこの賞と縁がある。
そんな磯崎氏が手がけたオフィスビルとして、総合金融サービス企業のアリアンツグループのイタリア本社「アリアンツタワー(Torre Allianz)」を取り上げたい。

「磯崎タワー(Isozaki Tower)」と呼ばれることもあるアリアンツタワー(画像は株式会社磯崎新アトリエのWebサイトより)

ミラノにある50階建て、高さ209メートルの超高層ビルであり、磯崎氏はイタリア人建築家アンドレア・マッフェイ氏と共同設計でこれを手がけている。

メタリックな天井の反射が空間に一体感をもたらしている

洗練されたデザインが際立つエレベーターホール(画像はすべてAndrea Maffei ArchitectsのWebサイトより)

エントランスは、メタリックな天井が印象的なモダンで洗練された空間となっている。機能性が重視され、エレベーターやエスカレーターまでの動線がわかりやすいのが特徴だ。ビルの従業員と訪問者が効率よく動けるというエントランスロビーの重要な要素と高いデザイン性を見事に両立させている。

エントランスに自社の個性を

プリツカー賞を受賞した建築家によるビルのエントランスを見てきた。どれひとつとして似たようなエントランスはなく、そのビルの個性を表すものばかりであった。自社ビルに限らず、オフィスのエントランスデザインを検討する際には、来訪者にどのような印象を与えたいのか、ブランディングやストーリーとして何を伝えたいのかをふまえ、自社ならではの個性的なデザインを採用してみてはいかがだろうか。

この記事を書いた人:Naoko Kurata