【ワーケーション】その価値と活用法とは? 多様性を認め、個人・企業・地域がつながる

コロナ禍を機に「場所にとらわれない働き方」への関心が一気に高まりました。同時に注目された概念の1つが「ワーケーション」です。
ワーケーションを「個人のライフスタイルや価値観の多様化に応える働き方の選択肢の1つ」と話す日本ワーケーション協会代表理事の入江真太郎氏に、私たちの「働く」への意識変化と、ワーケーションを通じて実現したい未来について伺いました。時代の先を見据える入江さんのお話からは、地域と企業の新たな関係構築の可能性も見えてきます。
Facility, Culture
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入江 真太郎/いりえ しんたろう
日本ワーケーション協会 代表理事
一般社団法人日本ワーケーション協会代表理事。大阪府在住、事業拠点は京都。長崎生まれ、福島、秋田、茨城、徳島、香川、兵庫等、各地を転々、京都・同志社大学社会学部卒業。株式会社阪急交通社等で旅行業他さまざまな業種を経験する。その後、観光事業やその他海外進出支援事業等を展開。北海道から沖縄まで、各地と関わりを深めていく。その中で仕事スタイルとしてリモートワーク、ワーケーションを実施。地域振興、豊かなライフスタイルの実現が可能なワーケーションを事業として行うことに高い関心を持ち、協会設立にいたる。子ども情報環境紙エコチル地域拡大戦略アドバイザー。
ワーケーションは「場所を変えて豊かに暮らし働く手段」
──入江さんが代表理事を務める日本ワーケーション協会では、ワーケーションをどう定義されているのでしょうか?
入江 社会の変化によって生まれたワーク&ライフスタイルの1つと解釈し、「場所を変えて豊かに暮らし働く手段」と考えています。ただ、これは定義ではなく、あくまでワーケーションの「本質」と捉えていますね。
ワーケーションの語源は「ワーク+バケーション」ですが、ベースはワークにあります。そのため、観光と直結させるのは違うと考えます。一般的に観光は計画性が高いため、現地の人との交流は最小限で偶発的な体験も少ないですよね。それに比べて、ワーケーションでは偶発的な体験や出会いが多くなります。地域に踏み込んだ関係性を育めるのは圧倒的にワーケーションではないでしょうか。この違いは大きいと思います。
──コロナ禍を機に広まったともいえるワーケーションの状況について、どのように捉えていますか?
入江 確かに、一般的に認知され始めたのはコロナ禍ですが、コロナ禍をきっかけに生まれたわけではなく、コロナ禍で注目されて一時的に急激な伸びを見せたというところです。落ち着いて緩やかな増加曲線に戻ったのが今の状況です。
実は、グローバルな動きとして、コロナ禍前からデジタルノマドと呼ばれるワーケーション的な働き方をする人たちが緩やかに増えていました。私が日本ワーケーション協会を立ち上げたのも、そうした状況を受けて、これからそういう働き方をする人がさらに増えるという予測があったからです。協会設立はコロナ禍まっただ中の2020年7月ですが、構想自体はコロナ禍前からありました。
ただ、コロナ禍を経て大きく変わったのは、リモートワークに対する考え方です。リモートワークをはじめとした働き方の多様化に伴って、ワーケーションの本質を捉えられる人が増えたと感じています。
ちなみに日本では、コロナ禍を経てリモートワーク率が10%ほど上がりました。サービス業やIT業界で働く人たちにとって10%という数字は低く感じるかもしれませんが、それは製造業の多い地域はリモートワーク率の伸び率が少し低いなどの地域差があるからです。日本の全労働人口を6,800万人と仮定すれば、10%は680万人。そう考えると相当な増加数ですよね。
──2025年4月に日本ワーケーション協会のビジョンを「ワーケーションを通した『多様性が許容される社会実現』へ」と再定義されました。その背景には、社会のワーケーションに対する意識変化があるのでしょうか?
入江 そうですね。ワーケーションという言葉自体はある程度普及し、社会認知度も向上しました。協会への問い合わせも、従来のワーケーション自体に対するものから、働き方や社内コミュニケーションでの活用などへ幅が広がってきています。
そのような状況を背景に、普及促進は引き続き行うものの、「ワーケーションが、働き方やライフスタイルの多様性を容認する流れを後押しする1つの要素となる社会にしたい」という協会の意思を反映したものです。
企業からみたワーケーションのメリットとは?
──企業にとってワーケーションを推進するメリットはどこにあるのでしょうか?
入江 大きく2つの観点から考えられると思います。1つは従業員の満足度です。ワーケーションの前提となるリモートワークについて、ある民間の調査会社のアンケートで、テレワークを経験した人に「テレワークを続けたいか」と尋ねたところ、80%以上の人が「続けたい」「やや続けたい」と答えました。この数字はコロナ禍を通して高止まりしています。

企業がテレワークを続けることが従業員の満足度向上につながり、さらに人材採用の観点からも有効だと考えられます。逆に、「続けない」と判断をすれば、転職者を生むきっかけになるかもしれません。ワーケーションもその延長線上で理解することができるでしょう。
もう1つは、働き方が多様化した結果、分散化した組織のコミュニケーションツールとして有効だということです。分散型組織とは、皆がフルリモートで働く組織をイメージしてもらえればわかりやすと思います。そのような勤務形態が続くと従業員同士のコミュニケーションは減っていきますよね。
その点を補えるのが、いわゆるグループワーケーションや企業型ワーケーションといわれる取り組みです。実際、分散型組織におけるグループワーケーション実施後は、従業員の会社への帰属意識が上がるという結果が出ています。

ワーク・エンゲージメントについても同様に向上したという結果でした。興味深いのは、分散型組織だけではなく、出社頻度の高い対面型組織でも一定の効果が見られることです。場所を変えることの効果が表れているといえるでしょう。
──ワーケーションはリモートワークの延長線上にある「分散」だけでなく、すでに分散している組織を「集合」させる効果もあるということですね。
入江 そうです。ただ一方で、場所を変えることが性に合わない人もいることは認識しておくべきです。コロナ禍で自宅勤務が命じられた時期であっても、会社の許可を得て出社を選択した人もいると聞きます。そのような人にとって、ワーケーションはデメリットを感じるだけのものになりかねません。
また、リモートワークは認めても働く場所までは定義していない会社が大半です。そのため、会社には未報告のままワーケーションをしている人もいるようです。問題は、こうした「隠れワーケター」のワーク・エンゲージメントは下がるという調査結果もあることです。どこか後ろめたい意識があるからでしょう。こうした点からも、会社が働き方の多様性を容認していくことが重要だと考えられます。
ワーケーションでつながる企業と地域
──ワーケーション先である地域との関係も論じられることが多いですよね。ワーケーションが地域と企業に与える影響をどのように考えますか?
入江 自治体にとっては、通常の観光と比べて、将来的な移住促進や企業誘致、起業などにつながる可能性が高くなります。自治体によっては、ワーケーション補助金を出したり、サテライトオフィスの設営に補助金を出したりしているところもあります。島根県などはサテライトオフィスの招致に成功している自治体の1つでしょうね。
一方の企業にとっては、地域と関係を深めることで企業価値が上がる可能性があるだけでなく、特に小さな自治体であれば、その地域を象徴する企業になれる可能性もあります。社会課題ともいえる地方創生に対して実績のある企業としてインパクトを出せるし、CSR(企業の社会的責任)にもつながります。
たとえば、東京に本社のある株式会社MOVEDというIT企業は、現在、新潟県糸井川市に拠点をつくって地方創生事業に携わっています。月に1/3程度はここで仕事をしているそうです。考え方次第で地域とのコラボレーションの可能性が広がるのが、今の日本だと思いますね。
「社員の人生を豊かにする」という観点で考える
──10年後の未来に備えて、企業のオフィスマネージャーが認識すること、考えるべきことについて教えてください。
入江 10〜20年先、企業の中核を担うのは今の30〜40代だと思います。ワーケーションへの関心が高いのもこの世代で、彼らは子どもの教育の観点から「子連れワーケーション」にも積極的です。日本ワーケーション協会の会員数の推移を見ると、ここ2年で特に増えているのが、会社員の人が個人としてメンバーになるケースです。つまり、この世代をベースに考えないと企業は立ち行かなくなるかもしれません。
先に述べたように、ワーケーションによって従業員の組織コミットメントやワーク・エンゲージメントが向上するといった企業側のメリットもありますが、重きを置くべきは、従業員の人生を豊かにするという観点だと思います。
そこでは、「リモートワークするのも出社するのも、さらに言えば産休や育休を取得するもしないも、自由に認めます。あなたが選択してください」という方向に進むことが大事ではないでしょうか。企業も従業員も多様な価値観を認め合えるように、働き方やライフスタイルの許容といった大きな話につながる重要な要素としてワーケーションを捉えてほしいですね。