【サステナブルオフィス】ロンドン発「Second Home」に学ぶ、働く人と環境にやさしい空間設計

ロンドン発のワークスペース「Second Home」は、持続可能性と快適性を両立させた独自の空間設計が特徴だ。豊富な植物を取り入れたバイオフィリックデザインや再生可能エネルギーの活用、既存建物のリノベーションなど、環境負荷を抑える多様な工夫を随所に施している。現在、Second Homeはロンドンとリスボンに計3拠点を展開し、いずれもサステナビリティの哲学を体現する空間として設計されている。本稿では、各拠点の特徴と独自の取り組みを具体的に紹介。さらに、社会的活動や運営面でのサステナビリティの実践から、これからの働く場づくりに役立つ示唆を探る。
Facility, Design, Style
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尾尻知奈美/おじりちなみ
ニューヨーク在住10年以上。空間デザインの仕事に携わりながら、「Worker’s Resort」では海外視点で働き方やワークプレイスに関する記事を執筆。かつてはフロンティアコンサルティングのデザイン部で、オフィスづくりの現場も経験。
都市での暮らしや働き方が変化する中、働く空間は単なる作業場ではなく、心身のコンディションや創造性に関わるものとして見直されている。都市の喧騒の中でも落ち着けて、環境にもやさしい空間。そんなワークスペースが、これからの時代にはより求められるだろう。
ロンドン発のシェアオフィス/コワーキングスペース「Second Home」は、そうした理想を具体化した存在だ。植物に囲まれた開放的な設計や、環境負荷を抑えた建築・運用の工夫など、自然と共存する快適なワークスペースを実現している。
都市の中で、創造性や健やかさを育む場をどう設計できるか。Second Homeは、そんな問いに応えるための実験の場とも言えそうだ。
素材、植物、再生──Second Homeが貫くサステナブル・デザイン
Second Homeは、創設当初から地球環境への配慮と持続可能性を意識した空間づくりを進めてきた。スペインの建築家ユニット「セルガスカーノ」(ホセ・セルガスとルチア・カーノによるデュオ)が設計を手掛け、再生可能エネルギーの活用や、既存建物の再生、素材の再利用などを軸にした空間設計を展開してきた。
各拠点では100%、再生可能エネルギーを導入している。建築や内装にも古材や工業用資材などを用い、高価な新素材に頼らず身近な資源で環境負荷を抑える工夫を重ねている。
Second Homeの空間には「バイオフィリア(人が本能的に自然とのつながりを求める性質)」の思想が根付いている。天井近くやデスクの間、通路や壁面など、あらゆる視界に植物が入り込むように設計されており、落ち着きと開放感を両立する。植物は視覚的な癒しに加え、空気の浄化や湿度の調整といった役割も担っている。
こうした取り組みは、第三者機関からも高く評価されている。2019年には環境・社会・ガバナンスの観点から「Bコープ認証*」を取得。ホランドパークのプロジェクトは、ヨーロッパの権威ある建築賞「ミース・ファン・デル・ローエ賞(EU Mies Award)」の最終候補にも選ばれた。
* アメリカの非営利団体「B Lab」による民間認証制度。環境や社会に配慮した事業を行う企業に与えられる。
現在、Second Homeはロンドンに2拠点、ポルトガルのリスボンに1拠点を展開。いずれの空間も、このサステナビリティの哲学を体現する場として設計されている。次のパートからは、各拠点の特徴を具体的に見ていく。
約1,000本の植物と共に働く、創造性を刺激する空間【スピタルフィールズ(ロンドン)】
ロンドン中心部に位置する「スピタルフィールズ」は、Second Homeの最初の拠点だ。そこには彼らの設計思想やサステナビリティの理念が最も色濃く表れている。2014年の開設以来、創造性と快適さを兼ね備えたワークスペースとして、多くの企業やクリエイターを惹きつけてきた。
レンガ造りの建物に足を踏み入れると、棚やデスクの間に植物があふれる。Second Homeでは、植物を単なる装飾ではなく、「共に働く存在」として尊重している。植物と共に過ごすことで、安心感や集中力を高められるという考えのもと、約1,000本の植物が配置され、専任のガーデナーが日々の手入れを行っている。
インテリアには、ロンドンのマーケットや家具フェア、インターネットなどで集められたビンテージ家具を使用。コストを抑えながら、個性と美意識を感じさせる空間をつくっている。1脚あたりの価格は平均250ポンドほどで、環境負荷にも配慮した選定だ。天井高を活かした構造により、自然光と風が室内を巡る。空間には自然界のような曲線や起伏を随所に取り入れ、意図的に均質さを避けた設計に。このいびつさが感覚を刺激し、創造的な思考を引き出す仕掛けとなっている。
後に、約1,400㎡の屋上スペースを増設し、拠点全体は6,000㎡以上に拡張された。ルーフトップには800本を超える熱帯植物や水生植物を配し、都市の中心で自然に包まれるような空間を実現している。
「石けんの泡」で快適性を生む屋根【ホランドパーク(ロンドン)】
ロンドン西部の住宅街にあるホランドパークは、延床面積約800㎡の比較的小規模な拠点だ。独特な構成と設計思想で印象的な空間を形づくっている。異なる時代・様式をもつ5棟の建物と中庭を組み合わせたこの施設は、かつて写真スタジオや建築事務所として使われていた。用途の変遷とともに蓄積された空間のレイヤーが、そのまま“表情”となっている。
この地には、建築家リチャード・ロジャースがポンピドゥー・センター設計後に最初のスタジオを構えた。彼は天窓や中庭へのブリッジ、つる植物の植栽を通じて、自然との接点を空間に取り入れた。Second Homeは改修で増築部分を除去し、漆喰(しっくい)を削ってレンガを露出させるなど、素材本来の質感と過去の時間を丁寧に引き出した。
中庭には18本の成木が植えられている。設計段階から光や通気、潅水条件を考慮し、定植時にも植物へのストレスを抑える工夫がなされた。 まるで自然の中にいるような感覚が得られる空間だ。
この拠点の象徴が、セルガスカーノと環境エンジニアのアダム・リッチーが共同で手掛けた「バブルルーフ」だ。透明な二重PVC屋根の間に石けんの泡を充填(じゅうてん)することで、断熱性や遮音性を高めている。泡は30分ほどで充填でき、効果は1日持続する。空調に過度に頼らず、屋外と屋内の中間的な快適さを生み出している。
建物全体には天窓や開口部が多く、光と風が通り抜ける。自然換気と機械設備を組み合わせたシステムを採用し、人と環境のバランスを保っている。
歴史ある市場の屋根裏に、1,200本の植物が息づくワークスペース【メルカド(ポルトガル・リスボン)】
ポルトガル・リスボンの歴史的市場「リベイラ市場(Mercado da Ribeira)」の最上階にあるこの拠点は、Second Homeがロンドン以外に初めて設けたスペースだ。1892年建設のマーケットホールの特徴的なアイアン梁や大屋根の構造が、時間の重なりを感じさせる。屋根を支える鉄骨にはミントグリーンやネイビー、イエローといった彩色が施され、下階のマーケットとの視覚的な切り替えをつくっている。
延床面積は約1,115㎡。オープンなレイアウトの中に約1,200本の観葉植物や小さな樹木が配置され、自然がすぐそばにある感覚をつくり出す。中央には全長約70mの曲線状の共有テーブルが置かれ、植栽がやわらかく視線を仕切ることで、集中と交流のバランスを自然に保っている。
空調には、放射式冷暖房(ラジアントシステム)*と自然換気を組み合わせて採用。屋根の開閉式天窓と両側の大きな窓が連動し、採光・通風・温湿度を自動的に調整する。温室の環境制御技術に着想を得たこの仕組みは、リスボンの温暖な気候とも相性がよく、快適性と省エネを両立している。
* 空間の空気そのものではなく、床や天井・壁などの表面から放射される熱で温度を調整するシステム。温度ムラが少なく、風を起こさないため快適性に優れ、省エネ性能も高いとされる。
空間を超えて広がる、Second Homeの社会的サステナビリティ
Second Homeは、建築や空間設計にとどまらず、日々の運営や社会との関わり方においても、サステナビリティとウェルビーイングの視点を大切にしている。
たとえばリスボン拠点では、地元産オーガニック食材を使ったカフェの運営のほか、ヨガやピラティスのクラス、ランニングクラブ、サーフィン利用者の海岸送迎など、心身の健康を支える多様なプログラムを展開。自然との接点をつくり、利用者同士の交流を促すこれらの取り組みは、空間設計の思想と深く結びついている。さらに、ナイロビのスラム街にある学校「Kibera Hamlets」の再建支援など、地理的な枠を超えた社会的活動も行っている。
こうした社会との接点を象徴する場のひとつが、Second Homeが運営する「リブレリア書店」だ。セルガスカーノが手掛けた色彩豊かな空間では、本はアルファベット順やジャンル別ではなく、「海と空」「聖母と娼婦」などユニークなテーマで分類し、偶然の発見を促す。この独自の構成は、異なる分野の知見を交差させるSecond Homeの姿勢を反映している。電子機器の使用を控えるルールにより、本とアイデアの世界に深く浸ることができる。地下には活版印刷機を備え、若手作家を支援し、印刷・製本のワークショップも開催。印刷業が盛んだったロンドン東部・ブリックレーン地域の文化的記憶を呼び起こしながら、新たな創造の場としても機能している。
Second Homeは、単なるデザイン性の高いコワーキングスペースを超えて、自然と共生しながら働くことの価値を体現している。サステナブルで快適な空間の提供に加え、社会や環境との調和を意識した運営や文化の形成を通じて、持続可能な未来に向けた取り組みを実践している。
多様な価値観が共存できるというSecond Homeの哲学は、これからの働き方や場づくりに示唆を与えてくれるだろう。
- 【参考URL】
・Second Home. (n.d.). Second Home. Retrieved July 19, 2025, from https://secondhome.io/
・Libreria. (n.d.). Libreria. Retrieved July 19, 2025, from https://libreria.io/
・Architect Magazine. (n.d.). Second Home. Retrieved July 19, 2025, from https://www.architectmagazine.com/project-gallery/second-home_o
・ArchDaily. (2021, January 25). Second Home Holland Park / SelgasCano. Retrieved July 19, 2025, from https://www.archdaily.com/956424/second-home-holland-park-selgascano
・John Desmond Ltd. (n.d.). Second Home Lisbon – Biophilia in Action. Retrieved July 19, 2025, from https://www.johndesmond.com/blog/design/second-home-lisbon-biophilia-in-action/
・World-Architects. (n.d.). Second Home Offices in Holland Park. Retrieved July 19, 2025, from https://www.world-architects.com/de/selgascano-madrid/project/second-home-offices-in-holland-park
・AZoBuild. (2022, April 4). Second Home: A Workspace That Blends Sustainability and Style. Retrieved July 19, 2025, from https://www.azobuild.com/article.aspx?ArticleID=8491
・Royal Institute of British Architects. (2019, August 20). Clients – Good Guys: Second Home. Retrieved July 19, 2025, from https://www.ribaj.com/intelligence/clients-good-guys-second-home-workspace-rohan-silva-sam-aldenton-spitalfields
・Metalocus. (2020, October 14). Second Home Spitalfields extension. Rooftop space by SelgasCano. Retrieved July 19, 2025, from https://www.metalocus.es/en/news/second-home-spitalfields-extension-rooftop-space-selgascano
・Cool Hunting. (2016, February 29). London’s Libreria Bookshop. Retrieved from https://coolhunting.com/culture/libreria-london-book-shop/