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【オフィス農園】海外事例に見る、「植物を育てる」価値と仕組みづくり

働く環境のなかに“育てる”体験を取り入れる企業が、海外で増えている。窓辺のプランターから屋上菜園、室内水耕栽培まで、その形はさまざまだ。植物を育てる時間は、社員のリフレッシュやチームの交流を促すだけでなく、企業文化や空間デザインにも新たな価値をもたらす。本記事では、オーストラリアやアメリカのオフィスで進む「オフィス農園」の実践から、限られたスペースでも自然と共に働くためのヒントを探る。

  • 尾尻 知奈美/おじり ちなみ

    尾尻 知奈美/おじり ちなみ

    ニューヨーク在住10年以上。空間デザインの仕事に携わりながら、「Worker’s Resort」では海外視点で働き方やワークプレイスに関する記事を執筆。かつてはフロンティアコンサルティングのデザイン部で、オフィスづくりの現場も経験。

働く場に広がる「オフィス農園」

企業のウェルビーイング経営が進むなか、オフィス環境に自然との接点を取り入れる動きが広がっている。観葉植物や緑化スペースにとどまらず、近年ではオフィス内に小さな農園や水耕栽培ユニットを設け、社員が植物を育てる実践例も増えている。

植物を育て、収穫する。そのプロセスを共有することは、ストレス軽減や創造性の促進だけでなく、部門を越えたコミュニケーション活性化にも寄与するとされる。たとえば、社員が土に触れる時間を共に持つことで、普段交流の少ない部門間の対話が生まれ、組織文化の醸成にもつながる。また、環境配慮や地域連携の取り組みは、CSRや企業ブランドの向上にもプラスの影響を与えている。

この分野の動向を象徴するのが、米ラスベガスで開催されている「INDOOR AG-CON」だ。室内農業や都市型栽培に特化した国際カンファレンスで、今年で12回目を迎えた。同イベントには、LED照明制御や気候制御システム、AI・IoTによる自動管理など、環境最適化を支える300を超える技術・製品ブースが出展された。都市部やオフィス空間での応用を見据えた取り組みも多く見られ、働く場での“緑との共生”をより身近なものにしつつある。

プランター栽培で育む、企業文化と社員のウェルビーイング

限られたスペースでも自然を取り入れやすい方法の1つが、バルコニーや窓際にプランターを置くコンテナガーデンやハーブガーデンだ。初期投資を抑えて始められ、植物の入れ替えや管理を部門ごとに分担できるなど、運用の柔軟性が高いため、「まず試す」段階に適している。

オーストラリアのオンライン不動産広告会社・REA Groupでは、社員が自由にハーブや野菜を育てられるよう、キッチンエリアにedible garden(食べられる庭) を設置。社内のサステナビリティチームがプロジェクトを主導し、メルボルン拠点のガーデニングサービス会社・Leaf, Root & Fruitが設置や運用を支援した。窓際に並ぶ自動給水型プランター(ウィッキングベッド)*では、バジルやミント、季節野菜などが育つ。社員は休憩時間に手入れを楽しみ、収穫したハーブをランチやティータイムに取り入れることで、オフィス内に小さな“食の循環”が生まれている。

*自動給水型プランター(ウィッキングベッド)は、底部に水をため、毛細管現象で土に水を自動供給する仕組み。通常のプランターより水やりの手間が少なく、社員が手軽に管理できる点が特徴。

また、米サンフランシスコを拠点とするStartOrganicは、企業や教育機関、家庭向けにオーガニックガーデンの教育や設計支援を行っている。PayPal、Tesla、Intuit、LinkedIn などが導入し、社員のウェルビーイング向上や企業文化の醸成に役立てている。2022年の同社調査では、参加者の98%が「ガーデンプログラムによって会社への印象が向上した」と回答し、96.6%が「今後も継続したい」と答えている。小さなプランターが、ストレス軽減だけでなく、エンゲージメントや帰属意識の向上にもつながっていることがうかがえる。

導入にあたっては、日照や風通しを考慮した植物選びや、水やり・植え替えを部門交代制にするなど、続けやすい仕組みづくりが大切だ。小さな鉢1つでも、自然と触れ合う時間が働く人の感性をやわらげ、オフィスに穏やかなリズムをもたらしてくれる。

オフィスでの“育てる体験”を支えるテクノロジー

オフィスで植物を育てたい企業にとって、屋外スペースの確保や土壌管理・虫対策は課題になりやすい。こうしたニーズに対応するのが、LED照明や自己給水機能を備えた室内水耕栽培(ハイドロポニックス)だ。天候や土壌に左右されず、葉物野菜やハーブを衛生的に育てられるうえ、近年はAIやIoTを活用した自動制御ユニットも登場。水量や照明、温湿度を自動管理しながら、日常に“育てる体験”を取り入れることができる。

米バージニア州のBabylon Micro-Farmsは、「これまで考えられなかった場所で食を育てる」という発想で、2017年に創業した屋内栽培のパイオニアだ。IoT制御プラットフォーム「BabylonIQ」を通じ、世界中の栽培ユニットを遠隔管理しながら、常に新鮮な野菜やハーブを供給できる仕組みを構築。水使用量を従来の90%以上削減し、45種類以上の植物を栽培可能とする技術などが評価され、Time誌の「America’s Top GreenTech Companies」にも選出された。

導入事例として、保険会社・Zurich Insuranceは食堂に水耕栽培ユニット「GALLERI」を設置し、収穫したハーブやリーフレタスを社食メニューに活用。視覚的なアクセントとともに、フードマイレージ(食料の輸送距離)や廃棄物の削減にも寄与している。

また、リスクマネジメントや人材戦略などを手掛けるグローバルコンサルティング企業・Marsh McLennanのニューヨーク本社でも同ユニットを導入。社員食堂の中央で稼働する水耕栽培は、朝の収穫風景を通じて社員同士の会話や関心を生むきっかけとなっている。インターンシーズンには、初めて水耕栽培に触れる来訪者の撮影スポットとしても人気を集め、オフィス内に自然を介した交流と発見の場を育んでいる。

導入にあたっては、設置スペースや電源・給排水・空調との連動などインフラ条件の確認が必要だ。製品ごとに消費電力や水使用量が異なるため、運用コストやメンテナンス負荷も含めた試算を行うと安心だろう。

働く人と地域を豊かにする屋上農園

屋上を活用した屋上農園(ルーフトップファーム)は、働く人が自然と触れ合いながら心身を整える場として、オフィスに新たな体験価値をもたらしてくれる。休憩時間に野菜の成長を眺めたり、ハーブに触れたりすることで気分転換や集中力の回復を促し、その空間自体が社員のウェルビーイングを支える存在となる。また、屋上菜園は環境配慮への姿勢を体現する場にも。来訪者に対して企業のサステナビリティ意識を印象づけるだけでなく、ビルオーナーにとってはテナント募集時の差別化要素としても有効だ。

米バージニア州アーリントンにあるAmazonの第2本社・HQ2(Metropolitan Park)では、屋上スペースに都市型農園テラスを設け、バジルやハーブ、ピーマン、大根、キュウリなど多様なオーガニック野菜を育てている。収穫された作物は地域の料理人育成プログラム「Kitchen of Purpose」に寄付され、2024年までに累計1,000ポンド(約450キロ)を超える農産物が届けられた。この屋上農園は、資源を地域と共有する場であり、高層ビルに緑を取り戻すというAmazonの姿勢を象徴している。

また、シアトル本社でも屋上菜園が整備され、園芸チームが夏季に隔週で「収穫&学習会」を開催。社員が自ら土に触れて育てた野菜を地域NPO・FareStartに寄付する活動は、自分の手で社会に貢献できるという手応えをもたらし、地域とのつながりを生む学びの場にもなっている。“育てる”という日常の体験を通じて、人と人、企業と地域の関係が穏やかに結び直されているのだ。

ただし、屋上菜園を実現するには、構造面・運用面での十分な検討が欠かせない。プランターや用土、人の歩行などを支える耐荷重設計に加え、防水層や排水システムを整備して漏水リスクを防ぐことが重要だ。さらに、風の影響が大きい屋上では、防風ネットや安全柵などの安全対策も必須となる。植え替えや収穫、剪定などを継続的に行う維持管理体制を整えることで、屋上菜園を長く健全に保つことができる。

オフィス農園の運営と共感づくりのポイント

オフィス農園を一過性の試みで終わらせず、日常に根付く取り組みにしていくには、「運営設計」と「共感づくり」の両輪が欠かせない。世話をする人を固定せず、部門や週ごとのローテーション制にすれば、関わるきっかけを広げやすい。季節ごとの植え替えや収穫イベントを組み合わせることで、活動のマンネリ化も防げる。また、参加率や維持コスト、収穫量などをKPIとして可視化し、成果を共有していくことで、社内の関心を自然と高められるだろう。

導入時には、ユニット本体や電力・保守費用といったランニングコストを把握しておきたい。特に水耕栽培ユニットでは設置場所や給排水の条件に制約がある場合もあり、設備担当を交えて計画を立てると安心だ。また、土を使うタイプではカビや虫害のリスクもある。換気や清掃のルールを決めておくと、快適な環境を保ちやすい。

こうした仕組みを整えることで、オフィス農園は単なる装飾ではなく、組織のつながりやウェルビーイングを育てる“文化”として息づいていく。オフィスに“育てる”という行為を取り入れることは、社員の健康や学び、コミュニケーションを育むきっかけとなり、自然との関わりを日常のなかで感じられる場を生み出す。小さなプランターから本格的なオフィス農園まで、“育てる場”がもたらす体験は、人と空間の関係を豊かにし、ウェルビーイングやサステナビリティ、そして企業文化の再構築といった観点から、これからのオフィスデザインに新たな可能性をひらいていくだろう。