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オフィスの東京一極集中は続くのか? 都市地理学者と考えるオフィス立地

コロナ禍を経た今、オフィスの東京一極集中が加速しています。人員拡大や採用力の強化などを背景に、オフィスの立地や環境を見直す企業が多く、この傾向が東京のオフィス需要を押し上げているのです。

今回、都市地理学や経済地理学を専門とする高崎経済大学の佐藤英人教授に、首都圏におけるオフィス事情の変遷と、柔軟な働き方が浸透した昨今の状況を考察していただきながら、企業が東京にオフィスを構える価値を伺いました。

  • 佐藤 英人/さとう ひでと

    佐藤 英人/さとう ひでと

    高崎経済大学地域政策学部 教授。1997年 立命館大学文学部地理学科 卒業、2003年 東京大学大学院総合文化研究科博士課程 修了。博士(学術)。東京大学空間情報科学研究センター 助教、帝京大学経済学部経営学科 准教授などを経て、2017年より現職。研究分野は都市地理学、経済地理学。『東京大都市圏郊外の変化とオフィス立地―オフィス移転からみた業務核都市のすがた―』(古今書院)で、2018年度日本都市学会賞(奥井記念賞)受賞。

コロナ禍を経ても変わらない。東京都心にオフィスが集中する合理性

──佐藤先生は、都市地理学や経済地理学を専門とし、オフィス立地に関する研究などをされています。まず、どうして東京都心にオフィスが集中するのか、お考えをお聞かせください。

佐藤 東京都心にオフィスが集まるのは、何といっても、東京がヒト・モノ・情報の集積地だからですね。「複雑な交渉や信頼関係の構築に重要な対面でのコミュニケーションが取りやすい」「取引先や関連企業、専門家との物理的な距離が最小化され、何ごともスピーディに展開しやすい」など、企業にとっての利点を挙げればキリがありません。

たとえば、大規模プロジェクトなどを進めるにあたり、行政との調整が必要になることは珍しくないでしょう。中央省庁が集まる霞が関や虎ノ門の近くに拠点を構えるのは、近接性の観点からしても合理的な判断ですよね。

――コロナ禍によって、従業員の働き方が大きく変わった企業も少なくありません。オフィス立地への影響はいかがでしょうか?

佐藤 なかには地方に本社機能を移した企業もありますが、東京にオフィスが集中している点は変わりません。たとえば、コロナ禍を機に、東京と地方を行き来する二拠点生活が注目されましたが、地方側の居住地の決め手となるのは、東京からの移動距離ではなく時間距離だといいます。また、私が勤める高崎経済大学がある高崎市内にも、近年、駅前にタワーマンションが相次いで建てられました。居住者の方のなかには、新幹線で東京都心の大手企業へ通勤する「高崎都民」が珍しくないそうです。

共通するのは、新幹線や飛行機で東京へアクセスしやすい地域であり、そもそも、「オフィスが東京にある」ことが前提となっています。高崎の場合、東京都心まで1時間程度ですから通勤圏内ですよね。コロナ禍で浸透したハイブリッドワークによって、通勤の負担自体が軽減された方は多いと思いますが、「東京都心へ通勤する」という通勤パターン自体が変わった人はそう多くないでしょう。

また、働き方の変化やデジタル技術の進化などを受けて、オフィスに求められる要件や防災基準も変わっていきます。ですから、老朽化した建物をメンテナンスするより、オフィスビルの開発が活発な東京都心に目を向けるほうが、条件のよいオフィス物件に出会える可能性が高いのです。総じて、さまざまな合理性が複合的に作用した東京都心は、企業にとってとても魅力的なエリアであり、その優位性は揺るがないでしょうね。

業務機能の分散政策で進んだオフィス移転と現状

――オフィス立地における東京の優位性をお伺いしましたが、過去には、企業や省庁の移転が議論されたこともありましたね。

佐藤 そうですね。たとえば、業務核都市(さいたま新都心、幕張新都心、みなとみらい21地区)などの開発は、1988年に公布された多極分散型国土形成促進法(以下、多極法)が根拠となっています。また、同時期の1990年前後には、首都機能の移転が国会で議論されました。

多極法は、東京都区部に過度に集中した人口や行政、経済、文化などの機能をほかの地域に分散させることで、それぞれの地域が連携しながら発展することを目的としています。これにより、東京都心から30~40キロメートル程度離れた15ほどの地域が業務核都市に指定され、オフィスビルや大型商業施設などが次々と建つようになりました。加えて、バブル経済による地価高騰の影響もあり、大手企業を中心として郊外にオフィスビルを建てて本社機能を移したり、研究開発拠点を設けたりといった動きが見られました。

ちなみに、このような政策の狙いの一つには、職住近接の実現もありました。高度経済成長によって郊外での宅地開発が進んだ結果、東京都心で働く人の多くは通勤時間が片道1時間程度。職場が郊外にあれば、通勤時間の短縮やラッシュの緩和につながると考えたのです。

とはいえ、2000年代後半から、郊外に建てたオフィスビルを手放す、本社機能を東京都心のオフィスビルに戻すといった都心回帰の動きが活発化します。国勢調査をもとに市町村別のオフィス従事者の増減を調べると、2010~2020年にかけて、従事者が増加した自治体は東京都心部に集中しています。先に触れたような横浜や千葉といった郊外でも従事者の数は若干増えているものの、都心部の増加幅には遠く及びません。

企業・オフィスが東京都心に集中することのリスク

――さまざまな議論や試みを経て、現在も東京にオフィスが集中しているわけですね。そんな東京一極集中が抱えるリスクについても教えてください。

佐藤 長期的な視野で見れば、20~30年前に模索したように、東京都心に集中した機能の一部を郊外や地方に分散させるのが理想です。東京にあらゆる資源が吸い取られていく今の状況は、地方経済の衰退に直結するだけでなく、商圏が限定され、極端なことを言えば、大都市圏以外ではビジネスが成り立たなくなる危険性をはらんでいます。それは、東京にオフィスを構える企業にとっても得策ではないはずです。

また、BCP(事業継続計画)の観点から、企業の機能分散は重要です。もし、自然災害によって丸の内や大手町、虎ノ門エリアが被害を受ければ、多くの企業に甚大な悪影響がでます。そのため、たとえばNTTは、2022年、大手町にある本社機能の一部を高崎市と京都市に分散させる試みを行いました。その背景には、首都直下型地震や津波に対するリスク分散、レジリエンス向上の目的があることは間違いないでしょう。

――社会的な課題ともいえる人材不足についてはいかがでしょうか?

佐藤 人材が集積する東京の労働市場には厚みがあります。東京にオフィスを置くことで、企業は必要な人材を獲得しやすくなり、求職者側は転職の機会が増え、効率的な労働市場が形成されます。また、環境が整ったオフィスは人材獲得の面からも有利ですから、そんなオフィスを得やすい東京にアドバンテージがあるでしょう。

とはいえ、高崎経済大学のほか、都内の大学でも教壇に立つ私の立場から見ると、企業は東京の外にも目を向けるべきだと思います。大学生の新卒採用においては、私自身が学生だったころと比べ、学生の地元志向が強い印象です。高崎経済大学の場合、学部卒業生の約4〜5割が東京に本社を持つ企業、5〜6割がそれ以外のエリアに本社を持つ企業に就職しています。後者のなかにはUターン就職で地元に戻る学生も珍しくありません。つまり、彼ら・彼女らの地元にオフィスを構えることが、ポテンシャルの高い若手獲得につながったり、組織の多様性につながったりするのではないでしょうか。

二元論ではない。オフィスの分散配置と拠点戦略

――新卒採用は企業にとっても大事にしたい戦略ですね。オフィスを東京都心から分散させるとしたら、どのように考えるとよいのでしょうか?

佐藤 まず、「都心にあるオフィスを丸ごと外に移す」という極端な考えは現実的とは言えません。「東京か地方か」という二元論ではなく、多拠点化の推進と捉えるべきです。デジタル技術の進化によって働く場所を問わない仕事も増えていますから、東京と地方にオフィスを置き、その比重を考えるのです。

比重を考える際には、2つの切り口が参考になるでしょう。1つは、都市の階層性に応じたオフィス配置の検討です。基本的に経済規模は人口に準じるため、東名阪の三大都市圏に続く札幌、仙台、広島、博多といった政令指定都市には本社に準じた機能を持たせたサテライトオフィスを、もう一段階小さい規模の都市には現場業務に特化したオフィスをといった具合です。

もう1つは、立地特性を踏まえた効果的なオフィス配置の検討です。たとえば、先に述べた業務核都市の場合、新幹線が停車する大宮駅があるさいたま新都心には東北や甲信越方面を管轄する営業拠点、開発当初から高度なインフラが整備された幕張新都心には情報通信系の研究開発拠点、三菱重工の造船所だった歴史を持つみなとみらい21地区にはプラント系の研究開発拠点といったように、自社の事業や戦略に基づいた立地選定が見られます。

――オフィスの分散配置によって、企業は何を期待できるのでしょうか。

佐藤 まず、地方に住む従業員、そして地域全体にとっては、東京と地方が交わる機会が増えることで、関係人口の創出につながり、ひいては地域経済や地域社会(コミュニティ)の活性化といった恩恵を受けることができるはずです。企業にとっても、地域活性化など社会課題への貢献は社会的責任の履行につながり、企業イメージの向上や優秀な人材の獲得などに寄与するでしょう。

また、柔軟な働き方の一環として、転勤ではなく東京と地方を従業員が行き交う環境を築くこともできます。一時的に働く場を東京から地方に、地方から東京に変えることで、マンネリ感が解消されたり、普段の生活では体験できない新たな「刺激」を受けたりするきっかけになるかもしれません。

先に申した通り、東京には企業にとって大きな魅力があります。ビジネス以外にも刺激や選択肢が多いことから、大勢の人にとって魅力的な街だと言えるでしょう。一方、地方にも企業にとっての利点があり、たとえば、従業員が自然豊かな落ち着いた環境で仕事に取り組んだり、災害リスクを分散させたりすることができます。つまり、東京には東京の魅力が、地方には地方の魅力があるわけです。東京と地方に拠点を配置すれば、これら双方の魅力を総取りできるでしょう。

未来に向けたイノベーションや従業員の自律が求められる今、組織と従業員、それぞれの個性や強みを伸ばす手段として、企業には、東京の外にも拠点を広げていくことをぜひ検討していただきたいですね。

Text: Yasuko Tanabe
Photo: Shin Inaba

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