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環境犯罪学者と考える、ハラスメントが起こりにくいオフィス

組織を健全に機能させるうえで大きな障壁となるのが、いじめやハラスメントといった深刻なトラブルです。本来あってはならないことですが、多様な人が集まるオフィスにおいて、そのリスクをゼロにすることは容易ではありません。組織として、未然に防ぐ手立てはあるのでしょうか。

犯罪の原因を個人ではなく「場」の特徴から考察する環境犯罪学の第一人者、兵庫県立大学 准教授の松川杏寧さんによれば、物理的な防犯環境と同様に、組織におけるソーシャルキャピタルなどの社会的環境が重要なカギを握るといいます。安心して働ける心理的安全性の高いオフィスづくりのヒントを、松川さんに伺いました。

  • 松川 杏寧/まつかわ あんな

    松川 杏寧/まつかわ あんな

    兵庫県立大学 減災復興政策研究科 減災復興政策専攻 准教授。博士(社会学)。カリフォルニア大学アーバイン校を卒業。同志社大学、国立研究開発法人 防災科学技術研究所などを経て、2023年より現職。防犯・防災の側面から地域コミュニティの安全・安心を研究する。地域安全学会 理事。三重県南海トラフ地震対策検討会議委員(三重県)、能登半島地震を踏まえたひょうご災害対策検討会委員(兵庫県)をはじめ、各自治体の防災に関する委員などを歴任。

罪を犯すのは、そのほうが合理的だから?

――まずは、松川先生が研究されている環境犯罪学について教えてください。

松川 環境犯罪学は、犯罪が起こる背景を「場」の特徴から考察する学問です。日本では、戦後の刑事司法をルーツとして発展してきた比較的新しい分野で、大まかに言うと、従来の犯罪学が「なぜこの人は犯罪を犯したのか」を問うのに対し、環境犯罪学では「なぜここで犯罪が起きたのか」を問います。

身近なところでは、街頭や住宅の周辺に敷く音の立ちやすい砂など、物理的な環境を整えることで犯罪を未然に防ぐ防犯環境設計に応用されています。もちろん、研究対象は、防犯性の高い環境をつくりだすといった物理的要素だけではありません。地域の絆や情報共有の工夫といった社会的な要素も重要な研究対象になります。

たとえば、米国では1960年前後から、ビジネスエリア・商業エリア・富裕層向け住宅エリア・低所得者向け住宅エリアのようにゾーニングを伴う都市開発が盛んに行われました。住環境の向上や経済活動の効率化といった効果が期待できる一方で、米国の都市計画学者であるジェイン・ジェイコブズは、機能や属性に応じて街をゾーニングすることで生じる弊害を危惧しました。空白の時間帯(人が少なくなる時間帯)や日常的な交流機会の消失などが生じ、本来コミュニティが持っている他者への関心や防衛本能が希薄になり、結果として街の治安が悪化すると指摘したのです。

――治安や心理的安全性を高めるためには、物理的な要素(ハード)だけでなく、社会的な要素(ソフト)なども求められるということですね。

松川 そうですね。そうしたなかで注目されたのが、ソーシャルキャピタル(社会関係資本)です。ソーシャルキャピタルは、「人と人との関係性、つながりに含まれる資源」のことで、人々の間の信頼関係や協力関係、互恵性(ごけいせい/お互いさまという気持ち)などが、社会・経済活動を円滑に動かすための資源になるとする考え方です。

先に触れたジェイコブズが論じた「都市の治安は、地域住民によって維持されている」という考えに基づけば、潤沢なソーシャルキャピタルは、そのコミュニティで起こるかもしれない犯罪の抑止力になると言えます。要は、コミュニティで暮らす人同士が周りの環境に関心を持ち、声をかけ合ったり共に活動したりできると、いい意味での監視が機能してトラブルを未然に防げるというわけです。

実際に、神戸市内の自治会を対象に調査したところ、日常的なあいさつの啓蒙や地域のイベントなどソーシャルキャピタルを充実させる活動が活発な地域には、犯罪数の低下や犯罪に対する不安感の減少など、地域の秩序の乱れを抑制する効果が発揮されていることが認められました。

――そうなのですね。とはいえ、現実に目を向けると、どれだけハードとソフトを備えても社会から犯罪を消し去るのは難しそうです。そもそも人はなぜ、犯罪に手を染めてしまうのでしょうか?

松川 難しい質問ですね。端的な答えはないのですが、犯罪学における「合理的選択理論」がヒントになるのではないでしょうか。人は利益と損失をてんびんにかけ、自身にとって得になる選択をするという理論です。たとえ客観的にはリスクが大きくても、本人の主観で「バレない」「利益が勝る」と判断すれば行動に出てしまうのです。そこでは、本人の主観に基づいた「合理的な意思決定」が行われているということになります。

そして、この「本人の主観に基づいた、合理的な意思決定」という構造は、街中の犯罪だけでなく、会社組織における犯罪や人間関係のトラブルにも当てはめることができます。

例えば、オフィスでのハラスメント。その加害者は、自分の立場を利用して威圧的に振る舞ったり要求を通したりしたとしても、「バレない」「信頼を失うようなレベルではない」と、その時は合理的に損得を判断しているのでしょう。そして、自分の要求が通ると、その行動自体が本人の成功体験になります。すると、「このやり方はうまくいく」と、同じことを繰り返しながら行動がエスカレートしていきます。

組織に問われる潤沢なソーシャルキャピタル

――オフィスでのハラスメントのお話が出ました。組織で起こる不正や犯罪を、ソーシャルキャピタルの観点ではどのように解釈することができますか?

松川 私は、労働分野における犯罪や不正の専門家ではありませんが、大学に勤める立場として、組織で起こるハラスメントや不正を身近な問題だと受け止めています。大学も1つの大きな組織であり、アカハラやセクハラ、ジェンダーによる不平等といった一般企業と共通する課題が存在し、これらは学ぶ・働くうえでの心理的安全性を大きく下げます。教員や学生が不安を募らせ、学問に集中できない状況は、企業であれば生産性が低下している状況と同じです。

では、なぜそのような状況に陥ってしまうのでしょうか? その点は、社会学で議論される「いじめ」と似た解釈ができそうですね。

学校で起こるいじめが深刻なレベルにまで発展してしまうのは、当事者となる子どもの置かれた社会が非常に限定的だからという理由が考えられます。初等・中等教育の時期は、基本的に学校と家庭がその子の世界のすべてになりがちですから、いじめられる側は逃げ場がないし、いじめる側は自分の行為を客観的に判断しにくくなります。

オフィスの場合、閉ざされた環境や風通しの悪い組織であるほど、いじめやハラスメント、不正といった問題が発生しやすくなると考えます。それは、「行為をいさめる人」「客観的に介入する人」が存在せず、かつ加害者が「周囲との信頼関係が築けない」「自分の行いを省みる機会がない」など、コミュニティ内での関係が希薄な状態ともとれます。つまり、ソーシャルキャピタルが潤沢でなかったと解釈することができるでしょうね。

目指す先や意義を理解し、全員で組織を築いていく

――不正やハラスメントをなくしていくために、組織は、具体的にどのような方法を取り入れればいいのでしょうか?

松川 結局のところ、同じコミュニティに属する相手について、プライバシーに踏み込まない範囲で違いも含めて理解し、協力しながら組織を築いていくことに尽きるのではないでしょうか。

ここで異分野の事例として、私が研究している「震災時の避難所」を見てみましょう。

避難所は、急造のコミュニティでありながらも、安全と秩序が求められる組織形態と言えます。そのため、まず避難所が持つべき理念を定め、関係者全員への周知を図ります。災害から逃れる場というだけでなく、安全に過ごしながら心身の健康を培い、生活再建への活力を蓄える場であるといった共通認識を浸透させるのです。そのうえで、設備や安全・快適な暮らしを実現するための計画など具体的な施策に着手します。

その際は、そこで暮らさざるを得なくなった人たちの自治を機能させる仕組みづくりを大事にしています。「共有部をいつ掃除するのか」「炊き出しは誰が担当するのか」などで、このとき、炊き出しは料理が得意な人でチームを組む、平日働いている人は休日に当番を回すなど、ある程度の柔軟さを持たせることも必要になります。

これを企業のオフィスに置き換えると、「なぜここで働くのか」「仕事を通じて何を実現したいのか」という、目的や仕事へのベクトルを共有したり、そろえたりするプロセスを経て、オフィス環境を設計していくことにほかならないでしょう。仕事の進め方や目的によって最善策は異なるはずですから、オープンかつ透明性を担保するためのガラス張りの会議室の設置や、機密や個人のプライバシーを守るためにスイッチ1つでスモークがかかるガラスを使う工夫など、トップダウンではなく皆の合意形成を図りながら設計していく必要があると思います。

KJ法を用いて議論し、合意形成を図る(イメージ)

――自治を機能させる仕組みや合意形成を図りながらの設計が、潤沢なソーシャルキャピタルにもつながっていくわけですね。

松川 その通りです。たとえば、かつて私が在籍していた職場には、理学や工学、社会学、心理学など多様な分野の専門家や省庁から出向してきた人が集まっていました。「研究を究めたい人」「防災による社会貢献を志す人」「(経済的な)安定を求めている人」など働く理由もさまざまでした。ですから、入所1年目の職員を対象としたワークショップを開催し、お互いの違いを共有し認め合うことから始めていましたね。その違いは当事者同士が交わらないと、わからないものです。そのうえで、「目指す組織の姿」や「理念実現のために何ができるか」を全員で問い直したのです。

そのようなワークショップを通じ、組織の一員なのだという自覚が強くなったり、仕事への貢献の仕方を考えたりすることができれば、組織における自身の存在価値を実感できるようになります。その結果、自然と周囲への関心も高まり、ひいては組織全体のソーシャルキャピタルは潤沢になっていくはずです。

さらに、そうした環境のなかで、上司・部下・同僚といった枠を超えた豊かな関係性が築かれることは、視野を広げて多角的な視点を持つきっかけにもなります。組織全体の心理的安全性へもつながっていくでしょう。これからのオフィスづくりにおいては、ぜひ多くの社員を巻き込み、物理的な環境整備と並行して、ソーシャルキャピタルを充実させてほしいですね。

Text: Yasuko Tanabe
Photo: Shin Inaba

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