【日経ニューオフィス賞】「エア・ウォーターの森」が目指す、共創と地域課題解決の新しい形
第38回日経ニューオフィス賞で「サード・ワークプレイス推進賞」を受賞した「エア・ウォーターの森」。運営を担うエア・ウォーター北海道株式会社(以下、エア・ウォーター北海道)は、自社オフィスの一部を地域住民や外部パートナーへ開放し、組織の枠を超えた共創を加速させています。
そこで今回、同プロジェクトの責任者である、エア・ウォーター北海道 事業企画部長の日谷知章さんにインタビュー。地域課題の解決を目指した共創の仕掛けや、これからのオフィスの価値について伺いました。
Facility, Design, Culture
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日谷 知章/ひたに ともあき
エア・ウォーター北海道 事業企画部長。北海道札幌市生まれ。2009年エア・ウォーター・エネルギー(現・エア・ウォーター北海道株式会社)に入社。新規サービス開発や新商材の販路開拓、陸上養殖事業「杜のサーモンプラント東神楽」などの新規事業開発を経て、2022年より「エア・ウォーターの森」プロジェクトの責任者として従事。施設コンセプトの策定、設計施工管理などを担当し、現在に至る。
組織の垣根を超え、北海道の社会課題解決に挑む

──「エア・ウォーターの森」とは、どのような施設ですか?
日谷 2024年12月に札幌市桑園地区に開設した、オープンイノベーション施設です。主に道内の自治体と連携し、大学や地元企業、研究機関やスタートアップ企業と共に、地域住民の方々との交流を深めながら、社会課題解決に取り組むことを目的としています。
当社が属するエア・ウォーターグループは、「産業ガス」「医療」「エネルギー」「農業・食」の4つの分野を主軸に事業を展開しています。特に2010年代以降はM&Aに力を入れてきたこともあり、およそ260の企業が傘下にあります。しかし、私たちだけで身のまわりの複雑な問題に向き合い、社会を変えていくのは困難です。これまでも、スタートアップ企業やアカデミアなどと協業を図ってきましたが、双方の強みをよりスピーディーかつ最大限に発揮するためには、より深い共創の場が必要でした。
そこでパートナーを設備面で支援して共に事業化を図ると同時に、私たちの取り組みを地域に広く伝える機能を自社オフィスビルの一部として組み込んだ施設をつくることにしました。

──新事業を創発するにあたって、北海道ならではの特徴はありますか?
日谷 北海道は、人口減少やインフラ維持といった日本の社会課題に、10年早く直面している地域です。限られた労働力で産業や市民の生活水準を維持するには、大胆な変革が問われています。
一方で、北海道の広大な大地はほかの地域にない魅力です。たとえばバイオマス発電をはじめ、水力発電、風力発電など日本有数の再生可能エネルギー先進地ですし、農業においても国内で圧倒的な食糧生産力を誇ります。
エア・ウォーターグループは100年近くにわたり、産業ガスの製造と供給を主軸に、多岐に渡る領域で、道内の産業を幅広く支援し続けてきました。現在進める中期経営計画では、次世代の地球環境とウェルネスに目を向け、再生可能エネルギーとカーボンニュートラル、そしてアグリソリューションへの投資に注力しています。
これからも人々の暮らしを支えるため、北の大地の豊かな資源を活かし、北海道から社会課題の解決と新たな企業価値の創造を図っていく。それがエア・ウォーターの森の目指す姿です。
「壁をつくらない」出会いの仕掛け

──4階建ての建物はガラス張りの外観と、北海道産カラマツの構造材など、自然と調和した造りが目を引きます。
日谷 オープンイノベーション施設なので、物理的にも心理的にも、できるだけ壁を感じさせない造りを意識しました。各階の廊下は中央の吹き抜けを囲むように配置し、階段と合わせてフロア間でつながりのある印象をもたらしています。
「ウェルネスフロア」と称した1階と屋上は、一般開放エリアです。150人収容のホールやキッチンラボを備え、レストランではグループ会社の食材を使ったメニューを提供しています。エントランスでは近隣の方々がコーヒー片手に歓談したり、学生が勉強に勤しんだりする姿も珍しくありません。屋上では地域の方々と一緒に、北海道の草花や野菜、ハーブなどを育てています。
2階と3階は「オープンイノベーションフロア」です。2階は主に大学のサテライトキャンパスや研究機関、スタートアップ企業の入居を想定し、ウェットラボや個室、会議室を用意しました。3階のコワーキングエリアは、個人事業主から大手企業までが利用するほか、2階の入居者や4階のオフィスエリアで働く当社の社員も交えて、日常的に交流を図れるスペースとなっています。

──まさに多様な人たちが、この建物に集まるのですね。
日谷 理想は、ビジネスシーズの創発から社会実装に向けたトライアル、そして改善の循環が、この建物の中で完結する姿です。2階のラボで生まれたアイデアや技術を3階で具体化し、4階で事業化を検討する。さらに1階でプロトタイプを披露して生活者の反応を探り、再び2階や3階でブラッシュアップさせる──。そんな流れを想定しています。
共創のパートナーがそばにいることは、とても大事です。ちょっとした気づきやアイデアを気軽にシェアし、その場で試すこともできますから。エア・ウォーターの森ならではの事業創造のスタイルを確立したいと考えています。
──2階や3階の入居者は、どのように決めているのですか?
日谷 最も特徴的なのは、2階の個室・ラボエリアへの入居条件として、エア・ウォーターグループとの協業計画を課している点です。開設時には募集枠を大幅に超えるエントリーをいただきました。面談では「入居後の1年間で一緒に何をしたいか」「そのためにどの程度のリソースを確保しているか」などを具体的に伺い、現在は、産学連携を担当する大学の窓口や、スタートアップ企業、研究機関などに入居していただいています。
3階のコワーキングエリアは月極契約を基本とし、ドロップイン(一時利用や都度利用)は受け付けていません。また、積極的な自己開示やコミュニケーションを求めた「利用に係る10か条」に同意された方のみに入っていただいています。このエリアはコンサルタントやマーケター、テレビプロデューサーなど、各方面のプロフェッショナルにご利用いただいています。

──ビジネス創発に向け、利用者同士の接点をどのように築いているのでしょうか。
日谷 カギを握るのは、コワーキングエリアに常駐する「コミュニケーター」です。2階・3階の利用者や社員をつなぎ、対話をビジネスへと広げていく役割を担います。今いる2名のうち、1人はどんな相手でも人見知りをせず、抜群の調整力を誇る人物、もう1人もほかのコワーキング施設の事例を参考に、出会いを生む仕掛けを貪欲に試している人物です。
また、この1年はイベントにも注力し、社内限定のものも含めると200回以上開催しました。当社の事業と関連の深いテーマで有識者や事業パートナーをお招きし、利用者や社員が参加する形です。告知は構内のサイネージやSNSに加え、過去に名刺交換した方へのメルマガ、さらにはイベントのテーマと合致する方への個別のご案内も行っています。
回りはじめた共創のサイクル。オフィスは「何かが生まれる場所」へ

──年間200回以上のイベント開催とは、すごいですね。
日谷 やはり何かしらの形で、人が交わる仕組みが必要なのだと感じています。イベント後の懇親会では、感想や意見交換をきっかけにつながりが生まれる光景をよく目にします。コワーキングエリアでも定期的にミートアップを実施していて、ピッチタイムには毎回5~6組の利用者が事業や今後の展望などを発表しています。夕方から始めてお酒も少し用意するなど、リラックスして話せる雰囲気づくりも心掛けています。
運営に携わる社員は、私も含めてコミュニティマネジメントは未経験でした。それでも外部に委託せず自前にこだわるのは、社内に精通している自分たちだからこそ、化学反応をもたらす出会いを仕掛けやすいからです。何より、この施設自体が当社の新たな企業価値創造に向けた挑戦です。私たち自身にこそ、主体的な行動とトライ&エラーが問われるのです。
そのため、メンバーには「自身の強みを活かしてほしい」と話しています。我々は社会課題の解決につながるイノベーションを生み出すのが仕事であって、標準的なものを求めているわけではありません。苦手を克服するよりも、自信のある分野を尖らせるくらいがちょうどいいのです。
──開設から1年が経ち、どのような手応えを感じていますか?
日谷 産学官連携による社会課題解決の基盤が、着実に整ってきました。たとえばここを拠点に、北海道の食の発展を目指す「さっぽろフードクリエーションズ」というコンソーシアムが立ち上がり、現在は70を超える企業や団体が参画してさまざまなプロジェクトが動いています。
当社では、2023年に道内の市町村を対象とした社会課題解決の支援制度「ふるさと応援H(英知)プログラム」をスタートさせて以来、各自治体からさまざまなご相談をいただくようになりました。鳥獣被害対策や地域エネルギーの活用など、地域ならではの課題やアイデアがHプログラムを通じて寄せられています。
これらの相談を丁寧に受け止め、エア・ウォーターの森に集まる技術や知見と組み合わせながら、当社のリソースを活かして新事業につなげる。そんなサイクルを確立していきたいと構想しています。
ちなみに、エア・ウォーターの森のWebサイトの制作と運営は、2階に入居するIT企業にお願いしています。利用者ゆえに施設の雰囲気やニュアンスを絶妙に捉えた、素晴らしいサイトになりました。3階のコワーキングエリアでも、利用者同士が共同で仕事を進めるなど、あちこちで共創が生まれています。

──ビジネス創発以外でも、ポジティブな影響はありましたか?
日谷 広報面の効果は非常に大きかったです。多くのメディアで取り上げていただいたことで、施設だけでなくエア・ウォーター北海道という企業を広く知っていただく機会になりました。また、2025年の参議院選挙では期日前投票所としても活用され、地域拠点として住民のみなさんにも浸透しつつあります。
こうした接点から道内の大学に通う学生への認知も広がり、採用面でも効果を実感しました。さらに、施設の運営メンバーを社内公募したことで、社員のキャリア自律を促すきっかけにもなりました。
この施設の運営に携わってみて、オフィスの価値が変わりつつあると痛感します。単にかっこよくて機能的なだけではダメで、そこに行けば出会いや共創があり、自宅で仕事をするよりもインスピレーションがさえる。そんな「プラスアルファ」が期待できる空間でなければ、オフィスの存在意義そのものが揺らいでしまうでしょう。まだまだなところもたくさんありますが、「ここに来れば何かが生まれる」と誰もが確信できる場をつくり上げていきたいです。