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すぐとなりにシリコンバレー。空間拡張テック「tonari」が実現する、革新的な組織のあり方

Google出身者らが開発した空間拡張テック「tonari」。等身大スクリーンを通してまるでそこにいるかのように遠隔地同士でコミュニケーションが取れる。日本発のグローバル企業が描く、その無限の可能性とは?

同僚と雑談しにくい、熱量を感じるのが難しい・・・・・・。コロナ禍で多様な働き方が増えるなか、例えばリモートワークではコミュニケーションに関するこんな課題も出てきています。何か手立てはないか。そんな悩みを解決してくれるのが、空間拡張テック「tonari」です。tonariは離れていても相手の表情が手に取るように感じられる最先端テクノロジーで、今回、生みの親であるタージ・キャンベルさんにインタビュー。新時代の「働く」時間や空間について掘り下げていきます。

離れていても、臨場感が得られるソリューション

──tonariの概要を教えてください。

キャンベル tonariは物理的に離れた2つの空間をつなげる新たなコミュニケーション・サービスです。等身大スクリーンをそれぞれの空間に置いてインターネットでつなぐのですが、従来のビデオ通話で話すのとはイメージが大きく違います。

何が違うのかというと、ずばり“臨場感”です。ビデオ会議で相手が手を振ったとしても、ぎこちない動きになってしまうことがありますよね。これは遅延の発生とフレームレート*¹が少ないことが理由です。映像をそのまま大きくすると、それがより顕著になります。そうなると、臨場感どころか、自然な会話さえままなりません。こうした遅延を一切感じずに、相手の息づかいや表情、感情さえもまるで相手がそこにいるかのように感じられるのが、tonariの強みです。

神奈川・葉山での取材は東京オフィスとtonariを通して行われた。スクリーンに映っているのは、取材で通訳を務めていただいたtonariのShizuka ‘Zucca’ Nagahamaさん

──どうやってtonariで臨場感を生み出せるようになったのでしょうか?

キャンベル 既存のテクノロジーの単純な組み合わせでは実現不可能ですが、ソフトウェアはもちろん、ハードウェアを自社で開発して両方が密接に統合された製品をつくったことで不可能を可能にしました。

人間が感知できるタイムラグは150ミリ秒*²といわれていますが、通常のビデオ会議は300~500ミリ秒で、tonariは100ミリ秒。一緒に笑ったり、つっこんだりするような自然な会話を生み出すためには、さまざまなデータを迅速に相互伝達しなければなりません。tonariでは膨大な量のデータを圧縮して、相手先で瞬時に展開できる技術があるので、臨場感あふれる等身大スクリーンの映像とともに、とても自然な会話をすることができます。

大切な人をより身近に感じたい

──tonari開発のきっかけと会社設立の経緯を教えてください。

キャンベル 生まれ育ったのは米国のモンタナ州にある小さな町で、今でも両親はそこに住んでいます。大学進学の際、シアトルに移り住み、その後、新卒でGoogleに入社するときにカリフォルニア州に引っ越しました。Google ではGoogle Mapチームに所属し、世界中のメンバーのオフィスを出張で訪ねるうち、いろいろなところにいる面白い人とつながれることを実感しました。一方、移動手段が発達したことで世界のあちらこちらに行けるようになったのに、相変わらず遠隔地同士をつなぐ手段は制限されていることをもどかしく感じるようになりました。

当時、ビデオ会議やチャットソフトもありましたが、それだけでは不十分でした。米国の両親にも対面ではなかなか会えなかったので、家族の温かさをもっと感じるためにはどうすればいいのか、何かいいソリューションはないものかと真剣に考えるようになっていきました。

──具体的にどのようなことを考えたのでしょうか?

キャンベル 人と人が同じ空間にいないときに何が欠けているか、という点に着目しました。例えば、両親に会いに行ったとき、ずっと話をしているわけでなく、ただソファに座って何かを一緒に見るだけでも相手とのつながりを感じられます。だらだらと過ごすとか、雑談して爆笑するとか、そういう瞬間を共有したいのです。このようにいろいろなタイプの感情のつながりがあるのに、これまでのコミュニケーションツールではそれを伝えるのが難しい。なぜなら、離れている場所にいる人とコミュニケーションを取るときには、予定を合わせて必要な情報を交換するといったスタイルだからです。打ち合わせも電話もそうですよね。でも対面では一緒に笑ったり、急に引き止めたり、その場でしか起こらないことを一緒に楽しみながら過ごすことができます。遠隔地同士でも対面で一緒に過ごせるような空間を実現できれば、価値があるはずと気づいたのです。

──tonariはビジネス上でどのような価値を生みますか?

キャンベル ビジネス視点でいうと、相手をリアルに感じることは生産性向上につながるといえるかもしれません。しかし、私はテックスタートアップとして全く違う視点からアプローチしています。生産性を高めることではなく、同じ場所にいるようなコミュニケーションを通じて、今までにない機会の創出や組織づくりを可能にしたかったのです。

例えば、ハワイ発のスタートアップ「Normal Lab」は、アメリカ本土から離れているため、資金調達の制約や人材確保、市場規模など、さまざまな観点で立地的な難しさを感じていたなかでtonariに出会い、マーケットの捉え方や組織づくりの考え方を変えたといいます。製造設計チームとサプライチェーンは日本、製品デザインはハワイ、顧問と投資家とのつながりはシリコンバレーと、状況に合わせてしなやかに成長できることに気づいたのです。

また、同じスタートアップ同士、情報交換やお互いの作業スペースも共有できるので、Normal Labが日本のオフィスを見つけるまで、期間限定でtonariとつなぐことになりました。日頃から顔を合わせているので、初めて日本で会ったときにはすでに互いのメンバーに「仲間意識」が生まれていました。

ハワイのスタートアップ「Normal Lab」とtonariを通じて談笑するキャンベルさんら。葉山オフィスには2台のtonariが設置され、東京オフィス(左)、Normal Labとつながっている

目指すのは、社会インフラの一つになること

──tonariの未来をどう描いていますか?

キャンベル 今後10年間のロードマップを描いているのですが、tonariをもっとリーズナブルな金額で利用していただけるように開発を進めています。tonariをどう進化させていくかを考えるときには、モンタナ州に住む両親の家にどういうものなら置けるのかと想像するようにしています。FaceTimeではなく、大げさなVRヘッドセットをつけるのでもなく、手軽にコミュニケーションができ、年齢に関係なく、簡単に操作できるものをつくりたいので、デザインにもこだわっています。できるだけテクノロジーを意識せずに、何も考えずに遠く離れた場にいる人と身体的に一緒にいるような臨場感を味わってもらえるようにtonariを進化させていきたいです。

──tonariがあるのが当たり前の世の中をつくりたいということですか?

キャンベル 社会インフラの一つになるのが理想です。どこでもtonariがある状態になれば、裏で動いているテクノロジーが何なのかを考えず、自然と使えるようになります。例えば、携帯電話のように本体を5万円で買えるようになるかもしれませんし、サブスクリプションになって月々5,000円支払うようなサービスになるのかもしれません。iPhoneもそうだったかもしれませんが、新しいテクノロジーに対する違和感がなくなったときに、今までなかったようなデバイスやサービスが生まれる可能性があるのではないでしょうか。

──実際に飛行機や電車に乗り、直接、会いに行く必要はなくなると考えますか?

キャンベル 私たちのテクノロジーが何かに取って代わるのではなく、tonariはあくまでたくさんあるコミュニケーション手段の中の一つになってほしいのです。移動手段が発達し、自分たちが住む町の外にいろいろな魅力的なものがあるのを知っています。ただ、それがまるで呪いのようになって「外に出なくちゃ」とプレッシャーを感じて、疲れているのに無理やりいろいろなところに出掛けることがありますよね。私たちはこれを“距離の呪縛”と呼んでいるのですが、その呪縛を解きたいというのもあります。

私たちのオフィスを例に挙げると、以前、葉山オフィスはありませんでした。新型コロナウイルス感染症が広がって自宅待機になると、都心の小さな住まいで孤立して疲弊してしまう人が多くいたのです。どんな状況になっても子どもが自由に遊べて、学校や職場などすべてが近距離で生活できるようになればと考え、この葉山オフィスをオープンしました。東京オフィスしかないと、葉山なら毎日1時間半、満員電車に揺られて出勤する必要があり、それだけでエネルギーがそがれてしまいます。しかしtonariを使えば、必要なときだけ都心に出掛けるだけでいい。距離の呪縛を解いて、どこにいてどこで働くのかを自由に選べるようになれば、一人ひとりの人生はきっといい方向に変わっていくのではないでしょうか。

──働き方が変われば、人生も変わるということですね。

キャンベル 今日のインタビュー中、ハワイのNormal Labで働く人たちとtonariでつないで話したとき、「スタートアップ企業が成長するためには、人と人との関係が何よりも大事。特にハードウェア開発を行う会社は同じ部屋にいるようにコミュニケーションを取ることでスピードを落とすことなく、よりよい開発が可能になる」と話をしてくれたのがうれしかったです。このようにこれからもtonariで人と人の心をつないでいけるように進化させていきます。

葉山オフィスの裏庭で春の暖かい日差しのもと働くtonariのメンバー