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【パーパス志向型オフィス】経営方針と従業員をつなぐ、オフィス設計・運用とは

活用されていないスペースや従業員からの不満など、多くの企業がオフィス運用に悩みを抱えている。働く人々を全面的にサポートするにはどうすればよいのか。その答えは「パーパス志向型オフィス」にある。

一筋縄ではいかない、オフィスの最適化

空席のデスクが目立つところもあれば、映画『ハンガー・ゲーム』の世界のように、限られたスペースを取り合うところもある。オフィスの環境改善は、一筋縄ではいかないものだ。実際に多くの経営者たちは、チーム編成の変化やオフィス運用の調整など、さまざまな課題への対応に苦慮している。

そんな企業の多くが、活用されていないスペースを気にして、ハイブリッドワークの有効性に疑念を抱きながらも、出社した時に従業員のモチベーションが上がるような、想定外の変化にも柔軟に対応できるオフィスを求めているという。

しかし、企業側がこうした課題に取り組む一方、従業員たちはこんなことを考えている――「どんな場所でも働けるようになった今、オフィスに出社する価値はどこにあるのか」と。

オフィスをめぐる、正しい“問い”

実のところ、新たなパラダイムはまだ確立されていない。オフィスをめぐる議論の“振り子”は今も左右に揺れ続け、おそらく永遠に止まることはないだろう。そのため、オフィス出社を軸とした体制に戻すか、判断に迷いが生じるのも無理はない。

とはいえ、前進の道はある。振り子がどこで落ち着くのかは、各企業固有のニーズによるところが大きい。オフィスの価値を最大限に引き出すには、確かな意図を持ったパーパス志向型の設計によって、従業員たちのニーズを満たす必要がある。そして、将来的に必ず訪れるであろう“揺れ”に適応できる環境を整えなくてはならない。

オフィス環境が年々変化するなか、経営者と従業員のどちらも解決策を求めている。しかし、それより先に我々は、正しい“問い方”を学ばなくてはならないだろう。つまり、「オフィスはどうあるべきか」ではなく、「オフィスは我々のために何をすべきか」という問いだ。

企業が掲げる「パーパス(目的)」が、従業員たちのやる気を引き出し、エンゲージメントを高める原動力となるなら、企業の物理的なオフィス環境にも、その目的意識を反映すべきである。ここでいう「パーパス志向型オフィス」の定義とは、職場の各スペースが組織の事業、運営、人材を支えるための機能を果たしているオフィスのことだ。

優れた人材の確保に必要なこと

組織にとっては人材こそがすべてだ。優秀な人材を引きつけ、定着させられるかどうかが、ビジネスの成否を分ける。人は帰属意識を求める生き物であり、プロフェッショナルと呼ばれる人たちは、意義のある組織の一員として尽力できる環境を望んでいる。そのため、職場に帰属意識を育む環境が整っていれば、必要な人材を集めて定着させることができるだろう。

ある実態調査では、従業員の高いエンゲージメントが、収益性向上につながるという結果が出ている。米世論調査会社ギャラップは、アメリカのオフィス環境の現状をまとめたレポートで、「従業員エンゲージメントが高い企業は、低い企業より収益性が平均で21%ほど高く、財務成果でも全体的に他社より優れており、通期で見るとS&P500の企業の実績をも上回る」と報告した。

また、2023年に発表された 米IT大手マイクロソフトの分析 も、ギャラップのレポートと同様の結論に達しており、目的意識と帰属意識の両方を育むオフィス環境は、人材の採用と生産性にメリットをもたらすと指摘している。

つまり、経営者がオフィスとその活用法に下す決定は、企業の事業成功に直接関わってくる。だからこそ、オフィス環境が及ぼす影響は、企業文化、ワークフロー、生産性、人材の獲得、そして定着率など多岐にわたり、事業の利益の源泉となりうるのだ。

“つぎはぎ状態”で見失われる、オフィスの価値

パーパス志向型でないオフィスは、将来的に思わぬ落とし穴に陥りやすい。組織の目的意識が共有されない状況が続けば、従業員たちの士気が下がるのは目に見えているからだ。

画一的なワークステーションが並ぶオフィスでは、チームやそれぞれの業務によって異なるニーズを満たせず、いわば無反応な空間とでも呼ぶべき状態に陥ってしまうそういったオフィスには、一日を通して発生するさまざまな作業に応じた、電話ブースや小会議室、コラボレーションエリアといったスペースが欠けていることが多い。

私たちはこれまで、事業に必要とされる平均的なデスク数に合わせて、オフィスの床面積を縮小する企業をいくつも見てきた。「ハイブリッドワークだから、このスペースでも収まるはずだ」と判断したのだろう。

しかし、これでは企業が期待する日々の業務へのビジョンが明確になっておらず、オフィスで働くチームや彼らのニーズもしっかりと認識できていない。こうしたアプローチは、往々にして的外れなものになりがちだ。

■不満を抱える従業員

仕事に適した場所がなかなか見つからないと、従業員のフラストレーションがたまって生産性が低下する。そして、スペースの活用法に関する明確なガイドラインや期待値がないオフィスは、非効率で混沌とした状態に陥ってしまう。

最近、私たちが対応したあるクライアントは、既存スペースの運用に頭を抱えていた。数十年にわたりオフィスを改装し続けた結果、レイアウトはフランケンシュタインの怪物のような“つぎはぎ状態”と化し、もはや組織のニーズを満たせなくなっていたからだ。

そこでは、会議室の確保に困った従業員たちが、自分のワークステーションに高さ60インチ(約152センチメートル)のパネルを設置して、にわか仕立ての「会議室」を作っていたほどだった。

■エンゲージメントの低下

前述の状況では、従業員たちは出社への意欲を失い、オフィス出社がもたらす価値に疑念を抱くようになる。この企業は、オフィスが自社の中核的なミッションの実現にどう関わるかを従業員に説明できていなかった。想像してみてほしい。従業員が出社すると、目の前には無秩序なワークステーションの海が広がり、それぞれの席は早い者勝ちの状態なのだ。

協働している同僚と隣り合って座ることもできず、騒がしい空間にただ身を置くしかない。ましてや集中できるスペースが必要な時には事態がさらに悪化する。オフィス設計に一貫性がなく、目的に応じて利用できるスペースがないため、従業員たちは「なぜこんなところで仕事をしなければならないのか?」と疑問に思うことだろう。

これから企業が取り組むべきオフィスの課題

多くの経営者は、従業員とオフィスをめぐる課題のはざまで、そのバランスに苦慮しつつも、従業員のニーズにしっかりと応えながら、スペースを効率的に活用したいと望んでいる。

しかし、現実にはコスト削減のためにオフィスの統合を迫られる企業もあれば、リモートワークが主流だった頃に縮小したスペースでは手狭になった企業もある。他にも、オフィスのリーダーたちが取り組むべき課題には、以下のようなものが考えられる。

■従業員エンゲージメントの向上

経営者は、従業員がオフィス出社に意欲を持てるようになり、仕事へのエンゲージメントがより向上するために、従業員ニーズを満たすオフィスを模索している。

■ハイブリッドワークへの対応

多くの企業は依然として、柔軟な働き方や出勤形態を採用しており、当然ながらハイブリッドワークへの関心も高い。そのため、適切なスペースの活用を模索しながら、リモート、オフィス双方で勤務する従業員をサポートするために、最も効果的な方法を探っている。

■オフィスの拡張性

現代の企業は動きが活発で、成長できる機会と捉えると、すぐに規模を拡大するケースが少なくない。そのため、組織の変化に対応できる柔軟性を備えたオフィスに自然と注目が集まる。ここでいう「変化」とは、事業統合、または業務形態や市場の予測不能な変動から生じる変化のことだ。

パーパス志向型オフィスがもたらす効果

パーパス志向型オフィスは、組織全体のビジョンと整合性が取れている。ここで、私たちのクライアントである米産業ガス大手エアプロダクツの事例を挙げよう。

同社は本社の設計プロジェクトで、従業員たちの多様な働き方をサポートしつつ、従業員同士の個人的なつながりも育むというビジョンを掲げた。オフィスとコミュニティスペースを分離し、コミュニティスペースを交流・協働・社交のための「垂直型の隣接空間」と位置づけたのだ。

私たちはこのプロジェクトで、従業員のさまざまなニーズに応えるべく、集中力が求められる個人作業向けのスペースと、コラボレーションエリアの両方に対応したオフィス設計を目指し、協働しやすいパブリックなメインストリートと、プライベートが確保できる隣接した空間を設置した。

垂直型の隣接空間をつなぐのは開放的な階段で、これは従業員たちが会議に出席するにしても、集中して何かの作業にとりかかるにしても、自分の席から立ち上がって移動しないといけないという設計思想に基づいている。こうすることで、従業員たちは自らの好みに合わせて環境を選択でき、ウェルビーイングの向上も期待できるのだ。

■業務・ワークフローをサポートできるオフィス設計

パーパス志向型オフィスを構築するには、事業に必要な機能とワークフローを支えるスペースをつくりだす必要があり、その設計はしかるべき意図が込められたものでなくてはならない。オフィスとしての空間、設計、デザイン、利用への期待には、それぞれ設計者の何らかの意図があり、従業員たちはオフィスの機能にサポートされていると感じながら仕事を進めることができる。

■従業員エンゲージメントとウェルビーイングの向上

オフィスに必要なのは、従業員たちの目的意識や帰属意識、そしてウェルビーイングを醸成する環境だ。そんな環境で働く従業員たちは、自らがチームの一員として参加している意識を持てるだろう。

また、オフィスのデザインは、企業文化を強化する役割も果たす。もしあなたが、自分のニーズを満たしてくれるオフィスのスペースを確保し、協業しているメンバーとほぼ同じタイミングで出社できたなら、自らが組織の一員として大きな目的に貢献している感覚を覚え、オフィスをより有意義なものとして感じられるだろう。人はみな集団における活動を通じて、変革に一役買っていると実感したいものだ。

■柔軟に対応できる設計

オフィスは、働き方の変化や将来の成長に適応できる柔軟性を備え、さまざまな目的に合わせて利用できる、バラエティに富んだスペースを提供する必要がある。

■オフィス利用への“期待値”の設定

オフィスには、スペースを効果的に活用するための明確なガイドラインが必要だ。これにより従業員は各エリアが持つ目的と、それが自身の仕事にどう役立つかを理解できるようになる。

エアプロダクツでは、以前からオフィスの過密状態が続いており、利用者向けガイドラインの欠如が、従業員たちの不満の原因となっていた。チームのメンバーたちは、どのスペースがどの業務向けに割り当てられているかわからなかったのだ。

そこで、私たちは新たなオフィス戦略を策定し、オフィス利用への期待値を示すガイドラインを盛り込んだ。これにより従業員同士の連携が改善され、より強い共同体意識が芽生えるようになった。

対面の交流を促す“オフィス文化”へ

場合によっては、ワークフローに応じたスペースの使い分けについて、従業員たちの理解を深めるサポートをしたり、オフィスを改装する時に机や備品の配置を変えたりするだけで、オフィスへの期待値に合わせることができる。しかし、オフィス全体のデザインを一から再設計し直した方がいいケースもある。

企業のオフィスは、従業員同士の交流やメンターシップ、コラボレーションを促し、従業員たちの総合的な体験と生産性を高めるものであるべきだ。これらの要素があいまって、組織目標と従業員ニーズの両方に合致し、手厚いサポートが受けられる魅力的な環境が生み出される。

エアプロダクツの垂直型の隣接空間には、会議やコラボレーションに使える多様な環境を用意した。たとえば、オープンスペースやクローズドスペース、自由な体勢で働けるエリアやさまざまな広さの会議室など、パブリックなエリアとプライベートなエリアを明確に分離した設計になっている。

最近では、さまざまな研究によってメンターシップがオフィス出社の大きな魅力となりうることが証明されている。しかし、エアプロダクツ本社のような環境なら、リモートワークでは実現できない、個人対個人の対面による交流を促すオフィス文化をも育むことができるだろう。

パーパス志向型オフィスは、バランスの取れたエコシステムがあってこそ成果が上がる。だが、さまざまなオフィスへのニーズ、そのすべてに対応できる万能の解決策は存在しない。企業の取り組みの成否は、巧妙なスペース設計、期待値の明確化、協力を促す文化の醸成にかかっている。

パーパス志向型オフィスは、偶発的には生まれない。正しい問いを投げかけながら、組織全体を考慮した意図的なプロセスを通じて、オフィスを構築していく必要があるのだ。


※本記事は、Worker’s Resortが提携しているWORKTECH Academyの記事「How purpose-led workplaces can help navigate today’s office challenges」を翻訳したものです。 

Text: Jennifer Nye, Stephanie Wood