【マインドフルネス】脳神経科学からひもとく、思考の“手放し”方
ワーカーのメンタルヘルスやウェルビーイングを高める施策として、「マインドフルネス」という言葉を耳にする機会が増えた。GoogleやAppleといったグローバル企業での導入が話題を呼んだ概念だが、その実際を正確に理解している人はまだ多くはないのではないだろうか。
臨床心理学と脳神経科学の視点からマインドフルネス瞑想の研究を行い、内閣府の社会実装プロジェクトにも参画する川島一朔氏に、瞑想時の私たちの心身はどうなっているのか、どのような効果が見込まれるのか、お話を伺った。
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川島 一朔/かわしま いっさく
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報通信総合研究所 主任研究員。1990年生まれ。早稲田大学大学院にて博士(人間科学)を取得後、現職。臨床心理学・認知神経科学を専門に、脳波測定や機械学習などの手法を用い、マインドフルネス瞑想のメカニズムや効果を研究。奈良先端科学技術大学院大学 客員助教を兼任。
「今ここ」を、ありのままに受け止める

心の状態を整える実践法として注目を集める、マインドフルネス瞑想。このとき、私たちの心身はどのような状態にあるのだろうか。
「瞑想が目指すのは、今この瞬間に、価値判断することなく、意識的に注意を向けている心の状態」。川島氏はこう説明する。
過去の経験に思いを馳せたり、明日の出来事を想像したりするのではなく、「今ここ」にある自分の呼吸や身体感覚に注意を向ける。加えて、そのときに感じられることや、思い浮かんだ思考や感情に対して良い/悪いの評価を下さず、ありのままを受け止めることが重要な要素だ。
マインドフルネス瞑想は、この状態を呼び起こしたり、その特徴を身体に染み込ませたりするためのトレーニング群であると川島氏は解説する。坐禅のような座位のほかに、ゆっくりと歩いたり、ヨーガのような姿勢を取ったり、横たわった姿勢をとったりしながら体の感覚を観察する瞑想もよく行われる。
これらのトレーニング手法は、臨床心理学の領域で、うつなどの心の不調を改善するためのアプローチの1つ「Mindfulness-Based Intervention(マインドフルネスにもとづく介入)」として注目されており、その効果についても学術的な研究が蓄積されている*¹。健康な人にとっては心の状態を整える日常的な実践として、不調を抱えている人*には改善に向けた選択肢の1つとして、幅広い層に効果が期待される。
*注:ただし、心に不調を抱える方が実践する場合、思わぬ副作用が生じる可能性もあります。心の調子に不安がある方は、なるべく適切な瞑想指導者やカウンセラーのもとで実践してください。心の状態について通院中の方は、事前に必ず医師へご確認ください。
では、マインドフルネス瞑想を行っているとき、私たちの脳内では何が起きているのだろうか。近年の脳神経科学の研究では、神経回路のつながりやバランスが調整されているのではないかと見られている。
人間の脳は神経細胞同士が回路状につながった構造になっており、何もせずに安静にしているときに活発に活動する回路は、特に「デフォルト・モード・ネットワーク (DMN)」と呼ばれる。マインドフルネス瞑想を長年続けている人では、このDMNの活動が抑えられていることが複数の研究で報告されている*²。
DMNはいくつかある主要なネットワークの中でも、特に「自分」についての思考を担うといわれる。この活動が調整されることで、自分自身についてあれこれ考えたり評価したりしすぎることなく、現在の状態をありのままに受け止める態度につながっているのではないかと考察されている。
現代の臨床心理学・脳神経科学の観点から、瞑想という古来の実践の解明が進んでいるのだ。
思考を自覚し、手放す。「メタ的気づき」をもたらす瞑想の機能

瞑想のトレーニングを通して、私たちは具体的に何ができるようになるのだろうか。川島氏が研究で特に注目しているキーワードが、「マインドワンダリング」と「メタ的気づき」だ。
「会議中に何の気なしに晩ごはんのメニューを考えてしまう」「資料作成中にふと過去の失敗を思い出して手が止まる」。このように、現在行っていることから注意がそれ、無関係な思考が浮かんでくることは「マインドワンダリング(心のそぞろ歩き)」と呼ばれている。
これは誰にでも当たり前のように起こる現象だが、過度なマインドワンダリングは注意や記憶のパフォーマンスを低下させるだけでなく、ネガティブな気分を増幅させることが知られている*³。抑うつ症状の悪化とも関わると指摘されており、メンタルヘルスの観点からも看過できない問題だ。
この現象に対して、マインドフルネスは、思考がそれているという事実に気づく能力を提供していると川島氏。 「いま、今日の晩ごはんのことを考えていたなあ……と会議中に気づくように、思考が目の前の活動からズレている状態を自覚することをマインドワンダリングへの『メタ的気づき (meta-awareness) 』と呼んでいます。自分の状態を一歩引いて俯瞰的に眺めるマインドフルネスの経験を積むことで、メタ的気づきが得られやすくなり、関係ない思考に没入しすぎるのを防げるのではないかと注目しています」
脳活動の観点からも興味深い発見が得られている。川島氏は、マインドワンダリングの程度を脳波から推定する解析方法を新たに開発し、瞑想経験の長い人とそうでない人の間で比較する実験を行った。その結果、瞑想経験者では、マインドワンダリングの状態から集中している状態に戻るのが早いことがわかったのだ*4。
さらに、抑うつの治療のためにマインドフルネスのプログラムを受けた人でも測定を行ったところ、抑うつの回復が見られた人ほど状態の切り替えが早くなったという結果が得られた。マインドフルネスが、マインドワンダリングの制御力を調整するトレーニングとして効果的であることを示す研究成果だ。
「関係ないことを考えている状態から集中モードになるときには、力づくで切り替えるようなイメージもありますが、マインドフルネスではよく、頭の中に出てきた思考を『手放す』と表現します。今考えていることに対する執着のようなものを優しく観察して、手放してあげる。そういった練習がマインドフルネスでは重視されており、私の研究結果もそれを表しているのではないかと思います」
脳神経科学×仏教思想で社会実装

マインドワンダリングはネガティブな気分や抑うつとの関連の一方で、創造性とのつながりも指摘されている。
マインドワンダリングのようなぼんやりした思考の最中に創造的なひらめきが得られる経験については古来より語り継がれており、特に新しいアイデアを多く生み出す「拡散的思考」が促進されていることが、複数の研究からも見えてきている。
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ここで1つの疑問が生まれる。マインドワンダリングが制御されると、創造的なひらめきの機会も失うことになってしまうのではないか?
川島氏はこの点について、マインドフルネスはマインドワンダリングの「量」を抑えるのではなく、「質」を変えるものなのではないかという仮説を提示する。 「同じことをぐるぐると考える粘りついたような思考から、より自由にいろいろなことを考えられる、軽やかで創造的なものへと変わっているのではないかと見ています。一歩引いて自分の思考を観察し、必要に応じて手放せるような距離感が、マインドフルネスで養われるのではないでしょうか」
抑うつやネガティブな思考の改善は負の状態を解消する作用だが、マインドフルネスはそれだけでなく、創造性というポジティブな状態を促進する方向にも効果が見込まれる。心の不調を抱える人を減らすことはもちろん、健康な人がより生き生きと過ごせる未来へと期待が膨らむ。
こうした効果を幅広い層に届ける取り組みとして、内閣府が主導するムーンショット型研究開発事業(目標9)では、個人にとって最適な瞑想法の開発と社会への展開を目指したプロジェクトが進行中だ。川島氏も瞑想プログラムの効果検証を担う。
開発中のプログラムでは、アプリから流れるガイド音源に従うことで、マインドフルネスに限らず、東洋思想にもとづいた様々な瞑想を実践できる。個人の心の状態などのタイプ別に最適化されたプログラムの提供が目指されており、スマートフォンアプリでの展開から大規模なデータが蓄積されることで、最適化の精度を高められる見込みだ。
プロジェクトには仏教思想を専門とする研究者も参画しており、古典文献の調査からガイド音源の制作を行う。
「数千年の歴史を持つ仏教の伝統的な知見と、脳神経科学やビッグデータ解析によるいわば現代的なアプローチがどう一致するのか、あるいは補完し合うのか。これは学術的にも実践的にも非常に興味深い試みです」と川島氏は語る。
「つながらない時空間」の大切さ

メタ的気づきの促進からさまざまな効果が見込まれるマインドフルネス。効果的な実践のために必要なのはどのような空間だろうか。
「特別な空間や設備は不要で、静かで刺激が少なく、外の情報を気にかけずにすむ環境さえあれば、会議室などでも十分だと思います」と川島氏。
中でも重要なのは、誰かに声をかけられたり呼び出されたりしないことだという。特に初心者のマインドフルネス実践では、外の情報が気になっていると集中を深めるのが難しい。常時接続のチャットツールや、オープンスペースでの視線・会話から遮断された環境が望ましい。
これはマインドフルネスの実践に限らず、持続的なパフォーマンスを発揮するための休憩という観点からも、働く環境を考えるポイントとなりそうだ。
近年のオフィス設計では、オープンなコミュニケーション空間の拡充をはじめ、ワーカー同士の交流を重視するトレンドがうかがえる。特に最近の、リモートワークから出社回帰への動きの中では、その傾向が顕著だ。一方で、休憩時間には仕事の緊張から離れて心身をリラックスさせることも重要であり、そのためには一時的に仕事や同僚との関わりから距離を置くこともときには必要だろう。
業務環境から物理的に遮断された空間を設けにくいという企業であっても、「このスペースにいる人には基本的に話しかけない」「休憩時間には緊急性の高い連絡や声かけをしない」など、「つながらない時空間」を設けるためのルールや制度上の工夫から始められるのではないだろうか。
コミュニケーションの重要性が高まる中で、自身に向き合う時間と、他者とのアイデアや価値観を交わす時間のバランスはどうあるべきか、その両立はいかにして設計できるか。これらは今後の働く環境づくりにおいて重みを増す問いとなるはずだ。川島氏らが推進するマインドフルネスの実態解明と効果検証、そして社会実装の取り組みは、その最適なバランスを追求するうえで重要なピースとなるだろう。
文献
*¹ Goldberg, S., Riordan, K., Sun, S., Davidson, R. (2022). The Empirical Status of Mindfulness-Based Interventions: A Systematic Review of 44 Meta-Analyses of Randomized Controlled Trials. Perspectives on Psychological Science, 17, 108-130.
*² Treves, I. N., Pichappan, K., Hammoud, J., Bauer, C. C., Ehmann, S., Sacchet, M. D., & Gabrieli, J. D. (2024). The mindful brain: A systematic review of the neural correlates of trait mindfulness. Journal of Cognitive Neuroscience, 36(11), 2518-2555.
*³ Killingsworth, M. A., & Gilbert, D. T. (2010). A wandering mind is an unhappy mind. Science, 330(6006), 932-932.
*⁴ Kawashima, I., Takahashi, T., Kikai, T., Sugiyama, F., & Kumano, H. (2022). A method of measuring the ability of disengagement from mind-wandering using electroencephalogram and its relationship to mindfulness and depressive symptoms. Psychology & Neuroscience, 15(1), 14.
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