「オフィスの騒音」はもはや経営課題。生産性とウェルビーイングを左右する「聴覚の健康」とは
オフィスの騒音問題が深刻化している──。いったい、どのような背景があるのか。オフィスの音響環境がワーカーに与える影響とともに、探っていく。
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オフィス戦略で軽視されがちな「騒音問題」
仕事の現場では今、これまでにない勢いでコラボレーション、ハイブリッドワーク、ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)への移行が進んでいる。その一方で、進展がみられない側面もある。オフィスでの「音」の役割だ。
業界を問わず、働く人々には「騒音は疲労や集中の妨げ、意思疎通の齟齬などの原因」という共通認識がある。ところが、企業側の意識はいまだに低く、騒音問題をオフィスの戦略的設計やパフォーマンスの単なる変数として軽視する傾向にある。

コロナ禍で気づいた「音の影響」
「聴覚の健康」は、人間のあらゆる側面に作用する。これまでの研究でも示されているように、音は人々の感情の状態やストレス反応、気分の調節に影響を与え、心地よい、あるいは安定した聴覚環境は、心の落ち着きと思考の明晰さをもたらす。
一方で、予測不能な騒音や侵襲的な騒音は、緊張感を高め、コントロール感覚を低下させる。また、人は妨害的な音に長時間さらされると「聴覚疲労」を起こす場合もある。聴覚疲労とは、音を聴く際の精神的な消耗を意味し、思考の明晰さや意思決定、会話への集中の妨げとなる。
さらに音響環境は、コミュニケーションの質にも影響を与える。活発あるいは複雑な音響環境では、従業員はお互いの声がはっきり聞こえず苦労する場合が多い。特に、対面とオンラインを組み合わせたハイブリッド会議ではその傾向が顕著だ。
コミュニケーション上での誤解が増え、発言の繰り返しが日常化し、議論に多くの時間と労力を割かれることになる。ひいては、チームダイナミクスに負担をかけ、共同作業の質も低下させてしまうのだ。
コロナ禍を経て、人々の働き方が変化するにつれ、音、疲労、コミュニケーションの関連性は顕在化しつつある。例えば、従業員の多くは在宅勤務で長時間を過ごすようになり、一日を通して音をコントロールできる環境を得た。この経験から、音が集中力や情緒の安定に影響を与えるという意識が高まった。
そのため、いざ従業員たちがオフィスに復帰すると、慣れ親しんだ在宅勤務に比べて環境の変動が大きく、強い刺激を受けてしまい、しばしば予測困難な状況に直面してしまった。かくして騒音問題は、働き方の移行期において、解決困難な要素のひとつとして急浮上したのだ。

脳への認知負荷が、集中力・思考力を下げる
騒音は、人の集中を妨げるうえ、意思決定を遅らせ、注意力を維持する際の精神的負荷を増大させる。さらに、予測不能または侵襲的な音の場合、脳は「競合状態」の信号を受け取り、絶えずフィルタリングを行うことになる。
この余分な作業が「認知負荷」(人が情報を処理し理解するまでの負担の大きさ)となり、時間の経過とともに蓄積されて聴覚疲労をもたらす。その結果、人は聴くこと自体に労力を費やす状態に陥ってしまう。
とある調査では、従業員は聴覚疲労が蓄積するにつれて、精神的消耗を感じ、注意力が低下すると報告されている。さらには明晰な思考の維持や議論に集中する能力も損なわれてしまうという。妨害的な音は思考に必要な労力を増大させ、その労力が午後の中ごろに感じる疲労を招く一因にもなっているのだ。
騒音は単に聞こえるだけでなく、情報として処理する必要がある。そのため騒音を処理するという行為は、人間の思考の明瞭さやコミュニケーションの容易さ、情緒の安定、あるいは全体的なウェルビーイングにも大きな影響を与えている。

採用活動にも影響
オフィス体験の評価分析において世界的なベンチマークとなっている英リサーチ会社リースマンは、騒音が効果的な仕事にとって最大の障壁のひとつであることを一貫して指摘している。同社の調査によると、従業員たちが必要としているものと、大半のオフィスが提供しているものとの間には、明らかなミスマッチが起こっているという。
調査に参加した従業員の71%にとって、騒音レベルが重要な要素であるにもかかわらず、音響環境の満足度は、オフィス環境の要素の中で最も低い水準にある。さらに、騒音に対する不満は、生産性の低下や集中力の持続困難、コミュニケーションの負担、フラストレーションと強い相関を示していた。
加えて、英騒音防止団体のクワイエットマークは、2022年に発表した『USA National Noise Report』(全米騒音報告書)で、騒音が就職の決定に影響を与えうる実情を明らかにした。この報告書によると、採用試験応募者の68%が、職場の騒音レベルが内定受諾に影響を与えると回答している。
つまり、騒音は企業の採用活動でも重要度の高い要素ということだ。騒音は、効果的な業務遂行に立ちはだかる構造的障壁であり、人材の獲得や定着にまで影響する要因だといえる。
仕事の質をも左右する「騒音」
他にも業種を問わず、騒音が仕事のパフォーマンスと精神的健康の両方に影響を与える事例が確認されている。ある金融企業では、騒音によって業務が集中する時間帯に「注意散漫」「コミュニケーションの困難」「聴覚疲労」を訴える従業員が少なくないという。
また、あるテクノロジー企業は、予測不能な騒音環境が共有スペースの快適性を損ない、従業員のリモートワーク選好に影響を与えていると報告した。この傾向は、騒音が単なる環境問題ではなく、人々のオフィス体験を変える力を持ち、仕事に効果的に取り組めるか否かを左右するという現実を示している。
つまり騒音は、働く人々の文化や活力だけでなく、仕事の総合的な質にも影響を及ぼすということだ。

「音響環境」をオフィス体験の指標に
音響は、オフィス体験の重要な要素であるにもかかわらず、照明や空調、温度と同等の注意を払って測定されることはめったにない。しかし、企業がハイブリッドワークや柔軟なコラボレーションの実現のために、オフィススペースの再設計に取り組むのであれば、騒音はもっと注目されてしかるべき課題だ。
音響環境の悪さは、従業員が効果的な業務遂行を妨げると再々指摘してきた障壁で、これは音響をオフィス計画策定の中核的指標として考慮する必要性を示唆している。昨今、音響環境の理解と確立を支援するソリューションベンダーが増えてきた。例えば、ムードソニックやソフトdB、スチールケースといった企業は、音のパターンの分析や評価をすることで、人々の集中力とウェルビーイングを支えるサウンドスケープ(音風景)構築のツールを企業の経営幹部に提案している。
これらのツールは、単純な音量測定の域を超えており、オフィスにおける音の変動性、会話の明瞭度、一日の活動のリズムといった特性を把握することで、音の挙動がコミュニケーション、集中力、快適性に及ぼす影響をわかりやすく示してくれる。しかし、大半のオフィスでは、いまだに音響分析が意思決定のプロセスに組み込まれていない。騒音が、従業員の疲労、誤解、フラストレーションの根源であるにもかかわらず、音響環境はほとんど測定対象になっていないのだ。
だからこそ、このギャップを変革のチャンスと捉えるべきだ。組織が音響をオフィス全体の評価指標の一部として採用すれば、人々の認知面や感情面でのニーズに配慮した環境設計への道が開ける。同時に、しかるべき情報に基づいたゾーニング、空間プランニング、体験デザインも可能になる。
仕事がよりインタラクティブになり、明確なコミュニケーションへの依存度が高まるにつれ、音の役割はますます重要度を増していくだろう。企業は騒音を優先課題として考慮することで、魅力的な外観だけでなく、働く人々を強力に支援する、人間味あふれるオフィスを構築できるはずだ。

生産性とウェルビーイングの交差点
聴覚の健康状態は、人によってそれぞれ異なる。音が活発に飛び交う環境で元気づけられる人もいれば、予期せぬ音にさらされると感情面での負担や聴覚疲労を経験する人もいる。
それゆえ、聴覚の健康に対する支援は、単なるパフォーマンス向上のためではなく、ウェルビーイング向上のためであるといえる。聴覚の健康は、気分の安定やコミュニケーションの円滑さ、感情認識の明瞭度、一日を通して集中力を維持する能力につながるからだ。
企業は今、コロナ禍後の世界でオフィスの役割を見直している。従業員は認知面や感情面のバランスを支援してくれる環境を求め、経営幹部はチームを結束させてパフォーマンスを高めるオフィスを望む。双方にとっての優先事項が交わるところに位置するのが、「騒音」だ。
聴覚の健康はこれから、オフィス戦略の中核と位置づけられるようになるはずだ。そしてセンシング技術、行動科学の知見、音響デザインの進歩が、インテリジェントな職場づくりの新たな時代を築くことだろう。
オフィス体験を決定づける要素である騒音は、人々の明瞭な思考、コミュニケーション、活力、全体的なウェルビーイングの行方を左右する。だからこそ、企業がオフィスの役割を再考するなか、従業員が効果的に集中し、交流し、貢献できるかどうかは、社内の音響環境がカギを握っているといえるのだ。
- ビル・シフミラー氏は、米ヒアリング・ウェルネス企業アコイオの創設者。長年補聴器を利用しており、米経済誌『Forbes』にアクセシビリティと聴覚の健康に関する記事を寄稿している。米Apple社のリテール部門でアクセシビリティイニシアチブのリーダーを務めた経験があるシフミラー氏は現在、HSDC(聴覚・言語・聾センター)の理事長としても活動している。同氏は起業家と発明家という2つの顔を持ち、11カ国で特許を保有し、騒音・音・聴覚が健康、パフォーマンス、ビジネスに与える影響について企業などに助言を行っている。
※本記事は、Worker’s Resortが提携しているWORKTECH Academyの記事「The unheard productivity crisis: why noise is the next workplace metric」を翻訳したものです。