【ゲーミフィケーション】人を夢中にさせるには? GPSゲームの先駆者に聞く、組織活性化の要諦
ゲームの要素を健康管理や学習に取り入れる「ゲーミフィケーション」。研修や組織活性化に導入する企業が増える一方、効果的な設計や継続性に課題を抱えるケースもある。位置情報を活用した「GPSエンターテインメント」の先駆者であり、モチベーションの研究者としての顔も持つ殿岡康永氏へのインタビューから、ゲームが人を夢中にさせるメカニズムの深層と、これからのワークプレイスづくりへの可能性を探っていこう。
Design, Culture, Style
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殿岡 康永/とのおか やすのり
ゲームクリエイター。群馬県桐生市出身。京都工芸繊維大学卒業後、mixiのプロデューサー、バイドゥ(百度)のPMを経て、大阪市立大学大学院在学中に株式会社supernovaを創業。その後、オプトのスーパーバイザーを経て、地元桐生市でスマートシティ構想を実践するために株式会社neutronstarを創業。AIヘルスケア会社ジェネラルマネージャー、フリーランスを経て、オムロン サイニックエックス株式会社で内閣府ムーンショット型研究開発にてエバンジェリストとして人型AIロボット開発に参画。現在は、フリーアドバイザー、立命館大学ゲーム研究センター客員研究員、東北大学大学院医学系研究科非常勤講師も務める。北陸先端科学技術大学院大学博士後期課程に在学中。
ホームページ:https://tonookafolio-zyfcbbcm.manus.space
なぜ今、企業でのゲーミフィケーションが注目されるのか?

ゲーミフィケーションとは、ゲームデザインの要素や原則を、ゲーム以外の文脈に応用することを指す*¹。ワークプレイスや人事施策なども応用先の文脈の1つだ。
ここでの応用は、単に業務を遊びのように楽しくすることにとどまらない。職場での望ましい行動をワーカーが自発的に取りたくなるような、動機づけの設計であると捉えるべきだろう。行動経済学や心理学、教育工学など、人間のモチベーションや意欲を扱ってきた学術領域と密接に関わるテーマだ。
職場におけるゲーミフィケーションの実践は、大きく2つのアプローチに整理できる*²。
1つは「内容のゲーミフィケーション」だ。これは研修プログラムやオンボーディングといったワーカーが経験する内容自体を、ロールプレイングゲームのような形式に変換する手法である。体験そのものを変えることで、没入感を高める効果などが期待できる。
もう1つのアプローチは「構造的ゲーミフィケーション」と呼ばれる。こちらは業務内容そのものは変更せず、報酬構造に工夫を加える手法だ。達成状況に応じたポイントやバッジの付与、進捗の可視化などにより、達成感の獲得や行動の継続・習慣化につながるとされる。
内容と構造の両面から、ワーカーの前向きな行動変容を促すゲーミフィケーション。 企業が今、この手法に注目すべき背景には、近年の労働環境の大きな2つの変化がある。
まず挙げられるのが、リモートワークやハイブリッドワークの普及がもたらす組織との関係の希薄化だ。物理的なオフィスが支えていた帰属意識や、何気ない称賛の機会が失われる中、デジタル上での即時フィードバックや貢献の可視化は、仕事のやりがいや組織とのつながりを強化する手段となりえる。
加えて、人的資本経営の文脈で挙げられるリスキリングの要請もある。変化の激しい時代において、ワーカーには継続的な学習が求められる。しかし、従来の受動的な研修では継続率に課題が残るケースも多いと聞く。やらされる学習から主体的な学習への転換において、ゲーミフィケーションの貢献が期待される。
人を夢中にさせるゲームづくりの極意

プレイされ続けるゲームには、どのような特徴があるのだろうか。これまで数々のゲームを世に送り出してきた殿岡氏に開発時の要点を聞いた。
職場にゲームの要素を取り入れようとすると、ポイント制度やランキングといった仕組みの導入に終始しがちだ。しかし、殿岡氏は夢中になる体験の入口として、人の心をつかむためのデザインの重要性を説く。
「開発時に強く意識するのは、最初のアテンションです。あえて不思議な幾何学模様を使って『これは何だろう?』という好奇心を呼び起こしたり、ビジュアルデザインの質を徹底的に高めたりします。人がその世界に入り込むためには、理屈以上に感性が強く影響するのではないでしょうか」
これは職場ヘのゲーミフィケーションの導入の際にも無視できない視点だ。どれほど作り込まれた仕組みを導入しても、入口となるインターフェースや空間デザインが魅力的でなければ、そもそも使ってみようという意欲が喚起されない。

次に押さえるべきは、興味を持って使い始めた人の離脱を防ぎ、いかに継続してもらえるかという点だ。そこで重要になるのが、難易度と報酬のバランス設計だ。
「最初から難易度が高いゲームだと、プレイヤーはすぐに諦めてしまいます。最初は簡単にクリアできる課題から始め、徐々にレベルアップさせていく設計が重要です。そして、そのステップごとに適切な『報酬』を用意すること。これは必ずしも金銭的なものである必要はありません。『レベルが上がった』という通知や、スタンプが1つ埋まるといった小さな達成感の積み重ねが、行動の継続につながるのです」
人間のモチベーションに関する代表的な理論である自己決定理論 (Self-Determination Theory)では、高い動機づけをもたらす要素の1つに「有能感」が挙げられている*3。これは、環境に対して効果的に関わり、能力を発揮・向上させている感覚を指す。殿岡氏が指摘する難易度と報酬の設計は、この有能感を高めるうえで効果的だ。
デザインと難易度・報酬設計の作り込みに加え、殿岡氏が強調するのは「異質な要素の結合」。その象徴的な事例が、殿岡氏が手掛けたGPSエンターテインメントゲーム『京都妖怪絵巻』だ。京都市内の妖怪スポットを巡ると、携帯端末の位置情報と連動してその土地に関するクイズや謎解きが出題され、解き進めることでストーリーが進行する。企画の発端は京都の歴史や文化を学べるコンテンツの開発だが、ここに「妖怪」というエンターテインメントと街歩き(GPS)という身体的体験が掛け合わされている。
職場でのゲーミフィケーションにおいても、この視点は示唆に富んでいる。「防災訓練×脱出ゲーム」「社内規定の学習×RPG」「健康診断×チーム対抗戦」。一見、無関係に見える業務と遊びの要素を組み合わせることで、退屈なルーチンワークが創造性を刺激する体験へと変貌する可能性がある。
AI時代に再考する、変わらない人間の本質

殿岡氏は最近では、人型AIロボット研究の参画など先端技術を扱うプロジェクト参画や北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)、立命館大学ゲーム研究センター、東北大学大学院医学研究科などで人のモチベーションやAI進化、ゲーミフィケーション、ヘルスケアなどをテーマに研究活動をしている。
「多くの健康管理アプリが抱える課題は、ユーザーがすぐに飽きてしまうことです。たとえば、『毎日血圧を測ってください』と指示されても、そこに即時的な報酬や変化の実感がなければ、多くの人は離脱してしまいます」と殿岡氏。
行動変容を目指して練りに練ったプログラムを開発しても、継続されなければ効果につながらない。このような課題意識から、GPSゲームを用いた実証実験を通じ、モチベーションがどのように変動し、何が継続を支えるのかを研究テーマとしている。
GPSやAIなど、その時々の最先端技術を扱ってきた殿岡氏が現在注目しているのは、技術を扱う人間の本質的な欲求は不変であるということだ。
「仏教や神道の教えをひもとくと、結局は“煩悩”や“欲望”の話に行き着くことに気づきました。食欲、性欲、出世欲……人間は古来、欲求に突き動かされてきました。欲にまみれれば身を滅ぼすと言いますが、欲そのものを消し去ることはできません。だからこそ、ゲーミフィケーションにおいても、プレイヤーのどの欲求を、どのように満たすのかを設計することが不可欠なのです」
一口に欲求と言ってもさまざまなものがある。ゲーミフィケーションで刺激するのはどのようなものがよいのだろうか?
これについて殿岡氏が繰り返し語るのは、子どもの欲求だ。
「ラジオ体操のスタンプカードを思い出してください。出席するとスタンプが1つ押され、全部たまるとお菓子がもらえる。あの単純な仕組みこそが、行動変容の1つの原点ではないでしょうか。スタンプを集めたい、空欄を埋めたいという小さな欲求を刺激する設計が、結果として行動を継続させる力を持つのです」
子どもは自身の欲求に正直だ。つまらないと見れば一瞬で興味を失い、逆にひとたびおもしろいと感じれば、たとえ叱られても手を伸ばす。殿岡氏が例示するラジオ体操のように、子どもが飽きずに続ける行動にこそ、人間の原初的な欲求が現れているのではないだろうか。
創造性を阻む階層の壁をリセットする

ゲーミフィケーションの観点から、企業の働く空間はどのように変えていけるだろうか。
これまでにさまざまなワークプレイスでプロジェクトに参画してきた殿岡氏は、自由な発想やチャレンジを阻害する共通の要因として、強固なヒエラルキーの存在を指摘する。
「クリエイティブな仕事ほど個人の尖ったアイデアと挑戦が許容されることが重要です。しかし、上位者に忖度して率直な意見が交わされなかったり、若い年次の意見が採用されにくかったりするのが組織の実情です」
規模の大小にかかわらず、組織には必ず役職による階層が存在する。社長や部長といった上位者がいる場合とメンバーだけのときとで議論の内容が変わるのは、どうしても避けられない。いくらフラットな議論の場を設けようとしても、役職や立場のラベルを剥がすのは難しい。
そこで殿岡氏が可能性を見出しているのが、ゲームの要素を用いた役割の転換だ。
「たとえばメタバースの中では、現実の役職とは関係のないアバターとして行動することができます。普段は偉い立場の人があえて『ザコキャラ』としてコミュニケーションを取ったり、若手社員がリーダーとしてチームを牽引したりと、ゲームという虚構の中で現実の上下関係をリセットし、フラットな関係が実現できるのです」
実際の会議の中で、いきなり役職の壁を無視して話すのは抵抗がある。ゲームという枠組みがここで有効なのは、「今はゲームだから」「ここから先はゲームだから」と、普段の業務とは一線を画した非日常の時空間であるという共通認識を持ちやすいためだ。

この発想を広げると、専用のシステムやバーチャル空間は不要で、すでにオフィスにある設備を活用したゲーミフィケーションも可能ではないだろうか。
会議室やオープンスペースを単なる場所として提供するのではなく、そこを異なるルールが適用される特区としてしまう。「その空間では、普段とは違った役割で振る舞うべし」といった、独自のルールを設定してみるのだ。人間の言動は役割に規定される。その役割を強制的に着せ替える工夫を施すことで、普段の設定では発揮されない創造性を引き出す試みだ。
突然役割を変えるのに抵抗がある場合は、普段は「〇〇部長」と肩書で呼んでいるところを「〇〇さん」と名前呼びするというルールにしてみるのも1つの手かもしれない。
異世界で勇者や魔法使いとして冒険を進めるようなゲームはロールプレイングゲーム (Role-Playing Game; RPG) と呼ばれるが、その原義は「役割を演じる」ということだ。普段とは異なるキャラクターとして振る舞うことで、組織と個人の新たなポテンシャルを引き出せるのではないだろうか。
「ゲーミフィケーション」と一言で表現するのはたやすいが、その実態を深めていくと、行動の継続を支える欲求や、私たちの言動を規定している役割や規範など、人間や組織が持つ根源的な性質を考えさせられる。
ワークプレイスや働き方を設計する際にも、「これがゲームの世界なら」という仮定を置いてみると、ワーカーが求めているニーズや、組織運営上の根っこにある課題が浮き彫りになりやすくなるかもしれない。いわば、思考プロセスのゲーミフィケーションだ。
現実的な制約や既存の常識を一度取り払うことで、働くという営みをもっと新しく、働く空間づくりをもっとクリエイティブに考えられるのではないだろうか。
文献
*¹ Deterding, S., Dixon, D., Khaled, R., & Nacke, L. (2011). From game design elements to gamefulness: defining gamification. Proceedings of the 15th International Academic MindTrek Conference: Envisioning Future Media Environments, 9-15.
*² カール・M・カップ, 阿部竜起(訳)(2020).『教育のためのゲーミフィケーションのデザイン』(ライゲルースら(編), 鈴木克明(監訳), 学習者中心の教育を実現する インストラクショナルデザイン理論とモデル. 第13章). pp.342-374, 北大路書房.
*³ エドワード・L・デシ,石田梅男(訳)(1985).『自己決定の心理学: 内発的動機づけの鍵概念をめぐって』誠信書房.
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