【NY事例】D&D Buildingに見る、オーセンティックなワークプレイスの構成要素。「働く姿」が場の価値に
ニューヨークの「D&D Building」は、ワーカーの働き方そのものが空間の価値を更新し続ける、稀有な建築事例です。ショールームとオフィスが境界なく一体化するこの場では、働く人々の所作や活気がブランドの真正性をリアルに伝達します。本稿では、働く姿を「装置」として活用し、組織の専門性と文化を外部へと伝播させる、これからのワークプレイスの可能性を考察します。
Facility, Design, Style
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尾尻知奈美/おじりちなみ
ニューヨーク在住10年以上。空間デザインの仕事に携わりながら、「Worker’s Resort」では海外視点で働き方やワークプレイスに関する記事を執筆。かつてはフロンティアコンサルティングのデザイン部で、オフィスづくりの現場も経験。
100のブランドと「働く姿」が共存する、デザイン界の垂直型インフラ

ニューヨーク・マンハッタンに位置する「Decoration & Design Building(D&D Building)」は、建築・インテリア分野のトップブランドが集積する専門施設として、半世紀以上の歴史を刻んできた。18階建てのビル内には、家具、ファブリック、照明、仕上げ材といった100以上のブランドが軒を連ねており、いわばショールームが集積した垂直型の見本市会場。1960年代の開設以来、ここは設計者やデザイナーにとって、実務的なリサーチから仕様選定までを一貫して行える、極めて効率的なプロフェッショナルの場として機能してきた。
建物内に一歩足を踏み入れれば、ブランドの個性が際立ちつつも、それ以上にビルの歴史が育んだ独特の静謐(せいひつ)さと品位が、確かな空気感としてそこに共存していることに気づく。エレベーターを降り、各フロアの廊下を歩く際、来訪者はカタログをめくるような感覚で多種多様なデザインに触れることができる。ワンフロアに大小さまざまなショールームが密度高く並置されている構造は、来訪者の知的好奇心を刺激し、フロアを回遊すること自体を一つのデザイン体験へと昇華させている。
本来、この分野のハイエンドなショールームは「トレード・オンリー(専門職向け)」という排他的な性格を帯びることが多い。しかしD&D Buildingは、プロフェッショナルだけでなく、デザインを学ぶ学生の来訪も受け入れている。また、一般の来訪者に対しても、専門家の帯同や個別のアポイントメントが必要という条件はあるものの、空間づくりを志す人々を拒まない。その運用には、専門的な規律と、外部の探求心に対する柔軟な理解が同居している。
「展示」と「実務」が溶け合う。境界をあえて曖昧にする空間設計

D&D Buildingの空間的特徴を考察する際、興味深いのは、展示機能と業務機能が緩やかに溶け合っている点にある。廊下に面したウィンドウディスプレーは、ブランドの世界観を伝える視覚的なステートメントであると同時に、その奥に広がる実務の場への入り口でもある。来訪者はディスプレイを通じてブランドの空気感を読み取り、そのまま誘われるように、展示と実務が一体となった空間へと足を踏み入れることになる。
一般的なオフィスビルでは、来客対応を行うフロントオフィスと事務作業を行うバックオフィスが壁や扉で明確に隔てられることが多い。しかし本ビル内では、ショールームという性質上、多くのブランドにおいて両者の境界は極めて曖昧に保たれている。
レセプションカウンターやスタッフのワークデスクは、展示空間の中にありのままの状態で配置されている。来訪者が最新のテキスタイルを手に取っているすぐ傍らで、スタッフがサンプルを広げ、あるいは電話やメールで発注業務を行う姿が日常の風景として存在している。もちろん、さらに奥まった位置に遮蔽(しゃへい)された事務スペースを設けているケースも見受けられるが、基本的には「働く人の動き」そのものが空間を構成する重要な要素となっている。
このように、展示物という「静」の要素と、働く人の動きという「動」の要素が連続的に配置されることで、空間は単なる商品のストック場所ではなく、日々運用される実務の場として認識される。ここでは、働いている環境そのものが、提供される情報の鮮度や信頼性を裏付ける要素として作用していると考えられる。
「見られている前提」が生む、仕事の振る舞い

適度な緊張感がもたらす、ワークスペースの「整い」と信頼
ワークスペースがショールームの一部として機能している以上、机の上の整理整頓やスタッフ同士のコミュニケーションのトーンも、ブランドイメージを構成する要素となる。これは、監視による管理ではなく、空間の持つ公共性が生み出す自然な緊張感に近い。スタッフは自らの働く姿がブランドの質を左右することを直感的に理解しており、その結果として、ワークスペースには自ずと「整い」が生まれる。
例えば、膨大なサンプルや展示物がどのように扱われているかという点は、ブランドの印象を雄弁に物語る。それらが単に積み上げられているのか、あるいは丁寧に整理され、すぐに提案できる状態にあるのか。働く側の振る舞いや管理の質が、日常的な業務そのものをブランドの信頼性を裏付ける一要素へと昇華させているといえる。
商談と作業が同時並行する、プロフェッショナルな熱量の可視化
こうしたワークスペースの「整い」を背景に、各ショールームでは日々、高度に専門的な実務が展開されている。来訪者は、サンプルの選定や受け取りから、具体的な仕様・カスタムオーダーに至るまで、その場でスタッフに直接相談することが可能だ。
また、比較的規模の大きなショールームには、ミーティングルームや個別のブース席、ラウンジなどが設けられており、筆者が実際にこのビルを訪れた際にも、来訪者とプロジェクトの具体的な打ち合わせに向き合う光景が見られた。来訪者は、複数のショールームを横断しながらプロジェクトを包括的に進めることができ、そこで発揮される確かな専門性や実務のスピード感が空間のしつらえと一体となることで、心地良い活気が生まれている。
信頼のネットワークが可視化される、重層的なコミュニケーションの場
D&D Buildingの空間価値は、長年にわたり築かれてきた人間関係によっても形成されている。長年通うデザイナーは、ショールームスタッフだけでなく、ビルのセキュリティやドアマンとも顔見知りであり、ロビーからフロアに至るまで、その信頼に基づくネットワークが空間全体に可視化されている。
こうした緊密なコミュニティを背景として、プロフェッショナルがクライアントを連れて各フロアを横断的に巡り、時には他のデザイナーと情報交換を行う姿も見られる。本来は舞台裏であるはずの打ち合わせや専門家同士のやり取りが、適度な距離感で周囲の目に触れることで、そこが真に機能しているデザインの現場であるという確信を来訪したクライアントや同業者に与えている。こうしたプロフェッショナルの活発な往来の集積こそが、建物全体に重厚で落ち着いた空気感をもたらしている。
ブランドが集まる「村」のような存在

各ショールームは独立した企業活動の拠点でありながら、ビル全体としては共通の秩序が保たれている。来訪者は一つの空間にとどまらず、複数のブランドを連続的に巡ることを前提としているため、個別の最適化だけでは成立しない、ビル全体としての品位が求められることになる。
この関係性は、個々の家屋が独立しつつも、共有部や暗黙の作法によって秩序を保つ「村」の構造に近い。前述した洗練された落ち着きは、必ずしもルールによる強制だけではなく、専門施設としての矜持(きょうじ)を持つ者同士が共有する、ある種の基準によって維持されていると考えられる。展示の更新頻度や来客への応対、空間を常に整えるといった日常的な実践の積み重ねが、ビル全体の質を支える重要な要素となる。各ブランドは競合関係にありながらも、この場の価値を維持・共有するコミュニティの一員としての側面を併せ持っているのである。
オフィスは、思想を体現する装置へ
D&D Buildingの構造が示唆するのは、オフィスが単なる業務処理の場を超え、ブランドの思想や信頼性を体現する装置になり得るという点である。働く行為が空間から切り離されるのではなく、むしろ空間価値の一部として組み込まれることで、来訪者の体験はより立体的で説得力のあるものになる。
透明性やオーセンティシティ(本物志向)が重視される昨今、本事例は、働く姿を適度に開示することが、組織文化や専門性を伝達する有効な手段となり得ることを示している。ここで重要なのは、完全な開放(パブリック)ではなく、共通の目的を持つコミュニティに向けた「準公共的」な可視性が、プロフェッショナルな環境の質を担保しているという点である。
働く姿そのものが環境の質を形成し、そのプロセスが自ずと信頼を醸成していく──。D&D Buildingが体現するこの構造は、これからのワークプレイスが単なる効率的な器を超え、組織のアイデンティティを育む場へと進化していくための、一つのヒントとなるだろう。
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