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進化し続けるテクノロジーと人中心のワークプレイス| WORKTECHレポート

WORKTECH23 New Yorkでは、生成AIを活用した新しい働き方やワークプレイスについての議論が盛んに行われた。また魅力的なオフィスづくりについて、「人中心」への戦略的アプローチにも言及された当日の議論の内容をレポートする。

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参加者の多様さが際立ったWORKTECH23 New York

2023年9月27日、ニューヨーク大学キンメルセンターで開催されたWORKTECH23 New Yorkでは、「新しい仕事の世界:課題と新たなトレンド」「ワークプレイス体験」「人を中心としたワークプレイス:文化とエンゲージメントを育む」という3つのキーテーマのもと、35人のエキスパートによる講演が行われた。
参加者の内訳は、ワークプレイス(30%)、不動産(17%)、デザイン(16%)、プレス(10%)、マーケティング(10%)、人事(9%)、テクノロジー(8%)と発表されており、ワークプレイス構築に関わる人々の多様さを物語っている。また、今回は講演中にリアルタイムで参加者にアンケート調査や質問を募集できるデジタルツールが導入され、演者と参加者の対話がはずむカンファレンスとなった。

 

生成AIの応用が予想される分野とは?

絶え間なく進化し続けるテクノロジーは、ワークプレイスのあり方も日々刻々と変えていく。「フレキシブルな職場環境の構築」や「オフィスのデスティネーション(目的地)化」などのトレンドと新しいテクノロジーの導入は切っても切り離せない。本カンファレンスでは、新たなテクノロジーの話題として、生成AI(ジェネレーティブAI)に加え、空間コンピューティングやゲームの活用とその影響について盛んに議論された。
カンファレンスの冒頭を飾った対談では、JLLグローバルでフューチャー・オブ・ワーク・リーダーを務めるPeter Miscovich氏と、ウォール・ストリート・ジャーナルのコラムニストであるAlexandra Levit氏が仕事における生成AIの可能性についてさまざまな角度から議論を行った。
生成AIとは、既存のデータセットを使い、類似した特徴をもつコンテンツのパターンを掘り起こし、新たなデータをつくり出す人工知能を指す。あらかじめ学習データを与えていたこれまでのAIと違い、自ら学習し、コンテンツをつくり出せるところが特徴だ。よく名前を耳にする「ChatGPT」も、自ら学習を続けて文章をつくり出す生成AIである。2022年11月に登場したばかりだが、すでにさまざまな企業でその技術が導入され、今後さらに活用の機会が増えると予測されている。

 Miscovich氏は、生成AIの応用が予想される分野として、①バーチャルアシスタント、②コーディング、③カスタマーエンゲージメント、④コンテンツクリエーションを挙げた。一方でLevit氏は、Mastercardのカスタマーチャットボットのようなコンシューマースペースに加え、癌の治験参加者のリクルートに生成AIを活用しているMassive Bioを紹介した。さらに、いくつかのキーワードから商品説明をつくるAmazonの新たなアプリも紹介し、「生成AIの技術がさまざまな業種において、企業側と消費者側の双方にメリットをもたらし、その活用が期待されている」と語った。

 

 

生成AIとの付き合い方と働き方への影響

生成AIは、働き方を変えるツールとしても多方面で活用されていくとみられている。そのひとつの例としてLevit氏は、経歴データベースから人々が次にどのようなキャリアに進み、スキルを身につけていくかを予測する「タレントインテリジェンス」を紹介した。こうした予測をもとに個々の従業員に足りないスキルを明らかにすることで、その改善につなげられるほか、人の目を通したバイアスがかからないことから、従業員をより包括的かつ公平に評価できるようにもなる。
こうした人材系の生成AIは、人材確保が難しくなると予測されるこれからの時代により重宝されるようになると考えられる。社内でチームを編成することが困難になったときに、人材情報を網羅するAI技術を活用することで、多様な業種や地域から必要なメンバーをプロジェクトベースで集められるようになり、仕事の仕方や働き方そのものが変わってくるだろうとLevit氏は語った。
生成AIのもたらす壮大な可能性に大きな期待が寄せられる一方で、一部では「仕事を奪われるのではないか」との懸念を生んでいる。しかし、そうした懸念は間違いであり、「AIに仕事をとられることはないが、AIの使い方を知っている人に仕事をとられる可能性はある」と指摘した。
ひとつは、AIを導入するために必要な雇用が生まれるからだ。さらに、それぞれの仕事にはAIにより自動化が可能な部分と不可能な部分がある。その例として、ウォール・ストリート・ジャーナルのコラムニストという自身のキャリアにおいて、「今後10年でAIがコラムを執筆するようになるかもしれないが、編集やインタビューには人の目が必要で、そうしたAIではできないスキルを磨いておくことが大切だ」と説いた。重要なのは、仕事を効率化するために活用できる技術を知っていることであり、AIを恐れる必要はないとLevit氏はまとめている。

 

仕事に夢中になれるワークプレイスをめざして

働く場所や働き方を以前より自由に選べるようになり、ハイブリッドワークのかたちが定着してきた今、従業員にとって魅力的なオフィスとはどのようなものなのだろうか。本カンファレンスでは、「デスティネーション化」「万能な解決法はない」「インクルーシブ」「目的誘導型」などのキーワードが繰り返し登場した。
フレキシブルな不動産を扱うThe Instant Groupでエンタープライズソリューション・リードを担当するNick LiVigne氏は、「職場といえばオフィスのみだった状況から選択肢が広がった今、オフィススペースは空間を消費するのではなく、経験を消費し、生産的になれる、人を中心とした空間になっていくだろう」と語った。
ワークスペースイノベーションと不動産戦略を手がけるPLASTARC社の設立者でエグゼクティブディレクターのMelissa Marsh氏は、活動ベースのオフィスを20年間研究してきた経験をもとに、「エコロジカルおよび社会の公平性の観点から、仕事をするだけのオフィス空間はサステナブルではない」と言い切った。また、「万能な解決法があるわけではなく、個々人の性格や職種に加え、個人的な生産性とチームや企業としての生産性が異なることを認識して対応しなければならない」と話した。

 

 

仕事に夢中になれる空間をデザインする

エクスペリエンスデザインの総合支援を行うgeniant社でチーフ・エクスペリエンス・オフィサーを務めるDavid Dewane氏は、新たな時代のワークプレイスをイメージするにあたり、「毎日仕事で“ユーダイモニア”の境地に達するにはどうしたらいいか?」を問うことを唱えた。「ユーダイモニア」とは古代ギリシャの哲学的概念で、人の成長や繁栄をベースとした幸福を意味する。
「素晴らしいワークプレイスの共通点は、必ずしも建物の構造や設備、デザインにあるのではなく、ソウルがあることだ」とDewane氏は説明する。これは、「良い人生」が快楽や地位、お金のある人生ではなく、学びや成長、ソウルのある人生だと説くユーダイモニアと通ずる。「うらやましい」と感じる空間が、かならずしも「立派な」業績を生む空間とは限らないのだ。
その例として、マサチューセッツ工科大学(MIT)のBuilding 20を挙げた。木造でアスベストを使用した非常に質素な建物であったにもかかわらず、第二次世界大戦中にレーダーの開発が行われ、ノーベル賞受賞者9人を輩出し、数え切れないほどの特許を取得している。素晴らしいワークプレイスとは、仕事に夢中になれる空間なのである。

1945年に撮影されたマサチューセッツ工科大学のBuilding 20(画像はマサチューセッツ工科大学のWebサイトより)

 

さらにDewane氏は、現在のオフィス空間が「仕事に夢中になれる空間」になっていないことが、大きな問題点だと指摘した。その例えとして、「チャーリー・パーカーがグルービーに演奏しているときに、『ちょっと自分の考えを聞いてくれない?』と繰り返し中断させられるようなものだ」と語っている。
集中したディープワークは単純にスイッチを切り替えるだけでは実現せず、段階を踏まなければ達成できないという。そのため、Dewane氏はソーシャルスペースと仕事スペース、考察スペースが直線的に並ぶ「ユーダイモニア・マシン」をデザインした。空間の機能性を優先するのではなく、仕事に集中し、専念できるデザインを提唱している。
もちろん、Dewane氏が描くデザインがすべてに当てはまるわけではない。「トレンドではなく、ユーザーが求めているものや、彼らにとっての成長とは何かを調べ、個人レベルでのパフォーマンスを理解して大胆に前進すること、そして時間をかけて改善を重ねることが重要だ」とDewane氏は締めくくった。

 

ワークプレイスを改善する文化人類学的アプローチ

「ワークスペースの文化、空間、社会的環境の重要性は、文化人類学的にも指摘されている」とニューヨーク大学のMelissa Fisher氏は紹介した。企業と文化人類学は、一見つながりがないように見えるが、文化人類学では、昔からその学問の一部としてさまざまなコミュニティの経済的活動をモニターしており、企業文化や運営の改善などに彼らの洞察を活用する企業が増えてきているという。実際、本カンファレンスでも複数の参加者が文化人類学者を雇用していると回答していた。
文化人類学者は企業内でのヒエラルキーにかかわらず、個人個人のストーリーに耳を傾け、ワークプレイスでの行動のパターンとその行動の根底にある理由を見つけ、既存モデルの成功点・失敗点を明らかにしつつパイロット実験(予備的な小規模実験)を繰り返す。
また、ひとつのオフィスや建物だけでなく、複数の現場で調査を行うため、多様な人材や空間で人々がどのような経験をしているのかを観察し、データ化することができる。こうした調査による人の行動に対する深い理解が、ワークプレイスにおける戦略に役立つとFisher氏は語る。
例えば、ドイツのベルリンで働くインド人プログラマーたちは、現地ではギグワーカーとみなされているが、聞き取り調査を実施してみると、本人たちは中流階級のフルタイムワーカーと認識していることが明らかになっている。公平で平等なワークプレイスにするには、こうした認識のギャップを一つひとつ埋めていくことが重要なのだ。
ワークプレイスには多様な側面があり、その一面だけでデザインを進めてもうまくいかない。Fisher氏は、90年代に金融界で起きた、物理的なトレーディングフロアからデジタルへの移行において、物理的空間をそのままデジタルで再構築しようとした試みがうまくいかなかったケースを例に挙げ、文化人類学者、デザイナー、テクノロジーの専門家などと協力することが重要だと強調した。
さらに、理想的なワークプレイスは「one fits all(一つをすべてに当てはめる)」ではできず、そこで働く人々の性格や職種、働き方をベースに聞き取りを行い、パイロット実験を繰り返すことが重要だと複数の演者が説いた。「現状」に対応したワークプレイスが完成する頃には、状況はすでに変わっている可能性が高い。ワークプレイスに真の完成形はなく、その時々の状況に合わせてアップデートを繰り返していくことが求められている。

 

 

上層部を巻き込んだワークプレイス改革

一方で、働き方やワークプレイスのあり方を新しくしようとしても、上層部の了承が得られないと動くことはできない。本カンファレンスでは、ワークプレイスの改善に関して企業の上層部とどうコミュニケーションをとるかについての質問が多く出された。回答する演者から対策として挙げられたのは、「明確な目的とデータの提示」、そして「初期段階から上層部とコミュニケーションをとること」の2点だった。
ワークプレイスの改革における大きな決断をスムーズに行う一番の方法は、最初から企業の上層部がチームの一員になっていることだろう。近年では、上層部のメンバーがワークプレイスの運営や管理に関わるケースも増えてきている。例えば、Cisco社では、不動産管理にCFO(最高財務責任者)とCPO(最高個人情報保護責任者)が関わっていると同社のハイブリッドワーク・リーダーを務めるCourtney Elling氏は語っている。

 

オフィスビルの脱炭素化に取り組むCiscoのオフィス(画像はグリーンウォールを担当したHabitat HorticultureのWebサイトより)

 

同社では、2040年までに温室効果ガス排出ゼロをめざしており、目標達成のためにはオフィスビルの脱炭素化が不可欠となる。なぜなら、世界の温室効果ガス排出量の37%は建物に由来しているといわれているからだ。企業のサステナビリティに対する姿勢は、いまや単なる社会貢献だけでなく、企業そのもののイメージにもつながってくる。そのため、こうした目標やビジョンを共有するリーダーが、ワークプレイスの運営に関わっていると、大胆な改革がよりスピーディーに実現できることは言うまでもない。

 

的確なデータを提示する

とはいえ、上層部がオフィスの運営に直接関わっているケースはまだ少ないのが現状だろう。その場合、ワークプレイスの改善をリーダーたちに説得するのに有効なのが「データの提示」である。雇用主はワークプレイスの改革に生産性を求めるのに対し、従業員は幸福度を求めるようになってきている。企業としての生産性と従業員の幸福度が必ずしも拮抗するわけではなく、相互補助の関係にあることが、概念や哲学だけでなく、具体的な数値で示されると説得力が増す。
例えば、CXApp社でグローバルセールスマネージャーを務めるAlex Le氏は、世界中の従業員の77%が職場とのつながりを感じておらず、また企業文化や同僚との関係に懸念があると生産性の低下や退職を招き、結果として8.8兆ドルの損益をもたらしているとの報告を紹介した。
また、ReadySet社で成長戦略を担うWillie Jackson氏は、DEI(diversity:多様性、equity:公平性、inclusion:包括性)の改善について、「才能のとり逃がしを減らし、従業員が安心して仕事に取り組める環境づくりの一環となるもので、企業にとってプラスに働く」と語った。このことを、インクルーシブな組織の利点を示す以下のマッキンゼーの調査結果とともに示せば、DEIをなぜ改善すべきかがより明確に伝わるだろう。

・従業員が企業にとどまる可能性が47%増加する

・従業員が自分の業務範囲を超えた努力をする可能性が90%上昇する

・従業員が自社は生産性が高いと答える可能性が7倍になる

 

職場改善のためのソフトウェアを提供するReworc社でピープルアナリティクスのVP(部長)を務めるStephen Smith氏が、「クライアントは生産性と企業文化についてのメトリック(データ指標)を要求することがほとんどだが、もっと幸福度と健康に関するメトリックも重視されてほしい」と語るように、今後、従業員の幸福度に関するデータをより積極的に蓄積していくことで、企業と従業員の双方にとってよりよいワークプレイスを実現できるようになるのではないだろうか。

 

常にアップデートし、新たな変化に備える

働き方が大きく変化している今の時代、「リーダーには新たな働き方の実現のためにリスクをとる覚悟が必要」と世界的な労働時間短縮の第一人者であるJoe O’Connor氏は語った。AIに関しても、地域、国、グローバルレベルで規制が進むと考えられ、最新状況をアップデートしておくことが重要である。パンデミック以外にも気候変動など、さまざまな変化が今後も起こることが予想される。未来は正確には予測できないが、ある程度の備えをしておくことが重要だ。

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