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2つの研究から見るウェルビーイング ポジティブ心理学は何を語るか

[July 02, 2020] BY Masaki Ohara

人生の3分の1もの時間を労働に当てている私たちにとって労働を支えるオフィスは住居と同じく、私たちの精神的・身体的健康を支えるものでなくてはならない。実際に今日最新とされるオフィスには至る所に心理学の要素が散りばめられていることをご存知だろうか?オフィスに入る日光の入射量、毎日当たり前に使用するデスクのデザイン、各所に設置された植物の存在など、オフィス環境における細かい要素が私たちに及ぼす心理的影響は計り知れない。

今回の記事ではそんな心理学の中でもオフィスへの応用が進みつつあるポジティブ心理学に着目。オフィス環境でウェルビーイングを実践するために役立つPERMAモデルを紹介しながら、その応用として海外の最新研究で提唱されたPBWEという新しいワークプレイスのあり方を読み解いていく。オフィスを単なる作業場と捉えるのではなく、企業文化やビジョンの醸成、また社員間のコミュニケーションの活性化を促す場など、企業がその価値ある活用方法を見直すことが主流な今、ワークプレイスと心理学の関係性に着目することは”これからのオフィス”を創る上で役立つだろう。

オフィスに導入されつつあるポジティブ心理学とは?

ポジティブ心理学とは20世紀後半になってからペンシルバニア大学の教授であるマーティン・セリグマン(Martin Seligman)教授によって設立された、心理学の体系の中でも比較的新しい分野である。ポジティブ心理学が従来の心理学と大きく異なる点はその研究目的にある。

それまでの心理学はメンタルイルネス(社会的な機能低下を伴う心理的・精神的不調)を治療を通じて緩和し問題を抱えた人々を正常な状態に近づける、つまりマイナス状態からゼロに向かう学問だった。しかしポジティブ心理学では「人々にとってより良い生き方とは何か」「人々が最大限充実した生活を行うことができる組織や社会形態とは」といった、普通の状態からプラスの方向へ向かわせることを大きな目的とする。

ここで言う「より良い生き方」や「人々が最大限充実した生活」は、昨今のトレンドの1つとして注目されるウェルビーイングとつながる。WHOによるウェルビーイングの定義は「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあること(訳:日本WHO協会)」とされるが、要するにポジティブ心理学はウェルビーイングを追求するための学問なのである。

ポジティブ心理学:ウェルビーイング実現に欠かせないPERMAモデル

それではポジティブ心理学からワークプレイスにおけるウェルビーイングをどのように読み解くことができるか?まずセリグマン教授は曖昧なウェルビーイングの概念を計測可能な理論にする上で、ウェルビーイング実現に必要不可欠とされる要素を5つに整理し、『PERMAモデル』という形で提唱した。PERMAとはそれぞれPositive emotion (ポジティブ感情)・Engagement (何かに没入すること)・Relationship(他者との協力関係)・Meaning(意味や目的)・Accomplishment(達成感)の頭文字を並べたものである。

Positive emotion(ポジティブ感情)

ポジティブ感情とは言葉通り、人生における肯定的な感情のことである。このポジティブ感情は他4つの要素と密接に関連しており人生の幸福感や充実感を大きく左右する。

ポジティブ感情は満腹感や十分な睡眠といった身体的充実感からくるものではない。職場において長い間携わっていたプロジェクトが成功した時などに達成感を感じたり、時間を忘れるほどに目の前にタスクに打ち込んでいたりする経験は誰にでもあるだろう。セリグマン教授の提唱するポジティブ感情とは、こういった達成感や知的刺激から生まれる肯定感のことを指している。

Engagement(何かに没入すること)

作業に集中して気づけば時間を忘れていた、なんてことは誰にでも思い当たるだろう。この状態は心理学用語でフローと呼ばれ、ネガティブな感情を寄せ付けず個人がもつ知識や技能を最大限活用することを可能にしてくれるため、結果的に仕事のパフォーマンスは上昇する。いかに従業員の業務に対するエンゲージメントを高めるかは企業全体のパフォーマンス向上に直接的に関わる問題の1つである。

Relationship(他者との協力関係)

会社に留まらず、あらゆる組織において所属している感覚に安心感を得ようとするのは人間の生物的欲求であり、企業内において部署や役職という壁を跨ぎ組織全体で協力しあうことはチームの勢いを加速させる。

Meaning(意味や目的)

自分に与えられた役割や、携わっている仕事・作業の意味を肯定的に認識することにより自発的モチベーションが生まれる。数々の研究から自発的モチベーションは高いパフォーマンスを生み出したり、燃え尽き症候群のような精神的疲労を軽減したりすることが判明している。

Accomplishment(達成感)

ゴール設定を明確に行い完遂することを指し、達成によって得られる充実感は前述のポジティブ感情を喚起する大きな起爆剤となる。

セリグマン教授は「ウェルビーイング」を細分化し、実現に必要とされる5つの要素を定義することで、より現場で実践しやすい形に落とし込んだのである。

今日の働き方を支えるPERMAモデル:ABWの例

PERMAモデルを知っておくと今話題の働き方コンセプトに対する見方も変わってくる。例えば社員がタスクに合わせて作業しやすい環境を主体的に選ぶABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)を導入する企業は少しずつ増えているが、これもPERMAモデルから読み解けるポイントがいくつか存在する。。

まず働く場所を「主体的に選択する」こと自体が社員のエンゲージメントを高める。自らのタスクを理解し能動的に働く場所の決断を下すことで自分のワークスタイルを肯定的に認識し、自発的モチベーションを誘起する。ポジティブな心理状態になり、フロー状態とつながり作業へ没入するとされるのである。

一方でABW導入時にオフィスでのデスクシェアの実施や、オフィスの外でも仕事できる環境によって、「オフィスに自分の居場所がない」「組織に所属しているという感覚が掴めない」と従業員が疎外感を感じ、会社側が配慮する光景も良く見受けられる。このようなストレスが社員のパフォーマンスの低下やコミュニケーションの減少につながりかねないため、企業は従業員の会社に対する所属意識を重視する。この所属意識は”Relatedness”や”Belonging” とも呼ばれ、ポジティブ感情を高めるために必要不可欠な要素として重要視されている。

このようにPERMAモデルはまわりの働き方コンセプト1つを取ってみても当てはまるようにできた理論なのである。

PERMAのその後:持続可能なウェルビーイングを実現するオフィス環境 “PBWE”

PERMAモデルを代表例の1つとして研究が進むオフィスのポジティブ心理学だが、今ではその応用がさらに進んでいる。昨年シドニー大学のアンソニー・M・グラント(Anthony M. Grant)教授らによって提唱された新しいワークプレイス”PBWE (Positive Built Workplace Environment)” はまさにその例の1つだ。

グラント教授らはウェルビーイングを取り入れたオフィス環境を型として提案する研究「Towards a Positive Psychology of Buildings and Workplace community: the Positive Built Workplace Environment 」を実施。その検証場所として、オーストラリアのシドニーハーバーを見下ろすようにして建てられたInternational Towersが使われた。

International Tower(画像:Designing Buildings Wikiより)

International Tower(画像:realcommercial.comより)

PBWEを実現した数少ない建物の1つとして誕生したが、結果的にInternational Towersは、GBCA(Green Building Council of Australia: 環境的・経済的にサステイナブルな建物の普及を目的とする機関)が定めるGreen Starという評価基準において6段階中最高評価の6つ星評価を獲得し、その持続可能かつ洗練された建物に魅了された多くの企業がテナントとして入居するほどの結果を残している。他にも充実したICTインフラ設備において多方面から称賛を得ている。

そしてPBWEの影響は実際に入居したテナントにも及んでいる。サステイナブルかつ洗練されたオフィスレイアウトを持つInternational Towersでは以下3つの効果が計測され、ウェルビーイングへの配慮から組織のパフォーマンス向上を実現した例としてPBWEはますますの注目を集めることとなった。

・組織全体の生産性が19%上昇
・個人での認知的作業において61%以上パフォーマンスが向上
・呼吸に関する不満や頭痛の30%減に加えて睡眠の質が向上

PBWEが多大な影響を与えた理由:オフィスの物理的環境と組織づくりの双方に着目した統合的アプローチがあったから

グラント教授らによるとPBWEとは「ワークプレイスにおけるコミュニケーションやリーダーシップ、企業文化そしてオフィスデザインなどのあらゆる要素を包括的に捉え、社員がウェルビーイングを追求し充実した人生を送りながら業務において高いパフォーマンスやエンゲージメントを維持できるワークプレイスのこと」だという。多角的な視点が求められるPBWEのワークプレイスだが、ここで特に取りあげたいのは①ワークプレイスの物理的環境と②組織づくり(組織文化の追求)の2つだ。

①ワークプレイスの物理的環境

Internatonal TowersはABWの実践にあたって効用を最大限活用するためオフィス内で区切りとなる壁や衝立の面積を最小限に抑え、異なる企業や部署間でのオープンなコミュニケーションの促進を図った。また、あらゆるところで打ち合わせや集中作業ができるように多岐にわたる環境をワークプレイス内に散りばめた。

International Tower内装(画像:The CEO Magazineより)

International Tower内装(画像:BarangarooSouthより)

現代の働き方に合わせたワークプレイス環境を整えることは従業員がポジティブに仕事に向き合う上で必須であり、ウェルビーイングの実現にはまさに欠かせない。PBWEでまず物理的環境が整備されたのは、PERMAモデルの観点からPositive emotion(ポジティブ感情)やエンゲージメントを重視する上で必要なステップだったと捉えることができる。

しかしPBWEを支える工夫はこういったワークプレイスの物理的環境のみにとどまらない。

②組織づくり(組織文化の追求):”Carpe Diem”の徹底

心理学的に見て組織文化の浸透や管理職と従業員間におけるコミュニケーションの質は組織全体のパフォーマンスを大きく左右する。これを踏まえInternational Towersのマネジメントチームはテナントの企業やInternational Towersの運営に関わるスタッフの全員に共通する価値観を生み出した。それは「Carpe Diem」(ラテン語で今この瞬間を大切に生きるという意)と呼ばれ、土地固有の文化に対する敬意・持続可能であること・イノベーション・境界を超えた協働を組織全体の最大の目標として掲げるというInternational Towers独自の文化であった。この文化によりテナントとして場所を借りる各企業でさえもInternational Towersという大きなコミュニティの一員となった。

International Towersのマネジメントチームは、例えばロビーに配置する傘やスタッフの制服を購入する際にも取引先の会社に対して生産から販売に関わる全サプライチェーンが倫理的に正しいかどうかの証明を求めた。そして証明できない会社との取引は断るといった風に率先して「Carpe Diem」の価値観を実践した。

またInternational Towersに入居できる企業も限定された。International Towers全体の目標や「Carpe Diem」の価値観に沿う企業のみをテナントにするという厳しい審査を設けることで組織の一体感と方向性を守り続けたのである。

こういったビル側の積極的な取り組みに対してテナントである企業側にも、1つの大きなコミュニティであるという所属意識や組織全体として1つの大きな目標に向かっていくことの意義が芽生えるようになった。つまり、PERMAモデルにおけるMeaning(目的)やRelationship(協力関係)をビル環境から見出すことで入居する企業の組織活性化を実現したのである。

このことからPBWEとは決してオフィス環境と企業文化やマネジメントのどちらか片方のみに焦点を当てたものではなく、むしろその2つを「ウェルビーイングの実践」という目的を基幹に統一させたものであると言える。PERMAモデルをワークプレイス環境に落とし込んだ応用事例として覚えておいて損はないだろう。

グラント教授はインタビューにて「International Towersはオーストラリアそして世界中に対して、どのようにサステナビリティ・デザイン・理想のオフィスへの美学そしてポジティブ心理学の原理をまとめあげ活気のあるワークプレイスを創ることができるか証明してくれた」と述べており、ワークプレイスにおけるポジティブ心理学に関する研究や企業による応用はますます盛んになるだろう。

まとめ

ここまでワークプレイスとポジティブ心理学のリンクについて紹介してきた。近年ワークプレイスなどの環境変化が人々に与える心理的影響や脳の神経細胞がどのように反応するかなどの研究が進んでおり、ますますそれぞれの企業にとって”働きやすい”ワークプレイスの形が明らかになっていくことが予想される。
やはりオフィストレンドである社員の心身の健康やウェルビーイングといったワードに今後も目が離せない

<関連参考文献>
Grant, A. M., O’Connor, S. A., & Studholme, I. (2019). Towards a Positive Psychology of Buildings and Workplace Community: the Positive Built Workplace Environment. International Journal of Applied Positive Psychology, 4(1-2), 67-89.

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この記事を書いた人

Masaki Ohara現在サンフランシスコにある大学に在学しています。心理学の観点からオフィス空間が人々の思考や行動にどのような影響を及ぼすのか関心があり、働く人々にとっての最適な空間のあり方について発信していきたいと思います。

    
    
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