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経営者がこだわるオフィス ー 「ABW」「バイオフィリックデザイン」「五感の刺激」「データ分析」で最先端オフィスを構築するOKAN

記事作成日:[February 17, 2020]
BY Kazumasa Ikoma

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近年、会社経営におけるオフィスの重要度は高まり、経営者が自らオフィス構築の中核を担うことが増えている。そこで今回は「経営者がこだわるオフィス」に注目し、経営者としての思いや考えをどのようにオフィスで体現したかについて、3社のオフィスをシリーズ化してお伝えする。

今回訪問したのは、2019年5月にダイヤゲート池袋へオフィスを移転した株式会社OKAN。健康的な食事を社内で提供できる『オフィスおかん』サービスや組織課題を分析し社員の早期離職の改善をサポートする『ハイジ』サービスの展開で、同社ミッションステートメントである「働く人のライフスタイルを豊かにする。」を実行するHR企業である。「働く人に、おせっかいを。」のモットーをオフィスでも実践している。

オフィスは社員に大きな影響を与える要素の1つである上に、金額的な投資額が大きくなりやすい領域であるにもかかわらず、科学的な効果測定ができない問題が残る。このように考えたOKANの代表・沢木恵太さんは「働き続けやすさの実現」だけでなく、「実証実験を行える研究開発拠点」としてのオフィスを重視したという。それを踏まえた上で「オフィスにかけた投資額はこの企業規模では多い方だと思う」と沢木さんがこだわったオフィスは、ABWやバイオフィリックデザイン、五感の刺激、データ分析など、世界的なオフィストレンドが凝縮された洗練されたつくりになっていた。

その中身について沢木さんに話を伺った。

アットホームなデザインで暖かみを演出した内装

「ie 家」と名付けられたオフィスは、エントランスに足を踏み入れた瞬間から感じられるアットホームなデザインが特徴となっている。コンセプトは「おかえり」と「ファミリーワーク」の2つ。初めて訪れたゲストにどこか懐かしさを感じさせ、常に暖かく迎え入れる空間。そして社員には「働く人に、おせっかいを。」が伝わるような空間で、それぞれが担当する案件や顧客におせっかいを焼くよう徹底した当事者意識を持つようになることまでが新オフィスのストーリーとして掲げられている。

オフィスに入ると早速玄関のようなスペースがあり、社員もゲストもここで靴を脱ぐ。

コーポレートカラーとしてロゴにも活用されている『緋色 (ひいろ)』は平安時代から用いられる日本の伝統色。平安時代、人を思う気持ちを「思ひ(おもひ)」と書き表し、緋色はそれから由来する。働く人のことを思うOKANのコーポレートバリューに合うことから採用、オフィスにも反映している。「WLV」はOKANが大事にするWork Life Value(仕事と生活のバランスに関する個人の価値観)の頭文字をとったもの。

HIROBAエリア。靴を脱いでリラックスしながら会議を行う社員の姿が新鮮に映る

和のホーム感が全面に漂うオフィスには、冒頭でも述べた「ABW」「五感の刺激」「バイオフィリックデザイン」「データ活用」のポイントが散りばめられている。

アメリカ西海岸でもなかなか見ることのできない「ABW」「五感の刺激」「バイオフィリックデザイン」「データ活用」の4軸両立

働く人のライフスタイル改善を重視した沢木さんは、オフィス環境内の細部にこだわり、すべてに意味を持たせるようなデザインを徹底した。世界のオフィスと比べても勝るとも劣らない先進的な環境をつくり、実証実験の場として活用することを目的としたオフィスのポイントは以下から見受けられる。

働く場所の自由を与えるABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)

新オフィスの特徴の1つは、ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)の考え方を取り入れている点。ABWは、1つのデスクですべての作業を行うのではなく、働く活動・行動に合わせて働く場所を選べるようにすることで、生産性を高めることができるとされる働き方だ。OKANのオフィスには個人の集中作業や、2人作業、グループでの情報共有など下の合計8つの活動を整理した上で、それを支えるスペースが各所に用意されている。

  • RELAXING
  • CONCENTRATION
  • BUSINESS PROCESSING
  • PHONE WORK
  • PAIR WORK
  • DIALOG
  • INFORMATION MANAGEMENT
  • INFORMATION SHARING

メンバーと短い会話や質問を交えながら、個人作業を行えるTSUKUEエリア【BUSINESS PROCESSING】

中断されず、高い集中力を維持しながら作業できるSEISHINエリア【CONCENTRATION】

2〜3人が議論や会話を行う会議室(SHIPPOU、SAYAGATA、KIKKOU、CHIDORI)【DIALOG】

2人が近距離でじっくりと作業や議論ができるNAGAMEエリア【PAIR WORK】

MIDORIエリアも2人作業が可能【PAIR WORK】

OKANでABWを取り入れたのは今回のオフィスが初めて。異なる空間を用意する分、オフィスの設計が多少複雑にもなる。空間を整理し、社員の理解を深めるためにわかりやすいABWマップがオフィス入り口近くに設置されている。

次ページ:なぜABW導入に踏み切れたか?

ABW導入の決断に至った2つの課題

ABWの導入には以前のオフィスで具体的に挙がっていた2つの問題を解決することが背景としてあった、と沢木さんは語る。

1つは、社員が「隣の部署のやっていることがわからない」と感じてしまう組織的な課題。2016年のオフィス移転時には20名程度だった社員数が2020年1月には75人を超えるほど人数が急激に増えたことで、社員同士顔を知っている程度で互いをよく知らないという光景が増えた。その結果社員の間で不安が垣間見えるようになり、議論の中で意見を言い切らないことが増えたと沢木さんは話す。社員の交流機会を促し、互いのことについてより知ってもらえるよう自然に関係性をシャッフルできる環境を求めた結果、ABWにたどり着いたようだ。

もう1つは、社員の健康面だ。腰痛などの身体的な問題の対策やストレスの少ない自由かつ健康的な職場環境の整備には、通常の固定席にプラスしてファミレス席やスタンディングデスクなど必要以上のスペースが必要になる。しかし、ABWにすることで社員個人の固定席は必要とせず、人数以上のスペースを確保することがなくなるため、高いスペース効率を維持することができる。社員・会社両方の要望を叶えやすい形としてABWは解決策になった。

姿勢を変えてリラックスしながら作業できる席も用意

ABWで部署”間”コミュニケーションは向上した

ABWを導入して半年以上が経った企業に聞いてみたいのは「導入効果があったか?」という点。先日公開したABWの記事では、社内コミュニケーションはさらに部署内と部署間の2種類に分けられ、ABWはそのうち部署間コミュニケーションを活性化すると伝えている。

沢木さんに聞いたところ、OKANでも部署間コミュニケーションの向上が見られたという。働く行動に合わせて社員の居場所が変わるため部署”内”のコミュニケーションは幾分大変になったものの、多くの社員がオフィス内を動くようになったことで会社が求める部署”間”のコミュニケーションは活性化されたようだ。「社員数が約50人ほどの企業では部署”内”のコミュニケーションが問題になりやすいが、それ以上人が増えると次は部署”間”のコミュニケーションが課題になる。80人近くいる今の自社のフェーズにABWは合っている」と沢木さんは導入の実感を語る。

社員が増え教育を行う場面を増えているが、そのスペース探しに困るような課題は今のところないと話す沢木さん。入ったばかりの社員と先輩社員は教える環境も一緒に自由に選んで教育を進めているようだ。特にOKANでは、入社したばかりの社員の相談を異なる部署の先輩社員が受ける「先輩さん制度」を導入しているため、ABWとの相性も良いのだ。

五感の刺激

2つ目の特徴である五感もOKANが力を入れたポイント。「建築学会での講演機会があった時に五感に関する情報を学んだことがきっかけになりました。オフィスが人間に影響を与える要素として五感を刺激する環境は重要な投資だと思っています」と沢木さんは語る。事実、神経建築学などの学問分野は近年確立され、建築や内装デザインのあり方が人間の神経や身体反応にどのような影響を与えるかについての研究が進んでいる。その最新情報をもとにした工夫がOKANのオフィスに散りばめられている。

視覚

視覚の分野では、人間の視界に入る緑の割合を示す「緑視率」に着目。先日の記事でも取り上げた、緑視率が10~15%の環境で人のストレスレベルは最も効率的に下がるという研究をもとに、オフィスOKANでは15%の緑視率を維持している。植物がどこにいても目に入るようにオフィスのあらゆるところに置かれており、設置が難しい執務デスク周りやオープンスペースでは天井から吊るして緑視率を確保している。

オフィスにある緑はその植物がもつ意味も考慮しながら1つ1つ丁寧に選定された。エントランス近くにあるドラセナは「幸福の木」という意味を花言葉にもち、ライフスタイルに合うオフィス環境を通じた幸福感を社員に感じてほしいという思いから選ばれている。

植物を置きにくい場所は天井から吊るし、緑視率を確保。吊るされた植物は管理が難しいため、フェイクのものを利用。効率的に緑を取り入れている。

聴覚

聴覚の面では、鳥のさえずりや川のせせらぎなどの自然音が流れるスピーカーを随所に設置。人間の耳では聞き取れない高音域の音も録音したハイレゾ自然音を流しているため、通常の音よりもさらに人間にリラックス効果を与える。より質の高い自然環境を再現することで、バイオフィリックデザインが豊かなに取り入れられたオフィスを実現している。

味覚

ここでは自社サービスのオフィスおかんが登場。栄養素のバランスが整えられた食事がオフィス中央にあるキッチンに備えられているため、社員は味だけでなく健康も楽しむことができる。

嗅覚

嗅覚の部分はまだ検討中と語る沢木さん。室内環境における香りはオフィス業界で近年注目されるようになったまだ新しい分野ではあるため、OKANのオフィスに最適なものを模索している段階にあるようだ。以前紹介したAROMASTICKunkun bodyなどのサービスが誕生している中で、オフィスOKANがどのような製品に注目するのか楽しみだ。

代わりとして現状では空気清浄機を導入し、室内に綺麗な空気が循環するように心がけているという。空気の綺麗さは健康的な室内環境を評価するWELL認証でも審査項目として掲げられるほど世界中でその意識が高まりつつあるが、オフィスOKANではすでに実践されている。

触覚

最後の触覚は、オフィスコンセプトの1つ「おかえり」に紐づいた、OKANオフィスの靴を脱ぐスタイルと関係する。靴を脱ぎ足から刺激を受けるようにすることで脳の活性化や健康につながるとされている。オフィスOKANの玄関は畳だが、エリアによっては絨毯など床面にも異なるものが使われているため、社員やゲストは歩きかながら環境を楽しむことができる。

次ページ:データ収集・分析で「常時改善」を行う運用方法

データ収集・分析で「最も使われるオフィス」目指し、常に微調整する

ABW、五感の刺激、バイオフィリックデザインと続き4つ目の特徴となる点は、データ収集・分析を行いながら日々環境の改善を行っているところにある。

人の動きが多いABW型オフィスの各所にはセンサーを設置し、社員の動線を把握できるようにしている。そして稼働率の高いゾーンは低いゾーンと入れ替える形で追加し、オフィス効率を高めていると沢木さんはいう。

実際に社員が打ち合わせをよく行うHIROBAエリアは、その稼働率の高さから計画よりも多く追加された空間の1つ。またソファ席も稼働率を見ていく中で増やしたという。当初執務デスクエリアの利用率が高くなると予想されていたが、データを通じて実際の使われ方を把握し社員が最も使いやすいベストな環境を常に整えているのだ。「オフィスを再度作り変えると言っても、ゾーンを切り取って変えればいいだけなので直しやすい」と沢木さんは話す。

多くの打ち合わせが行われるHIROBAエリア

このように常に微調整を行い最適な環境の構築を行った結果、人材への影響が良い形で見え始めているという。社員の活動をトラッキングしたデータと⾃社サービス『ハイジ』のスコアを連動させることで、空間と社員パフォーマンスの関係性を見た結果、社員のエンゲージメントスコアやリフレッシュ環境スコアは向上していると沢木さんは話す。人材という視点におけるオフィスへの投資対効果は着実に表れているようだ。

まだ専門的なデータ分析チームは社内に存在しないが、今後の設置を沢木さんは現在検討しており、オフィス環境の研究開発機能の強化を進める方向で動いている。業界ではピープルアナリティクスへの注目が高まる中で、OKANがどのように先進的事例を作り出していくのか興味深い。

経営者自らがオフィスにこだわる理由

これだけのオフィス構築を沢木さんは特定の部署に権限を委譲することなく、自ら決定権を持って推し進めたようだ。環境が健康や人間関係に大きな影響を及ぼすものであることは変わらず、加えて近年では働く環境に対する社員の優先順位も上がっている。企業の成長という観点から人材への影響を左右するオフィスは戦略的投資の対象であり、経営者が意思決定しなければいけない、と沢木さんは語る。

経営の観点からオフィス投資を考える時、PL脳ではなくBS脳で捉えると、オフィスは「何かしらの価値を生み出さなければならないもの」であり、その目的設定が必要となる。しかし、先述にある通り、オフィス環境は多額の投資になりつつも科学的な効果測定はできていない領域。だからこそオフィス投資の効果を可視化できるようにすることが経営者にとって重要な意味を持つというのだ。経営とオフィス環境の関係性が近くなった今日、沢木さんは経営視点からオフィス構築を考えるという一大プロジェクトを自社オフィスで進めているのである。

「OKANが自社サービスでも手がける人材領域自体が、そもそも定量的に図っていくことが苦手な領域。」と語る沢木さん。しかし近年はOKANが事業展開している『ハイジ』や株式会社リンクアンドモチベーション提供の『モチベーションクラウド』といった組織改善ツールの導入が進んだことで、この分野でのPDCAサイクルを回すことが可能になり、人材に対する投資効果が少しずつ見えるようになった。オフィスも組織、人のために存在する以上、同じようなPDCAサイクルを回せるようになることが求められるだろう。

「オフィスにかけた投資額はこの企業規模では多い方だと思う」と沢木さんが語った理由にも納得がいく。オフィスに戦略的投資を行う企業はこれから増えそうだ。

最後に

「オフィスは従業員に対する投資」という視点で環境を構築するOKAN代表の沢木さん。労働人口が減り、転職市場が活発になる中で、オフィスはリテンションマネージメントという文脈で語られるだろう、と今後のオフィスのあり方を話す。オフィスは仕事だけの場所ではなく、家庭両立や良好な人間関係の構築、健康経営など、人間の生活にとって必要な要素まですべてに紐付けられる存在。そして総務やファシリティマネージャーという役割の本質も今後変わってくるだろう、という将来像とともに取材を締めくくった。

仕事環境を変革する企業が本気で取り組むオフィスは多くの興味深いポイントで溢れていた。今後OKANのオフィスがロールモデルとしてどのような影響をオフィス業界に与えるのか、注目していきたい。


今回取材した株式会社OKANの沢木恵太さんは、2020年2月17日〜20日まで福岡で開催されるICCサミット FUKUOKA 2020のセッション「成長企業のオフィス戦略〜そこに込めた思い、狙いとは?」にご登壇予定です。

ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。毎回200名以上が登壇し、総勢800名以上が参加。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に議論し、学び合うエクストリーム・カンファレンスです。詳細は公式ページをご覧ください。

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この記事の執筆者

Kazumasa Ikoma オフィス業界における最新情報をリサーチ。アメリカ・サンフランシスコでオフィスマネージャーを務めた経験をもとに、西海岸のオフィスデザインや企業文化、働き方について調査を行い、人が中心となるオフィスのあり方を発信していく。

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