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長時間の座り作業・立ち作業が及ぼす健康リスク。最適なバランスは?

長時間の座り作業による健康リスクを考慮して立ち作業に切り替える動きも見られるが、効果はあるのだろうか。デスクワーク時の理想的な姿勢について、研究報告を踏まえ考察する。

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デスクワークが及ぼす健康への影響

パンデミックの影響もあり、テレワーク環境を整えるためのツールやガジェット類が注目されている。中でも、健康を意識したデスクチェアや昇降式デスク、簡易的に高さを変えられるノートPCスタンドなどが人気を集めているようだ。

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自宅での業務は、オフィスとは勝手が異なる。リモートワークで、いちから作業環境を整えることが求められる今、そうしたツールへの関心が高まっているのだろう。仕事のパフォーマンスを上げる「快適さ」も重要だが、これ以外にも目を向けたいことがある。それは、長時間のデスクワークに伴う「健康リスク」である。

特に、座っている時間の長さが及ぼす健康への影響については、これまでも国内外で多く論じられてきた。とはいえ、立っている時間が長ければいいというわけでもなさそうだ。そこで本記事では、スタンディングデスクやPCスタンドの普及が広がる中、私たちが考慮したい「作業時の姿勢」問題について様々な視点から考察する。

軽視できない座りすぎ問題

従業員の健康管理は経営における重要な課題となっており、世界各国の企業が従業員の身体・メンタル両方の健康を意識した経営へと舵を切っている。北米や欧州の大手企業も、オフィス内にジムを併設したり、栄養バランスを整えたメニューを提供するカフェテリアを設けたりすることで、従業員の健康をサポートする姿勢を示してきた。

また、日本国内では、経済産業省が2014年4月に「健康経営」のポイントをまとめたガイドブックを策定している。利益や生産性のみに注力するのではなく、従業員の心身の健康レベルを高めることで企業の成長を目指すという健康経営の手法は、政府の推進もあって様々な企業で浸透しつつある。

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では、作業時の姿勢についてはどのように考えられているのだろうか。まずは、座りすぎに絞って見てみたい。

日本でも高まる座りすぎへの懸念

健康は、個人のみならず企業や国も考慮すべき問題との考えが広がる中、2018年6月に「スポーツを通じた健康増進のための厚生労働省とスポーツ庁の連携会議」が開催されている。同会議の資料を見ると、「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」の改訂に向け、職場で実践可能な健康保持増進対策も検討する予定とあり、その具体例として「座りすぎ防止」があげられている。ここでも、労働時の座りすぎを重要な課題と捉えている様子がうかがえる。

そもそも、日本人は他の国と比べて座る時間が長いという指摘もある。実際に、シドニー大学が世界20カ国における平日の総座位時間を比較した調査では、日本人の平均座位時間は7時間に及んでおり、サウジアラビアと並んで最長だったことが報告されている。

座りすぎに関する海外の研究報告

海外では、数十年前から、予防医学や人間工学の研究者らがオフィスワーカーの座りすぎ問題に警鐘を鳴らしていた。具体的な影響としては、肥満や糖尿病、心血管疾患などのほか、死亡リスクとの関連があげられる。

また、心理学的にも、座りすぎはネガティブな影響を持つと言われている。それを示すのが、2010年、オーストラリアで約3,000人のオフィスワーカーを対象に行われた、座りすぎとストレスレベルとの関連を探る調査だ。調査の結果、労働中の平均座位時間が1日あたり3時間未満の人と比較して、6時間を超える男性は中程度、女性は中程度および高度のストレスレベルを抱えていたことが報告されている。

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長時間の立ち仕事は健康にどんな影響を及ぼす?

座りっぱなしの作業による健康リスクが知られるにつれ、今度はスタンディングデスクが台頭しはじめる。立ったまま仕事をするという打開策をもって、労働時の座りすぎ問題を解決しようというわけだ。

世界的にもスタンディングデスクの人気は高く、その市場規模は2025年に28億ドルに達する予測だと伝えるマーケットリサーチもある。日本でも、今後さらに普及していくだろう。

一方で注意しなければならないのは、スタンディングデスクでの作業が本当に私たちの健康にポジティブな効果をもたらすのか、である。

2019年に公開されたWIREDの記事では、座りっぱなしの業務を立ちっぱなしに変えたとしても、心血管疾患リスクの低下にはつながらないことが伝えられている。加えて、立ち作業が腰痛の症状を軽減するかを検討した2020年の論文でも、有効な結果は得られておらず、座り作業から立ち作業への置き換えは推奨されないとの結論に至っている。

座り作業

健康を意識した作業時の姿勢とは

では、私たちが労働時に生産的かつ健康的でいるためには、どんな姿勢での作業が望ましいのだろうか。

「座る」と「動く」の適度なバランスを保つ

現在のところ、労働時の姿勢に関する絶対的な正解は明らかになっていない。そこで考えたいのが、「座って行う作業時間」と「立ったり動いたりする時間」を、適度なバランスで保ち続ける工夫である。

その具体策として、The SMArT Work Projectを紹介しておきたい。SMArt Workとは、Stand More At Work(もっと立って働こう)を意味する言葉だ。

このプロジェクトは、英国のレスター大学附属病院で働く146人のオフィスワーカーたちを対象に行われた。実験では、参加者を2つのグループに分け、そのうち1つのグループには立位と座位を切り替えられるデスクや、座る時間を監視して立ち上がるよう促すシート、ポスターによる啓蒙など、座りっぱなしの時間を減らす対策を取り入れてもらっている。

12カ月後の状態を比較すると、The SMArT Work Projectのプログラムを用いて対策を行ったグループは、そうでないグループに比べ、作業中の平均座位時間が1日あたり83分減少したことが報告されている。立って作業したり、目的を持って動いたりするようになり、業務における「座る・動く」のバランスが大きく改善されたのだ。

このプロジェクトの成果は、座位時間の減少にとどまらない。対策を行ったグループにおいて、業務に対するエンゲージメントやパフォーマンスが向上し、プレゼンティズム(出勤しているが、心身の不調が原因で生産性が落ちている状態)や日常的な不安が減少していることも明らかになっている。

人間工学から見た理想のバランス

座っている時間と動いている時間は、どれくらいのバランスを目安にすればいいのだろうか。この疑問に対して様々な時間配分が提示されているが、本記事ではその中から、米国・コーネル大学の人間工学分野で教授を長年務めるアラン・ヘッジ氏の唱える時間配分を紹介する。

・20分間:座って作業する
・8分間:立って作業する
・2分間:軽い運動(ストレッチなど)をする

上記の30分のサイクルを回し続けることが、私たちの健康において最も理想的だとするのが、彼の提唱するモデルだ。とはいえ、すぐに上記のサイクルで働こうとしても、そう簡単にはいかないだろう。そのため、実行可能なプランとして、まずはオフィス環境や社内ルールに工夫を施すのもいいかもしれない。

例えば、個人のデスクで業務・休憩・昼食の全てを完結させるのではなく、昼食は別のスペースで食べるようにしたり、ミーティングを行う場所をあえてオフィス内の遠い位置に設定して移動時間を設けたり。そうした小さな変化を継続的に生み出すことで、理想的な時間配分に近づけていくのも一つの手だ。

立ち作業

労働時の姿勢は、健康リスクを左右する一因に過ぎない

前述したように、労働時の姿勢について絶対的な答えはまだ存在しない。だが、共通して重要なのは「座る・動くのバランスを適切に保つこと」だと言われており、長時間同じ姿勢でいることが健康に悪影響を及ぼすのは間違いない。

今回の記事では、労働時の姿勢という観点に絞り、私たちの健康について考察を重ねた。今後も従業員の健康や快適な働き方についてリサーチを深め、読者の方々のワークライフに生かせるような情報を発信していく。

この記事を書いた人:Masaki Ohara

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