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Web並みの速さで現実世界における仮説検証を促す定量化デバイス ― RICOH360 – Analysis 開発チームインタビュー

360度カメラとして著名な「THETA」がオフィス空間における人的流動を計測し、彼らの行動を分析するツールとして期待を集める。その仕組みや製品背景を開発チームに聞いた。

Technology

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2020年東京五輪開催を追い風に、政府が主導する働き方改革の旗振りのもとテレワークが推し進められ、シェアオフィスやコワーキングスペースの台頭はさながら雨後のたけのこ。事業拡大に伴う人員増加やグループ企業のコミュニケーションを狙うも、空前の低水準を保つオフィス空室率から既存オフィスへのフリーアドレスやABW導入へと舵を切る企業も多く見受けられる。

オフィス担当の総務の間では一様にオフィス最適化への取り組み機運が高まるが、「充実した飲食サービス」「バイオフィリックを取り入れた空間」「活発なコミュニケーション」など、日々様々なアプローチを試みるも明確な答えにたどり着かない命題に頭を抱える。とりわけ「ワークスペースにおける適正収容人数」「人のコラボレーションによる事業活性化」は初期段階から心を砕くも経験則による弥縫策に陥りがちだ。

フリーアドレスやABWを取り入れる企業においては年齢・性別・部署・役職、シェアオフィスにいたってはそれに加えて属性までも入りまじり、刻々と滞在者が変容する空間の定量的把握は困難だし、当該空間の概要を把握できない中で、人的コラボレーションの活性化を練ったとしても画餅に帰すだろう。この課題に対して、当該空間の人的流動を計測し行動を分析する株式会社リコーの360度カメラ「RICOH THETA(以下、THETA)」と分析ツール「RICOH360 – Analysis」がひとつの解決策を提示する。ワークスペースの最適化を図る上で、施策を検討する〈根幹〉の把握がいかに肝要かつ有効かを、同社Smart Vision事業本部 DS事業センター 事業開発部の望主雅子氏と新元隆史氏に話しを聞いた。

現場の声から得た〈気づき〉が開発を後押し

2013年から発売する360度カメラ「THETA」だが、開発チームが「THETA」を活用したソリューション/価値提供を模索する中、顧客とのやりとりから「RICOH360 – Analysis」の着想を得た。今となっては当たり前となったアジャイル開発だが、当時のリコーにはまだまだ浸透しておらず、実際に「THETA」を使用する顧客との日常的なやりとりを通して、トライ&エラーを繰り返しながらサービスインまで漕ぎ着けたそう。

当初はアパレル業界など小売店舗の観測が主で、新店舗を出展した際に「THETA」で撮影したものを本部で共有すると現場の様子がよく分かるとの声が聞こえ、〈店頭の状況を把握できる〉価値がまず浮かび上がってきた。ただ、利用要望が店舗にあったものの、目の前の実務が忙しくなかなか撮影した画像の有効利用にいたらなかった。つまり、撮影された画像は素材であってそこから読み取れる、来店客の滞留状況や購買導線といった分析結果が伴わないと、収集したデータを持て余してしまうことに気が付き、「RICOH360 – Analysis」開発への契機となった(RICOH360 – Analysis:https://360analysis.ricoh/)。

高精細動画で展開する競合他社と比較した場合、「THETA」は1分間隔の標準画質の静止画だ。静止画展開ゆえ他社に後塵を拝したかと不安を感じたこともあったが、意に反して顧客からは「測定はしたいが、煩雑な導入手順は避けたい」「ある程度の画質で良いから手軽に運用したい」といった「THETA」に軍配が上がる声が多く聞かれたという。

また、画角を決めて撮影するカメラと比べ、「THETA」は1台で100㎡撮影できるため、導入台数が少なくて済む点もメリットだ。ドーム型カメラであれば画角は「THETA」と同程度になるだろうが、天井や壁への設置工事が必要となるなど導入に際する手間は大きく、電源プラグをコンセントに挿すだけで使える「RICOH360 – Analysis」とは異なる。展示会など期間限定で使用するシーンなども考慮すると、回線工事なしなど手軽に使用できる点はこだわったし、引き合いは強くなっている。

小売店舗は日々商品のレイアウトを変えることが常で、方向固定カメラだとそもそも店舗全体を観測することができず、撮影方向を固定せず柔軟に対応できる360度カメラへのニーズは高い。もちろん置く場所によっては死角が生まれる場合もあるが、「THETA」の設置性であれば、店舗内の様々な場所を試す中から、最も〈適当〉な場所へ設置調整可能な点が強みのひとつだ。

日々積み重ねる貪欲なアップデート

「THETA」は出自が一般消費者向けの製品だったため連続稼働を前提にしておらず、その点は終日フル稼働が求められる店舗やオフィスへの展開を考えた時に苦労した。機器自体が発する熱の開放や保守運用も課題として持っていた。現在、トラブル発生時はデバイス本体が自動でリセットする機能を持つし、本来収集されるべき画像が収集されないなどエラーを把握しやすい1分間隔撮影の利点がアラートとして機能するため、トラブル発生に対して遠隔操作や人的対応と段階を踏んだ的確な保守運用サービスを提供できる仕組みができあがっている。ユーザー自身がエラーを意識することはほとんどないレベルだ。

人の重なりや背景との同化などの環境にもよるが約8割の精度で人数のカウントができる反面、年齢・性別といった属性の解析は課題として残る。「THETA」が撮る画像は独特で歪みも多いため、属性を判断できるレベルにまで達することは技術的に苦労する点だ。ストックする生データの判定精度も含め、現時点以上にアウトプットできるようになると更に「THETA」「RICOH360 – Analysis」の価値が高まる。恐らく360度画像の所有数はリコーが最多を誇るため、ディープラーニングによる精度向上に一日の長があるだろう。それを生かして将来的には動物など人以外の認識把握まで実現したい。例えば、放牧場で点在する牛の行動分析を通して牧草の加減などへの応用といった可能性がある。

360度カメラ「RICOH THETA」

可能性は無限大!広がる360度世界と利用シーン

顧客と共に作りあげてきたからこその現場向き仕様が奏功した結果、オフィスや展示会など活躍の場が広がっている―。オフィスにおける用途としては2つある。1つ目はサテライトオフィスや遠隔地事業所などの現況把握、2つ目はシェアオフィスやフリーアドレスにおける適正席数の計測予想だ。

これまで定量化が難しかった人の動きをデータとして〈見える化〉することで、オフィスの最適解を見出す突破口となるだろう。また、人手不足を背景に、ホテルの内装など同じ現場でも複数の施工場所を管理する現場監督者向けに、進捗状況把握や確認検査といった利用用途の声は頻繁に聞かれる。

まだプロトタイプだが防塵・防耐をクリアした筐体が完成すれば、大型建設現場でも同様の利用が考えられ、屋内外を問わず「THETA」の利用シーンの広がりは期待できる。

theta office picture「THETA」で撮影したWorker’s Resort編集チームのオフィススペース

「THETA」による360度画像を活用する「RICOH360」ブランドの構築浸透を目指す(RICOH360:https://www.ricoh360.com/jp/)。「RICOH360 – Analysis」もそのひとつだが、開発チームはサービスメニューのラインアップの拡充を図り、〈360度画像=リコー〉のパブリックイメージを獲得したいと意気込む。例えば、不動産において物件画像を360度で撮ってwebページに掲出することで、借りたいと考える人が物件をイメージしやすい補助サービスは既に取り組んでいる(THETA 360.biz:https://www.theta360.biz/)。プレスリリース配信のPR TIMESとの提携も360度画像の浸透が目的だ。

発信力の強い広報パーソンに使ってもらうことで「THETA」の認知度を高め、その先でリコーに辿り着く導線を描く。遠隔地医療や見守りサービス、災害現場など360度画像を必要とするシーンはまだまだたくさん考えられるだろう。参加型授業が盛んな教育現場では、教師と生徒を同時に撮影することで、授業の客観視し授業の活性化を分析できるし、「THETA」を購入者の中には360度カメラに可能性を感じ、エレベーター内の点検作業への応用を試しているケースを聞いたこともある。

360 度の画像を活用するサービスサイト「THETA 360.biz」(左)と「THETA」で撮影した360度物件画像(右)

「現時点で個社の要望に合わせた収集データのカスタマイズは対応していないが、画像のストックは増え続けているので、それをリソースにニーズに合わせて柔軟に応えていきたい」と開発チームは語る。例えば、シェアオフィスやコワーキングスペースにおける適正人数把握はもちろんだが、ワークスペースにおけるコラボレーションの活性化に興味がある人は多いだろう。さらに言えば、コミュニケーションを活性化するキーパーソンの動向を追いかけられるようになれば、その行動分析から帰納的に活発なコミュニケーションを促す行動パターンを見出すこともできる。特定人物にビーコンなどのセンサーを所持してもらい、「THETA」の画像と時系列で照合することで可能になるだろう。

新たな局面と未来

360度カメラ「THETA」は、世界各地で実用化が進む次世代高速通信「5G」を機に新たな局面を迎える。

やり取りするデータ容量が増えることで、現在の1分間隔の標準画質の静止画から動画のアウトプットが可能になり、それに付帯したサービスが生まれる可能性が広がる。開発チームは「360度の動画が遠隔地からライブで見られるようになる」「仮想現実(VR)を用いて、物理的な弊害を飛び越したより現実に近い空間を体験できるだろうし、実証実験が活発な自動運転においても貢献できる」と期待を寄せる。ただ、静止画より動画の方がより情報量があり有効な場面もあるだろうがコスト増は避けられない懸念点もあり、開発チームはユーザーニーズ、つまり〈高細密動画・高コスト〉〈標準静止画・低コスト〉のいずれを求めるか利用シーンに合わせて、2つのサービスのラインアップの可能性を探る。

「THETA」は1台あたり100㎡カバーでき、複数台繋ぎ合わせることで、より広範囲の対象を観測できる。サーバーの負荷が増すが、技術的に拡張制限は設けていないため必要な分だけ増やすことはでき、「5G」が本格化すればなおさらだろう。把握できる人数も1台あたりで100人程度までは確認しているので、台数を増やした分だけ測定できるそうだ。

ただ、「測定対象である人の重なりや背景との同化という問題は継続課題として残る」と開発チームは考える。重なりに強いアルゴリズムを用いているとはいえ、完全に被っているなど画像上で見えないものの処理は難しいようだ。恐らく他社も同様の悩みは持っていて、解決に腐心していると想像するが、今後ディープラーニングで学びを増すほど精度を高められるし、そのリソース収集は「5G」により激増するだろう。

「これまでは遠隔操作による観測と収集したデータの分析・活用の2軸が中心にあり、定性的な見地からのみ判断していたものに定量的視点を持ち込み客観的な議論を誘発することで貢献してきた。色や表現など日々改善を行いその反応をさらに反映するwebサービスでは当たり前のトライ&エラーによる仮説検証を現実世界でもできるようする」と、「THETA」で作る未来を開発チームは見据える。

この記事を書いた人:Yuichi ITO

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