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【現地レポート】北米最大級の現代インテリアの見本市「ICFF 2025」に見るデザインの新潮流

2025年5月、ニューヨークの大型展示場ジャビッツ・センターで「ICFF 2025(International Contemporary Furniture Fair)」が開催された。世界中のデザイン関係者が集う北米最大級の国際現代家具フェアだ。36回目となる今回は、「調和あるデザイン」がテーマ。創造性や共感性、人間らしさに根ざした空間づくりのあり方が、多様な展示とセッションを通じて問い直された。空間設計の未来や、より豊かな働く環境を考えるためのヒントが詰まったイベントとなった。

  • 尾尻知奈美/おじりちなみ

    尾尻知奈美/おじりちなみ

    ニューヨーク在住10年以上。空間デザインの仕事に携わりながら、「Worker’s Resort」では海外視点で働き方やワークプレイスに関する記事を執筆。かつてはフロンティアコンサルティングのデザイン部で、オフィスづくりの現場も経験。

2025年5月18~20日、ニューヨークの大型展示場ジャビッツ・センターで開催された北米最大級の国際現代家具フェア「ICFF 2025(International Contemporary Furniture Fair)」。世界35カ国以上から450を超えるブランドが集い、オフィス家具や照明、テキスタイル、マテリアル、バス・キッチン製品など、多彩なカテゴリーが一堂に会した。

今年のテーマは「調和あるデザイン(Designing in Harmony)」。テクノロジーの進化や働き方の変化が加速する中で、より人間的で、創造性や共感力に根ざした空間とは何かが問い直された。この記事では、筆者が現地で体感した中でも特に印象深かったブランドやセッションを中心に紹介する。

ICFF 2025会場に設置されたアーティストCJ・ヘンドリーによるアートインスタレーション

世界のキーパーソンが語る、空間デザインの最前線

ICFFの魅力のひとつが、世界をリードする専門家や業界のキーパーソンたちによる講演やパネルディスカッションだ。今年は特設エリア「MAIN STAGE」と「THE OASIS」に80名以上が登壇した。

MAIN STAGEでは、日常の体験を豊かにする空間づくりをテーマにしたセッションが開幕を飾り、意図あるデザインの可能性が語られた。THE OASISでは、イタリアのデザイン誌『INTERNI(インテルニ)』がキックオフを担当し、伝統と革新、文化とものづくりの対話が展開された。

「MAIN STAGE」の様子

数あるセッションの中でも特に印象的だったのが、THE OASISのスポンサーを務める音響パネルブランド「Turf(ターフ)」によるセッションだ。音響や色彩がもたらす感情的な反応や空間体験への影響が議論され、五感に訴える包括的なデザインが、心地よいインクルーシブな環境づくりにどう貢献できるかが探られた。人と空間の関係性を感覚の側面から見つめ直し、多様なワーカーにとって心地よく、創造性を高める空間づくりのヒントを与えてくれるセッションとなった。

注目展示のひとつ、ベルギーのエレクトロニック・ミュージック・フェスティバル「Tomorrowland」とベルギーのアウトドア家具ブランド「Ethnicraft」、そしてアントワープを拠点とする建築家ディーター・ファンダー・フェルペンによる「Morphoコレクション」

音と素材で魅せるTurfの感覚デザインとサステナビリティ

Turfはシカゴを拠点とする音響パネルブランドで、素材の表現力と音環境デザインに新たな視点をもたらしている。THE OASISでは、木の梁を思わせるリアルな質感の「Beamコレクション」や、金属・紙のような表情をもつパネルが使われ、視覚と聴覚の両面から空間を彩った。

Turfの製品は、鮮やかな色彩や幾何学的なフォルムに加え、サステナビリティへの強い意識も特徴だ。製造過程で出た端材などを新しい音響パネルへと生まれ変わらせるアップサイクルの取り組み、再利用可能な設計や長期使用に耐える構造を追求し、循環型社会への貢献を実践している。

また同社は、音の感覚を活かしたウェルネス空間の創出にも注力しており、持続可能性と革新性を重視するデザインスタジオ「Ames Design Collective」のキャロリン・エイムズ・ノーブル氏らと協働し、音を通じた感覚的な空間づくりのあり方を探求している。

「意図と配慮のある設計が、人々にポジティブな体験をもたらす」と語るブランドディレクターのファラズ・シャー氏は、パネルセッション「感覚的なデザインが包括的な空間をどのように形づくるか」にも登壇。ノーブル氏、そして多様な環境配慮型プロジェクトを展開するグローバル建築コンサルティングファームHDRのエリザベス・フォン・レーエ氏と共に、音や色彩が感情や創造性、認知機能にどう影響し、空間との深い関係を育むかを語り合った。

THE OASISの様子

持続可能性を実践する、Vestreの家具と環境配慮の取り組み

Turfと並びTHE OASISのスポンサーを務めたVestre(ヴェストレ)は、公共空間向け家具のグローバルなリーディングブランド。持続可能な社会の実現に向けた実践的な取り組みで注目を集めている。ノルウェーを拠点とするこの家族経営のメーカーは、製品の製造から設置・廃棄に至るまで、あらゆる段階で循環性と環境負荷の最小化を徹底している。その姿勢は、革新的な都市計画で知られるビャルケ・インゲルス・グループ(BIG)が手がけた自社工場「ザ・プラス」にも表れている。工場はBREEAM認証*の最高ランク「Outstanding」を取得し、従来比で90%少ない外部エネルギーで稼働、CO₂排出量も55%削減されている。

* 英国建築研究所(BRE)が開発した環境性能評価制度。

ICFFでは、スウェーデン人デザイナーのエマ・オルバースによる「Tellus ベンチ」をTHE OASISの来場者席として設置した。化石燃料を使わないスチール素材を採用し、従来比で70%のCO₂排出削減を実現。端正なデザインと高い環境性能を兼ね備えた製品だ。

Vestreはすべての製品について環境製品宣言(EPD)を公開し、分解や再利用に配慮したモジュール設計を採用。サステナビリティへの取り組みを、透明性と実効性をもって推進している。「持続可能性という言葉が軽くなったのは、実行を伴わずに語る企業が増えたからだ」と指摘するのは、同社チェアマンのクリストファー・ヴェストレ氏。語るより実践を重視する姿勢が、展示からプロダクトに至るまで一貫して感じられた。

THE OASISには「Tellus ベンチ」が来場者席として設置された

HÅGが提案する、「動く座り方」と新しい働き方

1943年創業の北欧家具ブランド「HÅG(ホーグ)」は、健康的にアクティブに座ることを追求し続けている。1984年にノルウェーのデザイナー、ピーター・オプスヴイック氏が設計したオフィスチェア「Capisco(カピスコ)」は、乗馬の姿勢に着想を得た鞍型の座面と、十字型の背もたれが特徴。自然な身体の動きを促す設計となっている。

今回のICFFでは、再生ポリプロピレンを95%使用し、接着剤を使わず解体・再利用しやすい構造を採用したモデルを展示した。環境配慮にも優れ、2010年にオフィスチェアとして初めてノルディックスワン・エコラベル(北欧の環境認証)を取得、2015年にはヨーロッパ最優秀リサイクルプラスチック製品賞にも選出されている。

担当者は「立ち上がる必要があるのは、椅子の設計が原因であることも多い。私たちは“座ったまま動くこと”を可能にする椅子で、そのニーズに応えたい」と語る。“座る=静止”という概念に疑問を投げかける姿勢は、現代の働き方に新たな視点をもたらす。

HÅGの展示は、出版社PhaidonとHÅG × Flokk、Midgard Licht(ミッドガルド・リヒト)による協賛企画「THE LIBRARY」内で行われた。その中で紹介されたPhaidon社の最新刊『Defining Style: The Book of Interior Design』は、デザインの哲学や潮流を共有する空間演出と呼応し、プロダクトの背景にある思想を来場者に伝えていた。

Capiscoに座りながら話を聞いたり『Defining Style』を読んだりすることができる

紙素材の可能性を広げる、moloの独創的な空間演出

カナダ・バンクーバー発のデザインスタジオ「molo(モロ)」は、紙素材を用いた空間演出で知られ、ICFFの常連ブランドとして今年も注目を集めた。建築出身のデザイナーデュオ、ステファニー・フォーサイス氏とトッド・マッカラン氏によって設立された同社は、2004年の初出展以来、柔らかく詩的な質感のプロダクトで独自の世界観を発信している。

今回は、シルバーグレイと深緑の「softwall」(紙製間仕切り)を用いたインスタレーションを披露。波打つようなプリーツ構造の壁面は、光の当たり方で微妙にトーンを変えながら、空間に静かなリズムを生み出すとともに音を吸収する役割も果たす。出展ブランドの中でも特に高さのある空間設計ながら、紙特有の柔らかさと流動的なフォルムによって圧迫感はなく、会場に心地よい雰囲気をもたらしていた。

中央には背もたれの高い「benchwall」(ベンチ型間仕切り)が曲線を描くように配置され、緩やかに視線を遮りながら開放感を保ったゾーニングを実現。天井には雲のような形状の照明「cloud softlight」、足元にはペーパーランプ「urchin softlight」が配され、光の柔らかさが空間全体に温もりを添えていた。

プロダクトはすべてFSC認証(森林管理認証)を受けた木材を原料とする単一素材で構成されており、軽量かつ圧縮可能な構造は輸送時の環境負荷を最小限に抑えている。「softwall」は展開時の99%が空気という構造で、必要に応じて一部の差し替えや再構成も可能だ。こうした環境性能と造形美が高く評価され、2024年のICFFでは「ICFF エディターズアワード」を含む計4つの賞を受賞。その実績に裏打ちされた空間表現は、今年も来場者たちに新たなインスピレーションを与えていた。

moloの展示ブース

人と人が交わるICFFのネットワーキング

ICFFでは展示や講演に加え、人と人のつながりを生むネットワーキングの場やプログラムも充実している。オフィス家具大手Haworth(ヘイワース)は「デザイン教育スポンサー」として、いずれも米国の美術大学のロード・アイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)やアートセンター・カレッジ・オブ・デザインなどと長年にわたり連携し、教育機関と実務の架け橋となるプログラムを構築。今回のICFFでは、そうした連携を通じて生まれた学生や若手クリエイターによる成果が披露された。アートセンターとの取り組みでは、循環型デザインやワーカーの身体的・感情的・認知的ウェルビーイングにまで踏み込んだ、次世代のワークプレイス像が提案された。

また、異業種のプロフェッショナルがカジュアルに交流できる場も随所に設けられ、新たな協業のきっかけとなる光景が見られたのもICFFならではだ。

「MAIN STAGE」に隣接するラウンジ

ICFF 2025では、サステナブルな素材開発や感性に訴える空間設計、身体性への配慮など、デザインが社会課題と接続しながら進化している姿が明確に示された。これらの潮流は、単なるトレンドにとどまらず、これからの働く場や都市空間のあり方を再構築する起点となるだろう。