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増える「昼寝推奨」企業、アメリカ事例から現状を探る

昼寝制度を導入する企業や睡眠をサポートする製品・サービスが今少しずつ増えている。ワーク・ライフの一部である睡眠を理解するために、アメリカ企業の事例を紹介する。

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読者の中でオフィスで昼寝・仮眠を取る方はどれぐらいいるだろうか?昼寝の効果は専門家による研究で次々と取り上げられてきたが、企業として社員の昼寝を認めていない、また認めていても社員が昼寝しづらいと感じてしまう環境がまだ多く残っているように思う。

現在どのような企業が社員の昼寝を推奨しているのか。そしてそれにはどのようなツールやサービスが使われているのか。仮眠を取るのも新たな習慣になるかもしれない今日の日本の働き方改革に備え、その参考として自由な働き方が進むアメリカの「オフィスにおける昼寝の現状」についてまとめてみる。

「パワーナップ」誕生から20年も未だ残る睡眠問題

オフィスでの昼寝と聞いて、読者の頭に浮かんだのはきっと「パワーナップ」だろう。これは、コーネル大学の社会心理学者James Maas教授が1998年に出版した著書「Power Sleep」で唱えた言葉で、深い眠りに落ちない10分から30分程度の昼寝を午後の早い時間に取ることで疲労回復や集中力、認知力向上の効果が得られるというものだ。しかしこの言葉が現れてから20年経った現在でも、アメリカ人の睡眠不足の問題は続いている。

例えばアメリカの国立睡眠財団(National Sleep Foundation)が運営するSleep.orgによると、29%の社員が職場で眠気を感じたり実際に眠りに落ちてしまった経験があり、また睡眠不足が年間で$63Bドル相当のアメリカ企業の生産性低下に影響していると報告されている。同じく国立睡眠財団による2018年のアンケート結果報告書では、睡眠不足の中で効果的に仕事を進められると答えた回答者はたった46%程度で、下記資料の通り睡眠の質が日々の活動の効率性を左右する原因になっていると指摘されている。

国立睡眠財団が定めるSleep Health Indexを基に、睡眠健康(Sleep Health)の値が高い(’Excellent’)とされる対象者のうち89%が効果的に仕事をこなせると回答。一方、睡眠健康の値が低い(’Poor’)とされる対象者の46%のみが効果的に仕事できると回答した。十分な睡眠が取れなくなるほど高い作業効率を発揮できない社員が多くいることがわかる。

さらに掘り下げてみると、この数十年でアメリカ人の睡眠時間はかなり低下していることがわかった。Gallupによるアンケートによると、2013年のアメリカ人の平均睡眠時間は6.8時間。これは同社の1942年のアンケート結果である7.9時間から実に1時間以上も減っており、適切な睡眠時間とされる7〜9時間にも満たない数字だ。神経科学者で「Why We Sleep: The New Science of Sleep and Dreams」の著者でもあるMatthew Walker氏によると、この睡眠不足の減少傾向はアメリカのみならず世界的に見られる兆候で、労働や通勤の長時間化、スマートフォンの利用等が原因の1つだという。

睡眠の重要性がこれまで語られてきながら、夜の睡眠時間は減少し、さらに昼の仮眠でのカバーもできていない。オフィスでの昼寝がまだ浸透していないこの状況の中で、まずは「昼寝は社員の効率性や健康の向上にとって大切なもの」という意識づくりを行っているのがアメリカの現状だ。同じく昼寝文化が馴染んでおらず、さらにアメリカ人よりも睡眠時間の少ない日本人にとって参考になるところが色々とありそうだ。

「寝る=サボる」の偏見を変えられるか

働く人の昼寝に対する意識改革を進めていく中で厄介なのが、成功者の一部に共通する「ほとんど寝ずに仕事をしてきた」という話だ。例えば、Southwest Airlinesの共同創業者Herb Kelleher氏や、デザイナーで映画監督でもあるTom Ford氏の睡眠時間は3〜4時間程度。前YahooCEOのMarissa Mayer氏も1日に4時間ほどしか寝ず、彼女の場合Googleの初期スタッフとして働いていた時代には週に130時間も働き、寝る時間以外ほぼすべて働いていたという逸話もある。このように「ビジネスの場面における昼寝など言語道断」「昼寝=サボり」のイメージがまだ根強く残る中で、いかに昼寝をとることの重要性を伝えていけるかが鍵になる。

そのような中で積極的に昼寝の重要性を訴えているのが、Huffington PostのCEO、Arianna Huffington氏だ。彼女も先述の人物たちと同様に数時間程度の睡眠を実践していたが、2007年に睡眠不足から来る疲労で突然気を失い入院に至ったという。それ以降、睡眠の重要性を提唱し続け、Huffington Postの社内には後述する昼寝専用チェア「EnergyPod」を他の企業に先駆けて早期から導入している。また、2016年には企業向けにストレスの少ない、健康改善を促す働き方やその環境を提案するThrive Globalをニューヨークで起業している。

ナップポッドを愛用するHuffington氏(左)。Thrive Global社内の部屋にはギリシャのベッド企業Coco-Matのベッドを導入し、ナップルームとして活用している(右)

昼寝に投資する企業8社

Huffington氏以外にも「社員のためのオフィス」実現に先駆けて昼寝スペースやツールを導入する企業が徐々に増え始めている。Inc.によると、2015年9月時点で約6%の雇用主が自社内でナップルームを持っているようで、これは2008年の1%から成長が見られる数字だ。ここで事例として昼寝に投資している企業6社を簡単に紹介する。

Nike

オレゴン州ポートランドにあるNikeの本社では、社員が睡眠を取ったり、瞑想したりできる部屋が用意されている。同社は「朝型」か「夜型」かを決める概日リズムの要素である「クロノタイプ」に合わせて、社員にフレキシブルな就業時間を与える企業の1つだ。先述のWalker氏は「これまで朝型の人間はオフィスに早めにいることから高い評価を受ける傾向にある一方、夜型の人間は遅く出社し夜も遅くまで会社に残ることが多いことから不利な立場に置かれることが多かった。しかしそれは彼らのせいではなく、遺伝的なものであると企業は理解し始めている」とNikeの例を見て語る。

Uber

カーシェアリングで有名なUberはサンフランシスコにある本社でナップルーム(昼寝部屋)を持つ。これは本社デザインを担当したインテリアデザイン会社Studio O + Aの元デザイナー、Denise Cherry(デニス・チェリー)氏によって取り入れられたもの。彼女は次のように語る。「規約争いで有名なUberのために、最大限の効率を重視したスペースを作りあげることが課された課題でした、つまり誰もオフィスから離れず仕事ができる空間作りです。それにはリビングルームやキッチン、小さな集中スペースにナップルームも含まれていました。」

Google

本メディアで度々登場するカリフォルニア州マウンテンビューのGoogle本社には、社員への福利厚生の一部として、Huffington Postと同じナップポッドの「EnergyPod」が置かれており、また常時バリスタのいるコーヒーバーや軽食、シャワー等も提供されている。同社の不動産担当副社長のDavid Radcliffe氏は「ワークプレイスはナップポッドなしでは完成しない」と話している。

Zappos

ZapposのCEO、Tony Hsieh(トニー・シェイ)氏は上下関係のないフラットな組織「ホラクラシー」を自社で実践する著名起業家でもあるが、彼もオフィスでの昼寝を推奨する人物の1人である。ラスベガスにある本社の福利厚生の1つとして、Googleと同じくEnergyPodを導入している。

EnergyPodの他にも昼寝部屋を用意しているZappos

Capital One Labs

大手銀行ながら業界内でも革新的なオフィスを持ち、2014年にはInc.によるWorld’s Coolest Officesにも選ばれたCapital Oneのラボ施設、Capital One Labs。ここでも社員が仮眠を取れる昼寝スペースが設けられている(下画像のはしごが取り付けられたスペース)。これもUberと同じくStudio O + Aによるデザインのものだ。

Ben & Jerry’s

バーモント州バーリントンに拠点を置くアイスクリーム会社のBen & Jerry’sは初期から昼寝を推奨してきた企業の1つ。10年以上も前からナップルームを社内に持ち、社員に提供してきた。同社のHR部門のディレクターを務めるJane Goetschius氏曰く、ヨガ教室やオフィス内のジムといった他の福利厚生に合わせて、ナップルームは会社が従業員に対する彼らの価値を伝える方法の1つであるようだ。

他にもCisco、PwC、NASAやアメリカ海兵隊といったところも昼寝の科学的根拠をもとに実践しているようだ。もちろんここに挙がる企業以外にも、シンプルな小部屋に簡易ベッドやハンモックを設置して昼寝部屋を提供するところは現在も増えている。

睡眠をサポートしてくれるツール・サービス

部屋とベッドを用意する以外にどのような昼寝用ツールやサービスが存在するのか。これまでデスクで仮眠を取れる昼寝用枕やクッションは見受けられてきたが、実はそれ以上の製品・サービスはここ最近になるまで積極的に進められてこなかった。今日企業や社員が利用できるものを一部ここに挙げてみた。

MetroNaps社の「EnergyPod」

先ほどから何度も名前が挙がっているのが、MetroNaps社開発のEnergyPodだ。同社曰く「ワークプレイスでの仮眠という特定の目的に作られた世界初のイス」で、長い仮眠ではなく、あくまで15分から最大30分のパワーナップ専用に作られたという。

同社CEOで創業者の1人であるChristopher Lindholst氏によると、職場で睡魔に襲われる人たちを見て、疲労に対する職場でのソリューションがまったくないことに気づいたという。「取るスペースを最小限に抑えたサイズ感」「どこにでも置ける手軽さ」「簡単なメンテナンス」そして「休むために居心地よくシンプルな作り」の4つの必要条件を満たすように作られたのがポイントだ。

この商品の営業活動を行う中で多くの企業に奇異の目を当てられたとLindholst氏は語るが、今こうして導入企業が増えてきたのは企業の昼寝に対する意識が少しずつ変わってきたからだろう。これまでに取り上げたGoogleやZappos、Huffington Postの他にもNASA、Samsung、PwC、Proctor and Gamble、さらにはバージニア工科大学、フロリダ大学、マイアミ大学といった教育施設も同製品をすでに導入している。

このように大学名も複数挙がる通り、昼寝はミレニアル世代等の若い世代に受け入れられることが多いことから、世代間の価値観の違いが受け入れに大きく影響しているとLindholst氏は語る。彼らは自分たちの責任を果たす方法や態度について柔軟な考えを持っていて、パフォーマンス向上につながる「職場で仮眠できる設備」に対し、彼らの上司に当たる年齢層の社員よりも受け入れやすい傾向にあるようだ。Lindholst氏曰く、今や企業は「昼寝制度を社内で採用するか・しないか」という議論ではなく、「それを取り入れるスペースと予算があるか・ないか」という議論の段階にあるようだ。

関連記事:昼寝を促す環境は健康経営の証 – 昼寝専用チェア「エナジーポッド」CEO取材

Framery社の「NapQ」

Frameryが提供するNapQは今日話題のハドルルームと昼寝スペースを掛け合わせた、まさに現代のワークスペース縮図版といって良いだろう。この箱自体はFramery Qと呼ばれ、縦222cm、横220cm、奥行き120cmといったサイズで、大人4人が入っていっぱいになる程度のポッド型ワークスペース。NapQはこのFramery Qに、簡易ベッドにもなるソファセットを組み込んだセット商品で、電話ブースからハドルルーム、そして仮眠を取れるナップルームにもなれるといった仕組みだ。同製品は2018年7月の世界的オフィス家具見本市の1つであるNeoConに出展され、大きな話題を呼んだ。

Sleepbox

マサチューセッツ州発のスタートアップが開発したSleepboxはオフィスや空港、その他公共施設等どこにでも導入できるように作られた「自動販売機型昼寝スペース」だ。約4.2平方メートルになるスペースは昼寝以外にも仕事や瞑想、母親の授乳スペースとしても活用できるという。ちなみに同社は、ボストンにある著名スタートアップ・アクセラレーターのMassChallengeにも参加した、社会への強い影響力が期待される将来有望なスタートアップだ。

Nappify

一方、カリフォルニア州オレンジカウンティ発のスタートアップ、Nappifyは5メートルほどのトレーラーを利用して「移動式ナップステーション」で仮眠サービスを展開。現在の活動状況は不明だが、トレーラー内には4つのナップルームがあり、それぞれツインサイズのベッドと折りたたみ式のテーブルが設置されている。部屋は防音で、各部屋には緊急時に脱出できる窓も存在する。昼寝の推奨キャンペーンを進め、2016年には大学キャンパスを中心にトレーラーでまわり、学生たちに積極的な利用を促した。

Nap York

そして、ニューヨーク・マンハッタンのNap Yorkは「仮眠用のカプセルホテル」を提供する。同社は今年2月に誕生したばかりの24時間営業の施設で、30分のパワーナップから旅行者の乗り継ぎの数時間の休憩用にも利用できる。利用開始時から料金は徐々に上がったが、現在は30分15ドルで仮眠が可能。月額プランも存在し、250ドルのゴールドプレミアムプランでは週に5回、最大90分の施設利用が可能となっている。2018年11月現在ではビル改修工事のためサービスが一時的に利用できないが、本格始動に向けて準備を進めている段階だ。

下記画像にある通り、スペースはすべて完全1人用となっている。仮眠するスペース以外にもシャワーやマッサージサービス、屋上にあるハンモックも利用可能だ。

同様のサービスをロンドンで展開しているのはPop&Restだ。利用者にはシングルサイズのベッドにシャワー、フルーツやコーヒーといった簡単な軽食を用意しており、30分から最大2時間までの利用が可能。昨年の2017年に期間限定のポップアップストアとして4つの仮眠部屋を提供して話題を呼び、今年から本格的に展開を始めた。まだロンドンの中心地に1箇所のみしかないが、今後積極的に拡大していく予定だ。

Recharj

ワシントンD.C.では忙しく働くワーカー達に休息を届ける「メディテーション&ナッピングスタジオ」が人気。2016年からサービスを提供するRecharjは、起業家が有名投資家達に自身のビジネスのプレゼンを行うテレビ番組「Shark Tank(シャーク・タンク)」に出演したことでも話題となった。昼寝のみ、瞑想のみ、また2つを組み合わせたクラス等、様々なセッションを用意しており、1回9ドルから利用することが可能だ。

recharj meditation and napping

この他にも仮眠スペースを貸し出すところは存在しており、例えばロサンゼルスにあるスパ、Spa Le Laでは25分で40ドルで仮眠部屋を貸し出している。また日本でもネスカフェが2017年3月に世界睡眠デーと合わせてフランスベッドとコラボし、期間限定でリクライニングベッドを設置した睡眠カフェをオープン。同年9月にはネスレが全日本工業ベット工業会とコラボし、銀座で同じく仮眠できるカフェを期間限定で開いた。回復効果のある最大30分の昼寝のパワーナップと、コーヒーに含まれるカフェインが摂取30分後に脳に効き始める特徴を掛け合わせた「カフェイン睡眠」を実践できる空間が街中で徐々に見られるようになった。

さらに睡眠の質をあげる瞑想や人の体内時計に関連するサーカディアン照明も含めれば、製品・サービスの数はさらに多くなる。しかしながら、昼寝をサポートする方法やツールの開発はまだ始まったばかりといった感じで、あるメディアではオフィスでの昼寝に関して「ようやく机の下から出てこれるようになった」と揶揄していたほど。このような製品やサービスがこれからも増えていく中で、今後昼寝を支援・促進する企業が大多数になるのは時間の問題かもしれない。

最後に:企業で昼寝制度を導入するには

これまでを踏まえた上で結局重要な課題は、自らの企業で昼寝制度を導入できるか否か、というところだ。これに対しWalker氏はまず社会的、組織的、そして構造的な変化が必要だと語る。

睡眠・昼寝にはまだまだイメージ的な問題が強く残る。上に挙げた昼寝を推進するキャンペーンやこれまでに積み上げられてきた科学的根拠への理解は、企業上層部を中心に多くの人が意識改革をしていく上で必要不可欠だ。またフランスで今年、就業時間外にメール対応等を含む仕事関連の作業から離れて良いとする権利を従業員に与えた「Right to Disconnect」のように、社会的に昼寝を支援する取り組みもまた必要かもしれない。「昼寝は作業効率をあげるもの」「健康維持に大切なもの」というポジティブなイメージを新たに持つことが大切だ。

導入にあたり、昼寝制度の投資対効果を気にする方もいるだろう。NuCalmのCOOを務めるChristopher Gross氏によると、社員の生産性やパフォーマンス、社員同士の関係性、また従業員定着率や人材の獲得率に目を向けると良いという。これらの指標はそれぞれ昼寝部屋との直接的な関係性を測るには難しいが、包括的に見ていくことで企業のボトムラインを向上させるのに役立つという。

昼寝制度が具体的にどういった社員に特に効果的なのか、というのを知っておくのも検討材料の1つになるだろう。昼寝は以下のような社員に特に効果的だと言われている。

  • 夜の睡眠障害を持っている社員
  • 新しい部署・役職に定着したばかりで生活リズムを安定させたい社員
  • 時差が異なる地域への出張が多い社員
  • 渋滞のひどい長時間の通勤を行っている社員
  • 新しく親になった社員
  • 疾患の治療等で眠気作用も含んだ薬を服用している社員

他にも昼寝の導入を検討する際に考慮しなければいけない問題は多く存在するが、こういった課題を1つずつ解決していくことで「昼寝でリチャージ」の新たな働き方に近づくはずだ。ワーク・ライフを考慮した働き方の中で睡眠という課題が今後どのように扱われるのか、引き続き注目していく。

この記事を書いた人:Kazumasa Ikoma

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