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職場でひらめきをどう生むか。専門家に聞いた「ぼんやりすること」とクリエイティビティの関係性 | Scientific Implications

「心のそぞろ歩き」を意味するマインドワンダリング。その現象とクリエイティビティの創発との関係を探る研究がある。マインドワンダリングは、日々の仕事やオフィス空間づくりにどう生かせるのか。専門家に話を聞いた。

「ひらめき」を生むために

カジュアルに交流できるスペースを設置したり、移動式のホワイトボードを用意したり――。ワーカーの創造性を高めることを目的に、オフィスではさまざまな工夫がこらされている。しかし、それらの効果や具体的な手法についての実証研究の例は少ない。

そこで注目したいのが、沖縄国際大学で講師をつとめる山岡明奈氏の研究だ。テーマは「マインドワンダリング」。退屈なときなどにぼんやりとあれこれ考えることを指しており、「心のそぞろ歩き」という意味の言葉だ。山岡さんが専門とする心理学では、「現在行っている課題や外的な環境の出来事から注意が逸れて、自己生成的な思考を行う現象 」(Smallwood & Schooler, 2015)のように定義されている。山岡氏の研究の興味深いところは、「一見すると役に立たなそうなマインドワンダリングが、実は創造力を高めているのではないか」という問いに立脚している点だ。

心理学的なアプローチでそのメカニズムを読み解く山岡氏の研究から、仕事で使える「ひらめき」のヒントを得られないだろうか。インタビューを行った。

マインドワンダリングについて説明する山岡氏

マインドワンダリングとは

例えば、「上司の退屈な話の最中に、夕食の献立をぼんやりと考えてしまう」というような経験は誰しもあることだろう。マインドワンダリングとは先述したように、目の前に集中すべき出来事があるにもかかわらず、それとは関係のないことを考えてしまう現象を指す。

山岡氏は次のように語る。「この現象の定義の幅は、研究者の間でもまだ議論されています。意図的な思考はマインドワンダリングに含めないという研究者もいますが、意図的な思考と意図的でない思考をはっきり分けるのは難しいという理由から、両方を含むものとして扱う研究者もいますし、私もそのように捉えています」

意外なことかもしれないが、ぼんやりしている最中に突如訪れる創造的なひらめきについては、実は古来より語り継がれている。有名なものでは、古代ギリシアのアルキメデスが入浴中に浮力の原理を思いついたエピソードが挙げられる。また、中国北宋時代の文学者・政治家である欧陽脩は、文章を考えるにあたり最も都合のよいシチュエーションとして、馬上(乗馬中)・枕上(寝床の中)・厠上(トイレの中)の「三上」を挙げている(欧陽, 1919)。現代のオフィスワーカーでも、シャワーを浴びているときや散歩中に企画アイデアがふと浮かぶといった経験のある人は多いのではないだろうか。

いずれも、研究や文筆とは別のタスクに取り組んでいるところがポイントだ。このような現象は、卵のように一度あたためることでアイデアが育つことから「孵化効果」と呼ばれており(Wallas, 1926) 、数学者のアンリ・ポアンカレにちなんで「ポアンカレのインキュベーション」という発想法としても紹介されている(読書猿, 2017 など)。

「孵化効果を生み出すためには、ただぼんやりしているだけではだめで、いったん考えを絞り出してからリラックスすることが大切です」と山岡氏は言う。実際に、孵化効果がタスクに取り組んでいる時間や集中の程度によって変わるという研究が海外で発表されている(Sio & Ornerod, 2009)。

「私も研究をしていると、疲れてもうだめだー!というタイミングで休憩に入るのですが、その休憩中にふと気づいたらまた研究のことを考えているということがよくあります。これはまさに孵化効果を生みそうなマインドワンダリングですね」

ブレインストーミングに使えるマインドワンダリング

山岡氏が取り組んできた研究でも、マインドワンダリングを頻繁に行っている人は創造性を測るテストの得点が高いという結果が出ている(Yamaoka & Yukawa, 2020など)。創造性と一口に言ってもさまざまな種類があるが、なかでもマインドワンダリングとの関連が示されているのは、新しいアイデアを多く生み出す「拡散的思考」だ。

アイデア出しを行う「拡散的思考テスト」を使って、テストの間に頻繁にマインドワンダリングをしていた参加者と、それほど行なっていなかった参加者を比べた研究がある。その結果から、前者のほうが多くのアイデアが出ていることがわかった (山岡・湯川, 2016)。さらに詳しく見ると、マインドワンダリングを頻繁に行なっていた参加者では、似たようなアイデアばかりにならずにアイデアの種類が多くなっており、さらに他の参加者とのアイデアの重複も少ないという結果となっていたのだ。

図は「マインドワンダリングが創造的な問題解決を増進する」山岡・湯川研究 (心理学研究 2016 年 第 87 巻 第 5 号 pp. 506– 512) をもとに編集部作成

タスクの合間に起こるマインドワンダリングの頻度は、アイデアの数だけでなく、柔軟性や他の人が思いつかない発想をする独自性などと関連することがわかった。創造性の中でも、特に「ブレインストーミング」のような場面で求められるものといえるだろう。

一方、マインドワンダリングが創造性に寄与しにくい場面もある。具体的には、創造性には先に挙げた拡散的思考のほかに「収束的思考」と呼ばれるものがある。拡散的思考が発想をひろげていくものであるのに対し、収束的思考はひとつの解を導き出すような思考のことを言う。会議のフレームワークとして使われる「発散と収束」を思い浮かべるとわかりやすいはずだ。

「マインドワンダリングは、収束的思考には効果的でない可能性がある」と山岡氏は指摘する。収束的思考を行うためには、背景要因の検討や各選択肢の比較などを理論的に行う必要がある。かつ、検討対象となるテーマに集中的に取り組まなければならない。しかし、マインドワンダリングのような中途半端な状態では検討を深めることが難しくなってしまうのだ。

マインドワンダリングで作るクリエイティブなワークプレイス

以上に見てきたマインドワンダリングの特徴を踏まえると、クリエイティブなワークプレイスをつくる際のヒントが見えてくるのではないだろうか。たとえば、会議が「発散→収束」の構造になっているのであれば、前半部分でマインドワンダリングを促すような仕掛けを施し、後半では場面を変えるといった工夫が考えられる。まずは発散用の部屋でリラックスしつつアイデア出しを始め、休憩を挟んでから収束用の部屋で出てきたアイデアを検討していくといった具合だ。

マインドワンダリングはふとした外的刺激で始まることもあるため、発散用の部屋には本や雑誌、環境映像を映したモニター、小物などを配置するのも有効かもしれない。反対に、収束用の部屋はマインドワンダリングが起きにくいよう、シンプルで集中できる場所にするとよいだろう。

また、「孵化効果を生むには、一度集中的に考え抜くことが必要」という知見も生かしたい。例えば「リラックス用の空間」と「集中用のブース」を有効に使い分けるのはどうか。企画アイデアなどを考えるときはブースで思索を深め、行き詰まったところでカフェスペースに移り孵化効果を期待するといった方法だ。

ABW(Activity Based Working) の広まりとともに、オフィス内にさまざまな用途の空間を設ける企業が増えてきた。上述したように、今後は空間を設置するだけでなく、その効果的な使い方やベストプラクティスを探究していくことがオフィスの価値を引き出すためには必要となる。山岡氏の研究は、こうした試行錯誤をするにあたり、有効な羅針盤となるだろう。

ぜひ、皆さんのワークスペースでもマインドワンダリングの活用にトライし、効果を検証していただきたい。そうした実験や実例の積み重ねによって、ワークプレイスがより創造的で、場所として価値あるものとなるだろう。もしかしたら山岡氏のような研究者の目に止まり、皆さんの会社の事例が学術研究の世界へとフィードバックされる未来も来るかもしれない。

インタビュイープロフィール

山岡 明奈(やまおか あきな)
沖縄国際大学 総合文化学部 人間福祉学科 心理カウンセリング専攻 講師。筑波大学大学院 心理総合科学研究科 心理学専攻にて博士(心理学)を取得後、2020年から現職。学士の卒業研究からマインドワンダリングと創造性の関連についての研究を続けており、国際的な学会誌にも論文が複数掲載されている。フィンスイミングの日本記録保持者であり、ワールドカップへの出場経験ももつ。


この記事を書いた人:Iori Egawa