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働き方の多様化で求められる「ヒューマンセントリック」なワークプレイス ー WORKTECHレポート

記事作成日:[February 23, 2023]
/ 記事更新日:[March 06, 2023]
BY Worker's Resort Editorial Team

働き方の多様化で再考されるヒューマンセントリック

パンデミックを経て、オフィス勤務中心だった働き方はよりフレキシブルに変化している。その流れがますます加速する今、働き方やワークプレイスを最適化するために、「ヒューマンセントリック(人間中心)」がひとつのキーワードとなっているようだ。

2022年11月17日、ニューヨークに続きサンフランシスコで、WORKTECH22 San Franciscoが開催された。VISAやMarqeta、Atlassian、Freespaceといった企業のオピニオンリーダーやハーバード大学の研究者など24名の専門家が集まり、「これからの働き方とワークプレイスの未来」について意見を交わした。以下にその内容をレポートする。

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ハイブリッドワークの流れは元に戻れないところまできている

パンデミックは、オフィスに行かなくても仕事ができる実感を与え、働き方の多様化を後押しした。通勤の必要のない心地よい自宅での勤務を経験し、オフィスに通う意義を感じなくなった人も少なくないだろう。遠隔コミュニケーションを支援する企業であるPoly社のJennifer Adams氏は、「オフィスはこうした経験と競争している」と現状を表現している。

Microsoft社が2022年3月に公表した「2022年版Work Trend Index」によると、ハイブリッドワークで働く人の割合は38%を超え、53%の人々が今後1年の間にハイブリッドへの移行を検討すると回答していた。WORKTECH AcademyのMatthew Myerson氏はこの調査結果を紹介しながら、「ハイブリッドワークはすでにポイント・オブ・ノー・リターン(回帰不能点)にきている」と語った。

毎年春に公表されるMicrosoft社の「Work Trend Index」では、働き方に関する最新動向についてデータに基づく洞察が提示される。
(画像はMicrosoft社のWebサイトより)

こうした状況のなか、「多様な働き方をどう最適化すればよいか」、また「オフィスに従業員を戻すにはどうすればよいか」が大きな課題となっている。そこでキーワードとなるのが、「ヒューマンセントリック」「つながり」「テクノロジー」だ。

「one-size-fits-all」の時代は終わった

これまでのオフィス勤務について、Myerson氏は建築家・Andy Young氏の「8時間のフライトのようだ」という表現を紹介した。狭い座席とスクリーンに縛り付けられ、ひどい照明、食べ物、空気の中で目的地まで耐えなければならない。今こそワークプレイスは、仕事をする場所から「どう感じるか」にフォーカスした場所へとシフトすべきだとMyerson氏は訴える。仕事ではなく、そこで働く人たちを中心とした「ヒューマンセントリック」なワークプレイスが求められているのだ。

ハーバード大学の心理学者であり、企業向けにグループ心理学に基づいたバーチャルワークショップを提供する企業・Groop社の創業者でもあるBobbi Wegner博士は、職場で良い関係を構築するには、「one-size-fits-all(一つの型をすべてに当てはめる)」ではなく、一人一人と向きあうことが不可欠だと語った。こうした心構えは、これからのワークプレイスの改革にも当てはまりそうだ。

カード発行のプラットフォームを運営するMarqeta社のSunaina Lobo氏は、同社の「フレキシブルファースト」のポリシーについて紹介するなかで、従業員の声に耳を傾けることの大切さを説いた。同社では、毎月タウンミーティングを開催し、従業員からのフィードバックを集めている。福利厚生、従業員エクスペリエンスなどの社内規定やキャリア形成については、そうした声を反映して柔軟に設定するべきだと語った。

Marqeta社では、柔軟な働き方をサポートすることで、以前より多様な雇用が広がったという。「フレキシブルファースト」導入前は12%だった従業員の多様性分布が現在では58%に上昇。さらに、underrepresented minority(過小評価されているマイノリティ)にあたる女性の割合が平均約20%であるシリコンバレーにおいて、同社ではその倍以上となる47%を女性が占めている。

また、Poly社のJennifer Adams氏は、働き方をベースに従業員を以下の6つのペルソナに分けて分析することで、オフィスごとの傾向が見えてくると語る。その一例として、同社ではリモートワーカーが多数を占めている一方で、新たにオープンするオフィスではハイブリットワーカーが多いことがわかり、彼らが求める働き方に合わせたスペース設計へと修正したケースを紹介した。

【Poly社が提唱する働き方別の6つのペルソナ】

・コネクテッドエグゼクティブ
意思決定や問題解決のために必要な場所に移動するビジネスドライバー。他のどのペルソナよりも多くのコミュニケーションツールを使用するため、あらゆるデバイスで常に接続されていなければならない。

・ロードウォーリア
オフィス以外の場所で仕事をする割合が50%以上を占める。移動が多いため、通話時のノイズや接続の不安定さが課題であり、携帯性に優れ、使い勝手の良いソリューションを求めている。

・フレックスワーカー
オフィス、ホームオフィス、出張を行き来している。リモートワークや外出が多いため、同僚とのコラボレーションが難しく、オフィスでの重要な情報を見逃してしまうこともある。

・リモートコラボレーター
ホームオフィスやコワーキングスペースで仕事をするリモートワーカー。直接会って仕事をする機会が少なく、生産的なコラボレーションを成功させるために多くの課題を抱えている。

・オフィスコラボレーター
オフィスをベースとしたワークスタイルで、高いコラボレーション能力と新しいテクノロジーに対するオープンな姿勢を持っている。一日の大半をオフィスのデスクで過ごすため、バックグラウンドのノイズや常に中断されることが難点。

・オフィスコミュニケーター
古典的なワークスタイルであるオフィスコミュニケーターは、使い慣れたシステムやデバイスを好む。オフィスでのコミュニケーションに費やす時間が多いため、通話が中断される、周囲の雑音に邪魔される、プライバシーが守られないなどの問題がある。

オフィスが必ずしも「仕事をするための場所」だけではなくなった今、従業員が何を求めているかを追求することで、新たなワークスペース像が生まれつつある。それにより仕事のパフォーマンスが上がり、より多くの従業員がオフィスに戻ってくることが期待されている。

テクノロジーで最適化を図る

多様な働き方を支えるうえで、テクノロジーは不可欠だ。ZoomやSlack、Microsoft Teamsなどのツールがなければ、リモートワークがここまで広がることはなかっただろう。パンデミックが収束したともいえる今、テクノロジーは働き方をどのように形づくっていくのだろうか。

VISA社のLewis Love氏は、「オフィスに来ることで発生する不便さをワークプレイスアプリで解消する試みを行っている」と述べ、ロケーションの共有や従業員の行動パターンの学習などを例に挙げた。

多くの企業ですでにこうした取り組みが行われているが、その一方で個人情報の収集に対する懸念や、増え続けるアプリに対する疲れも見えはじめている。

ハイブリッドワーク対応のソリューションを提供するFreespace社のTina Hou氏は、同社では個人データの収集はプライバシーに配慮して匿名で行われていることに加え、オフィス勤務時のロケーションシェア機能などは各従業員の許可ベースで行われており、オフにする選択肢も提供することで理解を得ていると説明した。さらに、VISA社のJosh Bradshaw氏は、「リスクより利点が勝ることがわかれば、従業員は協力してくれる」と付け加えた。

また、オペレーション統合プラットフォームを提供するSamsara社のNicki Persaud氏は、同社ではすでにワークプレイスでの「アプリ疲れ」がみられていると語った。そのため、アプリの使用は最小限にとどめ、効率的な働き方については各チームにゆだねているという。また、テクノロジーの活用は、アプリを増やすのではなく既存の業務管理システムの最適化に重点を置いていると話した。

ワークプレイスにおけるテクノロジーの将来的な展望については、Hou氏がミーティングルームの改革とソーシャルマッピングの重要性を挙げた。ミーティングルームは今後、デジタルとフィジカルの転換が起きるのではないかと予想し、人と人がどうつながっているかを理解するためにソーシャルマッピングが重要になると考察した。さらに、VISA社のBradshaw氏は、「新たなテクノロジーの導入や活用について、トップの管理職らが積極的に学び、利用していかなければならない」と付け加えた。

人生の質は人との関係性の質に左右される

つながりの重要性とは

パンデミック渦中のオフィスワークについて VISA社のLewis Love氏は、「全世界のオフィスで働いていたのはたった150人だった」と話し、「仕事が自宅からでもできることは証明されたが、イノベーションには人と人との交流が不可欠だ」と続けた。

「つながりの構築」については、過去のWORKTECHでも大きく取り上げられてきた。対面での交流が極度に制限されたことで、その重要性が再確認された一面があるのだろう。

心理学者のWegner博士は、「つながりは人間にとって生物学的ニーズ」であると説き、「人生の質は人との関係性の質に左右される」というポッドキャスター・Esther Perel氏の言葉を紹介した。

一方で、10人中8人が孤独を感じ、アメリカ人の半数以上が意味のある関係性を築けていないと感じている現状と、孤独な人はストレスを抱えやすく、うつ状態に陥りやすいという傾向について説明した。つまり、良いつながりや関係性を育む環境づくりが、パフォーマンスの低下や休職などによる負のコストを防ぐことにつながるということだ。実際に、パフォーマンスの高いチームでは良好な関係性が築かれていることが多いという。

良い関係性を築くための取り組み

では、一人一人が大切にされ、帰属意識が感じられる関係性をワークプレイスで構築するにはどうすればよいのだろう。Wegner博士は、グループ心理学の原理を応用し、「文化」「構成」「結束」「コミュニケーション」を意識することを提唱した。

文化:安全で、安心して帰属できる文化をつくるにはどうすればよいか
構成:このメンバーが集まったグループとしての強みは何か
結束:共通の目標に向かって結束するにはどうすればよいか
コミュニケーション:フィードバックを含め、コミュニケーションを円滑にするにはどうすればよいか

つながりを育む環境づくりはワークプレイスの設計にも積極的に取り入れられている。

ソフトウェア開発企業・Atlassian社のオースティンオフィスのデザインを手掛けたMithun社のElizabeth Gordon氏とLisa Scribante氏は、従業員に聞き取りを行ったところ「人とのつながりが恋しい」という声が多かったと語った。そのため、オフィスをデスク中心のスペースから「コラボレーションする場所、そしてAtlassian文化とつながる場所」と位置づけた。

完成したオフィスはオープンな雰囲気で、チームミーティングもできるカフェテリアやハッピーアワーのあるバー、コワーキングスペースなどが用意された。また同社では、毎年開催する「Atlassian’s Got Talent」をはじめ、多くのイベントを開催し、仕事以外で交流できる機会を提供しているという。

Atlassian社のオースティンオフィスには、本棚の向こうにシークレットルームを設けるなど、遊び心が散りばめられている。
(画像はMithunのWebサイトより)

一方で、従業員の約40%をパンデミック中にリモート採用したNiantic社では、毎週水曜日を出勤日と位置づけ、なかば強制的に従業員が対面で会う機会をつくっている。同社のTravis Jew氏は、「笑っちゃうかもしれないけど、出勤日はみんな名札をつけるようにしている。初対面の人も多いため、そうすることで会話がしやすくなる」と話した。

また、チームメンバー全員が対面でミーティングを行うなど、人と人との交流によって「FOMO(取り残されることへの恐れ)」を引き起こすことが、従業員をオフィスに呼び戻すために効果的だと語っている。

なお、従業員をオフィスに呼び戻す方法については、複数の登壇者が「意図的な交流」が効果的であることを紹介している。Poly社のAdams氏は、「仕事にはFocus(集中)、Connect(つながり)、Learning(学習)がある。オフィスはかつて集中しに来る場所だったが、現在ではつながりと学習を求めて来る人が増えている」と述べている。Samsara社のPersaud氏とAtlassian社のLarry Segal氏も、チームに予算やリソースを与えて集まる機会をつくらせるのが効果的だと話した。

本カンファレンスの前に開催されたWORKTECH22 New Yorkでは、無料で食事が提供される日に出社率が上がるという話題が出ていたが、もうアメニティや食べ物などの表面的な理由では、従業員はオフィスに戻らなくなってきているようだ。本カンファレンスを通して「もうタコスごときじゃオフィスに来てくれない」というフレーズが繰り返し笑いを誘っていたのが印象的だった。

最適な働き方への模索は続く

最適な働き方やワークプレイスは常に変化し続けている。パンデミック収束ともいえる現時点での理想形は、まだ明確に形づくられていないというのが現状だ。また、「ヒューマンセントリック」を軸にする場合、その形はオフィスごと、チームごとに変わってくるだろう。

Marqetaのようにフレキシブルファーストを提唱する企業もあれば、週2日の出勤日を儲けているNiantec、完全リモートワークに舵を切ったYelpやSpotify、Airbnb、PayPalなど、シリコンバレーでもその方向性はさまざまだ。

いずれにせよ、ワーク“プレイス”はまだまだ健在であり、Atlassian社のSegal氏が提唱する「リテール(小売り)モデル」のように、従業員を顧客になぞらえて、「小売店に行った時のように気分が上がる経験ができるオフィス」がこれから増えていくのかもしれない。

なお、「ヒューマンセントリック」「つながりの構築」を重視したプレゼンテーションが大勢を占めたなか、こうした流れを再考するきっかけにもなりそうな、メルボルン大学のAugustin Chevez博士の次の問いかけは清々しい印象を残した。

「Isolation(孤立)とSolitude(意図的な孤独)は別物だと認識すべきで、アイデアを早期に、そして頻繁に交換しすぎるとイノベーションや多様性を損なう可能性がある。また逆境はイノベーションにつながる。こうした側面もワークプレイスの設計に組み込んでいくべきなのかもしれない」

働き方はスピーディに変化していく。今後の動向を引き続き注視していきたい。

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