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コロナ禍で注目増す居抜きオフィス 貸主・借主への影響は?

コロナ禍で変化する業界事情を交えながら、貸主・借主にとっての居抜きオフィスの価値を整理する。

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「オフィス不要論」が議論され始めたことをきっかけに、会社の固定費として大きな比率を占めるオフィスが一部の企業で縮小傾向にある。同じくオフィス移転にかかるコストも縮小の対象となる中で今、注目を集めるのが「居抜きオフィス」だ。退去テナントが使っていた内装や設備を入居テナントがそのまま引き継ぐことで、入退居時にかかる諸経費を抑えられる点が魅力とされる。

もともと右肩上がりだった居抜きオフィスの需要はアフターコロナで加速度が増し、今後のオフィス選びにも変化が訪れようとしている。居抜きオフィスの増加は借主・貸主にどのような影響を与えるのか。居抜き物件の仲介を行う株式会社ヒトカラメディアの野田賀一さんと株式会社フロンティアコンサルティングの長谷麻奈美さんへの取材から得られたリアルな業界事情を整理してお伝えする。

なぜ今、居抜きオフィスなのか?

低空室率を誇っていたオフィス賃貸の好景気はコロナの影響でストップ

不動産市場の相場は10年周期と言われる中、オフィス賃貸は今ちょうどその周期の転換期にあると野田さんはいう。

オフィス物件の空室率はこれまで低い水準で推移し、賃料は上昇傾向にあった。しかし、新型コロナウイルスの影響で空室率は上昇に転じ、賃料相場に天井感が広がりつつある。同様にテナント企業のニーズも変化し、事業拡大による拡大移転が主流だった以前の流れから一転、固定費を中心に経費削減を進める企業やテレワーク導入でオフィスへの同時出勤人数を減らす方向に動く企業などから縮小移転に関する問い合わせが急増しているようだ。

この状況を受けて、ヒトカラメディアの野田さんは今後ますますオフィス余りが進み、空室率が上昇する恐れがあると推測する。そのため貸主側には入居率を上げるための対策が必要とされるが、どうやら従来の手法では難しいようだ。

10年前と異なる事情:テレワークの普及でオフィスの必要性が変化

前回の周期にあたる10年前というと、2008年のリーマンショックが思い出される。当時も不況から都心部を中心に空室率が上がり、テナント誘致の対策が求められる状況になったが、ビルオーナーたちによると10年前と今では勝手が異なるという。

例えば、リーマンショックの時は6ヶ月のフリーレントを付けるといった対策でテナント企業を見つけることができたが、現状のコロナ禍ではオフィスの必要性が問われる背景もあり、テナント企業探しも一筋縄では行かないという見方が強い。今後の生き残り戦略の有効な手だての1つとして、居抜き対応に動く流れが業界内で強まっているわけだ。

もともとコロナを迎えるまで居抜きオフィス人気が抑えられていたのは、居抜きオフィスが借主側に分かりやすいメリットを持つ一方で、貸主側にとっては賛否両論ある施策だったからだ。

テナント・借主側からすれば居抜きで退去時の原状回復費用や入居時の内装費用をかける必要がなくなる。しかし裏を返せば、貸主側にとって原状回復が行われていないオフィスの状態の良し悪しを判断することは難しくなり、さらに賃貸契約上の処理も変更が必要・複雑化することやテナントと揉めるリスクが高まることが懸念材料にある。リーシング強化を図るために積極的に居抜き対応を進める貸主がいる一方で、抵抗感を示す意見も一定数あったのである。

通常のオフィス移転と居抜きオフィスを活用した移転の違い

現在増えつつある居抜きオフィスの多くは柔軟な対応を取りやすい個人ビルオーナーが中心だが、その動きは徐々に中規模ビルにも広がっているという。長谷さんによると、100坪程のビルを所有する中規模ビルオーナーは管理会社に業務を委託している場合が特に多く、今後そういった管理会社がビルオーナー側から居抜きの相談を受けるケースは増えそうだ。大規模ビルが居抜きオフィスへの介入を大々的に行っているケースは現時点でまだ限られているが、一部ではすでに展開を始めているとされる。

これらの基礎的な背景を踏まえた上で、借主・貸主の双方が今後居抜きオフィスを考慮する際の具体的なポイントは次のようになる。

居抜きがこれからのオフィス選びに及ぼす3つの変化

業界の変化①:オフィス物件に内装という付加価値がつく

借主側への影響:退去時にオフィスを原状回復する必要がない、入居費用を抑えることができる
貸主側への影響:付加価値分は賃料に含めることができる

1つ目は従来のオフィス賃貸に「内装」という価値が加わること。もともとスタートアップ企業やベンチャー企業が内装にお金をかけて作ったオフィスを元に戻すことがもったいないという発想で居抜きオフィスが生まれた経緯がある通り、内装や設備をその物件の資産として扱うことができる。

何度も繰り返すが、これは借主側にとって最も分かりやすいメリットだ。アイデアとお金を注いでつくったオフィスを退去時にまたお金をかけて元に戻す必要がなく、その思い入れのあるオフィスを他の企業に譲渡して使い続けてもらうことができる。また入居する側のテナントも内装にかかる出費を抑え、さらに工事期間も短縮または削減して充実した環境をすぐ手に入れることができる。オフィスへの投資対効果が分からず内装工事にあと一歩踏み切れない企業でも、内装がすでに整っているオフィスに入居してみることでその効果を試すことができる。

一方で貸主側にとってのメリットとして、居抜き対応をきっかけに賃料を上げることが可能だと野田さんは語る。これまで貸主側が物件を差別化する方法は大まかにロケーションと賃料条件だったが、居抜きオフィスなら譲渡する内装や設備で差別化を強め、周辺の賃貸相場より賃料を高く設定して展開できることもあるという。入居テナントからすれば移転時の内装費を考える手間がなくなり、また移転コスト削減によって資金的な余裕も残るため、相場よりも高い賃料設定でも積極的に検討できるという考えである。

業界の変化②:原状回復に伴うお金の流れが整理される

借主側への影響:移転にかかるお金の動きの透明性が上がる(=納得度が上がる)
貸主側への影響:原状回復に伴う業界の慣習を改善するきっかけになる

2つ目は「原状回復」という業界の慣習に変化があることで、お金の動きも変わることだ。

テナントが退去するときに原状回復を行うのは業界の常識。しかし、その費用が高いという問題はこれまで度々議論されていた。特に入居しているテナントが退去直前になって原状回復費用を確認した結果、想定よりも大幅にかかるという”サプライズ”はよく起きていた。

この背景には少なくとも3つの要因が存在する:①貸主が原状回復工事の業者を指定しているケースが多いため価格競争が生まれにくい、②一部の管理会社にとって原状回復費用は実のところ収益源の柱の1つで施工業者の請求額に管理会社の事務手続き分が含まれる、③さらに膨れ上がった原状回復費用も最終的に「入居時の保証金(=敷金)の範囲内でカバー」とすることで退去直前というタイミングでの費用告知でも揉めずに手続きを進める慣習が残っている、といったものだ。

しかし、それは業界の構造上仕方ない面もあったという。前の借主が退去費用を抑えたい一方で次の借主はきれいな状態の物件を求める、そして貸主はそのニーズに応える上で信頼できる管理会社に業務を委託するのは当然の判断であり、原状回復の施工業者を手配・調整する管理会社も利益がなくてはやっていけない。しかも敷金内で原状回復費用を収めるという慣習も、テナントの倒産リスクを考慮して原状回復費用の見込み額を事前に確保し、実際の原状回復工事をその費用内でやりくりすることを考えれば必然的だ。

ただ、業界の健全性を上げるためには原状回復まわりの取引の透明性を上げる必要がある。特にベンチャー企業やスタートアップの間では「組織づくり・人」という観点からオフィスが経営戦略上重要になると判断する企業が増え、オフィス内装に予算をかける反面、費用に対するシビアな目線や明快なお金の動き方を求める姿勢が強まる。居抜きオフィスを活用することで、借主側は原状回復そのものに必要な費用だけでなく、費用増大につながる業界的な慣習・仕組みも回避することができる。

貸主側にとってもこのような借主側のニーズに対応する上で、居抜きオフィスは業界的なしがらみから脱却する方法の1つであり、リーシング強化を図りつつオフィス移転まわりのお金の動きに透明性を見出すきっかけとなる。

次ページ:3つ目の変化と借主が居抜き物件を契約する上で大切な3つの注意点

この記事を書いた人:Hiroto Matsuno

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