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東京から地方へ。コロナ禍で広がる「本社移転」のメリットと成功事例

昨年来、本社機能を東京から地方に移す企業が注目されている。コロナ禍で見直される地方移転のメリットをおさえた上で、成功事例をもとに今後の展開を探っていく。

コロナ禍が後押しする、本社機能の地方移転

昨年来、本社機能を東京から地方へ移転する企業が注目されている。端緒となったのは、2020年9月、人材サービス大手の株式会社パソナグループが本社機能の一部を淡路島へ移転したニュースだろう。企業としての知名度の高さや、「都心から島へ」というインパクトに加え、コロナ禍での意思決定であったことが耳目を集めた。

コロナ禍において、本社機能を東京から地方へ移転することを発表した主な企業は以下の通りだ。いずれも、感染症対策やテレワーク推進などの環境変化が移転を後押ししている。

かねてより企業の東京一極集中は問題視されており、政府も様々な働きかけを行ってきたが、企業においてそれほど大きな動きは見られなかった。ところが、コロナ禍でその潮目が変わりつつある。

はたして、本社機能の地方移転は今後トレンドとなるのだろうか、それとも一過性のブームで終わるのだろうか。本記事では、政府の支援策やコロナ禍で見直される地方移転のメリットをおさえた上で、実際に本社機能を移転した企業の事例をもとに今後の展開を探りたい。

政府が創設した「地方拠点強化税制」の成果は?

そもそも、東京一極集中はなぜ問題視されるのだろうか。その理由として、自然災害発生時のリスクが大きいことや、地方創生を停滞させる主要因になることなどがあげられる。

政府も東京への過度な集中を防ぐために様々な施策を打ち出しており、例えば2015年に創設された「地方拠点強化税制」もその一つだ。本社機能を「東京23区から地方に移転する場合」、「地方で拡充する場合」、「東京23区以外から地方に移転する場合」において利用できる制度で、建物を取得した際の法人税減税など、税制の優遇措置を受けられる(首都圏や中部圏、近畿圏の一部地域での拡充は対象外)。

地方拠点強化税制の目標としては、5年間で地方拠点強化の件数を7,500件増加させ、地方拠点における雇用者数を4万人増やすことが掲げられていた。しかし、実際に適用を受けた件数は大幅に下回ると見られており、少なくともコロナ禍以前において目に見える効果は得られなかったと言える。

帝国データバンクが行った調査を見ても、2019年に東京圏(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)へ転入した企業は312社、東京圏からの転出企業は246社と、9年連続の転入超過となっていた。ただ、そうした転入超過の傾向はパンデミックの影響を受けて揺らぎつつある。

コロナ禍で見直される、地方移転のメリットとデメリット

なぜ多くの企業は東京に本社を構えるのだろうか。国交省が2020年8月~9月に実施したアンケート調査(有効回答数389社、複数回答)によると、本社事業所を東京に立地させる要因・経緯として、次のような回答が上位にあがっている。

①企業・取引先等の集積(56%)
②都市間交通の利便性(45%)
③歴史的経緯(42%)
④人口の集積・市場規模の大きさ(41%)
⑤優秀な人材獲得の優位性(37%)
⑥安定した採用人数確保の優位性(34%)

つまり、東京に本社を構えるメリットは、「取引先が近いこと」、「マーケットが大きいこと」、「採用で有利なこと」の3点にまとめられるだろう。裏を返せば、こうしたメリットは地方移転のデメリットにもなる。同調査では「本社事業所の配置見直しの検討が困難な場合の課題」についても尋ねており、そこで得られた回答は次の通りだ(有効回答数144社、複数回答)。

①移転先での人材採用(26%)
②移転費用(18%)
③既存の社外コネクション維持(17%)

ここでもやはり採用や取引先が懸念点としてあがっており、移転費用を課題とする企業も見られた。では、本社機能を地方に移転するメリットは何だろうか。それは、次の4つに集約されると考える。

・オフィス賃料の削減
・災害時のリスク分散(BCP:事業継続計画)
・ワークライフバランスの向上
・地域貢献とブランドイメージの向上

地方移転のメリットとデメリットを天秤にかけたとき、デメリットが大きく上回るのがコロナ禍以前の見方だった。ところが、そのバランスに変化が生じはじめる。テレワークが普及してオンラインで業務を進められるようになると、毎日オフィスに通勤する必要がなくなり、東京にいるメリットが薄れてくると同時に地方移転のメリットが見直されるようになってきたのだ。

コロナ禍で地方移転へ。各社の思惑とは?

地方移転に踏み切った企業は、どのような理由で決断に至ったのだろうか。冒頭で紹介した企業の中から、3社のケースを紹介する。

1. パソナグループ

パソナグループは、2020年9月より、東京で行ってきた経営企画や人事、財務経理などの本社機能を兵庫県・淡路島の拠点に分散し、段階的な移転を開始した。登記上の本社は東京に残すが、2023年度末までに約1,200名が勤務地を淡路島に移す予定だ。

移転の動機は、東京一極集中への危機感だったという。リーマンショックや東日本大震災でそのリスクを痛感し、コロナ禍が決め手となった。また、テレワークの本格導入を経験して、オンラインでも社内外のコミュニケーションに支障がないとわかったことも判断材料になっている。

移転先に淡路島を選んだのは、もともと淡路島に事業基盤があったため。農業人材の育成やテーマパークの運営といった地域活性化事業をより力強く推進する上でも、本社機能の移転はプラスに働く。オフィスの賃料は東京の10分の1程度になり、移転費用を差し引いてもコストメリットは大きいだろう。

また、長時間の電車通勤から開放され、自然に囲まれた環境でのびのびと暮らせる、そんな豊かな暮らしを従業員に提供できることもメリットと考えたという。2地域居住や島内でのダブルワークなど、多様な働き方にも対応していく予定だ。

2. Far Yeast Brewing(ファーイーストブルーイング)

クラフトビールを醸造・販売するFar Yeast Brewingは、2020年10月、東京都渋谷区から醸造所のある山梨県小菅村へ本社機能を移転した。コロナ禍でリモートワークへの移行が急速に進む中、社員のパフォーマンスが低下せず、業務の効率化も見られたことが決断の背景にあったという。

同社は、2020年7月に「山梨応援プロジェクト」を立ち上げ、山梨県産の桃や梅を使ったビールを発売するなど、地域活性化の取り組みにも注力している。移転は地域住民の雇用にもつながり、地域との連携は今後さらに深まっていくだろう。

また、人材獲得の側面では思わぬ効果もあがっている。田舎でのビールづくりが誘引となり、即戦力となる米国人2名の入社が決まったのだ。自然の中でビールづくりに集中できるのも魅力だったとのことで、地方移転のメリットが採用に活かされた好例と言える。

3. ルピシア

茶類販売大手のルピシアは、2020年7月、東京都渋谷区から北海道ニセコ町へ本社を移転した。コロナ禍や災害などを考慮すると、東京に業務を集中させるリスクが高いこと、テレワークの浸透で場所を問わずに働ける環境が整ったことなどが決断のきっかけとなっている。

同社の代表取締役会長兼社長を務める水口博喜氏は、北海道開発協会の『開発広報マルシェノルド』の中で、「本社移転を考えたきっかけはAI(人工知能)」だと語っている。今後AIが普及すると、クリエーションできる仕事でなければ人間は活躍できないと感じており、最もクリエーションできる場所は自然の中との考えから自然豊かなニセコ町を選んだという。

東京とは違い、企業の数がそれほど多くない地方では自治体のバックアップも期待できるだろう。実際にルピシアも、ニセコ町と互いに助け合う良好な関係を築けているようだ。

ビジネス環境の変化は、在東京企業を動かすか?

3社の事例は、少なくとも一部の企業の間で東京の優位性が揺らいだことを示している。パンデミックが、東京一極集中の事業リスクを改めて浮き彫りにしたのだ。

「採用面で地方は不利」というこれまでの認識が、全ての企業に当てはまらない点も興味深い。Far Yeast Brewingのように、地方だからこそ成功するケースも存在する。地方移転には課題が多いと思われがちだったが、実はコロナ禍以前から移転のハードルが低かったケースもあるのかもしれない。

コロナ禍の今、東京圏の人口動態には変化が生じている。総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」によると、現制度下で集計をスタートした2013年7月以来ずっと転入超過だったが、2020年7月に初めて転出超過となっている。9~10月には転入超過となったものの、11~12月は再び転出超過を記録した。転出入数が拮抗するという、これまで見られなかった局面を迎えている。

ただ、地方移転を検討している在東京企業はまだ少なく、企業の移転にも人口動態と同様の傾向が表れるかどうかは不透明だ。

前出の国交省のアンケート調査でも、本社移転を具体的に検討している企業を対象に、移転先となり得る場所を尋ねている(有効回答数71社、複数回答)。その結果、東京23区(73%)を筆頭に、埼玉県・千葉県・神奈川県(21%)、23区外の東京都(17%)が続き、関東近郊(6%)や名古屋圏(3%)、大阪圏(1%)、それ以外の地方圏(4%)は低い割合にとどまった。本社を移転するなら東京圏内でと考える企業が、コロナ禍においても多数派なのだ。

今後、本社機能の地方移転が増えていくかどうかはわからない。ビジネス環境の変化がどこまで進むのか、あるいはコロナ禍以前の状態にどこまで戻るかに、その行方は左右されるだろう。

この記事を書いた人:Wataru Ito