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「働きやすい」「仕事がはかどる」に高い満足度- センセイオフィスの空間デザインが教員に好評な理由

[December 24, 2019] BY Kazumasa Ikoma

昨今多くの企業が熱を入れて取り組む働き方改革は、教育現場にも及ぶ。文部科学省は『学校における働き方改革について』において教員勤務実態調査(平成28年度)で浮き彫りとなった教師の長時間労働を取り上げ、「看過できない教師の勤務実態が明らか」と述べている。生産性を上げて労働時間を短縮することの必要性は、一般企業の働き方改革となんら変わりはない。

一般企業と同じく本質的な働き方改革の実践に苦しむ学校が多い中、島根県立津和野高等学校はユニークな取り組みを見せている。職員室を教師たちのオフィスと捉え『センセイオフィス』と命名。従来のグレー色のスチールデスクに多くの書類が並ぶ働き方から脱却し、「先生たちの働く環境を改善し仕事の能率を上げ、生徒との関わりの質と時間の向上」を目的に今の教師の働き方に合った空間を今年4月から運用している。改善を繰り返しながら1年間様子を見るという流れで、現在も運用が進んでいる。

本事例は公立学校が教師というワーカーの働き方改革に取り組んだ事例であること、そして生徒との交流を促しながら同時に成績や答案用紙など個人情報も管理しなければいけないという要件を考慮した空間であることが興味深いポイントとなっており、一般企業オフィスの参考になる点も多く存在する。島根の県立高校とオフィス家具メーカーとの協業でできた「新職員室」はどのように運用されているのか。その詳細について、コンセプト開発とデザインを担当したスイスの家具メーカー『Vitra(ヴィトラ)』の日本法人Vitra株式会社 代表取締役・片居木亮さんに話を聞いた。

背景:高校魅力化には不可欠だった教員たちの働き方改革

生徒の減少とコーディネーターの存在

センセイオフィスの誕生は、津和野高校がある、中山間地域が面する過疎化問題に端を発する。多くの学校と同じく、津和野高校も少子化からの生徒数減少、そして統廃合寸前という問題に頭を抱えていた。

この問題に対処するために2011年から「高校魅力化事業」を開始。そして2013年からは「高校魅力化コーディネーター」を配置した。その役割は、行政職員や教員以外の外部人材が地域と学校の橋渡しをして、学校では学べない学びの機会を地域の中で作ることで学校の魅力化活動を行うというもの。その取り組みは少しずつ実績を積み、生徒数が増加。現在は16都府県から全校生徒の約3分の1にあたる53人が県外生として入学し、津和野で生活をしている。また、昨年度には27年ぶりに東京大学への合格者を出した。その生徒は横浜から津和野高校へ入学後、放置竹林の問題を知り、コーディネーターや地元住民の協力を受けながら研究や活用に取り組んだ。

このような活動が功を奏し、生徒数は伸び始めたほか、「島根の教育は先進的で面白い」と教育改革に積極的な津和野町、そして島根県のアピールにつながった。

津和野高校の生徒数の推移

その中で学校やコーディネーターたちが新たに直面したのが、前述の文科省が掲げる「学校における働き方改革」である。通常教師には、学校内での生徒教育のみならず保護者との関係性構築や課外活動などあらゆる業務がのしかかる。解決に向けた国の方向性は、業務量の整理・削減や人の配置による改革だった。

コーディネーターたちが解決に向けて模索する中でヒントとしたのが、2017年にヴィトラとYahoo!Japanが手掛けた、Yahoo!Japan社内にある、オープンコラボレーションスペース「LODGE」での『ジッケン オフィス』だった。このプロジェクトは環境と家具を変えることで、働く人の意識を変え、人と人とのコミュニケーションが促進でき、イノベーションが起こるかという実験的な位置づけのプロジェクトだった。早速ヴィトラにコンタクトを取り、校長と教員、コーディネーターの訪問が決まった。

教員の業務を見直し、職員室の新たなコンセプトを一から構築することは簡単ではなかった

話を受けたヴィトラの津和野高校に対する正直な心象は、興奮と不安が半々だったと片居木さんは語る。ヴィトラは家具メーカーとして名を成してきたが、環境全体の構築にも余念が無い。しかし、国内で公共空間のプロジェクト経験に関して言えば空港デザインなどの実績はあるものの、職員室を担当するのは社として初めての試みだった。センセイオフィスは両社がチャレンジプロジェクトとしての合意を得た上でスタートしたものだった。

ヴィトラが初めて目にした津和野高校の職員室は、誰もが想像する典型的なものだったという。スチールデスク18名分が6人1島で分けられ、さらに教頭先生用のデスクが全教員を見渡すようなかたちで一般企業の部長席のように置かれていた。教師はすべての作業を自席で行っており、生徒が訪れた際には教師たちの間に小さいイスを持ってきて話をするため、センシティブな会話は特に人目を気にして行われていた。さらには書類が多い環境も学校予算の関係上完全なペーパーレス化は難しい状況で、多くの制約も存在した。

津和野高校の以前の職員室

要件整理:教員主導で行われたワークショップ

複数の課題が存在するそれまでの職員室には要件整理が必要とされていたが、同時に当時の職員室は効率的な空間であるとも片居木さんは感じていたという。というのも、職員室には机しかなく、やるべき仕事がすべて机の上に揃っているのだ。業務時間の効率化には工夫しようがないのではないか、という不安もあったようだが、教員たちが自ら開いたワークショップや生徒たちへのヒアリングが突破口を開いたという。

教員主導のもと行われたセンセイオフィスプロジェクトの話し合い・ワークショップの様子

ワークショップでは、熊谷修山校長はじめ、教員自らがどのようにしたら良い空間になるかを考えた。コードレスにすることや、現状の課題であるスペースがない、余白がないといった問題が丁寧に整理されたという。また生徒へのアンケートでは「職員室に入りにくい」「他の人の目が気になる」といったコミュニケーションにおける課題が多く挙がった。

その経緯を経て、センセイオフィスの目指す姿としてゴールは次のように整理された。

1.仕事の質を向上させる。(作業しやすい、集中できる、場を選べる)
2.コミュニケーションの質を向上させる。(周りとの仕事がしやすい)
3.生徒のみなさんとの関わりの質を向上させる。(向き合いやすい、話しやすい)
4.健康面・精神面へ配慮した環境を整える。

施工:4つの目的の実現を目指した空間設計

上記の4つの目的をもとに作られたセンセイオフィスは下記のように大きく作り変えられた。

1. プライバシー保持とコミュニケーション向上を両⽴させた、家具で区切る先生エリアと生徒エリア

センセイオフィスが教員のためだけでなく生徒にも開かれた空間であることから、ヴィトラはシステム家具(Level 34/レベルサーティーフォー)を職員室入口前方に配置。奥の後方を先生エリア、前方を生徒エリアとして、壁を作ることなく1つの空間を緩やかに区切った。先生エリアでは業務効率・能率のアップとプライバシー保持、生徒エリアでは生徒が気軽に職員室に入り、先生とコミュニケーションの取りやすい環境を目指した。

このLevel 34は、高さ34cmのベンチを軸に作られたオフィス家具。生徒が教員に話しかけるカウンター的役割を果たすこともあれば、教員が別の対応で忙しい時の生徒用の待機場所にもなり、また答案用紙など重要情報が彼らの目に入らないよう視覚的な仕切りや、生徒用スペースのゾーニング、またカウンター下は収納の役割も兼ね備える。ワークショップ時に教員からの要望で、役所にあるようなカウンターが検討されたが、シンプルな仕切りで終わらせたくなかったヴィトラが、よりオープン性や多機能性を出すためにこの製品を採用した。

以前の職員室の課題として挙がっていた「職員室に入りにくい」という課題には、生徒エリアとして下図のように空間の一部を外部に解放し、外との循環が生まれるようにした。

私たちのイメージだと、職員室はそもそも生徒が気軽に立ち入っていい場所ではなかったはず。教員と生徒の個人面談も誰もいない教室で行われていた記憶が強い。にもかかわらず今回センセイオフィスを生徒も入って来やすいスペースにしたのは、日常から教員との相談が可能な学校として、より生徒に寄り添った教育を進める津和野高校の教育の姿勢が表れた結果だ。

生徒エリアでは、教員との交流以外にも、交換留学生の募集やホワイトボードに書かれた日常的な連絡事項など、教員が生徒に伝えたい情報を発信できるようにしている。また出席簿など生徒が毎日取りに来るものをこの空間に置いておくことで、生徒が日常的に出入りし、空間に親しみを持ちやすいように工夫が施されている。

デスクのサイズを変えて作業効率化を実現+人間工学に基づいたイスで空間を自由に使いこなす

先生エリア内の執務スペースについて、既存のデスク周りはすでに効率的だと片居木さんは考えていたが、デスクの大きさや配置、また周辺の環境を整理することで更に効率化した。もともとのデスク面の大きさは横1100mm×縦850mmの奥行きのあるものだったため、奥行きを縮め、その分デスクの幅は1400mmに広げることにより、パソコン作業とペーパーワークを平行して行えるようにした。

また今回取り入れられたオフィスチェアは、人間工学に基づいたデザインを特徴としている。従来のオフィスチェアに比べてシンプルな作りが印象的で、高い快適性を備えながらコンパクトかつ移動がしやすく、センセイオフィスが意図する空間の流動性にマッチしたものとなっている。

Vitra – Rookie/ルーキー

職員室内にあった多量の書類の整理も空間をすっきりとさせるのに効果的だった。まず書類を①個人のもの、②チームのもの、③普段使用しないものの3つに区分。個人のデスク下のワゴンには①個人の書類、②チームの書類は壁面の収納に、その他の③普段使用しない書類は職員室外の保管場所に置く、または処分することで、職員室内の収納スペースは今までの半分にまで減らすことができた。書類がデスク上の目に入るところに置かれなくなった点は、情報管理という面でも大きく改善されたポイントとなった。

書類の整理により新たにできた空間には、教師同士の打ち合わせや生徒との面談、ランチなど休憩を摂るスペース、コーディネーターが使用する共有スペースも設けて、「目的に応じて選べる場」が実現した。

2.働く場所を選べる「ワーク(執務)、コラボ(協働)、フォーカス(集中)」の3 つのスペース

執務スペースでは個⼈デスクを使って業務に専念、協働スペースでは先生同⼠の打ち合わせ、集中スペースでは生徒との対話など、先生が必要な業務によって働く場所を選ぶことができるようになった。

以前の職員室で自席ですべての作業を行えるようになっていた反面、特定の人と打ち合わせできるようなスペースはなく、教員同士のコミュニケーションの質を上げるというのも課題の1つになっていた。センセイオフィスでは、下の画像のようないつでもちょっとした打ち合わせができるスペースをいくつも用意。ほかにも次の項目で挙げる集中ブースなど、協働しやすい空間が提供された。

また、新しい職員室に対する生徒からの要望として最も多く挙がっていた「教員と落ち着いて話しやすいスペース」については、プライバシーを確保しながら、同時にオープンでなければいけないという規則を守るため、下のようなブースが設置された。

Vitra – Workbays/ワークベイズ

壁面には吸音性のある圧縮されたフェルトパネルが使用されているため、生徒は人目を気にせず先生と対話することができる。また集中して業務ができる環境は、個人の集中作業や教員同士の機密性の高い打合せ、またリラックスした食事や休憩に利用することも可能だ。

3. 健康面・精神面へ配慮した環境を整える。

今回教員の働き方改革を実現する上で「精神的な忙しさ・多忙感を減らしたかった」と語る片居木さん。

職員室内には植栽を導入。さらに空間内で目に入る色を白とブルーに統一したのも精神的なリラックス効果を高めるための施策の1つだ。近年バイオフィリックデザインが多くのオフィスで導入され、従業員のウェルネスに配慮した環境に重要な要素として注目を集めているが、センセイオフィスにも植物の採用や色の統一によって空間からやわらぎが感じられる設計になっている。

これらの施策を導入し、センセイオフィスは今年4月に完成。運用と改善のサイクルが始まった。

利用開始:データ収集で見えてきたセンセイオフィスの魅力

完成から1ヶ月経った後の使用感をデータとして収集。教員たちの働き方に合わせた空間は下記のような結果を少しずつ見せるようになった。

整理整頓の習慣と作業効率の向上

数あるフィードバックの中でまず聞かれたのが「紙をできるだけ捨てる習慣が身についた」「これまで保存しておいた資料を捨てる、またはPDFで保存するようになった」「ものを置かなくなった」といったコメント。整理整頓された環境を保つ習慣を教員たちが身につけるようになったようだ。

整理された環境はそのまま教員たちの作業効率に直接的に影響した。机の上のスペースが広くなったことで、作業や生徒との打ち合わせを行いやすくなったという。さらに個人の机の上に棚を用意したことも先生たちが教科書を都度しまわず、すぐ手元に出せるようになった。

さらに整理整頓された環境はデスク周りのみならず、空間全体の使い方においても効果的だった。「以前より動くことが多くなり、動きながら物事を考えることによって考えをまとめやすくなった」と答える先生もいる。家具の入れ替えだけでなく、空間全体の設計を行ったことで得られた効果だ。

コミュニケーションの増加

コミュニケーションが増えたこともこのプロジェクトの狙いの1つ。見通しが良くなっただけでも教員同士の顔が見え、会話が増えた。また以前は食事をしながら仕事をしていたと語っていた教員たちも、今はブースで食事を摂りながら新聞を読んだり他の教職員と話をしたりするようになったという。

生徒とのコミュニケーションも改善された。生徒に入りやすいと感じさせる空間づくりを意識したことで、生徒とのコミュニケーションの頻度が上がったこと、そしてセンセイオフィス内で生徒の姿を見ることが格段に増えたことが目に見えて分かる結果となった。

全体的なデータを見てみると、働き方そのものに大きな変化が合ったと答えた教員は60%だったが、「働きやすい環境」「仕事がはかどる環境」に対し肯定的な回答は100%だった。適度な変革を与えながら教員にとって働きやすい環境を整えられたことが大きな成果だった。

データ以外からも見える価値:生徒が自らの環境から考え直すきっかけに

外部の企業と協業して新しい職員室のあり方を模索する教員たちの姿は、生徒たちの目にもしっかりと映っていた。実際にこのプロジェクトの情報を生徒にも事前に伝えており、実施の当日には生徒も一緒になって関わり、完成の翌日には生徒も集合して喜びを分かち合った。

そして生徒からセンセイオフィスと同じく自分たちも学ぶ環境を考え直したいとハッカソンを企画する計画が今提案されている。「生徒側からこの取り組みが上がってきたのは大きな収穫」と片居木さんは嬉しさを見せた。

これまで生徒たちにとって与えられた環境で勉強することはあまりにも自然すぎたのかもしれない。新しい環境を見ること、綺麗なものを見ることによって通常の環境に疑問を持つ姿勢を作ることは生徒たちにとって大きな刺激になったはず。ゼロベースで物事を見ること、そして美意識を磨くことは今後生徒たちが働く世代になった時に自らの労働環境を見直す上で貴重な体験になるはずと片居木さんは議論を深める。実際に今日の日本のワーカーたちが自分の求める労働環境の理想像を描けない理由はここにあるとも言われている。今回津和野高校の生徒たちがセンセイオフィを通じて働くこと、そのための環境のあり方を自分なりに理解することのきっかけになれば、と片居木さんは付け加える。

成功の秘訣はどこにあったか

次々と良い結果が見え始めているセンセイオフィスだが、その秘訣はどこにあったのだろうか。

片居木さんはその1つに、校長と教員たちの初日からの高いコミットメントを挙げている。「生徒に時間を使う」という共通認識のもと、校長が主導を取って環境改善を進めたことで、大きく改善を起こせたこと、そしてその価値を学校全体で理解することができたことがプロジェクトの成功を実感できる要素の1つだと語っている。

またデジタルとアナログの共存をうまく行えたことも成功要因のようだ。働く環境を変えるとなると大きくデジタルが取って代わると思われがちだが、変わらないもの(アナログ)もまた整理して残し、空間全体として価値を提供することが重要だと片居木さんは言う。今回の例で言えば、センセイオフィスはノートパソコン片手にどこでも作業しやすいデジタルベースの空間になったが、教員同士や教員と生徒の会話量を増やすというアナログ面での目標も達成している。実際にこれだけの変化がありながら教員たちからのフィードバックで「以前できていたことがセンセイオフィスでできなくなった」といったような声が挙がらなかったのは大きな成果だ。

今後のセンセイオフィス

多くの成果を挙げているセンセイオフィスだが、現在の改善フェーズの中で多くの改善点も先生たちから挙がっている。「カウンターがあるので入り口の扉を外してみては?」「廊下側の壁をガラス張りにするのはどうか?」「収納スペースでどこに何があるのか明記が必要」「各島にプリンターがあればより作業効率が上がる」など、今後もより磨きをかけられる余白がたくさんあるようだ。今後のセンセイオフィスがさらにどのように変わっていくのか楽しみだ。

魅力化コーディネーターとも協働しながら今も変化を続けるセンセイオフィスの行方をこれからも見届けたい。

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この記事を書いた人

Kazumasa Ikomaオフィス業界における最新情報をリサーチ。アメリカ・サンフランシスコでオフィスマネージャーを務めた経験をもとに、西海岸のオフィスデザインや企業文化、働き方について調査を行い、人が中心となるオフィスのあり方を発信していく。

    
    
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