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テレワークで再注目される「つながらない権利」。国内外の現状と企業の事例

コロナ禍でテレワークが広まる中、「つながらない権利」が再び注目されている。議論が盛んなEU諸国、そして日本の現状とともに、その権利を尊重する企業事例を紹介する。

つながらない権利が求めるもの

「つながらない権利(Right to Disconnect)」とは、労働者が勤務時間外や休日において、仕事に関わるメールや電話などへの対応を拒否できる権利のことを指す。2000年代以降、携帯電話やノートパソコンなどのモバイル端末に加え、電子メールやチャットツールのようなウェブサービスが普及した影響で、いつどこにいても仕事の連絡をとれるようになった。その一方で、仕事とプライベートの境界線が曖昧になり、勤務時間外にも仕事の対応を迫られるといった問題も起きている。

フランスでは2016年の労働法改正時に、つながらない権利が世界に先駆けて盛り込まれ、2017年に施行された。これをきっかけとして、つながらない権利が大きくクローズアップされることになる。実際、EU諸国を中心に、これを積極的に認める企業も増えてきた。

本記事では、議論が盛んなEU諸国や日本の現状を把握するとともに、つながらない権利を尊重する国内企業の事例を紹介する。

EUで再燃するつながらない権利の議論

改正労働法の施行により、フランスでは従業員50名以上の企業を対象に、つながらない権利について労使間で協議することが義務付けられた。その後、イタリア、ベルギー、オランダでも法制化されるなど、世界中で話題になったことは記憶に新しい。だが、パンデミックの影響からテレワークを実施する企業が増えたことで、勤務時間とプライベートな時間との境界線は再び曖昧なものへと戻りはじめた。

そうした中、EUの議員らが、つながらない権利は労働者の基本的権利であるべきとの声をあげる。この流れを受け、2020年12月には欧州議会の雇用委員会で、つながらない権利を認める決議案が可決された。これはEUの全労働者を対象にしたものだ。しかしながら法的拘束力を持たないため、現在、法制化に向けた準備が進められている。

EUで再び、つながらない権利についての議論が起こった理由として、テレワークで心身に支障をきたす人が増えてきたことがあげられる。決議を主導したマルタの社会主義議員であるアレックス・アギウス・サリバ氏は、「テレワークを数カ月続けた結果、多くの労働者が孤立感や疲労感、抑うつ、燃え尽き症候群、筋肉や目の病気などに悩まされるようになった」と主張。また、「常に連絡がとれる状態にしておかなければならないというプレッシャーが高まり、サービス残業や燃え尽き症候群を引き起こしている」とも指摘している。

厚生労働省のガイドラインでも言及

では、日本の状況はどうだろうか。2020年6月に日本労働組合総連合会が、テレワークを経験した労働者1,000名に対して行った調査では、「通常勤務よりも長時間労働になることがあった」と回答した人が51.5%と半数を超えたという。テレワークで時間外・休日労働をしても申告しないことがあったとする人も、65.1%に及んだことが報告されている。

また、一般社団法人日本ユニファイド通信事業者協会が2021年1月、首都圏在住のテレワーク実施者551名を対象に行った調査では、テレワーク導入後に体調や精神面で何らかの変化があったと回答した人が72%に上った。「体重の増減」「体力低下」「肩こり」などの体調の変化をあげる声が多く、「ストレス」や「集中力の低下」「頭の切り替えが難しくなった」などの精神面の変化もそれに続いている。テレワークによって心身に支障をきたしている状況は、EU諸国と同様と言えるだろう。

こうした状況を受け、厚生労働省は2021年3月に「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を公開した。これは、2018年に策定されたガイドラインの改定版にあたるものだ。つながらない権利にも触れられており、時間外、休日または所定外深夜のメールなどに対応しなかったことを理由に、不利益な人事評価を行うことは適切とは言えないとの内容も明記されている。

テレワークで懸念される長時間労働対策については、時間外のメール送付の自粛やシステムへのアクセス制限、時間外労働が可能な時間帯や時間数の設定などの手法が示された。また、ガイドラインには、従業員の安全と健康を守るためのチェックリストも添付されている。

株式会社NTTデータ経営研究所が2021年3月、1,021名を対象に行った調査では、つながらない権利への侵害が進んでいる可能性が指摘されている。2019年5月の調査時と比べ、「上司から就業時間外において業務に関して緊急性のない電話やメールがあり、通話・返信などを週1回以上対応している人」の割合が14.9%から22.5%と、7.6ポイント増えたという。また、同僚とのやり取りにおいては、その割合が13.5%から25.0%と11.5ポイントも増加した。ガイドラインの改定をきっかけに、日本でもつながらない権利に対する意識の広がりが期待される。

つながらない権利を尊重する国内企業の事例

フランスでつながらない権利が認められる以前より、勤務時間外の連絡自粛に取り組む企業は少なからずあった。ここでは、その中から代表的な3社の事例を紹介する。

1. 三菱ふそうトラック・バス株式会社

ドイツのダイムラーを親会社に持つ三菱ふそうトラック・バスでは、2014年から長期休暇中の社内メールを受信拒否・自動削除できるシステムを導入している。

これはダイムラーの施策を受けたもので、受信拒否や自動削除によって本人が対応できない場合でも、上司や同僚がフォローできるという考えに基づくものだ。システムの利用は本人の意思に任せられている。

また、ダイムラーと同じドイツの企業であるフォルクス・ワーゲンでも、勤務時間外に従業員の仕事用携帯電話にメールが転送されないシステムを導入しているという。

2. ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社

製薬や医薬機器などのヘルスケア商品を取り扱うジョンソン・エンド・ジョンソンでは、2015年よりグループ4社で夜間と休日の社内メールを原則禁止した。これは、信条として掲げる「全社員に対する責任」に基づく取り組みで、社員が安心して仕事に従事し、家族への責任を果たせる環境を実現するためのものだ。

同社では、つながらない権利を認めた上で、管理職や役員を含めた全社員に、平日22時以降から翌朝8時までの時間帯と休日のメールを控えるよう推奨している。

3. 株式会社イルグルム

ITベンチャーのイルグルム(旧社名:ロックオン)は、全社員が年に1回必ず取得する9日間の「山ごもり休暇制度」を設けている。2011年から運用開始された制度で、休暇中に会社と連絡をとることは一切禁止されている。

その背景には、心身のリフレッシュを図るとともに、業務の属人化を防ぐ狙いもあるという。休暇前は引き継ぎが発生するため、全社員が年に一度、自分が抱えている業務を整理し、共有する機会ともなっている。

ウェルビーイングとの関連も視野に

今回紹介した事例を見ると、どの企業も時期や時間帯を具体的に示すことで、社員間の齟齬が起こらないようにしている。わかりやすく制度化することにより、プライベートな時間に仕事の対応を求められる事態は防げると言える。

現在、従業員のストレスマネジメント対策は、日本社会における重要課題の一つとなっている。社員のメンタルヘルスを守り、一人ひとりが本来の力を発揮できる環境を整えるためには、つながらない権利を尊重し、社内に浸透させることが必要なのではないだろうか。

つながらない権利は、ウェルビーイングの実現にも関連するものであり、その重要性はさらに増していくと予想される。今後の各企業の取り組みに、引き続き注目していきたい。

この記事を書いた人:Yumi Uedo