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ワークプレイスの音とストレス。「気になる音」の正体とその解決法を探る

ワークプレイスのストレス要因である「音」。リモートワークでの影響を含め、新進気鋭の研究者・岩本慧悟氏に、実態に基づく「音環境」を巡るあれこれを聞いた。

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ここ数年で 、テレワークやActivity Based Working (ABW) などの広まりを背景に、ワーカーにとっての働き方の選択肢が広がった。

各自のパフォーマンスや生活様式に合わせた柔軟な働き方ができるようになった一方で、リモートワークに伴う帰属意識の低下や、集中して作業できる環境確保の難しさなど、功罪両面の影響が浮上している。功罪の「功」の部分を引き出し、「罪」の部分に対応するには、リモート環境を含むワークプレイスがワーカーにもたらすストレスの種類や、その原因についての理解が不可欠だ。

そこで注目したいのが、株式会社ZENKIGENの研究員で、大学の研究者としての顔ももつ岩本慧悟氏の取り組みだ。ストレスをメインテーマに、学術研究と産業実践の両面で活躍する岩本氏へのインタビューから、ワークプレイスづくりのヒントを探っていこう。

「気になる音」は、話し声

ワークプレイスとストレスの関係を調べるにあたり、岩本氏が注目しているのが「音環境」だ。同僚同士の話し声やタイピング音、ドアの開閉の音など、オフィスにはさまざまな音があふれている。

これらの音のうち、作業中のワーカーの集中を妨げる、いわゆる「気になる音」はどのような種類のものなのだろうか。音の問題は集中できる環境づくりの文脈でしばしば取り上げられ、雑音対策のガジェットなども次々と提案されているが、そもそもどのような音が気になるのかについては、学術的な調査が意外に行われていないと岩本氏は言う。

岩本氏の研究チームは、オフィスワーカーにとって作業中にどのような音が気になるのか、「種類」「音量」「話し声の内容」「声のトーン」などについて網羅的に調査した *1。

その結果、電話の音や交通音などよりも話し声のほうが気になること、特に、声が大きかったり、声の調子が怒っていたりすると気になるといったことが確かめられた。さらに、音量にかかわらず私的な話や雑談がされているようだと気になったり、全体がざわついているよりも特定の人たちが会話しているときのほうが気になったりするといった実態が見えてきた。

カフェの喧騒のようなざわざわした環境下で仕事がはかどると感じる現象は “coffee shop effect” と呼ばれ、適度な雑音が関係するといわれている。

オープンなオフィスでは、こうした効果が作業効率の向上につながるかもしれないが、怒気を含む発言やプライベートな話など、交わされる会話の性質によってパフォーマンスの低下につながりやすくなることには注意を払う必要がありそうだ。

音や画像情報を限定し、リモートでの連帯感と作業効率を高める

先の結果はリアルオフィスに関するものだったが、リモートワーク環境下では、音環境とストレスについて別種の課題が出てくる。互いの働いている様子や職場の雰囲気が共有されにくいことで、ワーカー同士の連帯感や組織への所属・帰属意識の低下、不安感や孤独感によるストレスが生じるというものだ。

この課題に対して、ビデオ通話ツールや仮想オフィスツールを使って遠隔地間を常時接続するなどの施策も行われている。しかし、常に視線があることにプレッシャーを感じたり、先の調査結果に見られたような気になる音情報が接続先から伝わってきたりすることで、作業への集中が妨げられる弊害も出てくる。

「場の雰囲気は共有しながらも、集中力は阻害しない、ちょうどいい情報の伝え方はないのでしょうか? そのような課題意識から、音と映像による雰囲気伝達の研究を進めています」と岩本氏は教えてくれた。

岩本氏らZENKIGENと青山学院大学・野澤研究室との共同研究チームでは、リモート作業時に聞こえる環境音に加工を施し、どのような性質の音であれば連帯感や帰属意識を感じつつ、同時に作業効率を落とさないようにできるかを突き止める実験を行った *2。

実験は、実験協力者に「全くの無音」「周囲の人が話しているそのままの音声」「話している内容がわからないようにした音声」の3種類のどれかを聞かせながら、簡単な作業を行ってもらい、作業後に作業効率や周囲との連帯感などを報告してもらうというものだ。

実験の結果、話している内容がわからないように加工した音声を聞かせた場合に、作業効率が維持されつつ、連帯感が高くなる傾向が見られた。岩本氏らは、「音場コンテクスト類型化マトリクス」という表でこの結果を整理・分析している。

音場コンテクスト類型化マトリクス 【出典】Konagaya et al. (in press) *1 から編集部作成

実験で使った、話している内容がわからない音声は、この表の左上にあてはまる。誰が話しているかは声色からわかる(個人の特定ができる)が、何を話しているかはわからない(状態・状況がわからない)ためだ。誰が話しているかはわかるので場の雰囲気をある程度つかめるが、何を話しているかはわからないので集中力が削がれにくいのではないかと、岩本氏らのチームは考察している。

さらに岩本氏らのチームでは、映像についても伝える情報を操作した実験を行い、コンテクストの解像度が連帯感や作業効率に与える影響に関して、音声の場合と共通した結果を得ている *3。

実験の様子

「リモートワーク環境で雰囲気を共有するには、接続先の様子がありありとわかるように高精細な映像や音を伝えるほうがよいと考えられがちですが、私たちの研究結果からは、情報を適度に削ぎ落とすことも重要なのではないかという示唆が得られました」と岩本氏は言う。

鮮明な音や映像は伝わる情報が多い分、受け取る側が情報過多で疲れやすくなるし、送る側も、始終監視されているような感覚に陥るだろう。情報の精度をあえて落とすという意外性のあるアプローチから、リモートワークの音環境をめぐる連帯感と作業効率のジレンマに解決策が示されるのではないかと期待が高まる。

重要なのは、ワークプレイスの“使い方”

ワークプレイスとストレスの関係について研究を進めている岩本氏だが、ストレスを適切にコントロールするうえでは、ワークプレイスの設計だけでは十分な施策になりにくいとも指摘する。

「明るさや空調など、働きやすい環境はベースとして必要ですが、それらのベースがある程度整っている職場では、ワークプレイスを変えるだけでワーカーのストレスが一気に解消されることは少ないと思います」と岩本氏。

そこで重要となってくるのが、ワークプレイスの使い方についての理解を深めることだろう。

ZENKIGEN研究員の岩本慧悟さん

たとえば、壁や仕切りなどを取り去ったオープンオフィス・モデルを採用した場合、開放感が高まりのびのびと働けるようになると期待されるが、メンバーの苛立った声が聞こえてきたり、ひそひそ話をしている様子が目についたりすると、業務に集中できなくなるおそれがある。

ネガティブな感情が乗った声や、プライベートな内容の話はストレスの原因になりやすいことなどをメンバーが理解し、話の内容によっては別室に移動するルールを設けるなど、オフィス空間の使い方について共通認識をもつことが重要となるだろう。

使い方についての理解が重要なのは、リアルなオフィス空間に限らない。遠隔拠点間を常時接続するツールの効果に関しても、接続先を身近に感じる効果が、社歴や接続先との連携経験に左右されるという調査結果が出ている *4。

こうした結果からは、遠隔接続ツールは、拠点をまたいだチームビルディング活動など、リアルな関係構築デザインとの併用で効果を十分に発揮できるようになると考えられる。逆に、ツールの導入のみで、接続先との関係性が十分に培われていない状態では、見られているプレッシャーからストレスを感じる副作用が出る場面もあるだろう。

岩本氏が取り組んでいる、ストレスに関する学術的な理論と、実際のワークプレイスでの調査結果を重ね合わせた研究の知見は、日々進歩するワークプレイスに関する技術や実践事例をより効果的に活用するノウハウにつながっていくはずだ。

 

インタビュイープロフィール

岩本 慧悟(いわもと けいご)
株式会社ZENKIGEN ZENKIGEN.Lab 研究員。人材系企業でピープルアナリティクスの推進や新規HRテックサービスの企画開発を経験した後に、キャリア自律、ITエンジニアの定着、シニア人材の活性化等に関する調査研究を担当。現在は株式会社ZENKIGENの研究員として、HRテクノロジーを活用しながら採用面接評価や職場のコミュニケーションに着目した研究に取り組んでいる。一般社団法人HRテクノロジー&ピープルアナリティクス協会の研究員としても活動中。専門は、産業・組織心理学、社会心理学。修士(社会心理学)。


この記事を書いた人:Iori Egawa

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