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創造的集団を生み出すオフィスとは? 2035年への道しるべ

真に健康で幸福な働く場・働き方を構想するには何が必要か――。そんなことを念頭に、ウェルビーイングなオフィスのつくり方について「ウェルネスオフィス」の第一人者である千葉大学大学院准教授の林立也さんに全6回で掘り下げてもらう連載企画。最終の今回は、これまでの内容を踏まえて10年後である2035年のオフィスの行く先について展望する。

  • 林 立也/はやし たつや

    林 立也/はやし たつや

    千葉大学大学院工学研究院准教授。1973年生まれ、2001年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。日建設計、日建設計総合研究所を経て、2013年から現職。建築物の総合的環境評価研究委員会やCASBEE研究開発委員会、SDGs-スマートウェルネス建築研究委員会、SDGs-スマートウェルネス住宅設計ガイド研究委員会、次世代公共建築研究会など、官民を問わずさまざまな委員も歴任。

第1回:ウェルネスオフィスのキソ。オフィス戦略を経営・人事戦略と連動させよう
第2回:ウェルネスオフィスの構成要素。オフィスのスペックを多角的にしっかりチェックしよう
第3回:ウェルネスオフィスがもたらす3つの効果。健康性、知的生産性、そして企業価値の向上
第4回:【事例紹介】パーパスをオフィスに落とし込む。ワークプレイスデザインのプロ集団が実践した、自社移転のキーコンセプト
第5回:【ABW最先端】栗田工業の事例にみる、ワーカー思いのオフィス改革

2035年の労働市場

パーソル総合研究所のレポート「労働市場の未来推計2035」*¹の試算によると、2035年の日本における労働力は「1,775万時間/日」不足し、働き手の数で換算すると「384万人」が不足すると算出されている。

内訳をみると、多様な人材の社会進出で就業者数は増加する一方、一人当たりの労働時間は減少する。この推計では、実質賃金は将来的に下がる。経済成長は直近の景気循環並みなどの想定が入っているため、実数は増減すると思われるが、労働力が不足することは間違いなさそうである。

また、レポートではこの労働力不足解決へのヒントとして、①労働力の増加(ショートワーカーの活躍機会の創出)、②生産性の向上(ポテンシャルへの積極投資)の2つの切り口が挙げられている。

これらの課題および解決の方向性は、既に現状で起きていることとほぼ同じであるが*²、この傾向がより助長されると考えて良い。

【図1】2035年の労働力不足*¹

オフィス市場の動向とウェルネスオフィス

株式会社日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所がまとめた「オフィスビルに対するステークホルダーの意識調査2024」*³によると、オフィスニーズに影響を与える大きな要因は以下の3点が、今後のオフィスビル選択のポイントとしては「環境配慮」と「ウェルビーイング」が挙げられている。

特にウェルビーング対応では、成長企業はその他の企業と比べて、魅力的で生産的に働けるオフィスへの改修要望が高い。

【図2】オフィス変更(レイアウト変更・縮小・拡大・移転等)の理由*³

では、魅力的なオフィスとは何であろうか? 生産性向上に資するオフィスとは何であろうか?

筆者の考える魅力的なオフィスは、本連載の第1回でも掲載した図3におけるSTEP1「ウェルネスオフィス」に相当するものだと考えている。ウェルネスオフィスを構成する要素は第2回で触れた通り「安全・安心」「健康性・快適性」「知的生産性向上」などであり、これらに関する建物要素や性能への配慮が高い建物をウェルネスオフィスと位置付けている。この取り組み度合いを評価するツール「CASBEE-ウェルネスオフィス」なども既に整備されており、ビルの選定や建築の際に参考にすることができる。

【図3】ウェルネスオフィスの構築手順

一方、生産性向上に資するオフィス環境の構築は簡単ではない。図3のSTEP1にも建物側として取り組める「知的生産性向上」対策が含まれているが、これはあくまで一般論として説明できる範囲であり、企業の独自文化、働き方の個別性への対応までは含まれていない。次節でこれらの検討の現在地と今後の展望について説明する。

創造性・生産性向上の論理と方法

第2回で組織の知的生産性とは「作業効率」「知識創造」「仕事意欲」「人材確保」の4つの性能が高いことと説明した。この中で、作業効率については、オフィス環境の整備(室内環境の快適性、通信環境の整備、情報インフラの整備、作業スペースの確保等)やサテライトオフィス、在宅での就業を許容するなどの既存技術や仕組みで高められそうである。

一方で、創造性を高めること、仕事意欲を高めること(ワークエンゲージメントの向上)、優秀な人材を確保することにもオフィス環境は貢献できるだろうか? ここでは、創造性に絞って考えてみたい。

そもそも「創造」はどのように導かれるのだろう? デザイナー・太刀川英輔さんの「進化思考」*⁴の考え方を拝借すると、創造は進化に例えることができ、「変異」と「適応」を繰り返すことで、スパイラルアップされて発生する確率を高めるものであるとされている。

この2つプロセスを交互に回すことが、イノベーションを創出する土壌となる。これをオフィスワークに置き換えて考えると、変異は「アイデア出し千本ノック」となる。ただし、同じ頭でだけ考えていては偶然は起こりにくいので「偶発的な情報との出会い」を起こす仕掛けが必要となる。

適応は目的とするゴールの本質を知ることとされ、以下の4つの分析(著者の意訳)が必要とされている。

この4つの分析を精度よく実施することで、イノベーション創出に近づく。とはいえ、オフィス計画を所管する総務部門や人事部門の多くの担当者は研究者やデザイナーではないので、これらの分析を自力で単独で回していくことは難しい。そのため、まずはチームを作り、企業の大方針とオフィス計画の目的の整合を図りつつ、適切なメンバーで協働することが望ましい。

オフィスを創造性発揮の基盤に

試みに、文系の人でも取り組めるオフィスの構造化の例として、オフィスのメンバー間の情報の流れを図4のように図示してみた。この図は特にオフィスレイアウトと関係はないが、従来の伝統的なオフィスレイアウトはこの図に近い垂直型(関係性に表現されている)である。

【図4】オフィスワーカーの働き方と情報の流れ

空想上のワーカーH君の働き方を、筆者がさまざまなところで聞いている意見に基づき、想像してみる。

H君の現況に対して、所属する組織の求めていることがエンゲージメントの向上であるとすれば、H君は現時点でこの組織に強くはエンゲージしていない。今、日本中でこのようなワーカーが増殖しているらしい*⁵。文献*⁵によれば、従業員が組織や仕事にエンゲージするための具体的な方策は、相互の観察と対話が何よりも大切であるとのことだ。そうであれば、相互に様子がうかがえる座席ルールのあり方、対話のルールや場所の整備が有効そうだ。

組織の求めが創造性の発揮であるとすれば、H君は現状では創造的な活動よりもラインの仕事に追われ、そこに十分な時間は割けていない。さすれば創造性の種をまくだけでなく、そもそもの従業員の基盤的心理状況、業務量の過多なども含めて、構造を変革する必要がある。その上で創造の種をまかなければ、誰も種を拾わない。種の巻き方にも工夫が必要だ。多様な情報を無意識・無自覚に得られるプログラム、席の配置、外部の関係者を招き入れる場所の魅力やそこを活かす企画などが求められる。

こんな簡単な方法でも、情報の流れと時間の使い方が図示されるだけで、課題は見える。その上で、変化のアクションを繰り返し、少しずつ創造的集団に向かってよじ登っていく感じではないかと考える。図3のSTEP3に向かうには、これらの活動を人事・総務とオフィス整備が一体となって進めることが肝要だ。「オフィスをどうする?」の前に、活動や情報の流れをどうしたいのか──。その時にオフィスは活動を支える基盤的役割を果たすと考えられる。

自ら構造を理解し、積極的に変化を

本稿は「2035年のウェルネスオフィス」というタイトルにもかかわらず、恐縮ながら具体的な提案には至っていない。筆者として1つ思うところは、企業や組織も生物と同様に、環境の変化に合わせて、変化し続けないといけないということだ。ただし、生物の自然淘汰のような膨大な時間をかけることができないため、自ら構造を理解し、積極的に変化を継続させなければならない。

特に日本社会は今からしばらくの間、人口減少という大きな社会構造変化の局面を迎える。人口減少社会において、企業はカメレオンのように進化すべきか、ゾウガメを目指すべきか、はたまた新種の生態系を創出すべきか、変化できずに絶滅の危機を迎えることになるか──。あり方はそれぞれであるが、思考停止にだけはならないようにしていただきたい。

最後に、今回の連載をお読みいただきました読者の皆様、本当にありがとうございました。今回で、連載は終了となります。このような連載に取り組んだのは初めてであったため、十分とは言い切れない部分も多々あったことと存じますが、読者の皆様の試行錯誤の種として、本稿が少しでも参考になればうれしく思います。皆様のオフィスづくりを応援しております。