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時代は「廃止」へ! 変わりつつある、日本の転勤・単身赴任

転勤や単身赴任の廃止を打ち出す企業が出はじめ、注目されている。日本の転勤の実情を整理し、先行する3社の事例を通して、変わりつつある転勤・単身赴任制度について紹介する。

日本企業における転勤の実情

転勤は、「人材の育成」「組織の活性化」「適材適所」などを目的に、大企業を中心に広く実施されてきた。しかし、転勤を命じられる側にとっては、配偶者の転職や子どもの転校が必要になったり住宅ローンに影響したりと、生活における負担が大きいのも事実だ。ウェルビーイングの観点からも、転勤や単身赴任を「時代遅れ」の制度と考え、廃止を表明する企業が見られるようになってきた。

ここで、近年における転勤の状況について整理するため、独立行政法人労働政策研究・研修機構(以下、JILPT)が2017年に発表した「企業における転勤の実態に関する調査」を確認しておきたい。

同調査によると、1852社のうち、正社員(総合職)のほとんどに転勤の可能性がある企業は33.7%、正社員(総合職)でも転勤をする者の範囲が限られている企業が27.5%だった。企業の規模が大きいほど転勤の可能性は高くなり、正社員1000名以上の企業では、正社員(総合職)のほとんどに転勤の可能性がある企業が50.9%に及んでいる。また、転勤者(配偶者あり)における単身赴任者の割合について調査したところ、「ほとんど単身赴任」と答えた企業の割合は国内転勤で28.6%、海外転勤で37.1%となった。

さらに、JILPTは個人を対象にしたWeb調査も行い、転勤の効果などについて探っている。その報告によると、例えば転勤の目的としてよくあげられる「人材の育成」については、国内転勤者1万1388名のうち、直近の転勤を経た後で職業能力が上がった、やや上がったとする割合は51.2%、あまり変わらないと答えた割合は44.2%であった。一方で、海外転勤者1310名のうち、職業能力が上がった、やや上がったとする割合は76.2%と高い割合を示している。国内の転勤においては、職業能力の上昇を実感する人がそうでない人をやや上回るものの、それほど大きな差は見られなかった。

また、個人Web調査では、現在の会社に転勤免除配慮を求めたことがあるかについても尋ねている。その結果、求めたことがあると答えた割合は20.5%で、その理由として最も割合が高かったのが「親等の介護(30.7%)」、次いで「子の就学・受験(19.6%)」であった。転勤によって困難に感じる項目については、介護が最も高く、持ち家、子どもの教育がそれに続いている。

現在の会社での転勤経験に照らして困難に感じること(画像は独立行政法人労働政策研究・研修機構「転勤に関する個人web調査」より)

個人Web調査の報告書にもあるように、ときには転勤がライフプランの設計に影響して就業の継続が難しくなることもあり、介護や子育てなどの理由から転勤を希望しない人や配慮を求める人も増えている。実際に、株式会社パーソル総合研究所が2021年に行った 「一般社員層(非管理職層)における異動配置に関する定量調査」でも、一般社員層3000名のうち転勤を伴う異動を拒否する意向を持つ人が30.6%に及んだことが報告されている。

若年層ほど、転勤が退職を考えるきっかけに

転勤に対する個人の意向について、さらに掘り下げて見ていきたい。エン・ジャパン株式会社が、2019年に転職支援サービス「エン転職」のユーザーを対象に行った「転勤」に関するアンケート調査によると、転勤は退職を考えるきっかけになるかとの問いに対し、64%が「なる」(なる:31%、ややなる:33%)と回答。年代別に見ると、以下のように若年層ほど転勤が退職に結び付く可能性が高くなっている。

20代   68%(なる:31%、ややなる37%)
30代   66%(なる:33%、ややなる33%)
40代以降 58%(なる:28%、ややなる30%)

また、株式会社マイナビの「マイナビ 2022年卒大学生就職意識調査」では、行きたくないと思う会社について尋ねている。その結果、「ノルマのきつそうな会社」と「暗い雰囲気の会社」の次に多かったのが「転勤の多い会社」で、前年より2.2%増の24.9%と、ほかのどの項目よりも増加率が高くなっていた。

このように、転勤はワーカーの生活に大きな影響を与えるとともに、退職・転職のきっかけや就職の判断材料にもなる。逆に言えば、転勤・単身赴任制度を見直す施策は、企業イメージの向上や人材の確保にもつながるアプローチともなり得るだろう。

転勤・単身赴任制度を改革した企業例

では、実際に転勤・単身赴任制度を見直した企業は、どのような方法を取り入れているのだろうか。先駆的な取り組みを進める、3社の事例を紹介する。

1. 望まない転勤を廃止した「AIG損害保険株式会社」

外資金融大手のAIG損害保険は、転勤制度のあり方を見直し、2019年4月から会社都合による転居を伴う転勤制度を廃止した。

同社では、社員一人ひとりが自律的にいきいきと働き、家族や友人とともに充実した人生を築けるよう、「The Best Place to Work」という取り組みを推進している。その一環でスタートしたのが、新たな勤務制度「Work @ Homebase」だ。この制度が目指すゴールは、全ての社員に「転居転勤がない」「単身赴任がない」「社命転勤がない」ことだという。その実現のため、社員には以下の3つの選択肢を用意した。

①社員は希望勤務エリア・都道府県を選択し、そのエリア内のみで異動する。
②社員および家族のライフステージの変化に伴い、別エリアへの異動を希望する場合は、社内公募制度などを活用してエリアを変更できる。
③キャリア設計において従来型の転勤制度を希望する社員は、それを選択することができる。

また、同社では、2021年10月より新ベネフィット制度を導入している。具体的には、希望エリアはあるものの、転勤を受け入れる従業員を「モバイル社員」、希望エリアにこだわる働き方をする従業員を「ノンモバイル社員」と分類。基本的に待遇に差はないが、モバイル社員が希望エリア外の勤務となる場合には、家賃の約95%を会社が負担し、かつモバイル手当を支給することとした。

社員が自分自身でキャリアを考え、設計していく「Own Your Career」を推奨し、多様な価値観に応える制度設計にこだわった同社の取り組みは、多くの企業にとって参考になるのではないだろうか。

2. 4000名の単身赴任解消を目指す「富士通グループ」

富士通グループでは、「仕事と生活をトータルにシフトし、Well-Beingを実現する」というコンセプトのもと、ニューノーマルにおける新たな働き方「Work Life Shift」を推進している。

「Work Life Shift」の3本柱の一つである「Smart Working(最適な働き方の実現)」の取り組みとして、単身赴任の解消を推進。2020年7月より、テレワークと出張で対応可能な社員を対象に、随時、単身赴任を解消している。富士通グループの単身赴任者は約4000名にのぼり、2021年3月時点でそのうち33%、約1300名が単身赴任解消あるいは試行中となっている。

こうした取り組みを着実に実現できている背景には、テレワーク率約80%という、単身赴任を解消しやすい勤務体制がある。加えて、コアタイムのないフレックス勤務の適用拡大、通勤定期券の廃止と月5000円のテレワーク費用補助の支給など、ライフスタイルに応じて時間や場所をフレキシブルに活用できる働き方の実現もサポートしているという。

3. 転勤・単身赴任の廃止でワークインライフを推進する「NTTグループ」

NTTグループは、2021年9月に公開したニュースリリースのなかで、新たな経営スタイルへの変革を打ち出している。その際にキーワードの一つとなったのが、「職住近接によるワークインライフ(健康経営)の推進」だ。ワーク(仕事)とライフ(生活)の均衡がとれた状態を指す「ワークライフバランス」とは異なり、ワークインライフとは「人生のなかに仕事がある」とする考え方を指す。働き方や生き方の選択における柔軟性が増し、個人の生活がより尊重される。

参考記事:ワーク・イン・ライフとは。ハイブリッドワーク時代の新しい価値観とその事例

その具体策として、NTTグループはリモートワークを基本とし、自ら働く場所を選択できるワークスタイルの実現を掲げている。具体的には、転勤・単身赴任不要、リモート前提社員の採用のほか、サテライトオフィスを2022年度に260拠点以上まで拡大することを目指す。グループ社員総数32万人にのぼる企業の大きな決断は、ほかの日本企業にも広く影響を与えそうだ。

転勤・単身赴任廃止の動きはさらに広がる?

大企業を中心に、転勤・単身赴任制度の見直しを始める企業が見られる。今後、この動きが波及していく可能性は十分に考えられるだろう。

今回紹介した事例では、転勤・単身赴任の廃止を実現するために、テレワークやサテライトオフィスの活用、新たな制度づくりなどの施策が取り入れられていた。これまで転勤を当たり前としてきた企業にとっては大きな方向転換が必要となるが、企業のブランディングにおいても、採用や離職防止といった優秀な人材の確保においても、有効な手段と言えるのではないだろうか。

この記事を書いた人:Ayumi Ito