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導入が進む「ジョブ型雇用」- 国内企業の事例に見る、日本が目指す方向性

欧米で主流の「ジョブ型雇用」を導入する企業が増えている。従来のメンバーシップ型とジョブ型を比較し、国内企業の導入事例を通して、今後の日本が目指すジョブ型雇用の形を考察する。

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日本企業のあいだで高まる、ジョブ型雇用への関心

近年、日本国内でも「ジョブ型雇用」への関心が高まっている。ジョブ型雇用とは、職務記述書(job description)を作成し、従業員と内容について合意した上で、その範囲内で働く雇用システムのことを指す。大きなきっかけは、経団連が2020年1月に公表した「経営労働政策特別委員会報告」のなかで、日本企業にジョブ型雇用制度の導入を呼びかけたこと。これと前後して、複数の大手企業が雇用を含めた人事制度への導入を表明した。

以降、日本の企業に多い「メンバーシップ型雇用」、つまり職務を限定しない人物重視の雇用システムの限界を指摘し、ジョブ型を持ち上げる流れが加速する。さらに、ジョブ型は、従業員の働きぶりが見えにくいテレワークとも相性がよいなど、いいこと尽くめであるかのように論じられることも増えてきた。

一方で、こうした論調に警鐘を鳴らす動きも広がっており、次のような意見があがっている。

・雇用の不安定化と賃金引き下げが、従業員を直撃する
・日本には、人材育成のための学校教育や職業資格制度などの受け皿がない
・人事制度が根幹から変わってしまう。付け焼刃では危険
・かつての成果主義と同じ失敗を繰り返すだけ

株式会社リクルートキャリアが2020年9月、人事担当者1224名に行ったアンケート調査によると、ジョブ型雇用を導入している企業は全体の12.3%だが、そのうち1年半以内に導入した企業は約7割に及んでいる。

なぜ、最近になって、日本でも導入が広がっているのだろうか。本記事では、ジョブ型雇用のメリットとデメリットを整理し、導入企業の取り組み事例を踏まえて、日本が目指す「日本版」ジョブ型雇用の形を考察する。

従来のメンバーシップ型とジョブ型の違いは?

メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用では、採用・育成から、求める能力、評価・報酬、キャリアに至るまで大きく異なる。全体像をつかむために、まずは一般的な違いについて整理する。

1.メンバーシップ型雇用とは

いわゆる「就社」型の雇用形態で、仕事内容や勤務地について白紙状態のまま雇用し、異動・転勤などの強い人事権を行使する。その一方で、従業員の長年の貢献に報いるため、年功序列や終身雇用、手厚い福利厚生を基本としている。

【採用と育成】
「職業能力の養成=入社後」という考えのもと、スキルや経験を問わない新卒一括採用(ポテンシャル採用)が実施される。研修やOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)などを通して人材育成に力を入れる。

【求める能力】
人材育成や欠員補充の観点から、ジョブローテーションが組織運営の要となる。そのため、会社の事情に精通し、どの職務でも活躍できるジェネラリストが求められる。

【評価・報酬】
職務ではなく人がランク付けされ、成果に加えて行動や能力も評価される。「業務外」と思われるようなチーム内・チーム間の助け合いなども、行動評価の対象となりやすい。能力は、職務が変わっても累積していくものと捉えられ、定期昇給が一般的。

【キャリア】
従業員は会社主導でキャリアを形成する傾向が強く、受け身になりやすい。また、出世コースに乗らなくても給与が増えつづけ、解雇規制も厳しいとあって、キャリア後半に差しかかると自らの能力開発に対する意欲を失いやすいとされる。

2.ジョブ型雇用とは

職務記述書によって仕事内容・勤務地・給与などを明確に定めた職務がまず存在し、その職務に人が就くという考え方をベースとする。本人の同意がない限り、会社は職種転換や転勤を実行できない。なお、同じジョブ型でも、その国の社会背景によって仕組みはやや異なる。例えば、解雇規制が緩やかなアメリカと厳格なドイツは対照的だ。その違いにも触れておきたい。

【採用と育成】
「職業能力の養成=学生時代」なのが欧米の社会。アメリカでは在学中のインターンで実務能力を身に付けるのが一般的だ。一方、ドイツには、職業学校に通いながら企業で実践的な職業訓練を受ける「デュアルシステム」と呼ばれる制度がある。こうした背景から、欧米では新卒のポテンシャル採用ではなく、中途の即戦力採用が基本となる。

【求める能力】
あくまでその職務に必要なスキルの有無が問われるため、スペシャリスト志向となりやすい。基本的にジョブローテーションが存在せず、職務外のスキルは身に付けにくい。

【評価・報酬】
職務でランク付けされ、職務記述書に記載された項目の達成度で評価される。同じ職務に身を置く限り、給与はほぼ変わらない。

【キャリア】
給与を上げるには、難易度や市場価値がより高い職務を目指すことになる。社内に職務の空きがなければ転職するのが一般的で、自ら能力開発する姿勢が培われる。職務がなくなった場合、アメリカでは解雇も珍しくないが、転職市場が活発で民間の再就職支援サービスも充実している。ドイツでは、社内の別の職務への異動が模索されるため、解雇にはなりにくい。

ジョブ型がもたらす4つのメリット

ジョブ型の導入で期待されるメリットは、以下の4つにまとめられる。

①スペシャリストを獲得できる
現在、業種を問わずIT化やDX化が重要な経営課題となっている。この動きを推進する鍵は、デジタル系の専門人材を迎え入れることにある。ジョブ型なら、職務の難易度や市場価値に応じて高額な報酬も設定でき、人材の獲得に有利となる。

②自律型人材を育成できる
環境の変化が激しく不確実性の高いVUCA時代においては、指示待ちではなく、自ら考え成果を出せる自律型人材が活躍すると言われている。自律型人材は日々スキルを研鑽する一方、会社都合の異動や、成果より年功が反映される給与制度を望まない。自律型人材を育成するなら、役職や給与がエスカレーター式に上昇するメンバーシップ型よりも、自分で道を切り拓かなければならないジョブ型のほうが向いているだろう。

③グローバル共通の人事制度を整備できる
少子高齢化によって国内市場は頭打ちとなり、多くの企業において、海外事業の重要性が高まっている。それに伴い、国内と海外の人材交流を増やす必要があるが、障壁となるのが人事制度の違いだ。海外でスタンダードなジョブ型に統一すれば、評価と報酬における公平性を国内外で担保できる。

④テレワークとの相性がいい
テレワークでは部下の様子が見えにくく、日々の行動まで含めた評価が難しい。その点、職務記述書で定義された内容を問うジョブ型であれば、この問題をクリアしやすい。

ジョブ型の導入を阻む4つのデメリット

ジョブ型のデメリットについては、以下の4つのポイントに集約できる。

①制度設計のハードルが高い
日本においてジョブ型の歴史は浅く、成功パターンがまだ確立されていない。どの職種・階層に絞って適用し、職務記述書の粒度をどのように設定し、職務がなくなった際の処遇をどうルール化するかなど、検討事項は決して少なくない。

②優秀な人材が流出する
ジョブ型では、職務に空きが出るまで社内でのキャリアは足踏みするため、転職に活路を見出すのは自然な流れだ。ただ、年功の壁がなくなることで最も恩恵を受けるのは、それまで過小評価の憂き目にあってきた若く優秀な人材でもある。優秀な人材が流出するという問題は、ジョブ型が日本社会に浸透し、人材の流動性が高くなったときに想定される事態だと思われる。

③エンゲージメント、チームワークが低下する
ジョブ型への移行で給与が下がる従業員においては、エンゲージメントの低下が考えられる。また、職務が明確に定義され、その達成度のみで評価されるようになると、職務外の仕事をする理由を見出しにくい。その結果、組織より自分の成果を優先する従業員が増え、連携や助け合いに支障をきたす可能性がある。

④ジェネラリストの育成に不利
幹部候補には広い視野でのマネジメント能力が求められるため、一定数のジェネラリストは必要だ。ジョブローテーションを完全に廃止すれば、幹部候補が幅広い職務経験の機会を得られず、ジェネラリストの育成が困難になる。

国内企業におけるジョブ型雇用の導入事例

では、実際にジョブ型を導入している日本の企業はどのような取り組みを行っているのだろうか。国内の動向を見る上で参考になる、2社の事例を紹介する。

1.株式会社日立製作所

日立製作所は、以前より一部で導入していたジョブ型雇用・採用を、2020年4月よりさらに強化している。その背景には、同社のグローバル化があげられる。海外事業は売上比率の約半分を占めるまでに成長しており、約30万人の従業員の過半数は外国籍。しかし、人事制度が統一されておらず、ワンチームでの事業推進において大きな足かせとなっていた。

新たな人事制度では、メンバーシップ型で見られる受け身の姿勢ではなく、従業員が主体的に考えて行動し、自律的にキャリアを形成するよう促している。個人の属性ではなく、本人の能力や意欲に応じた適所適財の配置を行うことで、エンゲージメントの向上とパフォーマンスの最大化を図り、イノベーションを生む組織と人財の実現を目指すのだという。自分が描くキャリアに必要なスキルは、「日立アカデミー」の数千あるプログラムでの学びを通して養うことができる。

人財統括本部人事勤労本部タレントアクイジション部長の進藤武揚氏は、同社のWebサイトで、「将来やりたいこと、職種のチェンジにも、思いがあれば、積極的に手を挙げてチャレンジしてほしい」と、職種チェンジの可能性にも言及している。ジョブ型への転換を図りながらも、メンバーシップ型で重視されてきた人材育成を引き続き尊重する姿勢が見て取れる。

2.KDDI株式会社

KDDIも、人事制度にジョブ型を導入した企業の一つだ。2019年よりジョブ型の新卒採用を始めており、2020年8月からは「KDDI版ジョブ型」と銘打つ新たな人事制度をスタートした。経営環境が大きく変化するなか、同社は国内通信事業を軸としながらも、金融・保険、エンターテインメントなどのライフデザイン領域へと事業を拡大している。そうした分野に対応できる人材の確保は急務でもあり、キャリア採用を進めてきた。

新制度では、「プロを創り、育てる制度」をコンセプトに、ジョブ型とメンバーシップ型それぞれのメリットをうまく活かしている。それは、KDDI版ジョブ型の5つの指針にも表されている。

・市場価値重視、成果に基づく報酬(ジョブ型)
・職務領域を明確化し、成果、挑戦、能力を評価(ジョブ型)
・Willと努力を尊重したキャリア形成(ジョブ型)
・KDDIの広範な事業領域をフル活用した多様な成長機会の提供(メンバーシップ型)
・「企業の持続的成長」と「ともに働く人の成長」(メンバーシップ型)

新卒採用においては、配属先を定めない「OPENコース」と初期の配属先を確約するジョブ型採用枠「WILLコース」があり、2022年度の採用ではWIIコースを5割に拡大することを明らかにしている。

日本版のジョブ型として、「ハイブリッド型」の導入は進む?

これまで日本では、教育やキャリア形成の機会は、会社が従業員に対して一律に「与える」ものだった。それが今、従業員の個々の志向や能力を尊重し、「支援する」ものへと変わろうとしている。ジョブ型の導入は、この変革を後押しすると思われる。

ジョブ型は一部の優秀層を厚遇するものとの指摘もあるが、雇用のセーフティーネットをこれまで通り維持することを強調する日本企業も少なくない。法制上の問題もあるだろうが、むしろ能力を「底上げしたい」というのが真意に近いのではないだろうか。少子高齢化により人材不足が深刻な今、従業員全員が貴重な戦力だからだ。

前述の事例にもあるように、日本の企業ではメンバーシップ型のメリットも活かしつつ、人事制度の柔軟な運用によりジョブ型を導入する流れにある。これが、中途半端な改革につながるのか、日本企業にフィットする成功モデルとして定着していくのかはわからない。少なくとも当面は、「日本版」ジョブ型雇用の模索が続くものと思われる。

この記事を書いた人:Wataru Ito

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