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「靴を脱いで働こう」| 日米のスタートアップ企業が土足禁止オフィスにこだわる理由

ウェルビーイングの実現や、創造性を育む目的で採用される「土足禁止オフィス」。本記事では具体的なメリットを解説し、日米のスタートアップ企業の事例を通してその実態を紹介する。

革新的なサービスは「土足禁止オフィス」から

欧米はもちろん、日本でも、オフィスでは靴を履きながら仕事をするのが一般的だ。そんななか、あえて「土足禁止オフィス」を採用する企業が存在する。国内では株式会社アカツキや株式会社OKANが、海外ではアメリカのNotion Labs, Inc.などが代表的な事例としてあげられる。

この3社に共通するのは、テック系のスタートアップ企業である点だ。いずれも革新的なサービスを提供し、数十名以上の規模となった急成長企業である。彼らは、土足を前提とした建物をあえて改装し、こだわりをもって土足禁止にしている。

革新的なサービスの背景には、創造性を尊ぶカルチャーがある。この3社においては、そのカルチャーを育む仕掛けこそが「土足禁止オフィス」なのだ。本記事では、靴を脱ぐことで得られるメリットと3社の事例、導入時の検討事項などを紹介したい。

靴を脱いで働く3つのメリット

土足禁止オフィスとは、執務空間の一部またはすべてにおいて、素足やスリッパなどで過ごすオフィスのことを指す。日本では住居のほか、旅館や飲食店、寺社などで土足禁止の空間は見られるが、ワークプレイスとなると、マンションの一室を利用するケースを除けばあまり一般的ではない。オフィスビルが土足で働くことを前提に設計・施工されていることが、その大きな理由だろう。

そんななか、なぜわざわざ土足禁止の内装を施す企業が存在するのだろうか。考えられるのが、以下の3つのメリットだ。

1. ストレス軽減によるウェルビーイングの実現

靴を長時間履きつづけることに対し、日頃からストレスを感じるオフィスワーカーは少なくない。「夕方になると足がむくむ」「靴擦れが痛む」「足が蒸れて気になる」といった悩みを、靴を脱いで働くワークスタイルは根本から解決する。毎朝、出社時にエントランスで靴を脱いでしまえば、夕方まで足元は快適そのもの。余計なストレスから解放され、心身ともに健康な状態で働けるようになる。ウェルビーイングの実現に近づき、生産性や創造性を高めることにつながるだろう。

2. コミュニケーションの活性化につながる

靴を脱ぐことにより、自宅にいるときに近いリラックスした状態となり、親近感や安心感につながる。そうした雰囲気のなかで生まれる会話は、従業員間の親密さを高め、チームワークの構築にも貢献する。また、土足禁止オフィスには、本音ベースのコミュニケーションを引き出す効果も期待できる。

3. オフィスを幅広い用途に展開できる

靴底には、汚れや目に見えないウイルス、細菌が付着している。環境アレルゲンinfo and care株式会社の調査によると、土足で過ごすオフィスには、住宅にも増して多数の「隠れダスト」が存在するという。土足禁止にすれば、そうした汚染物質がオフィスへ持ち込まれにくくなる。そして、フロアが清潔に保たれていれば、座ったり横になったりすることもでき、様々な用途への展開も可能となる。例えば、以下のような用途があげられる。

・昼寝
昼寝は近年、パフォーマンスを向上させる取り組みとして世界的に注目されている。土足禁止オフィスを採用する企業では、フロアで横になって昼寝する従業員も珍しくない。

・体を使うアクティビティ
ヨガやストレッチ、マインドフルネスのようなアクティビティとも相性がいい。こうした取り組みは海外や大手企業で先行して導入されてきたが、コロナ禍におけるストレスマネジメント対策として改めて注目を集めている。床で座禅を組んだり、寝転んだりして行うアクティビティは、フロアが衛生的だからこそできる取り組みと言える。

・子連れ出勤
柔軟な働き方に対応するため、子連れ出勤を認める企業では、オフィスの一部を土足禁止エリアに設定しているケースがある。小さな子どもがハイハイしても衛生面や安全面に不安がないスペースとして、土足禁止エリアをゾーニングすれば、親も周囲も安心して働くことができるだろう。

国内外のスタートアップ企業の事例

事例として、国内外のテック系スタートアップ3社を紹介したい。いずれの企業も靴を脱いで働くことにこだわりを持っており、事業はデジタル領域でも、オフィスにおけるアナログのコミュニケーションやフィジカルな刺激を重視している様子がうかがえる。

1. 株式会社アカツキ

アカツキは、「八月のシンデレラナイン」などの人気スマホゲームを開発し、創業7年で東証一部へ上場した急成長企業だ。「ハートドリブンな世界へ」というビジョンを掲げ、人の心を動かすには、自分たち自身が心を動かしながら働くことが不可欠との考えを持っている。創業時からオフィスを土足禁止にしており、規模の拡大に伴って移転したオフィスでも靴を脱ぐ文化を守っている。

同社は靴を脱ぐことにこだわる理由について、裸足で過ごすことでリラックスでき、ストレスを軽減する効果があることをあげている。また、開放感が生まれ、親密さを育みやすくなるとのこと。「ものづくりに集中できるリラックスした環境、そしてチームで働くことを大切にするアカツキの環境を考える上で裸足であることは大切な要素」と考えている

また、インスピレーションが得られるようにとの狙いから、図書スペースのほか、シアタースペースや鏡張りのフィットネススペースなどを併設している。ヨガサークルやボルダリングサークルも活動しており、そうした従業員同士の交流を深められる活動が行えるのも、土足禁止でフロアが衛生的だからこそであろう。

2. 株式会社OKAN

OKANは、置き型社食サービス「オフィスおかん」などを手掛ける、2012年設立のスタートアップ企業だ。2019年に移転した新オフィスは「ie 家」と名付けられ、「おかえり」と「ファミリーワーク」の2つをコンセプトとしている。従業員も来客もエントランスで靴を脱ぎ、家に上がるような感覚でワークプレイスへと入っていく。オフィスには、集中力アップやリラックス効果などをもたらすような、五感を刺激する仕掛けが施されている。

例えば「触覚」については、足裏に直接触れるオフィスの床に、畳やカーペット、フローリングなど多彩な素材を使用。様々な感触による刺激で、脳の活性化や健康への効果を期待している。

オフィス内はカーペット敷きのスペースが多いとのこと。これがファミリーワークの実現にも役立っており、代表取締役CEOの沢木恵太氏も、オフィスでパパ経営者&子どもが集う会を開催している。また、小さな子ども連れの採用面接も行っており、求職中で保育園が決まっていない場合も、子どもをカーペット敷きのスペースで遊ばせながら面接を受けることができるという。

3. Notion Labs, Inc.

アメリカのテック企業Notion Labsは、SlackやGoogleドキュメントといったワークマネジメントツールを一元管理するソフトウエア「Notion」を提供している。Notionでは、まるでレゴブロックのように自由に機能を組み立てられるため、その使い勝手のよさが評価され、世界中でユーザーを増やしている。日本にも愛用者が多く、日本語ベータ版が2021年10月にリリースされたところだ。

INSIDERによると、創業者のアイヴァン・ザオ氏は、家のなかで靴を履かない家庭で育ち、サンフランシスコにあるオフィスでも土足禁止を採用しているという。オフィスに出社した従業員はエントランスで靴を脱ぎ、素足やスリッパで床暖房が施されたフロアを歩く。サイケデリックな柄の靴下を履いたり、フットクッションを置いたりと、くつろいだ雰囲気の足元をマスコット犬が歩き回る自由で快適な環境だ。古いガレージを改装したオフィスは天井が高く、中二階に会議室兼ヨガスタジオが設置されている。

DIAMOND SIGNALで、「Notionも根本的にはツールであり、ユーザーの使い心地が全てです。ですが、大企業のように整いすぎているのは避けたい」と話すザオ氏は、アート・スタジオのようなオフィスになることを心がけているという。クリエイティビティが高まる少し雑多なオフィスづくりに、土足禁止が一役買っているようだ。

導入にあたって検討したいポイント

土足禁止のオフィス空間は、どのような点に配慮すれば快適に実現できるのだろうか。ポイントは「ゾーニング」「フロア素材」「衛生面」の3つに集約されるだろう。

1. 土足禁止エリアのゾーニング

例えば、土足禁止エリアを畳スペースのみに限定するなら、その場で靴を脱げば問題ない。しかし、オフィスの全面を土足禁止にする場合は、エントランスに人数分の靴箱を設置する必要がある。また、トイレや受付、来客対応の部屋は土足エリアとし、それ以外の執務空間を土足禁止エリアにするという考え方もある。どのようなゾーニングが自社に向いているのか、業務の性質と照らし合わせて検討したい。

2. 足にやさしいフロア素材の選定

土足禁止エリアには住居と同様、足を傷めることのない、やさしいフロア素材が求められる。靴下がすぐに破けてしまうような、ザラザラした粗い素材にも注意が必要だ。

3. 臭いや衛生面への配慮

脱いだ靴は臭いの発生源となり得るため、靴箱にフタをつける、消臭剤を常備するなど、なんらかの対策を取り入れたい。靴に触れた手でほかのものを触ることがないよう、アルコール消毒剤の設置なども不可欠だ。来客用スリッパも、使用者に不快感を与えないよう清潔を保つ必要がある。

「土足禁止」は、企業の先進性を象徴する取り組みの一つ

フォーマルな靴を履きながら長時間働くことは、人によって大きな苦痛を伴う。そこで、個人でできる対策として、いわゆる「置き靴」で過ごす選択肢もある。足に負担のかからないサンダルやフラットシューズなどを持参し、勤務中だけ履き替えるという方法だ。ただ、周りがフォーマルな靴で自分だけが置き靴となると、ときにマイナスな印象を与えることもあるだろう。

また、以前、職場におけるヒール靴着用の強制に反対した「#Kutoo運動」が展開されたこともある。オフィスを土足禁止にすれば、こうした問題自体が発生しなくなる。来客にも靴を脱いでもらえば、「男性は革靴、女性はヒール」という固定観念にとらわれない企業として、好意的に受け止められるかもしれない。土足禁止の導入は、従業員の健康に配慮し、創造性を育む先進企業というポジティブなイメージの発信にもなり得るのではないだろうか。

この記事を書いた人:Wataru Ito