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「働きがい」のある組織はどうつくる? 鍵となる「動機付け要因」と企業の事例

従来の働き方改革は「働きがい」を置き去りにしてきたのではないか。その疑問から脚光を浴びつつある「働きがい改革」について、「動機付け要因」をキーワードに事例とあわせて紹介する。

注目される「働きがい改革」とは

政府主導の働き方改革により、多くの企業で働きやすい職場環境づくりが推進されてきた。その一方で、「働きがいが置き去りにされているのでは?」という指摘も見られる。確かに、働き方の多様化が進むなかで「働きやすさ」は整備されつつあるが、働く価値を実感できる「働きがい」も同様に重視する企業はそう多くないのかもしれない。

それを裏付けるのが、株式会社リクルートマネジメントソリューションズによる、159社を対象とした「『働き方改革』と組織マネジメントに関する実態調査」だ。調査によると、働き方改革の成果として、働きやすさに直結する「長時間労働者の減少、総労働時間の減少」をあげた企業は62.3%にのぼった。ところが、「従業員の満足度・働きがいの向上」をあげた企業は22.6%にとどまったのだ。

こうした状況を背景に注目されているのが、働きがいに満ちた組織づくりを推進する「働きがい改革」である。SDGs(持続可能な開発目標)の17目標の一つ「働きがいも 経済成長も(目標8)」にも、働きがいは考慮すべき課題として掲げられている。

では、どうすれば働きがいにあふれた組織をつくれるのだろうか。そして、働きがいを感じる従業員が増えると、企業にどのようなメリットがあるのだろうか。実際の取り組み事例を交えながら見ていきたい。

データが示す、働きがい改革の3つのメリット

働きがい改革がもたらすメリットとして、主に次の3つがあげられる。

1.生産性が向上する

厚生労働省が2013年に、中小企業で働く1万人を対象に実施した「職場の働きやすさ・働きがいに関するアンケート調査(従業員調査)」によると、働きがいがあると感じている人はそうでない人よりも、仕事に対する意欲が3倍以上も高かったという。仕事への意欲が高まれば、生産性の向上にもつながる。ベイン・アンド・カンパニーと株式会社プレジデント社の共同調査でも、「やる気溢れる」社員の生産性は、「満足していない」社員の約3倍、単に「満足している」社員と比べても2倍以上高いことがわかっている。

2.従業員の定着率が向上する

前出の厚生労働省の調査では、働きがいがあると感じている人はそうでない人よりも、「今の会社でずっと働き続けたい」と回答した割合が4倍以上も高かった。つまり、働きがいを高めることは、従業員の定着率向上につながると言える。

3.会社全体の業績が向上する

「働きがいのある会社」に関する調査を手掛けるGreat Place to Work® Institute Japan(GPTWジャパン)では、「働きがい」は「働きやすさ」と「やりがい」で構成されると考えており、両者の高低から職場を次の4タイプに分類している。

・「いきいき職場」(働きやすく、やりがいもある)
・「ばりばり職場」(働きやすさはないが、やりがいがある)
・「ぬるま湯職場」(働きやすいが、やりがいがない)
・「しょんぼり職場」(働きやすくもなく、やりがいもない)

4つのタイプと業績の関係について分析したところ、売上の対前年伸び率は「ぬるま湯職場」で6.0%、「しょんぼり職場」で6.5%とどちらも低く、大きな差異は認められなかった。一方、「いきいき職場」では43.6%、「ばりばり職場」でも22.0%と高い値を示しており、働きやすさとやりがいの両方を兼ね備えた「働きがいのある職場」で業績が向上したことが明らかになっている。

鍵となるのは「動機付け要因」

GPTWジャパンは、働きやすさとやりがいについて、アメリカの心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱した「二要因理論」を用いて説明している。二要因理論では、仕事に対する満足度には「動機付け要因」が、不満足度には「衛生要因」が関係すると考える。

まず働きやすさは、労働環境や休暇など、整っていなければ不満につながる衛生要因の向上が鍵になる。一方のやりがいは、仕事の達成感や自己成長など、あればあるほどやる気やモチベーションにつながる動機付け要因の向上が鍵になるという。

重要なのは、働きやすさを形成する衛生要因が、不満足の解消だけになりかねない点だ。働きやすさを向上させたからといって、必ずしも従業員の満足度がアップするとは限らない。満足度を高めるためには、やりがいを形成する動機付け要因の向上が不可欠なのだ。

働き方改革では働きやすさの改善に主眼が置かれがちだが、働きがい改革を推進するのであれば、働きやすさ一辺倒の施策ではなく、動機付け要因に対する取り組みが重要になる。

動機付け要因を軸にした、働きがい改革の企業事例

動機付け要因のなかでも特に影響が大きいと思われるのが、「仕事内容への興味」「権限・裁量の大きさ」「自己成長」「会社や仲間からの承認」の4つだ。それぞれどのような施策でアプローチできるのか、働きがい改革に取り組む企業の事例から探ってみたい。

1.SAPジャパン株式会社

欧州最大級のソフトウェア企業・SAP SEの日本法人であるSAPジャパンでは、「働きがいのある職場」づくりをめざして様々な取り組みを行っている。例えば、世界中の公募ポジションが全従業員に公開され、自由に応募できる仕組みもその一つ。会社都合のジョブローテーションではなく、本人の希望に基づく公募制であるため、従業員の興味・関心が仕事につながりやすい。また、短期的に別のポジションを経験できる制度や業務交換プログラムなど、新たなキャリアチャンスを見つけられる環境もある。

このほか、同社には従業員のチャレンジを積極的に支援するカルチャーがあり、個々の学びやキャリア・ディベロップメントをサポートするシステムも整えられているという。また、自分の業務が会社にどのように貢献しているかを理解するための施策もあり、やりがいの実感につながっていると考えられる。さらには、貢献する従業員を評価し、感謝する仕組みもあるとのこと。そうした周囲からの承認も、働きがいに直結するだろう。

2.ライオン株式会社

大手総合日用品メーカーであるライオンは、グローバル競争で勝ち抜く企業力を醸成するため、2019年より「ライオン流 働きがい改革」を開始した。重視するのは、従業員の圧倒的主役意識。健康行動の習慣化をベースとしながら、「多彩な能力発揮を最大化するためのワークマネジメント」「働き方を変え自律性を重んじるワークスタイル環境の整備」「互いの理解と尊重による関係性の強化」の3つを柱とした施策を推進している。

同社のWebサイトによると、例えばワークマネジメントでは、勤続年数や年齢などに関係なく職制やプロジェクトリーダーを任用する「抜擢任用」や、優れた人材を早期に発掘してその責任と権限の領域を広げる「早期昇格」の運用を開始。また、意識的自律に基づいたキャリアプラン設計を支援する「キャリアデザイン・サポート窓口」の設置、従業員の主体的な学びを応援する「ライオン・キャリアビレッジ」の開講のほか、常識を破るアイデアを事業化につなげる社内提案のプログラム「NOIL」を始動するなど、従業員の能力を評価し成長を支える仕組みが整備されている。

ワークスタイルについては、服装の自由化やテレワークの拡大に加え、働く時間における個人の裁量をさらに拡大。関係性の強化においても、社内で相互を賞賛し合う仕組みのほか、それまで許可制だった副業を申告制に切り替え、社外の関係性のなかで生まれる効果も重視している。同社では、従業員の働きがいや志、モチベーションを高めることが、生産性の向上や新たな価値の創出につながると考えており、多彩な人材の能力を最大限に発揮できる環境が整えられている。

働きがい改革に向けた意識的な取り組みを

これまで、働き方改革における多くの施策は、働きやすさに重点を置いてきた。その背景には、取り組みやすさが少なからず影響していたのではないだろうか。残業時間や有給取得率などの数値を通して、働きやすさの改善度合いはある程度可視化できる。数値と従業員の実感とのあいだにも、大きな乖離はない。

一方、動機付け要因を中心とした働きがいについては、何を指標にどう取り組めばよいかが一見わかりにくい。何が働きがいになるかも十人十色だ。

しかし、その具体策については、参考となる事例がすでにいくつも存在する。自社の業態やカルチャーを踏まえつつ、不足している動機付け要因を強化することで、状況が大きく改善されるかもしれない。生産性の向上、ひいては業績の向上にもつながるこの改革に、取り組むメリットは十分にあるのではないだろうか。

この記事を書いた人:Wataru Ito