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オフィス建築にも「木の時代」が到来! 期待ふくらむその可能性と価値

近年、日本でも木造のオフィスビルが増えはじめている。そうした動きの背景にある「脱炭素社会」と「技術革新」をキーワードに、国内と海外における建築事例を紹介する。

脱炭素・SDGsで見直しが始まる

SDGs(持続可能な開発目標)に対する社会的関心の高まりとともに、木造建築の価値を見直す動きが広がっている。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の関連施設の建設において、木材がふんだんに使用されたのは記憶に新しい。注目したいのは、この動きが民間のオフィスビルにも波及している点だ。国内外で、従来では考えられなかった規模の木造オフィスビルが次々と登場している。

木造オフィスが増加している背景には、大きく二つの要因が考えられる。一つは、大企業を中心に脱炭素経営が喫緊の課題となってきたこと。もう一つは、テクノロジーの進化により、木材でも中高層ビルの建築が可能になったことだ。本記事では、木造オフィス増加の背景を詳しく説明し、国内外の事例を紹介するとともに、今後について展望する。

脱炭素社会に向けて推進される、木材の活用

先に述べた通り、木造オフィスが増加している要因の一つとして、脱炭素社会の実現に向けた気運の高まりがあげられる。2020年10月、菅義偉前首相は所信表明演説において、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち「カーボンニュートラル」を目指すことを宣言した。この極めて高いハードルをクリアするうえで鍵となるのが、「木材の活用」だ。

なぜ木材の活用が、脱炭素化に有効なのだろうか。「温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」とあるが、排出を完全にゼロにするのは難しい。そのため、排出しきれなかった温室効果ガスについては、「吸収」もしくは「除去」によってゼロを目指すというのが基本的な考えだ。

この「吸収」において、森林の果たす役割は大きい。樹木は大気中の二酸化炭素を吸収し、有機物として貯蔵していく。樹木を伐採しても、それが燃やされず木材として活用されているあいだ、炭素は貯蔵されつづける。さらに、伐採後に植林すれば、また新たに二酸化炭素が吸収されていく。つまり、木材の活用は、こうした貯蔵と吸収のサイクルを回すこと、ひいては大気中の二酸化炭素を減らすことにつながるのだ。

林野庁では各種団体や民間企業と連携し、「ウッドデザイン賞」や「ウッド・チェンジ」など木材利用を促進する活動を行っている。経済同友会もまた、木造建築の中高層ビルを増やすべきとの提言を発表している。こうした動きの背景には、林業の活性化に加えて、脱炭素社会の実現という大きな狙いがあると考えられる。

テクノロジーの進化で中高層ビルの建築が可能に

木造オフィスの増加の背景にあるもう一つの要因は、耐震性・耐火性に優れた建築用木材の登場だ。

従来の木造技術は、オフィスビルのような中高層ビルにおいては強度に不安があった。そのため、強度に優れた鉄筋コンクリート造や鉄骨造が採用されてきた。また、耐火性も弱点とされ、特に防火規制の厳しい都心部では、柱や梁、土台などの建物を支える構造材として採用するのは困難だった。

1.木造技術が飛躍的に進化

近年、こうした課題を解決する木造技術が次々と開発されている。特に汎用性の高い技術として期待されているのがCLT(Cross Laminated Timber:直交集成板)だ。CLTとは、木の板を繊維方向が縦と横になるよう交互に重ねて接着したパネルのことで、耐震性はもちろん、耐火性や断熱性にも優れている。

1995年頃からオーストリアを中心に開発が進められ、その後、欧米で発展。中高層ビルにおける採用が進んでいった。日本でも近年、共同住宅やホテル、オフィスビル、校舎などがCLTを用いて建築されている

CLTのほかにも、株式会社竹中工務店の「燃エンウッド」、清水建設株式会社の「シミズ ハイウッド」、株式会社シェルターの「COOL WOOD」など、様々な木材・工法が開発されている。

2.木材利用を促進する法律の整備

こうした新技術の登場を受け、法整備も進んでいる。

2016年4月に国土交通省より、CLTを用いた建築物の一般設計法などについて建築基準法に基づく告示が公布・施行され、この告示に基づいて構造計算を行えば大臣の認定が不要となった。従来はCLTの強度や一般的な設計法が定められていなかったため、建築物ごとに精緻な構造計算を行って国土交通大臣の認定を受ける必要があった。これが大きなハードルとなっていたが、この告示によりCLTの一般利用への道がひらけたと言える。

また、2021年10月には、「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が施行された。これは、2010年施行の「公共建築物等における木材の利用の促進に関する​法律」の改正法で、改正により木材利用推進の対象が従来の公共建築物から民間建築物まで拡大されている。法律名には「脱炭素社会の実現」が盛り込まれ、木造化による脱炭素が大きく打ち出された。この法律の施行により、民間の木造建築についても国や自治体から支援を受けられるようになっている。

このように、技術革新とそれに伴う法整備が進み、木造ビルの普及に向けた土壌が整いつつあることがわかる。

国内外における木造オフィスの事例

以上のような背景から、普及が遅れていた日本においても木造オフィスビルの建設が着実に増えてきた。海外事例とあわせて、代表的なものをいくつか紹介したい。

1.株式会社イトイグループホールディングス新社屋

北海道士別市朝日町で土木・住宅・介護など幅広い事業を展開するイトイグループホールディングス。その新社屋は、CLTを用いた環境配慮型の木造建築としてウッドデザイン賞にも選出されている。

画像は株式会社イトイグループホールディングスのWebサイトより

CLTには地元北海道産のトドマツを使用し、スキージャンプのV字をイメージしたデザインも取り入れられている。拠点を置く朝日町は、スキージャンプ台を有する「ジャンプの町」であり、同社にはスキージャンプ選手が所属するスキーチームもある。随所に織り込まれたV字デザインは「地方創生企業」のアイコンにもなっているという。

執務スペースは、部署を超えたコミュニケーションが生まれることを意図し、ワンフロアに集約されている。柱のないオープンな空間は、高強度のCLTが得意とするところだ。

2.純木造7階建てテナントビル「髙惣木工ビル」

国内初の純木造7階建てテナントビルとして、2021年2月に竣工した髙惣木工ビル。株式会社シェルターが設計・施工を手掛けており、同社の仙台支社も入居している。鉄骨造・鉄筋コンクリート造などとの混構造ではなく、主要な構造材のすべてが木造のビルとして話題を呼んだ。

大きな特徴は、主要構造材に採用した木質耐火部材COOL WOODにある。独自開発した特許技術により、日本ではじめて3時間耐火の国土交通大臣認定を取得。2時間耐火の部材では14階建てまでという規制があるが、COOL WOODで3時間耐火が実現したことによって階数の制限がなくなり、15階建て以上の高層ビルにも木造の使用が可能になった。

画像は株式会社シェルターのWebサイトより

独立行政法人農林漁業信用基金発行の「基金now」vol.7によると、髙惣木工ビルの使用木材量は454m3で、推定73tの炭素貯蔵量となる。持続可能な森林から伐採された木材でつくられたことを証明する「SGEC/PEFC-CoCプロジェクト認証」や、標準的なビルと比較してエネルギー消費量を50%以上削減したことを示す「ZEB(Net Zero Energy Building) Ready」認証を取得しており、木造中高層ビルのモデルケースとなっている。

3.スウォッチグループ新本社ビル

2019年10月、スイス北西部のビールに、世界最大の時計製造グループであるスウォッチグループの新本社がオープンした。設計を手掛けたのは、日本を代表する建築家・坂茂(ばん しげる)氏。ちなみに、世界初と言われている木造7階建てのオフィスビル「タメディア新本社」(スイス・チューリッヒ)も同氏が設計している。

新本社の全長は240m、幅は35m、高さは最も高いところで27mに達する。美しい有機的な曲線のフォルムは、グリッドシェル構造と呼ばれる、木材を格子状のシェル型に組んだ木造建築によるものだ。

画像はスウォッチグループジャパン株式会社のプレスリリースより

その特徴的な正面デザインの木材には、スイスの国産木材のみが使用されている。使用木材量は合計1997m3に及ぶが、これはスイスの森では2時間足らずで再成長する量だという。屋外の敷地には120 本を超える木を新たに植え、使用エネルギーは太陽光発電による熱源と地下水利用を中心にまかなうなど、持続可能性に配慮したオフィスとなっている。

4.10階建て木造オフィスビル「25King」

2018年10月、オーストラリア・ブリスベンに完成した「25King」は、10階建て、高さ52mに及ぶ世界最大級(竣工当時)の木造オフィスビルだ。建設エンジニアリング会社のAurecon社が設計・施工などを手掛け、同社のブリスベンオフィスが主要テナントとして入居している。

画像はAurecon社のWebサイトより

建設にあたり、梁と柱にはグルーラムと呼ばれる木材を重ねて接着した集成材が用いられ、床やエレベーターシャフト、避難階段にはCLTが採用されている。使用した木材は、従来の建材よりも二酸化炭素の排出量が少なく、持続可能な方法で管理された森林から調達。随所に木材を活かしたデザインが施され、木の温もりが感じられる空間となっている。

超高層木造ビルが林立する未来

世界的に見ても、現在のところ木造オフィスビルは中規模レベルにとどまっているが、今後はさらに高層化していくことが予想される。実際、以下のように、すでに動き出している超高層木造ビルのプロジェクトもある。

1.国内最高層の木造オフィスビル計画

三井不動産株式会社と株式会社竹中工務店は東京・日本橋に、現存する木造高層ビルとして国内最大・最高層となる地上17階建て、高さ約70m、延床面積約2万6000m2の木造賃貸オフィスビルの建設を計画している。主要構造材には竹中工務店が開発した耐火集成材「燃エンウッド」を採用し、使用木材量は国内最大規模の1000m3 超となる見込みだ。

2023年に着工し、2025年の竣工を予定。本プロジェクトでは、三井不動産グループが北海道に保有する森林の木材を積極的に活用し、建築資材の自給自足、森林資源と地域経済の持続可能な好循環の実現を目指す。

2.木造70階建てを構想する「W350計画」

住友林業株式会社は、1691年の創業から350周年を迎える2041年を目標に、地上70階、高さ350mの木造超高層ビルを実現する「W350計画」を発表している。建物は木材比率9割の木鋼ハイブリッド構造とされ、木材使用量は18万5000m3を予定。これは、同社木造住宅の約8000棟分に相当する量で、約10万tの二酸化炭素を炭素として貯蔵できるという。

以前なら夢物語、あるいは構想すらしなかったような木造オフィスビルが、これから当たり前のものになっていくかもしれない。都市の木造化によって木材ニーズが高まり、同時に持続可能な森林資源の活用が進めば、脱炭素社会の実現に向けた大きな推進力となるだろう。木造オフィスの動向を、引き続き期待をもって見ていきたい。

この記事を書いた人:Wataru Ito