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宗教の多様性に配慮したオフィスづくりとは? ムスリムフレンドリーなオフィスを紹介

ダイバーシティ経営の重要性が増すなか、従業員が信仰する「宗教」へ配慮したオフィスづくりはどのように行えばよいのか。祈祷室の設置やハラール食の提供など、先進的な取り組みを行う企業事例を紹介する。

D&IからDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)へ

変化の激しい現代のビジネス環境で企業が成長を続けるには、多彩な経験や視点を有するメンバーの共創が欠かせない。個々の従業員がもつ多様な個性を最大限に生かすことが、イノベーションの創出につながり、ひいては企業価値の向上や優秀な人材の確保にも貢献すると考えられるようになっている。

こうした背景から、近年、多くの企業が経営理念として「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」への取り組みを公表している。最近ではこれに「Equity」を加えて、「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」と言われることも増えてきた。

よく知られているように、「Diversity」は「多様性」と訳される。多様性は、年齢、性別、人種・民族といった、目に見える「表層の多様性」と、パーソナリティや価値観、趣味、宗教、性的指向・性自認など、その人を知ったうえで明らかになる「深層の多様性」がある。

「Inclusion」の直訳は「包含」「一体感」だ。DE&Iの文脈では、「多様な人材が職場で尊重されたメンバーとして扱われていると感じ、自己の力を最大限に発揮できる状態」を意味する。職場の一員として認められているだけではなく、独自性や能力が組織に必要とされている状態である。

新たに加わった「Equity」は「公平性」を意味し、一律の平等性ではなく、多様性に応じて公平に尊重されることを指す。すべての人に同じ機会やサポートを平等に提供するのではなく、それぞれの状況に合わせて適した機会やサポートを提供することで、平等な結果が得られるようにするものである。

本稿では、DE&Iのなかでも特に「宗教」にフォーカスして、企業が配慮すべきポイントを考察し、従業員が信仰する宗教に配慮したオフィス事例を紹介する。

 

従業員の宗教について理解することの意義

改めて、DE&Iに取り組むダイバーシティ経営には、どのような効果があるのかをみていきたい。経済産業省は「【改訂版】ダイバーシティ経営診断シートの手引き」の中で、ダイバーシティ経営の効果を、①プロダクト・イノベーション、②プロセス・イノベーション、③外的評価の向上、④職場内効果の4つに整理している。

画像は経済産業省「【改訂版】ダイバーシティ経営診断シートの手引き」より

では、多様性のなかでも従業員の「宗教」に配慮することは、どのような意味をもつのだろうか。先述の通り、ダイバーシティには表層的ダイバーシティと深層的ダイバーシティがあり、宗教は深層的ダイバーシティに含まれる。

例えば、女性や外国人の登用といった表層的ダイバーシティへの取り組みは、対外的にアピールしやすく、「③対外評価の向上」への効果が高いといえる。一方、従業員が信仰する宗教や性的指向・性自認などへの配慮を行う深層的ダイバーシティへの取り組みは、時間をかけて「④職場内効果」に影響するものと考えられる。

そして、①プロダクト・イノベーションや②プロセス・イノベーションといった社内の生産性向上には、④職場内効果により社員の意欲が高まることが影響すると考えられ、深層的ダイバーシティへの取り組みが有用といえる。

宗教の多様性に配慮したオフィスづくりのポイント

宗教は個人のアイデンティティに大きな影響を与えると同時に、生活習慣の規範となっている場合もある。信仰する宗教によっては、日々の生活の中で義務付けられている行動や、逆に禁じられている行いがあるため、ワークプレイスにはそれを踏まえた配慮が求められる。

例えば、イスラム教徒(通称:ムスリム)には「五行」と呼ばれる5つの義務がある。そのひとつは、よく知られている「ラマダン」だ。ラマダンの月(イスラム暦の9月)には日の出から日没まで飲食を断たなければならない。期間中には日没後に「イフタール」と呼ばれる特別な夕食を家庭で食べるため、その時間を確保できるように、遅い時間帯にミーティングをスケジュールしないなどの配慮が必要である。

アメリカでは、ラマダン期間中にムスリムの従業員に対して、勤務時間やタスクを柔軟にする企業や、イスラム教徒でないメンバーがラマダン期間に断食を実践して、その意義を理解しようとする企業などもみられる。

また「五行」には1日5回、決められた時間に行う祈祷がある。清浄な場所で、キブラ(聖地メッカのカアバ神殿)の方向に向かって行うもので、祈りのための静かでプライベートなスペースが必要となる。加えて、ムスリムには豚肉やアルコールなど食品の禁忌もあるため、食事面での配慮も重要である。

ムスリムフレンドリーなオフィスを実現した企業の取り組み事例

ここからは、多様な宗教を背景にもつ従業員が快適に働けるオフィスづくりを先進的に行っている国内企業の取り組みを紹介していきたい。

1. 楽天グループ株式会社

英語を社内公用語とする楽天グループには、100を超える国・地域出身の従業員が在籍しており、外国人比率は20%を超える。オフィスのカフェテリア(社員食堂)では、朝・昼・晩3食の食事を基本的に無料で提供しており、D&Iサポートの一環として、一部のカフェテリアではハラル料理(イスラム教の戒律で食べることを許された料理)、インドベジにも対応している

社員食堂で提供されているハラル料理
メニューには各料理に使用されている食材がイラストでわかりやすく表示されている(画像はすべて楽天コマースカンパニーのオウンドメディアR-Hackより)

また、東京都世田谷区にある本社ビル「楽天クリムゾンハウス」には、礼拝専用の祈祷室や、お祈り前に身を清めるための足洗い場も設置されている。

同社では、2016年にムスリム・コミュニティーを設立。そのメンバーが中心となり、イスラム文化の紹介を主旨とした懇親会も開催している。ラマダン期間中にカフェテリアで開催されたもので、イスラム教信仰の有無を問わず約100名の社員が集まり、イフタール(断食明けの食事)を共にして語り合ったという。

2. ヤンマーグループ

グローバルに事業を展開し、外国籍の社員も多いヤンマーグループでは、大阪市北区の本社ビルに祈祷室を設置。来訪者も自由に利用できるプレミアムマルシェカフェ(社員食堂)でムスリムフレンドリーメニューを提供している

一般的にハラル料理を提供する社員食堂では、レトルトを温めて対応しているところが多い。それは豚肉などハラールではないものが触れたお皿や調理器具は、その時点で非ハラールとなるからだ。同社では、ムスリムの社員に毎日おいしい食事を提供するために手作りにこだわっており、調理器具・食器を一般のものと分けて使用して、洗浄や保管も別々に行うよう徹底した。

ヤンマーグループ本社に設置されている祈祷室
社員食堂で提供されているムスリムフレンドリーメニュー(画像はすべてヤンマーグループのWebサイトより)

祈祷室・ムスリムフレンドリーメニューともに、海外からの来訪者も利用可能だ。こうしたムスリムフレンドリー対応を行った背景について同社は、「これからますます増えることが予想されるムスリムへの対応を進めるべきだという判断」としている。

3. YKKグループ

YKKグループでは、グループ最大の製造・開発拠点である黒部事業所(富山県黒部市)内にハラール食堂を開設した。ハラール食と菜食主義者へ向けたベジタリアンフードを提供しており、同食堂は日本イスラーム文化センターより「ハラル認証」を取得している。

ハラール食堂風景
ハラール食堂で提供されているハラール食の一例(画像はすべてYKK株式会社のWebサイトより)

同社では、海外拠点の現地リーダー候補の育成に力を入れており、来日した外国籍社員が研修に打ち込める環境を整えたものだ。外国籍社員が安心できる食環境を整えることで、「効率的な技術人材の育成を目指す」としている。​​

4. SOC株式会社

北海道札幌市でソフトウェア開発を手掛けるSOCでは、海外採用を積極的に進めており、ダイバーシティへの取り組みの一環として、社内2ヵ所に礼拝室「Prayer Room(プレイヤールーム)」を設置している

礼拝室
手足を清めるための水場(画像はすべてSOC株式会社のWebサイトより)

同社ではもともと会議室を礼拝用として開放していたが、積極的なグローバル採用を進めるにあたり、礼拝室の設置を決めた。導入にあたっては、ムスリムの社員にヒアリングを行い、手足を清めるための水場も設置。「お清めの時間や手間がかなり減り、落ち着いて礼拝ができるようになり、時間的にも精神的にも余裕ができました」との感想が聞かれている。

「Culture Fit」よりも「Culture Add」の視点を

ダイバーシティ経営の一環として、従業員が信仰する宗教への配慮の重要性と、国内企業の取り組み事例を紹介した。ここで紹介した他にも、株式会社竹中工務店株式会社NTTデータNECソリューションイノベータ株式会社など多数の企業が祈祷室を設置するなど、多様な背景をもった社員が働きやすい環境を整備している。

一方で、祈祷室やハラル料理の提供ができなければ、ムスリムの従業員を迎え入れられないわけではない。まずは祈祷の時間に会議室を使えるようにする、ハラル対応の弁当をデリバリーするなど、できることから始めればよいのだ。事例で紹介した企業もそうした取り組みから始め、従業員の意見を取り入れながら発展させている。

企業文化に合う(Culture Fit)人材の採用は安定的な運営に有効だが、多様な人材を採用し新たな価値観や文化を取り入れる(Culture Add)ことは組織に今までにない視点をもたらしてくれる可能性がある。多様な宗教への理解や配慮を負担とみなすのではなく、新たな視点を取り入れると捉える姿勢をもつことが、企業の長期的な成長につながるのではないだろうか。

この記事を書いた人:Fusako Hirabayashi