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不確実性(VUCA)時代に対する未来思考のアプローチとは | WORKTECHレポート

WORKTECH23 Tokyoレポート

世界の多くの国と同様に日本でも、伝統的な職場環境からの脱却と再構築のときを迎えている。本稿ではWORKTECH23 Tokyoの内容を、不確実性に対する未来思考のデザインアプローチに焦点をあてて紹介する。

Design, Research Community

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ワークプレイスの未来デザイン

世界中でワークプレイスのあり方が大きく変わりつつあるなか、日本もまた伝統的な職場環境や労働文化から、新しい時代へ向けた改革と再構築のときを迎えている。
WORKTECH23 Tokyoは、東京開催としてはパンデミック以降、初の対面カンファレンスとして2023年12月6日に赤坂インターシティコンファレンスで開催された。各業界の専門家や思想家、ストラテジスト、ビジョナリーらが集まり、活発な議論が交わされた。
本稿では、現在のワークプレイスを取り巻く動向を踏まえながら、不確実性に対する未来思考のデザインアプローチに焦点をあて、カンファレンスの内容を紹介する。

 

現在のワークプレイスを取り巻く動向

世界的な建築・都市デザインスタジオであるFoster + PartnersのAlessandro Ranaldi氏は、「今日の建築や都市計画の世界では、パンデミックや世界的な変革が引き起こす不確実性が、戦略的なデザイン設計の決定に影響を与えている」と語った。特に最近では、シクリカル(循環的)な景気変動を引き起こし、急速かつ広範に影響を与えるものもある。

ワークプレイスの流動的な変遷が続くなか、オフィスの存在意義が疑問視され、職場環境について経営者と従業員との間にさまざまな認識のずれが生じている。CBREの調査によると、昨今の不確実性の波により、大きな打撃を受けているサンフランシスコでは、2023年第四半期のオフィス空室率が35.6%にまで上昇している。また、Robinが500人以上の経営者と施設管理者を対象に行った調査では、企業の約75%が2024年にオフィススペースを削減する見通しだという。
不確実性が増すなか、 未来のワークプレイスを構想するうえで鍵となるのは、特定の空間がもつ、人々を引き寄せる要素を理解することだ。そのためには、共創と集団アイデンティティの維持が不可欠であり、またデザインが生み出される文脈や背景に敬意を払うことも重要となる。Ranaldi氏は、「デザイナーは問題解決者であると同時に、クライアントのニーズや期待を引き出すための共創プロセスを促進する役割を果たす必要がある」と強調した。

不確実性に対するデザインとは

では、不確実性(VUCA)の時代に適応するためのワークプレイスの構築には、どのようなアプローチが適しているのだろうか。
Foster + Partnersでは「People, Technology, Process, Space」を組み合わせたマトリックスを開発し、デザインにおける主要な要素とその品質を達成するためのツールを設計した。また、既存のプロジェクト、建物、都市を対象にした監査ツールを開発し、将来のプロジェクトに向けた有益なデータ収集を行っている。これらのスケーラブルなツールを使用して、プロジェクトの不足している要素や品質向上が難しいプロセスを特定し、不動産を最適化する際の検討に役立てているという。
IE 建築デザイン大学院の空間戦略デザイン修士課程のディレクターであり、AECOMのEMEAインテリアデザインプラクティスリーダーでもあるElvira Muñoz氏は、不確実性に対するデザインソリューションのヒントとして、「成果や結果に焦点を当てること」「“Serendipity(偶然の産物)”を生み出すこと」を提示し、特に「記憶に残る体験を生み出すこと」が最も重要だと説いた。
ただし、体験をデザインするうえで、Aesthtic(美的)・Technical(技術的)・Funtctional(機能的)な問題解決に焦点をあてるだけでは危険だと指摘する。Muñoz氏が提示する「The pyramid of Experiences(体験に関するピラミッド図)」によれば、これらの要素は既に従業員が期待している基本的なものであるため、1~2年ほどで飽きられてしまう可能性があるという。「従業員の期待を超え、満足度を向上させるには、Contextual(文脈的)・Emotional(感情的)・Meaningful(有意義)な要素を取り入れることが重要だ」と語った。
また、物理的な場の構築だけでなく、テクノロジーやバーチャルな手段、コミュニティを通したつながりの創出にも留意し、ワークスペースを単なる場所ではなく、特別な目的地としてデザインすることが求められている。これらの実現には、クライアントとの共創を通じて深い理解を築くだけでなく、高度な知的レベルで対話を重ねることが不可欠だと付け加えた。

 

MeからWeへの変換

Muñoz氏はさらに、デザインは「Me(私)」から「We(私たち)」の文化へとシフトしていると指摘した。個人の視点ではなく、チームとしての目標を明確にすることで、効果的なワークプレイスが構築される。チームとしてのスペースの共有、コラボレーションの頻度、負担可能なリスクの割合、成長の方向性など、We視点で質問を投げかけることが重要だという。
例えば、同じ人数のグループに対して、Me視点で必要なスペースを問うと、「個人スペース:コラボレーションスペース:パブリックスペース」の割合は「70%:20%:10%」となる。一方、We視点で「協力するためには?」「皆がオフィスに戻るためには?」といった質問をすれば、共有スペースが増加し、各スペースの割合は約33%となる。その結果、約半分のオフィス面積で十分に対応することができるのだ。
AECOMのマドリードオフィスは、MeからWeへの視点の転換により大きな変化を遂げた一例だ。2015年のオフィス開設当初は1フロア全体を占有し、450人の従業員が420のワークステーションを使用していた。これがWe視点のワークショップを経て、現在では780人の従業員に対してワークステーションは約半数の220まで削減された。特に注目すべきは、多様なコラボレーションスペースの追加により、職場のダイナミクスが拡大したことだ。
また、AECOMが内装を手がけたSony Musicのマドリードオフィスでは、5000平方メートルの面積を1200平方メートルまで減少させた。パンデミック後には、再び必要なスペースを見直し、現在ではオフィスの一部をミュージックスクールと共有することで、オフィスに新たなダイナミクスを生み出している。

Sony Musicの企業価値と音楽のデジタル時代を反映した活気あるオフィス(画像はAECOMのWebサイトより)

 

 

ユーザーエクスペリエンスに焦点を当てた、人中心のオフィスビル

デンマークの建築事務所3XNのFred Holt氏は、同社が手がけた‟人間らしい”高層ビルを例に、ワークプレイスの未来を形づくる設計方法を提示した。
オーストラリア・シドニーのビジネス街にあるQuay Quarter Tower(QQT)は、ユーザーエクスペリエンスに焦点をあてたコミュニティ志向の「Vertical Village(垂直型ビレッジ)」だ。3XNとシドニーの建築事務所BVNの共同設計による、築50年近くの建物を活用した世界初のアップサイクル高層ビルである。
この建築は高層ビル建設における包括的で持続可能なソリューションの優れた例であり、世界最大規模の国際建築アワードである「World Architecture Festival 2022」のワールド・ビルディング・オブ・ザ・イヤーならびに「2022年国際高層建築賞(International Highrise Award)」を獲得し、その卓越性が賞賛されている。

Quay Quarter Towerの外観(画像は3XNのWebサイトより)

太陽の位置や周囲環境に合わせて積み重ねた5つのブロックを微妙にツイストさせたような構造が特徴で、大きな窓からはロイヤルボタニックガーデンやシドニーオペラハウスのパノラマを楽しむことができる。各フロアに設けられたアトリウム(吹き抜け)には、カジュアルなミーティングエリアが配置され、知識の共有と交流を促進し、空間にダイナミズムをもたらしている。
また、各ブロックの基部(ツイスト構造により生じた屋外部)には広々としたテラスがあり、タワーの中⼼部でもリラックスできるスペースが提供されている。各フロアをつなぐシンボリックな螺旋階段は、空間の視認性を向上させつつ、ユーザー同士の共同体感を育んでいる。

 

5つのブロックをずらして積み上げたような構造により、下層部は地域に開き、上層部はシドニーハーバーらしい眺望を確保した(画像は3XNのWebサイトより)

 

Holt氏は、「高層ビルのユーザーエクスペリエンスが成功するかどうかは、建物に到着する瞬間から始まる」と強調した。QQTでは、一般的な⾼層ビルデザインの慣例を避け、ポディウム(低層部)にロビーとマーケットホールを組み込むことで、地上のストリートとの調和をシームレスに実現している。オープンで開放感のあるポディウムデザインは、来訪者を歓迎する特別な瞬間を美しく演出している。

画像は3XNのWebサイトより

Holt氏は、QQTは同社の理念「Architecture shapes behaviour(建築は行動を形成する)」が色濃く反映された事例であり、ビル資産の価値は新しい経験の創造性で測定されるべきだと述べた。Muñoz氏も同様に、建物の価値は単なる平方メートル単価ではなく、平方メートルあたりに生み出されるアイデアの数で評価されるべきだとし、その評価のためには変化を把握するための定期的なパイロット運用やプロトタイプスペースの導入が有益だと語った。

 

 

持続可能性を体現するオフィスビル

環境・社会・都市の3つの持続可能性を軸に設計されたQQTは、環境面でも優れた成果を上げている。遮陽フードを採用したファサードは、太陽光の30%を遮断し、ブラインドを使用せずに効果的な熱制御を実現している。さらに、既存構造の保持が必須要件とされたこのプロジェクトでは、既存のスラブにフロアプレートを増築することで、新たに約4万5000平方メートルの建築を追加し、最終的に既存コアの95%および梁・柱・スラブを含む既存構造の65%を保持することに成功した。
この建築手法により、同様のタワーと比較して1万2000トンのCO2削減を実現。これは、このビル全体に3年間電力を供給した場合や、シドニーとメルボルン間の3万5000回のフライトでのCO2排出量に相当する。

既存の構造に新しいパーツを加える方法で増築し、サステナビリティを実現(画像は3XNのWebサイトより)

 

今後50年で築かれる建築は、これまでの建設量に匹敵すると言われている。世界各国でカーボンニュートラルの取り組みが進むなか、CO2排出量に占める建築関連の割合は37%にのぼっており、建物の建設・運用・解体・廃棄を通したトータルなアプローチが求められている。商業ビルの動向では、グレードの低いビルが減少している一方、優れた建物管理やアメニティ、セキュリティ、通信システムを備えたプレミアムグレードのビル需要は増加傾向にあり、その基準を満たす要素として環境配慮の視点は必須である。また。オーストラリアやイギリスでは、テナントに持続可能性基準を課しており、サステナビリティアクションにおけるドライバーの多様化がうかがえる。

 

 

デザイン思考+未来思考

未来のワークプレイスや仕事がどのように展開していくのか。不確実性(VUCA)の時代において、確かな答えを見つけることは難しい。しかし、シンガポール工科大学准教授であり未来学者のJawn Lim氏は、「これらの問いに思考を巡らすことが、肯定的な未来を築く鍵だ」と語った。

Lim氏は、デザイン思考と未来思考を組み合わせ、アイデアを実現可能な行動に転換するためのクリティカルな思考の重要性を強調した。特に未来思考の特質である単一の解決策ではなく、複数のシナリオを検討し、多様な可能性に焦点をあてるという視点は不可欠だ。社会的、技術的、経済的、環境的、政治的なドライバーを包括的に考え、広範かつ国際的な視点から未来を見通すことが求められる。また、かつては妄想とされていたいくつものアイデアが、現在では実現し、私たちの日常に浸透している。「SFのテレビや映画、アート、文化などにみる想像力は、未来の職場体験における思考や技術のヒントとなるかもしれない」と述べた。

未来のことはわからないが、常に問いを立て思考を巡らすことで、肯定的な未来を引き寄せることができるというのは力強いメッセージだ。ワークプレイスの構築においても、従業員との対話を重ね、そのニーズに基づいてデザイナーと対話を重ねることにより、新たな価値が創造できる。思考や体験の重要性、共創プロセスの意義を再認識したカンファレンスだった。

 

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