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企業カフェテリアが禁止に?巨大テック企業従業員も困惑の事情とは

日本では企業オフィス内でのカフェテリアが流行り始めた一方で、アメリカ・サンフランシスコではカフェテリア禁止の声が少しずつ大きくなっている。その内情を探ってみた。

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巨大テック企業を筆頭に、今では多くのオフィスで導入されているオフィスの無料カフェテリア。「なぜ企業はオフィスにカフェテリアをつくるのか?」で以前取り上げたように、シャトルバスやジム、クリニック等と並び、巨大テック企業が社員に提供する福利厚生の1つとして今も人気を集めている。しかし今、そんな企業カフェテリアがサンフランシスコ・ベイエリアで禁止されかねない一悶着があった。その背景にはどのような事情があったのか。今回は企業カフェテリアに吹く逆風の中身に迫る。

今年秋、Facebook新オフィスでカフェテリアが禁止に

Facebookは人員拡大に伴い、カリフォルニア州メンローパークにある本社とは別に社員2000人を収容できるオフィスをマウンテンビューに今まさにオープンしようとしている。本社オフィス同様に無料のカフェテリアがそこでも作られると誰もが期待していたが、2014年にマウンテンビュー市議会で通過した「従業員に対する無料食事提供の制限規制」により、それは叶わぬこととなった。規制は2014年の議会通過以降に建つ企業オフィスが対象となり、従業員の食事の50%以上を供給してはならない。しかし、彼らが周辺レストランで食事を取る際の費用を会社側でカバーする分には問題ないようだ。

このマウンテビュー市による規制の背景には、同市に拠点を構えるGoogle本社の無料カフェテリアの影響がある。従業員が社内で無料で食事を摂れることから、オフィス周辺の飲食店のビジネスが成り立たず、オーナーたちから苦情の声が挙がったのだ。「市にあるビジネスが成功するようにしたかった」とマウンテンビューの市会議員を務めるJohn McAlister氏は語る。無料カフェテリアの存在は従業員からは人気だが、地域住民にとっては賛否両論の問題で、企業はもっと地域ビジネスとのつながりを考慮すべき、という主張だ。

無料カフェテリアは他企業同様にFacebookでも人気の福利厚生の1つである。提供される食事は味も良く、15ポンド(約6.8キログラム)の体重増は冗談を込めて「Facebook 15」と社内で呼ばれていたほど。実際に企業側も社員のあらゆる要望に応えるためにベイエリア周辺で相場よりも高い給料で腕の良いシェフの獲得を行っていたぐらいだ。それだけにマウンテンビュー市の規制はテック企業を中心にベイエリア全体で衝撃的なものだった。

Facebookが貸し切るWeWorkマウンテンビューオフィス

サンフランシスコ市内でもオフィスの無料カフェテリア禁止の動き?

社内カフェテリア禁止の動きはマウンテンビュー市だけに留まらず、多くのスタートアップがひしめくサンフランシスコ都市部でも広がり始めている。

サンフランシスコ市で約4,400の飲食点を束ねるゴールデン・ゲート・レストラン協会の執行役員、Gwyneth Borden氏は市のスーパーバイザーを務めるAaron Peskin氏、Ahsha Safaías氏と共に、今後新たに建つ企業オフィスのカフェテリアを禁止する新法案を今年7月24日に市に提出した。UberやTwitter等のオフィスに51ある既存のカフェテリアには影響せず、彼らが今後新たにオフィスにカフェテリアを増やす際には適用される、という内容だった。しかし、提出から3ヶ月後の10月25日に法案は否決。今後導入されるカフェテリアにも一切影響は出ないという結果になったが、企業カフェテリアに対する周辺の飲食店からの不満の声が改めて露わになる出来事となった。

原因は「地域に還元していない」

サンフランシスコ市で企業の無料カフェテリアが非難を受ける最大の理由は、マウンテンビュー市の例と同じく、テック企業が巨大オフィス内で自らのコミュニティを形成し、社員がその中にそこに留まることである。テック企業はこれまで高給料な仕事を作り出した一方で、周辺家賃の高騰や渋滞問題といった数々の社会問題の発端ともなった存在。サンフランシスコの住み難さの原因を作り出しておきながら、張本人たちは「テクノロジー宮殿」の壁の中で優雅に暮らしている、と地域住民や飲食店には映っているのだ。

またこの問題は、前サンフランシスコ市長のEd Lee氏がテック企業の誘致を目的に2011年に行った優遇税制施策とも関連している。Lee氏は俗に「Twitter優遇税制措置(Twitter Tax Break)」と呼ばれる施策を実施。TwitterやUber、Spotifyといった勢いのあるテック企業を対象に優遇税制を図り、彼らののオフィスビルをサンフランシスコ市内のミッド・マーケットと呼ばれる地域に集めた。この地域は市内でも長年治安の悪いテンダーロインという貧困地域の近くだったが、巨大オフィスの招致通じて雇用創出と経済力強化を行い治安改善を行う、というのが市長の狙いだった。

この施策を受け、治安の悪さから今まで周辺地域の売買に渋りを見せていた不動産仲介業者も飲食店オーナーとの交渉を積極的に進めた。しかし、その結果は悲惨なものとなった。Bon Marche、Oro、Cadenceといった有名レストランが短期間のうちに店を畳む結果となり、その他にも店終いに追い込まれた飲食店は数多く出た。そのような事態で、彼らのビジネス維持の大きな妨げとなった要因の1つとして言及されたのが企業カフェテリアだった。確かに企業オフィスは地区に集まったが、結局のところ従業員は厳重な警備の敷かれた各社オフィス内で時間を過ごし、「問題事は外のストリートにでも溜めておこう」と排他的な雰囲気に捉えられた。

startups san franciscoサンフランシスコ都市部にある大通りのマーケット・ストリート沿いとなるミッド・マーケット地区。2012年オープンのTwitter本社を始めとした多くの企業オフィスが集まった(Twitterの騒動を受け、全ての企業が優遇税制措置を受けたわけではなかった)

そして今も企業オフィスが社員に食事を提供する光景は続いている。Twitter本社が入るオフィスビル1階の食料店「The Market」でマネージング・パートナーを務めるMichael Cohen氏はいくつかのテック企業カフェテリアを訪れたが、そこで社員が昼食だけでなく自宅で食べるフルーツや飲み物まで手に取って帰る姿を見て驚きを隠せなかったという。実際に今ではアルコールを提供するカフェテリアもあるため、「仕事後の1杯」もオフィス内となると周辺のバーや居酒屋も無視できない話だ。

「企業側も『従業員を含む多くの人を集め、地元経済を活性化させる』と謳っておきながら、実態は洗濯から食事まであらゆるサービスを自社内で提供している」「企業は都市部にいたいという社員のために郊外キャンパスから移ってきたのに、皮肉なことに結局都市部でも隔離されたキャンパスにいる」「この法案は彼ら従業員に反抗しているのではなく、むしろ彼らのためを思ってコミュニティに迎え入れてあげようとするものだ」今回法案を提出した市のスーパーバイザー、Peskin氏はこう主張していた。

テック企業の間で走った動揺

今回の法案がもし通った場合でも既存のカフェテリアに影響はないと言われていたが、オフィスの増築・拡大を計画している企業にとってはやはり少なからずヒヤリとした話だった。「Airbnbが進める、オフィス拡張計画の中身」記事でAirbnbの都市型コーポレートキャンパスについて触れたが、彼らもサンフランシスコ市内のオフィスビルを買収しながら少しずつキャンパスを拡大している企業の1つ。2017年完成の新社屋には複数のカフェテリアを導入できたが、今後他のオフィスビルを持つときにはそれが不可能になるかもしれなかった。今回はそれを免れた形だ。

このような出来事を受けて、すでにカフェテリアを持っている企業のいくつかは地域に貢献する施策を始めている。Squareでは毎週金曜日にはカフェテリアを閉め、社員が好きなように使える給付金を配布している。またケータリングサービスを提供するZeroCaterとZestyの2社はこの事態に乗じて周辺レストランと提携し、オフィスに大規模なケータリングの手配を行っている。

ZeroCater(左)とZesty(右)

一方、先述の企業と同じミッド・マーケットに本社を構えるYelpは最初からカフェテリアを持っておらず、影響を受けなかった。同社広報は「Yelpは社員に企業カフェテリアやお菓子を提供せず、周辺地域のレストランに積極的に出向き彼らのビジネスをサポートすることを企業ポリシーとしている」と語る。飲食店を中心としたレビュープラットフォームを提供する企業として、Yelpユーザーと同じ体験を得ることを社員にも促しているようだ。

サンフランシスコから離れるが、シアトルの都市部に拠点を置くAmazonも同じく全社員のランチをカバーするカフェテリアを持たないテック企業として有名。彼らの場合、オフィス各フロアに存在するカフェテリアの収容人数を従業員の3分の1に抑えて周辺のカフェやレストランの利用を社員に促しており、先述したサンフランシスコ市のスーパーバイザーのPeskin氏も「企業の手本とすべきだ」と、Amazonが地域と構築するその関係性を讃えている。Safaías氏も「Amazonは社内カフェテリアを持たずに周辺地域のカフェやレストランとネットワークを築いているが、それでも活気に満ちたコーポレートキャンパス環境を保っている。これが健康的な都市型環境の在り方だ」とBloomberg Lawの取材に答えている。

amazon office buildings in Seattleシアトルに点在するアマゾンのオフィスビル。アマゾン社員のおかげで繁盛している飲食店は多そうだ。(画像はMercury Newsより)

また今最も勢いのあるテック企業の1つであるSalesforceも社員30,000人を収容する61階建ての巨大オフィスタワー「Salesforce Tower」を2018年1月に完成させたが、全社員用のカフェテリアは用意していない。社員をデスクやオフィス内に縛り付けたくないのが同社CEOのMark Benioff氏の考えだ。これらの企業は周辺の飲食店との関係性構築や社員のリフレッシュ目的も兼ねて、社会に受け入れられる「地域密着型の働く環境」を今後も提供していくだろう。

困惑する社員

このカフェテリア論争に一番左右されたのは、今まで実際に利用してきた従業員たちだ。オフィスで提供される無料の食事に惹かれて入社した社員も一定数いると思われる中、実際に従業員からは困惑や懸念の声が挙がっていた。

その1つにあるのが「忙し過ぎる従業員が食事を取れないのではないか」というもの。以前の「スタートアップは残業をしまくるのか?」記事でも取り上げたように、自由な働き方を提唱するスタートアップ企業には同時に激務の現実も確認されている。日本と違い新卒が優遇されるわけでもないアメリカでは、少しでも早く経験を積もうとするミレニアル世代の社員も一定数いる中で、彼らを仕事のし過ぎからどのように解放するか課題が残る。もちろんカフェテリアの有無が彼らの仕事量や忙しさを変えるわけではないが、食事や休憩を取りやすい環境はやはり必要だ。

また「ランチを取ってもいい場所というのをわざわざ決められたくない」という懸念を持つのが、サンフランシスコ市内で働くJames Mannning氏。彼は、Twitter本社から通りを挟んだDolby LaboratoriesにUX部門のディレクターとして勤めているが、同社も社内で食事が提供されている。新法案の可否決定が彼のランチに直接的に影響することはなかったが、それでもThe New York Timesの取材に対し「自分がランチをどこで摂ってよくてどこだとダメなのか、地方政府が指定するのは賛成できない」と不満を述べていた。

他に社内カフェテリアがなくなることによる社員へのデメリットとして「健康的な食事を摂れる場所が減る」というものがある。健康志向への人気が高まるサンフランシスコでは、オーガニック野菜を使った健康的なランチを摂ると1食あたり15ドルから20ドルほどまでかかることもある。決して安いとは言えないランチ代を毎回払える社員も限られてくるだろう。筆者が見る限り、基本的にオフィスのカフェテリアには共通して健康志向の強さが窺えるメニューが充実していたため、今後のオフィスでその食事が得られなかったら従業員にとってかなりの痛手になっていただろう。

salads in linkedin cafeteria企業カフェテリアには健康的なメニューが並ぶ。写真は筆者が訪れたLinkedinのカフェテリア

最近注目度が高まりつつあるWELL認証でも、健康的な食事を近くに取れる環境があるかどうかは審査項目の1つに入っている。企業カフェテリアをなくすことは、周辺地域のビジネスには良い影響を及ぼすかもしれないが、社員の健康面においてはマイナスになりかねない問題だ。

ちなみに筆者の友人もサンフランシスコの企業に勤めていたが、会社から1日15ドルまでのランチ代が支給され、毎日近くの飲食店でランチを買っていた。従業員からしたら嬉しい福利厚生だが、物価の高いサンフランシスコで全社員に毎日15ドルとなると会社側の負担も相当なものになるはずだ。

まとめ:社内だけに留まらない企業カフェテリアの行方

今回の新法案を提出したBorden氏も、企業カフェテリア禁止が地方ビジネスを救う完璧な解決策とまでは思っていないようだ。今回の取り組みを通じて「テック企業が新たな都市に移るとなる時にその地方コミュニティをサポートするという責任についてしっかりと考えてもらう機会になれば」と彼は語る。今日テック業界の多くの企業が好調である中で、世間からの目線もより厳しいものになっている。オフィスの問題は様々あるが、カフェテリアの存在1つをとってみてもそれは社内だけに留まらない問題となっている。

Borden氏が今回サンフランシスコの飲食店を代表して法案を提出したことで、これまで問題視されてきた飲食業界の労働環境の劣悪さや従業員の賃金の低さがまた注目を集めることにもなった。Borden氏は法案が否決されたことに対する声明の中で巨大テック企業の資金力に太刀打ちできないという事情を露わにした。「企業カフェテリア対飲食店」の構図がこれからも続きそうな雰囲気が今も漂っている。

あくまで社員の生産性や健康を意識して作ったカフェテリアなのに、これからは周辺地域との関係性についても考えていかなければいけない。そうした時に企業のカフェテリアの存在はどうなるのか。サンフランシスコ以外でも議論されるであろうこの問題の動向をこれからも追っていきたい。

この記事を書いた人:Kazumasa Ikoma

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