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「人が集まる共用空間」にエースホテル・ニューヨークが選ばれ続ける理由

[November 21, 2019] BY Kazumasa Ikoma

アメリカ西海岸のオフィスデザイナーやオフィスマネージャーに「人が集まりたくなる空間」の代表例を聞くと、口を揃えてエースホテル・ニューヨーク(Ace Hotel New York)の名が挙がる。過去の記事でもアメリカを代表するオフィスデザイナー、プリモ・オーピラ氏は人が直感で選ぶワークプレイスの例としてエースホテルを挙げており、日本でも同ホテルのロビー空間を参考にしたオフィス事例が存在する。実際に下の画像にあるように、独特なセンスが光るアンティークな空間には多くの人々がそれぞれの個人作業に取り組んでいる光景が広がる。

訪れる人は様々で、周辺の大学に通う学生や、研究論文の執筆を進める教授、自身のプロジェクトに取り組むデザイナーやアーティストに、商談中の起業家と投資家など、職種を問わない。まさにどのような目的にも適切と多くの人に思わせる空間なのである。しかしその起源をたどってみようにも「自然発生的に生まれたもので、誰が最初に訪れ始めたのかもわからない」とエースホテル創業者の故アレックス・コールダウッド(Alex Calderwood)氏は過去の取材で語っている。(ちなみに「エース」はコールダウッド氏の幼少期のあだ名から取られている。)

2009年のオープン当時から数々の雑誌やメディアで注目され、ニューヨーク好きの旅行客からは必ず訪れるべきホテルの1つして注目されるエースホテル・ニューヨーク。ホテル業界で今盛り上がる「ライフスタイルホテル」(=洗練されたデザインに加え、宿泊以外の付加価値も提供するユニークさを持つホテル)ブームの火付け役ともなった同ホテルの魅力をワークプレイスの観点から見ていく。

1. 万人ウケの空間は作らない

エースホテルは今でこそ異なる職種や背景を持った人々を魅了する空間だが、その始まりはあくまでミュージシャンやアーティスト、作家など個性豊かなクリエイターたちに焦点を置いたものであり、あとは地域にオープンなコミュニティホテルという気楽さを持った空間だった。このように独特なカルチャーでホテルとしての方向性を明確にし、意図的に多種多様な人を呼び込もうとしない空間がむしろ人を呼び寄せるきっかけになった。

従来ホテルはあらゆる利用客に合わせ最良の体験を提供する空間を用意しようとするが、万人ウケする空間はむしろ誰からも愛されないこともある。一方で「街を訪れたミュージシャンやアーティストに使ってもらいたい」というコールダウッド氏の突き詰めた思いが多くの人の共感を得ることさえある。美しいデザインを追求し、製品の押し売りではなくファン作りを行ったスティーブ・ジョブズのアップルと重なるところがある。

ではエースホテルの共感ポイントはどこにあるのだろうか。それを探るべく、エースホテルの歴史を簡潔に振り返る。

変わりゆくホテル業界でファンを獲得していったエースホテル

1999年にシアトルで誕生して以降ライフスタイルホテルの理想的モデルとなったエースホテルだが、その創業には当時のホテル業界の事情が大きく影響しているという。

まだインターネットが発達する前の1980年代、ホテルに求められるものは信頼性と安全性で、人々が新しい街に訪れても心配なく泊まれることが最も重要とされていた。エースホテルの代表を務めるブラッド・ウィルソン(Brad Willson)氏は当時の業界を振り返り「独自性がなく、つまらないホテルが多かった」と語っている。その後インターネットが普及し利用客のレビューや建物内写真が世界中からアクセス可能になると、次第に彼らは自身の好みに合わせた空間やサービスを提供するホテルを選ぶようになったという。

ライフスタイルホテルの先駆けともされるビル・キンプトン(Bill Kimpton)が1981年にデザインしたキンプトンズ・ベッドフォード・ホテル(Kimpton’s Bedford Hotel)や、イアン・シュレーガー(Ian Schrager)とスティーブ・ルベル(Steve Rubell)が手がけたモーガンズ・ニューヨーク(Morgans New York)など、部屋数は限られつつもデザイン性の高いインテリアを特徴としたホテルブランドが業界の潮流となり始めた。

その時代に生まれたのがエースホテルだった。気取らず洗練されたインテリアにカルチャーを感じさせる空間に加え、アーティストやクリエイターも泊まりやすい雰囲気、手の届きやすい価格帯、そして宿泊客以外にもオープンな空間を提供し宿泊以外の付加価値を提供したロビーは、高まりを見せていたライフスタイルホテルの潮流を一気に後押しし、ホテル業界全体のあり方に大きな影響を与えた。

1店舗目のシアトルでデザイナーを雇わず創業者自ら人が集える場をつくり、コミュニティ空間のスタイルを確立したエースホテルは、続いて2006年にポートランド、そして2009年にニューヨークにそのノウハウを展開した。そして現在一部のクリエイターのみならず、多くの人を呼び込む「自然発生的なコワーキング空間」となったのである。

エースホテル・シアトル

エースホテル・ニューヨーク

コールダウッド氏がこのロビー空間を創る上で心掛けていたことは「クリエイターたちが1日中座って時間を共有できる空間にすること」と非常にシンプルで、それ以上の仕掛けはない。自身もレコードレーベルの立ち上げやバーバーショップの経営などクリエイターとして育ってきたからこそ、「かっこいいもの」「クールなもの」を創り上げるビジョンは常に持ち続けていた。シンプルにかっこよく、そしてクリエイターたちが過ごしやすい空間を提供すれば、あとは彼らがカルチャーを作り上げ、常に何かが生まれる共創空間になる。

今日のワークプレイスにおける共用・共創空間も多くの人が利用することを前提とした上でデザインされることが多いが、エースホテルのように思い切って万人ウケから脱却することが重要なのかもしれない。クリエイターによるクリエイターのための空間という同ホテルの例を取って言えば、例えばオフィスでは社内起業家による社内起業家のための空間がより多くの起業家の共感を呼び、本質的な共創空間として機能するのではないだろうか。

2. 雰囲気と使いやすさを両立

2つ目のポイントは、上にも挙げた歴史・文化を感じさせる高いデザイン性に加え、働きやすさも兼ね備えた空間であることだ。エースホテルは地域に根付いたデザインを徹底しており、ニューヨークの空間デザインは同ホテルのコミュニティ空間におけるノウハウをベースに現地のインテリアデザイン事務所が担当している。

ハイレベルな居心地を提供するインテリアデザイン

エースホテル・ニューヨークの建物は、1904年に建てられ「ホテル・ブレスリン(Hotel Breslin)」の名で20世紀のニューヨークのアーティストや作家たちのレジデンシャルホテルとして使われていたもの。その雰囲気を取り払うどころかレトロ感に深みを増したデザインに仕上げ、さらに人が作業しやすい空間に生まれ変わらせたのが、ローマン・アンド・ウィリアムス(Roman and Williams)である。

代表を務めるスティーブン・アレッシュ(Robin Standefer)氏とロビン・スタンデファー(Robin Standefer)氏はヴィンテージ感溢れるインテリアに定評のある、業界では言わずと知れたデザイナー。エースホテル・ニューヨークでは100年以上の歴史ある絨毯や石膏ボードを取り外し総入れ替えする部分もありながら、部分的な修繕で済ませたりそのまま素材を残したりすることも積極的に行い、完成後その見分けが難しいほど新旧を上手にブレンドさせている。また高価なものと安価なもののブレンドも得意としており、数千ドルもするソファやスツールとアンティークマーケットで購入した十数ドルの椅子を混在させている。

ロビーにある階段の壁にはブロンクス出身のアーティストであるマイケル・アンダーソン(Michael Anderson)氏が民族音楽研究家でグラミー賞も獲得した故ハリー・スミス(Harry Everett Smith)氏を称えるために多くのステッカーを重ね合わせて創ったアートが飾られている。

「家具を新調する時に同製品の新品を購入して入れ替えるようなことはしたくない。」と語るスタンデファー氏。常に変化し続けること、そして特異であり続けることがエース・ホテルのデザインコンセプトの軸になっている。

そして働きやすさを支える設備

ロビーには、クリエイターの作業を支える環境も充実している。長い共用テーブルにパソコンやスマートフォンを充電できる電源、そしてWi-Fiも完備。また飲食の環境も備わっており、ポートランド発のサードウェーブコーヒーとして人気の「スタンプタウン(Stumptown)」や、ウェストビレッジの有名店であるスポテッドピグ(Spotted Pig)が手がける「ブレスリン(Breslin)」とジョン・ドーリー・オイスターバー(John Dory Oyster Bar)」がロビーに存在する。

居心地の良いデザインと設備を整えたこのロビーは実際に利用者から高い評価を得ている。市内にある他の共用空間は、スターバックスなどのチェーン店だと「仕事感の強い空間」、ダウンタウンにある流行りのカフェなどは会話が多く「気晴らし感・遊び感の強い空間」だが、エースホテルのロビーはその両方を兼ね備えているとある利用者は語る。

ホテル業界がこだわる空間の快適性から学ぶワークプレイス

ホテル業界が提供するハイレベルな顧客体験には、ワークプレイスの観点からも見習うべきポイントが多く存在する。近年のトレンドを見ると、コワーキングスペース業界で名を上げているインダストリアス(Industrious)はホテルのホスピタリティ部門のトップを務めていた人材を招いてユーザーニーズの拾い上げと高度なサービス提供を重視している。また、昨年の2018年7月に約1億5,200万ドルの資金を調達し注目を集めているコンビーン(Convene)もハイエンドなサービスの提供を含めた不動産事業を展開する企業として、モダンかつ重厚感のあるオフィス環境を提供している。

この業界的な流れとエースホテルの変わらぬ圧倒的な支持を見ていると、今の時代のワークプレイスに求められるものは、最近目にすることが増えたポップ感が印象的なコワーキングスペースのような空間ではなく、むしろ落ち着きのある印象と、作業のしやすさを徹底して充実させた空間だと感じさせられる。顧客のニーズ把握を得意とするホテルがこのような空間でワーカーからも多くの支持を集めているのだから説得力がある。

3. いかに仕事感から距離を置けるか

上の部分と繋がる部分ではあるが、仕事感を感じさせないつくりも人が訪れたいと直感的に思う理由の1つだろう。

例えば空間の照明1つをとってみても、エースホテルの空間は通常のオフィスと大きく異なる。これほど明るさを落とした空間は、オフィス環境だと「社員の眠気を誘う可能性があり不適切」と捉えられる可能性が高い。しかし、上に挙げた画像を見てもわかる通り、多くの人々がそれぞれ個人作業をしに訪れるほど空間が利用されているのは無視できない事実だ。

またこのロビー空間では夜になるとDJが登場し、ちょっとしたパーティーも開かれる。ここに先ほど挙げた利用者が語っていた「遊び」の側面が表れる。時間によって空間の位置付けが変わり、訪れる人の層も徐々に変化する。「いつ訪れても常にエネルギーを感じられる」という理由でエースホテルに足を運ぶ利用者もかなり多いようだ。

そしてこの空間がオープンして10年経った今も「コワーキングスペース」ではないことも重要なポイントの1つ。近年ホテル業界ではスペースの有効活用のためロビー空間をコワーキングスペースに転用する例も増えている。しかし、エースホテル・ニューヨークのロビーはこれだけ環境が充実していながら今も変わらず無料で解放しており、万人が使いやすい空間を維持している。「仕事のための空間」に転用せず今もオープンにしている点が、「仕事」というどこかしら緊張感を漂わせるワードから距離を置き人々に快適性を提供する要素の1つになっていると筆者は感じる。

もちろん無料で作業ができるスペースとして人気が高いのは当然と思われるかもしれない。しかしそれ以外にも、多くの利用者が「居心地が良いから」「作業が捗るから」とその本質的な理由を自ら解明できていないながらも直感的に快適性を感じているのはまた事実である。どこでも働ける環境が整う今日、普段オフィスで働いている人が時よりオフィス感のない場所で働きたいと思うのも当然の流れだろう。

世界で展開を続けるエースホテルのスタイル

エースホテルの空間スタイルは今も世界中に広がっている。エースホテルの店舗は上の挙げたシアトル、ポートランド、ニューヨークに加え、ロサンゼルス、パームスプリングス、ピッツバーグ、ニューオリンズ、シカゴ、ロンドンの9都市にすでに展開され、2020年春には日本への上陸も予定されている。またエースホテルを模したブランドも数を増し、イギリス版のホクストン(the Hoxton)、価格を抑えたシチズンエム(citizenM)、ホステル型のジェネレーター(Generator)らが挙がる。日本でも東京・渋谷にあるトランクホテルが同じくエースホテルから着想を得たという。人が作業しやすい空間はホテル業界を中心に広がっている。

今回挙げた3つのポイントは、エースホテル・ニューヨークのロビー空間がホテル業界、そしてオフィス業界の空間といかに違うか、その差別化ポイントを表している。クリエイターを含めワーカーたちがこの場所に集まるのは、働く人生において一種の非日常を味わうことができるからであり、それがクリエイティブな作業につながると考えられるだろう。これからのオフィスがワーカーたちにとって来たいと思われる空間になるために、エースホテルは大きな参考になる。

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この記事を書いた人

Kazumasa Ikomaフロンティアコンサルティングにてリサーチャーを務める。アメリカ・サンフランシスコでオフィスマネージャーを務めた経験をもとに、西海岸のオフィスデザインや企業文化、働き方について調査を行い、人が中心となるオフィスのあり方を発信していく。

    

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