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スティーブ・ジョブズがピクサーオフィスに込めた想いとは

スティーブ・ジョブズが時代に先駆け、ピクサー本社オフィスで実現させた「コラボレーション」の工夫を見ていく。

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「スティーブは映像作品に携わらない分、私たちの一作品相当の予算と時間を使ってこのオフィスを作りました。これは言わば彼の作品でしょう。」ー ピクサー・チーフクリエイティブオフィサー、ジョン・ラセター

サンフランシスコ対岸の再開発が進む小さな街、エメリービルで2000年に建てられたピクサー本社。90年代後半から時代に先駆けコラボレーションとイノベーションを生み出すオフィスとして意識的に作られたこのスティーブ・ジョブズの巨大遺産は、今も依然として変わらない存在感を保ち続けている。

1995年の『トイ・ストーリー』でコンピューター・グラフィックと映画界に大きな変革をもたらしたピクサーは、2006年のディズニーによる買収以降も彼らの企業文化を再構築して売り上げを立て直し、今も独立した映像制作会社として作品を世に送り出している。そんな彼らを支えるオフィスにはどのような工夫が隠れているのか。今回はオフィスデザインの歴史に残るこの一大オフィスに改めて注目する。

映画界に生まれたテック業界のオフィス

ピクサー・アニメーション・スタジオは、1986年にルーカスフィルムのコンピューター・アニメーション部門をスティーブ・ジョブズが買収し、ハードウェア・ソフトウェア会社として独立させたところから始まる。現クリエイティブチーフオフィサーのジョン・ラセターが当時自社製品のデモとしてショートフィルムを作ったのが映像作品制作のきっかけ。1995年の『トイ・ストーリー』の大ヒットを皮切りに、スティーブ・ジョブズが得意とするテクノロジーとアートを兼ね合わせたイノベーションを映画界で展開してきた。

多くの映画スタジオがハリウッドに拠点を構える中、ピクサーがサンフランシスコ・ベイエリアのエメリービルという小さな街にオフィスを置いたのは、こうしたテクノロジー企業としてのスタートがあるからだった。それが結果として、他の映画スタジオとは異なるワークスペースを生み出す強みとなった。

今では4つあるピクサーの施設の中で代表的なのは、かつてはただ「メイン」と呼ばれ、今では「スティーブ・ジョブズ・ビルディング」と称されるオフィスである。主なデザインはワシントンにあるビル・ゲイツの住宅にも携わったOhlin Cywinski Jackson社が担当。買収後、会長として就任しつつも映像作品に直接的に関わることがなかったジョブズがこのオフィスデザインに手を加えた。本記事冒頭で挙げたラセターの言葉には、こういった背景が含まれている。

ピクサー本社のメインオフィス、スティーブ・ジョブズ・ビルディング(画像はBusiness Insiderより引用)

ジョブズがこのオフィスデザイン設計の中でもっとも強く求めたのが、社員同士の「偶然の出会い」と「予期せぬコラボレーション」である。今日のオフィスデザインのテーマとなっているものが90年代後半からすでにジョブズによって考えられており、いかにジョブズが時代を先読みしていたかわかる逸話として知られている。

ジョブズが仕込んだコラボレーションの仕組み

設計前のもともとのデザイン案では、4つのビルを建て、そこへ職種別に社員を分けるように計画されていた。1つのオフィス施設にはコンピュータサイエンス、もう1つにアニメーター、3つ目にその他の部署の社員を、という様式が想定されていたが、「予期せぬコラボレーション」を重視したジョブズは社員全員を1つ屋根の下に入れることを希望した。その結果、1つの大きな建物を建てる形となったのだ。

建物に入って最初に広がるオフィス中央スペースは「アトリウム」と呼ばれ、全社員とオフィス訪問者が自然と交流することを期待して設計されている。スペースを挟んで右側にはクリエイティブ系のオフィス、左側にはテクニカル系のオフィスがあり、人間の右脳と左脳をイメージしたデザインになっている。それらに挟まる形で存在するアトリウムは、アートと技術が交わるコラボレーションを表し、同時にまるで人間の脳がこの中心部分でイノベーションを生み出すかのような表現が施されているのである。

スティーブ・ジョブズ・ビルディング内のアトリウム(画像はSpotlightより引用)

このアトリウムにこそ、ジョブズが全社員に自然と集まってもらうよう導線設計を施した形跡を見ることができる。社員のメールボックスやカフェ、テーブルサッカーやジム、映画観賞部屋がこの中央スペースに集結。オフィスに唯一あるトイレもここに設置されており、どの部署の社員も訪問者もアトリウムですれ違い目を合わせ、場合によっては会話が生まれるような仕組みが埋め込まれている。

ピクサー設立時から社長を務めるエドウィン・キャットムルも「このような強力な中央スペースがあることで、良いことが起きればすぐに会社全体に広がる」とアトリウムの存在価値を高く評価している。

細部にまでこだわったオフィス

ジョブズが力を入れたのはこのアトリウムスペースだけではない。デザイン案の段階で、パリにあるオルセー美術館のような雰囲気を希望したジョブズは時代が移り変わってもその価値が認められ続けられるようなデザインを追求した。そして彼はオフィスに使われる材質から色まで徹底的なこだわりを見せた。

オルセー美術館の内装(画像はAskideasより引用)

鉄骨はすべてビード吹付加工を施した冷間圧延鋼という特殊なもので、溶接ではなくボルトで固定するよう指示するという徹底ぶり。またその鉄骨は目に見えるということで、一番良い色や手触りのものを確認するためにアメリカ中の工場からサンプルを取り寄せ、アーカンソー州にある製作所を選んだ。加工の際は自然な色に吹き付けるように言っただけでなく、運送業者には少しの傷もつけないよう注意書きを出すほどだった。

またレンガ壁にも細かな工夫が施されている。ジョブズはサンフランシスコ市内にあるヒルズ・ブラザー・ビルディングを気に入っており、そのレンガ壁の色彩パターンをオフィス外観で再現することも強く希望した。可能な限りその色の調整を行ってくれるというワシントン州の会社と連絡をとり、自身の求める色を得るために取引中止寸前に至るまで試行錯誤を重ねた。写真内にある一番濃い色のレンガはジョブズのこだわりが特に見える部分。それが内観、外観共に施されているのである。

クリエイティビティが至るところに

このようなジョブズのこだわりは今もピクサーの社員に受け継がれている。例えば社員は入社初日から個室が与えられ、空間のデコレーションを自由に行うことを許されている。クリエイターであれば、むしろ表現力の高さを求められるほどだ。

実際にジョン・ラセターの部屋は誰よりも手の込んだ部屋になっており、社内のみならず社外でもその空間は知られている。ピクサー関連のグッズだけでなく、友人である宮崎駿のジブリグッズも部屋にびっしりと並べられている。

ジョン・ラセターのオフィス(写真はPixar Planet、BuzzFeedより引用)

また社員の作業は基本的にパソコンと向き合い、マウスのクリックをするという地味な作業に追われることが多いため、人間工学の専門家が週毎でチェックに入り、彼らの習慣的になりがちな動作や姿勢から来るストレスを軽減するような取り組みが行われている。

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社員のクリエイティビティを向上させる取り組みはオフィスビル外にある敷地にも施されている。フィットネスセンターだけでなく、バスケットボールコートやビーチバレー、ジョギングコース、サッカー場にオリンピックサイズのプールに加え、オフィスのシェフが栽培を行う畑や大きく広がった庭まで用意されている。この敷地のデザインは、スタンフォード大学キャンパスや中国にあるアメリカ大使館、ニューヨークの9.11メモリアルセンター広場や豊田市美術館等のデザインを担当したPeter Walker Partnersによるもの。仕事で行き詰まった時にリフレッシュできる場もまた多く用意されているのである。

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目的を持ってデザインされたオフィスこそ、企業の文化を引き継いでいく

ピクサーはこのオフィスを通して社員に常にインスピレーションを与え続ける取り組みも行っている。

その最たる例がピクサーユニバーシティと呼ばれる同社の教育。社員は台本作り、ペインティング、映像制作等を無料で学ぶことができ、常に新しい知識を得られるような環境が整備されている。短期的に作品ごとの採用を行う傾向のハリウッドの映画スタジオに比べ、長期的な雇用を行っているピクサーでは「ダウンタイム」と呼ばれる、作品と作品の間の閑散期にも社員のクリエイティビティを高める取り組みが見受けられる。

ピクサーの近年の拡張はHuntsman Architectural GroupやGenslerといったインテリアデザイン・建築会社によって行われているが、ジョブズが持つピクサーオフィスへの信念は今も同社で変わりなく受け継がれている。また、環境への配慮も忘れることなく、LEED基準でもシルバー認証を獲得している。社員が庭にあるハーブを帰宅前に採って帰れるような光景が見られるのもピクサーならではだ。

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何年経っても価値が認められ続けるデザインとしてジョブズが導入したアトリウムは、今後もコラボレーションを生み続ける代表的なオフィススペースとして多くの人に知られていくはずだ。そのようなオフィスをこれからも本メディアで紹介していきたい。

この記事を書いた人:Kazumasa Ikoma

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